番外編1【4月24日】隣を歩くカレ


 昼休み、クラスメイト数人と机を合わせてお弁当を食べていた。

 進級してクラス替えがあったから、やっとお互いの距離感がつかめてきた頃だ。

 ぎこちなさもようやく消え軽口も叩けるようになっている。しかしその一言は完全にあたしの不意をついた。


「鈴木さんの彼氏ってカッコいいよね」


 あたしは口に入れたプチトマトを吹き出してしまった。

 床に転がったプチトマトを慌てて拾う。もったいない、プチトマト好きなのに。

 だけどそんなことより――


「なにそれ!? あたし彼氏なんていないよ!?」


 問題の発言をしたクラスメイトを見た。

 彼女とは一年の時は違うクラスだったし、今も苗字にさん付けで呼び合う程度だから特別仲が良いわけではない。

 もちろん仲が悪いわけでもない、現にこうしていっしょにお昼を食べている。

 ただグループ内でもあまり接点がなかった。そんな彼女の爆弾発言だから余計に驚いたのだ。


「いっしょに帰ってる背の高い人だよ? わたし美術部なんだけど美術室から自転車置き場が見えるんだよね」


 ……なるほど。あれを見られたのか。

 文芸部は図書室を閉める関係で他の部よりも終了が少し早い。そのせいで帰るところを目撃されたらしい。

 実は最初の発言で思い浮かんだのもあいつのことだった。すかした奴だが、人によってはカッコよく見えるのもわからなくもない。


「ちがうちがう、あいつはただの部活仲間だよ」


 あたしは手を振って否定したが、彼女は含み笑いをしてまったく信じてくれない。


「えー。だって凄い仲良さそうだったし、絶対彼氏だと思ったんだけど」


 そこでやりとりを見守っていた他の子たちも参戦してきた。


「彼氏いるの?」「誰、誰?」「どんな人、同じ学年?」


 県内有数の進学校である霧乃宮高校の生徒でも、そこは花も恥じらう女子高生である。みんなこの手の話には興味深々らしい。


早苗さなえって文芸部だっけ?」


 そう聞いてきたのは一年の時も同じクラスだった友達だ。


「うん」

「文芸部? あの彼氏なら運動部だと思った」


 最初の発言をした彼女は意外そうだ。たしかにあいつは眼鏡こそしているが、体形もろもろスポーツマンにみえる。


「文芸部っていったら、ひょっとして結城くん? わたし一年の時クラスいっしょだったよ」

「え、結城ってあの結城?」


 他の子たちが口々に言うのに、あたしは頷いた。


「そう。あいつ」


 そこで一同から「えー」という合唱がおきた。教室にいたクラスメイトが何事かというようにこちらを向く。


「あの結城と付き合ってるんだ」

「だから付き合ってないって……」


 この有名人めと、心の中で悪態を吐く。

 結城ゆうき恭平きょうへいは前へ出て目立とうとするタイプではない。どちらかといえば一歩後ろで物事を傍観しているほうだ。

 ただ本人の能力が抜きんでているため、抑えていても自然と場のイニシアチブを握ることが多い。そのため一目おかれている。


 成績も良い。霧高ではテストの結果を廊下に張り出したりはしないが、それでも誰が上位なのかは噂になる。そして結城はトップクラスと目されていた。

 他学年はともかく、同学年なら結城の名前を知らない生徒はいないだろう。


「でもさ、付き合ってないならいっしょに帰ったりしないでしょ? だってそれまで部活で散々顔を合わせていたんだから」

「それには理由があるんだって」


 そう、理由があるのだ。





 この春、我が文芸部にも新入部員が入った。

 有村ありむら瑞希みずき北条ほうじょう亜子あこ

 二人とも明るく素直で本当に良い子だ。後輩というものがこんなに可愛いとは思わなかった。

 彼女たちと楽しい部活動を送っているのだが、ひとつだけ問題があった。

 本の話ができないのだ。

 いや、これは端折りすぎた。正確を期そう。

 

 


 何故か?

 そもそもミステリはネタバレが厳禁なだけに、未読の人の前では話しづらいというのがある。

 そして瑞希も亜子もあたしが読むようなミステリは基本的には読まない。

 この基本的にというのが問題で、あたしが薦めた本は読む。

 つまり現在未読でも将来的に読む可能性は高いのだ。それだけに話しづらい。


 そしてもうひとつの問題。

 結城恭平は面倒くさい奴で、未読者の前でその本の評価をしない。したがって本を薦めたりもしない。

 当然後輩二人がいる部室では、本の話をしても当たり障りのないものになる。

 あたしはこれにフラストレーションが溜まっていた。

 なにせこの間までは思いっきり結城相手にミステリ談義をしていたのだ。


 結城はお互いが読んだ本ならば、それについて意見を戦わせることは拒まないし、こちらからはっきりと評価を述べればそれを否定することも辞さない。

 自分からは薦めないが、あたしが薦めた本は読んでくれる。そしてあいつの読解力は認めざるをえない。

 ミステリについて語るのにこれほど楽しい相手はいなかった。

 しかしそれができなくなったのだ。あたしの不満はわかってくれると思う。


 そんなフラストレーションを抱え込んでいた先週のことだ。

 部活が終わって自転車置き場に一人で向かっていた時に、唐突に結城を追いかけようと思いついた。

 あたしは市内に家があるので自転車通学をしている。

 一年生の二人は最寄りの私鉄駅まで歩いて帰る。

 そして結城はJRの駅まで歩くのだが、この駅が学校からかなり距離があった。

 自転車を駅前の駐輪場に置いておく生徒も多いのだが、結城は徒歩を貫いていたはずだ。ならばその道中は暇だろう。

 あたしは自転車に乗ると勢いよく漕ぎ出した。


 背後から声をかけられた結城は特段驚いた様子も見せずに、あたしが追いつくのを待った。その後は駅まで思いっきり喋り倒したのは言うまでもない。

 次の日も自転車で追いかけた。

 その次の日には結城は門のところで待っていた。

 そして週明けにはいっしょに自転車置き場までついてきて言った。


「どうせ喋り足りないからと駅前で足止めされるからな」


 憎らしいが実際そうだから文句も言えない。

 そんなわけで今では日課のようにいっしょに帰っている。

 それだけの話だ。





「ネタバレになるから下級生のいる部室では本の話ができないの。だから帰り道を利用して話をしているだけだよ」


 そう説明したが件の彼女は納得していないようだ。


「ホントにそれだけ?」


 さすがにしつこい。

 単に食事中の話題欲しさにからかっているだけだろう。


「それだけだよ」


 空気を悪くするかもと思ったが冷たくあしらった。

 だがそこで彼女は、あたしが一瞬怯むほどの真剣な表情でこっちを見た。


「その時の鈴木さん、物凄く楽しそうに笑ってたんだよね。教室ではどちらかといえばクールで落ち着いたタイプだからびっくりしたの。それで「ああ、好きな人の前ではこんな表情をするんだ」って納得したんだけどな」


 あたしは言葉が出なかった。

 自分がどんな顔をしているのかは鏡を見なくてもわかる。

 きっと、さっき吹き出したプチトマトのように真っ赤になっていることだろう。

 そんなあたしを見かねてか彼女が謝ってきた。


「ごめん。からかうつもりはなかったの。純粋にいいなあって思っただけ」


 それに対してあたしはごにょごにょと言葉になっていない返事をした。

 彼氏と言われたり、付き合っていると言われた時にはそれほど動揺は見せなかったはずだ。なぜならそれは事実ではないからだ。

 じゃあ最後の言葉にはなぜ動揺したのか?

 それは「好きな人」と言われたからだ。

 自分では絶対に認めようとしてこなかったことだが、あれだけ動揺したということはつまりそういうことなのだろう。

 あたしは図らずも自分の気持ちに気づかされたのだ。


 なんとなくみんな黙ってしまい、箸を動かす手だけがせわしなかった。

 その空気を変えるように彼女が明るい声を出した。


「そういえば鈴木さんの名前って早苗なんだね。わたしもそう呼んでいい?」

「うん」

「ありがとう。わたしのことも名前で呼んで」


 それを機にグループのみんなで名前呼びをしようという流れになった。

 あたしの恋バナもどきでクラスメイトとの仲が深まるのなら安いものだ。とりあえずそう思うことにした。





 今日も部活が終わると結城といっしょに自転車置き場へとやって来た。

 ただどうしても昼休みのことを思い出してしまい、自分でも動きがぎこちないのがわかる。


「忘れ物でもしたのか?」


 結城はそんなあたしに気がついたらしい。目ざとい奴だ。


「別に」


 ぶっきらぼうに答えて、さっさと校門へと向かう。

 そこで特別棟の方を見て――思わず足が止まってしまった。

 美術室から彼女がこちらを見て、胸のところで小さく手を振っている。


「友達か?」


 結城も気づいたらしい。


「そう」

「振り返さないのか?」

「今するよ」


 言われるままにあたしは手を振る。隣では結城も手を振っていた。


「ちょっと、なんであんたまで振ってるの!?」

「なんでっておまえの友達なんだろう? 逆の立場で友達に手を振って、その隣にいる奴が無視してたら感じ悪いだろう」


 そんなものだろうか。なんとなく上手く丸め込まれたような気がする。


「ほら、向こうも喜んでるじゃないか」


 たしかに彼女は先程までとは違って、満面の笑顔で両手を大きく振っていた。

 だがあれは絶対誤解している。「成就してよかったね、応援してるから」そんな風に思っていそうだ。

 そうこうしているうちに彼女のアクションの大きさに、何事かと他の部員たちが窓際に集まってきた。

 あたしは慌てて門の外へと逃げ出した。

 結城は焦った様子も見せずに悠然とついてくる。人の気も知らないで暢気なものだ。

 よし、今日はいつも以上に付き合わせてやろう。

 ファーストフードにでも寄ってゆっくり話すのもいいかもしれない。

 あたしは隣を歩く結城を見た。


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