遠い話
この前、深夜に寝静まった家族の隙を狙って車を借りた。自分の好きな曲を流しながら、夜のドライブを楽しんだ。
行き先を決めずにとりあえず近くのコンビニだか店だかに立ち寄ろうと思い、真っ暗な道を走らせた。車の灯りと、道を点々と照らす灯りと、遠く先から見える粒みたいな光。それ以外は黒。そんな感じだったと思う。他に車も通ってはいなかった。それなりに大きな道だったはず。
やがてコンビニが見え、そこで飲めるかもわからないのにブラックコーヒーを買った。眠気がやってくるのを妨げることができるならなんでもよかった。
ちょうどその時に電話がかかってきて、例の事案を知った。
多分、自分しかその事案に関する電話を受けていなかったのだと思う。どういうわけかうちの管轄は僕一人しか電話番がいなかったし、電話も全くと言っていいほどかかってこなかった。うち以外の管轄はどこもかしこも人員が足りなくて困ってるほどだと聞いている。理由も理屈もわからない。なぜうちだけこうも過疎なのか。
だから相談者と話をしたのも自分だけ。その相談者に関する事案だと言うから、関与した、話したのは一人しかいない。だから電話はかかってきた。
研究対象についての報告だった。
+ + +
研究対象は、動画投稿サイトにおいて、ある動画を公開した。
研究所を名乗るところから電話がかかってきた、と。
たしかに、インターネット自体は自由にできるようにしている。研究対象にストレステストを受けさせているわけではないし、何より重要なことに、対象は我々の存在に気づいていないからだ。
だが気づいた。らしい。
らしい、というのは、この対象に誰かが外部から情報を与えたのか、それとも自分で考えたのかわからないからだ。
研究所の誰かが、彼に対して電話をかけたのか?
いや流石にそれは。
それとも自らの立場に気づいてハッタリを仕掛けているのか?
そういう疑問を解決するために、投稿された動画を確認した。
研究所を名乗る誰かから電話がかかってきたと言っている。五分に渡ってずっとそればかり話している。
一回見ただけでは今ひとつ意味を理解できなかった。
あの研究対象にコンタクトを取る方法は無い。そもそもできないのだ。
なぜなら対象が人間でもなんでもないからだ。
画面の向こう側にいて、一人であれこれ呟きながら、カメラを見つめている。そんな様子の動画をずっと、不定期に、二年半ほど、インターネットに投稿し続けているのだ。
彼が自殺関連でどう役に立つのかが、今ひとつ分からずにいる。一度彼は、画面の向こう側の存在にとっての「死」についてを語っていたことがあった。しかしそれだけだったし、内容もぶつ切りで陳腐なものだった。
鶴の一声で決定されたこの研究は、実を言うと研究所の殆どが知らない。彼を研究する自分を含めた数人と、数機の人工知能だけ。ドライブ中に電話をかけてきたのも人間じゃない。
何故かひた隠しにされているのが、僕らの現状だ。
それに彼のことをまともに知っているのって、多分僕だけだ。
他のメンツは彼の周辺に関する解析が担当だから、まともに向き合うのは僕しかいない。
彼は現実世界にいない。
だから電話をかけることも困難なのに。
僕らを上位存在と呼び、なんだかよくわからないことをやらされているようでもあるし、研究所すらも知らないような使命みたいなものを持っているようにも見える。
電子の海に壁なんてないはずなのに、ここから出ようとしないのは何故だ?
僕の今の一番の疑問だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます