オールオアナッシング
【相談:要約】
「友人が自殺しました。
友人の遺書には「自分が死ぬ時が来た」と書かれていて、その時ひどく羨ましさを覚えたのです。それを機に、次第に自分の死期が近づいているのではないかと思うようになりました。
友人の遺書には、ここの電話番号も載っていて、「自殺願望研究所」という記載もあったので、まずはネットで調べてみたのです。都市伝説的なものとして、世間には認識されているのだということを知りました。誰もこの研究所について明確なことを知らないし、明確なことを知っていてもすぐに死んでしまうから何もわからない。そういった感じの説明ばかりがありました。こうして一か八かで電話をかけてみたのですが、まさか本当につながるとは……いや、でもそれは今はいいのです。
どういうわけか自分も友人のところに行きたいような気がしている今この状況を、私はどのように過ごせばいいのか悩んでいるのです。薄っすらと近づきつつある死期を認識しつつ、果たして自分は死にたいと思っているのか……いや、これは一寸の迷いなのか、……それすらわからずにいます。自分の部屋にある色々な物が、今後どうなっていくのだろうと思ったりもします。身辺整理すら考えてしまう始末。昨日は手持ちのゲームを全部売りました。一昨日は文庫本を売りました。もう少しもすれば、自分の部屋から何もかもが失くなります。そうなるに連れて、最後は自分自身……というような感じで考えてしまって、どうにもならないのです。
教えて下さい。
近づいてくる死期とどう向き合うのが正解なのでしょうか?
私は死にたいのですか?」
【回答:全文】
死期を悟った気になっている人間ほど、よく生きるんだよ。
お前みたいな奴からの電話はたくさん聞いてきた。
そして嫌と言うほどガッカリしまくってきた。
死にたいとあちこちに言い触らすような人間ほどよく生きるんだ。それもダラダラと無意義に過ごして死にたがっていた頃のことなんか記憶にすら残らないくらい泥臭く生き続ける。そんなのは別に良いさ。泥臭く、人間らしく人間をやっていけばいいんだ。人間として生きていくことを、さも当たり前のように思ってるくらいが、自称死にたがりにはちょうどいい。
いいか? 本当に死にたい奴は言葉にしないし声にも出さない。
自分が死にたいという気持ちを表に出すことで、周囲がどんな感じになるのかをちゃんと想定してるからだ。覚えておけ。
もっと言えば、「死ぬ」なんて直接的なことは滅多に言わない。構って欲しけりゃ遠回しに表現する。それで察してもらおうとするんだ、めんどくさいだろ? そういうもんなんだよ。本当の本当に死にたいって人間は大体そうだ。死にたがりを自称したりもしない。何も言わないまま突然死ぬ。
さらにだ。
自称死にたがりってのは大抵勘違いしてる。
奴らは自分が死ぬために周囲のことを整理しようとする。家を引き払うのかってくらい、やたらと子綺麗に身辺整理をしたがる。希薄になりがちだった人間との関係を切り捨てる。そんなことをしたってより孤独になるだけで、死ぬなんてことからは遥かに遠ざかる。友人もいなくなって、本来ダラダラと生き続けるには必要不可欠なはずの人脈すら失う羽目になる。それでいて良いことと言えばミニマリストになって部屋が片付くくらいだ。
お前もそうだが、死ぬことと自暴自棄を履き違えてる。死ぬってのは別に物を失くすことでもなけりゃ、捨てることでもない。無闇に物を処分したりして、それだけで満足してるだろ? まだしてない? すればそうなる。
何も言わないまま突然死ぬってのは、要するに不自然な身辺整理をしたりしないまま、ついさっきまでいつも通りの生活をしていたところで、突然消え去ることを言うんだ。次の日も普通に過ごすつもりでいたところを、何を思ったか突然首を吊ったり、ベランダから飛び降りたりする、そういう奴らを本当の死にたがりと呼ぶんだ。常に自分が死ぬことを頭のど真ん中に置いて考えたりしない。いつもは頭の片隅にあるものを、突然引っ張り出してぶちまけて死んでいくんだ。
自殺した日の前日にスーパーで普通に食料を買ってたりしても、何か変なスイッチが入ってふとした瞬間には死んでる。電子レンジでこれから食べようとしていた晩飯を解凍してる最中に、洗いたての洗濯物をこれから干すって時に、コンロで湯を沸かしてる途中に、あと少しでゲームをクリアするって寸前に、半分を過ぎた読みかけの本に栞を挟んで、浴槽に入って手首を切ったり、薬をガブ飲みしたり、首に縄をかけて椅子を蹴飛ばしたりするんだ。テレビは付いたままだし、音楽も鳴らしたまま、自分で再生したインターネットの動画も止まらない。生活の痕跡が最新の状態で死んでしまうんだよ。突然スイッチが入るから。死は隠れてるだけで、いつだってすぐ取り寄せられる位置にある。
理由は何か? そりゃ悟られたくないからだ。
普通通りの生活をすることで自分が死にたがってるんだってことを知られないようにしてるだけだ。そもそも周りに言い触らしたりしないんだから、周りから死にたがってるって心配されるなんてこともない。突然死ぬってのはそんな意味でも使われる。
本当なら、無意識に死んじまうってのもあるかもしれないし、そう考えるのが順当だって思ったりもするだろうさ。だが死んだあとそういうのを考えるのって、あまりにも不毛じゃないか?
チャンスが目の前にあるのに掴まないのはおかしいだろ? でも自称死にたがりは掴もうとしない。端からチャンスとすら思ってない。それでいて死にたいと宣う。誰かが殺してくれないかとさえ思ったりする。死にたいと思ってるのは他でもない自分自身なのに、死ぬことさえ他力本願だ。
そんな奴が自ら死ねると思うか?
自分が思う理想のチャンスが転がり込むまでひたすら無為にダラダラ生きていくだけだ。挙句寂しいからと誰かを愛そうとするし愛されようとする。自分から断ち切った人間関係にすら未練を残して必死に繋ぎ直そうと躍起になる。
そんな奴は死んだ後も自分の死体に対してタラタラと未練を垂れ流すに決まってる。
白馬に乗った死神を待ち続けながら最後まで人生を全うするに決まってる。
それが嫌だから死ぬはずだったのに。
詰まるところ、話を聞いた限りじゃお前もそうなるよ。友達が死んだから自分も死のうとしてるってだけじゃねえか。そんなんじゃいつまで経っても自分から死ぬことなんてないだろうさ。死期がどうのこうの、友人にとっちゃ確実なものだったから現に死んでるわけで、自分にも近づいてきてるとお前自身がそう思うなら、そもそも「本当に死にたいのか」なんて疑問を持つわけねえんだよ。死にたがらない人間は死期なんて考えようともしないだろうし。
……そもそも死にたがりは迷うことをしない。
死ぬべきかどうか? 愚問だよ。
死にたいから死ぬんだ。
今を有意義に生きていくんなら、このお悩みも無意味になる。
死にたい気持ちなんぞブッ壊してゴミの日にでも出してしまえ。
とにかくお前には身分不相応なんだから。
それが嫌なら今すぐ死ぬことだ。
誰かに背中を押されなきゃ死ねないか?
誰かが背中を押せば抵抗すらするのに?
お前に自殺なんか無理だ。
いくらここがそういう場所であっても無理だ。
誰に自殺を勧められたって思い留まるだろうし、挙句にゃ電話を切って二度とかけてこないだろ。
本気で死にたいと思ってないなら、素直に死にたくないと言えばいいものを、どうしたらそこまで拗らせることができる?
今すぐ死ぬか、それが嫌なら電話を切れ。なあなあに生きろ。二度とかけてくるな。
【備考】
要するに後追い自殺の相談である。それを死期だとか身辺整理だとか、そういう感じで色々理由をつけて、否定しているだけだ。
自分は別に死にたくなどないのだという結論へ持って行きつつも、実際は友人の後を追いたい気持ちを抱えている。そのボンヤリとした、希死念慮に近い自殺願望は、「死期」などという漠然とした感覚で死を考えている彼の場合、すぐに消えてしまう可能性も高い。にもかかわらず彼には「おそらく自分は死にたいはずだ」という謎の確信があり、自分自身の気持ちに素直に従えていないこともわかる。
彼は死なない。研究対象ではない。
願望持ちには同情しない。これが鉄則だ。
人の心を持つな。鬼になれ。
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