レクイエム連合
死にたがりの奴にとっては大災害も大戦争もなんのことはない。いつも死ぬことを考えてる。暴動が起きて事故が起きて、そこに巻き込まれたとしても、やつらはただただ悟るだけで終わる。
ああ死ぬのか。やっとだ。そんなもんだ。
苦悶に満ちた表情は最近見なくなった。無だ。誰も彼も無の表情をしてる。いつ隕石が落ちてきても、いつ飛行機が墜落しようとも、いつ爆弾が落とされようとも、痛みに苦しみはするだろうがパニック状態になるかどうかは……さぁな。
「平坦」なんだ。それを美しいと思うかどうかは別だが、大体は平坦にしかものを見ない。感情も平坦だ。何が起こっても起伏を見せない。奇異なことが起こっても動じない。
理由ならある。認識が常にどん底にあって、浮かぶことも沈むこともないからだ。
やつらは常に自分が最悪の状況に置かれていると思っていて、かつその認識を絶対的に正しいものとして疑わない。カルトもそうやって生まれていくんだ。
そうすればあとは殉教だけだ。
どうやって死ぬか。
突然死ぬか。計画を立てた上で死ぬか。どこで。一人で。複数で。いつ。遺書は書くか。遺品はどうするか。死の間際に立ちつつなかなかその扉を開い開ける勇気が出ず、しかし棒立ちしているのも居心地が悪い。
一人ならそうだろう。だがカルトには仲間がいる。
自殺願望と真正面から向き合うとどうなるか知ってるか?
無敵になるんだ。コミュニケーションに障害があるやつですらそうなる。何故かって? 彼の拙いコミュニケーションであっても簡単に意思疎通を図れる人間ばかりが集まるからだ。互助会みたいなもんさ。
みんなで高層ビルの最上階に集まって、周囲の他のビルが軒並み崩れていく様を眺めるのもいい。至福の瞬間だ。これから死ぬにはもってこいの状況だ。
中にはまだ人がいて、爆発に伴って高層階の窓から飛び降りる人間もチラホラといる。全員ご多分に漏れず肉があちこちに飛んで散って真っ赤になってく。ブルーシートの確保も追いつかず、あちこちで死体が放置状態。心配はない。どうせ瓦礫が降ってきてもっと無茶苦茶にしてくれる。紅く美しい光景を覆い隠してしまうことを除けばな。
でも、そんなのは見たくないだろ?
俺も見たくなかった。だからあいつらのところから逃げてきて、こうして電話をかけてるってわけさ。
教祖の思想が見えないことが一番怖かった。周りの幹部たちが何かを受信して色んなお告げを吹聴する真っ只中、教祖だけは何も言わなかった。本当の思想が何なのか未だにわからない。信者たちもわかってないだろうな。幹部たちのお告げだけを必死に信じて暮らしてる。
そりゃあ、ぬくぬくしてて居心地も良かったさ。ずっと居ても良かったんだ。突然「みんなで死のう」とさえ言わなけりゃ、こうして電話なんかかけちゃいないんだ。
死ぬことをやけに回りくどく、やけに高尚に言ってた。どっちにしたって根底には「みんなで死のう」って意味合いがあったってだけだ。ジム・ジョーンズ(※注:大量自殺を遂げたカルト宗教「人民寺院」の教祖。)の話も出てきた。
テロ組織とかと違って、思想とか信条とかのもとに赤の他人を傷つけようと言う気はこれっぽちも無くて、ただただ自分達の幸せを願っての自殺らしい。自分達が本気で人間を超えてやろうと言う気概すらあった……だからまぁ、さっきの高層ビルの話はちょっと違ったな。
カルトってのは不思議なもんで、認識がいつも底の底の底にあって浮きも沈みもしない人間にとって、こういうのは唯一その認識を浮かび上がらせてくれる存在なんだ。いつもどん底にあったのに、仲間ができた途端にこうなる。
とにかくそんな思想はゴメンなもんでな。だから逃げてきた。こうして電話をかけてる……あーその、アンタんとこの電話がそういう所なのは知ってる。多分、奴らの行動ももうすぐ起こされるだろうし? だからこれは忠告的なやつだ。大規模な自殺が起きるぞ。それだけ。
「善き物は廻り続ける」らしい。悪い物だけが留まって朽ち果てるんだとさ。彼らが言うには。
だけどさ、思うんだ。
死ぬってのは止まることだろ?
死んだやつらは留まって朽ち果てるのが正しいんじゃないかって。廻るんじゃなくて、止まったままだからどんなに善くても朽ち果てるのは変わらないんじゃないか?
さすがに、そんなことは思ってても口にしなかったけどさ。
現在の状態が最高で、これ以上善くなりようがないし悪くなるのも御免だってんならまだわかるんだ。今が最高だってわかりきってるなら、最高なままがいい。気持ちはわかる。
だけどあいつらは……あいつらは、更に善くなろうとしてる。より善い存在になろうと躍起になってる。善くなるために死のうとしてる。朽ち果てるだけなのに。だからおかしいんだ。あいつらは。おかしい。わかるんだよ。おかしいんだ。
この電話って録音されてるのか? ……そうか、そうだよな。表に出るなんてことはまぁ、流石にないよな。そうだよな。守秘義務ってやつだもんな。
俺がここに電話をしたのは、ここしか番号を知らないからなんだ。誰から聞いたかは忘れた。でもこの番号しかなかった。
他のみんなは家族とか恋人とか友達とかに電話してる。みんながそれぞれ思う大事な人に最後の電話を片っ端からかけてる。
みんな泣いてるよ。別れってのは寂しいもんだしな。
死ぬのって怖いもんな。
善くなるとわかってても、わからなくても、どっちにしても怖いことには変わりないんだ。これ以上善くなるわけないのに、おかしいよな。
みんな悲しいし怖いんだ。
善くなりたければ繋がりを断たないといけない。これは真理なんだよ。どう頑張っても動かしようのない不変のものだ。
どん底にある認識を引っ張り上げてくれたことには感謝するさ、でもこれはどう考えたっておかしいんだよ。
せっかく逃げたのにさ。
こんなことされちゃ、敵わないだろ。
何が起きても悟るだけで終わるだろうと思ってたのに、こんなに感情を曝されてグチャグチャにされてさ。悟るってことがいかに難しいかを身を以て知らされるなんてさ。こんなのどう考えたって狂ってるんだ。
泣きながら死ぬことほどカッコ悪いことはないって考えてたりもしたさ。
だけどさ。戻れないんだ。無理なんだよ。
逃げても戻っちまう。上昇したら二度と戻れないんだ。
なのに無理するから。
こうなるんだ。
こうなったんだ。
狂ってるだろ?
でもしょうがないのさ。
今が最高なんだから。
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