追憶
もしもし。
話半分に聞いてくれたらそれでいいです。
私は今から海に飛び込んで死のうと思っている者です。人伝いにあなたがたのことを知ったので、話だけでも聞いてくれたらと思い電話しました。私が話したいだけなので、せめて電話を切らずにいてくれたらそれだけで十分です。
ずっと前から考えていたことなんです。人は死んだらどこに行くのだろうって。
もし神様が私を土塊から作ったなら、私は土に還るでしょう。
コウノトリが運んできてくれたなら空に昇ります。
生命に満ちた海から私が生まれたなら、多分その可能性が一番高いので、私は魚の餌になります。
でも、魚が私を食べたとして、もしその魚が誰か他の人に釣られて捌かれて食べられるなら、そんな不思議なことはありませんよね。私の体は魚の一部になって、魚は他の誰かの一部になるんです。人間じゃなくてもいい、魚じゃなくても別にいい。プランクトンが私を食べて、それを魚が食べて、それを他の生き物が食べて、私は海の生き物たちの一部になるんですよね。長い時間をかけてそうなるんですよね。
夢があると思いませんか。
誰かの一部になれるんです。
生きているうちに、私は結局他の誰かの代わりにはなれなかったし、一部にだってなれなかった。そんな私がです。人間よりももっと大きな存在の一部になるんです。
傲慢かもしれませんが、今なら生贄として捧げられる人たちの気持ちが少しわかる気がするんです。
より大きな存在の一部になれるんだって思うと、なんだかすごく嬉しいんです。
友人は不思議なひとでした。
私は何重にも嘘を重ね着して、何も無い自分を偽っていたんです。
ある日私は丸裸にされました。
その友人が全部脱がしたんです。鉄壁の鎧でした。少なくとも私はそう思っていました。
なのに彼女は……まるでトンネル効果でも起こしてるみたいに、分厚い何枚もの鎧をすり抜けて手を伸ばしてきたんです。
そうやって今までどれだけの人の心を丸裸にして見てきたんだろうとも思いました。
でも、彼女の絶大な魅力に勝てませんでした。
私は彼女を最後まで理解できなかった。
「一緒に死のう」って言葉にも反応できなかった。
そんな私に、彼女が会ってくれるとは思えません。
だけど、だけどやっぱり会いたいです。
会いに行きたいから死ぬんです。
これって悪いことなんですか?
死ぬってどうして悪いことなんですか?
私は。私は、ただ会いに行くだけです。
理解したいんです。彼女に会って本心が知りたい。
だから、これから飛び降ります。
ええ、そうです。海に。彼女がそうしたように。
海の底に沈んでるかもしれないんです。
私も沈めば、会えるでしょう?
……長々とありがとうございました。
これで心置きなく、死ぬことができます。
最後くらいは誰かに聞いてほしかったので。
今、本当に晴れ晴れしています。
彼女に会いに行けるのかと思うと、なんだかすごく目の前が明るいんです。
本当にありがとうございました。
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