綺麗な眠り方

 命の散り方を美しいものにしたい、という気持ちは、実際のところメジャーなものではありません。

 例えば大量の百合に囲まれて、その毒で静かに息を引き取りたいなんて相談もありましたが、現実的に考えるとまず無理な話だったりするのです。

 研究所に来たばかりの頃、ここで『水槽の底』を読んだことがあります。

 私は「稀有な人間もいるもんだ」と思いました。

 しかし、ちょくちょくそういう相談を受けるようになったものだから、そうも思えなくなりながらも、「やはり死に方に対して、ある種の美学があるものなんだな」と思い直したものです。

 美しくない自殺。まぁそういう概念もあるのでしょう。自殺自体が美しくないと考えていた私にとってはなかなかどうして新鮮なものでした。

 飛び降り自殺や、線路への飛び込み自殺に関しては特に「嫌だ」と言う人間が多いです。

 例えば。

「体がグチャグチャになるから美しくない」

「綺麗なままで死にたい」

「肉片を晒してグロテスクな姿になりたいとは思えない」

「理想の死に方と合致しない」

「無様な死に方過ぎて吐き気がする」

「実際にその現場を見てしまったので決してそんな死に方はしたくない」

 これ以外にも様々ありますが……どうも他人からの目線を、死ぬ際にも求めてしまうようです。

 どう見られているか。

 どう思われているか。

 死ぬと気にすることはできないのに、体裁を気にする人は多いです。第三者目線でその様を目の当たりにした経験があるから、というのもありました。

 見栄えが悪い、なんてのもありました。

 というか見栄えの問題であり、苦痛の問題ではないみたいです。「痛いのは問題ではない」と言い切るには誤解を招きすぎるので避けるとしても。

 死ぬ間際に痛みを感じることの恐怖より、他者によってどう思われるかという恐怖のほうが勝っているというのはなかなか奇妙な構造です。それはある意味では精神面での恐怖が、肉体面での恐怖に打ち勝ってしまっているという現象だと言えるでしょう。

 言ってしまうと、本当に死にたい人間はそういった所謂「体裁」のことなど気にしないものです。気にしてられないほど切羽詰まっていて追い込まれているからです。

 だから飛び降りも飛び込みも平気でします。手首を切って水に浸かったまま腐敗して液状になるし、首を吊って弛緩した体から排泄物を撒き散らすのです。臭いはきついし虫もたくさん。そんな無様とも言ってしまえるような死に方をするのです。

 彼らは後始末だとか、そういった後先を考えずに死にます。

 なぜなら考える必要がないからです。

 実際、自殺の仕方に選択肢などあってないようなものです。死にたければその場にあるもので確実に死ぬのが最適なのです。

 綺麗な眠り方という風にオブラートに包んで表現することはできても、実のところそんなに現実的ではありません。そもそも死そのものは美しいものでもなんでもありませんから。

 外傷の出ない服毒自殺や窒息自殺だって、泡を吹いたりします。そうでなくても弛緩が始まり体液が漏らします。綺麗な状態のまま発見されようものなら、九死に一生を得る羽目になりますし、後遺症だって残ります。

 肉体の腐敗が始まる前に、というくらいの早急な発見を望む以上、確実に死ぬことを望むことも叶いません。

「花に囲まれて死にたい」と相談をしてきた自殺願望の方に関して言うなら、おそらくは幼少の頃に見た葬式の記憶を引き継いでしまっているかもしれません。本人に訊いたら、「その可能性はある」と言っていました。

 棺桶の中で花に囲まれて眠ったように死んだ様子なんてものは作られた美しさです。自然にできたものではなく人工物であり誰か(詳しく言うならば納棺師ですが)の作品でもあります。

『Packaging Of Suicide』という題の手記を読んだときに同じことを思いました。「死」に概念のステッカーを貼り、そのステッカーに物語を書き込むだけでいいのです。そうすれば死は恐怖にもなり感動にもなります。自殺に関しても、同じことが言えるでしょう。「綺麗なまま自殺した」という状況は物語になり得ます。

 死に化粧という言葉があって、そうした納棺師という人種がいるから美しく見えるだけで、実際のところ死というのは醜いものです。オフィーリアのような死は理想の粋を出ません。幻想で、それ以前に絵画です。

 せめて見苦しくない死に方をしたいのであれば……スイスで安楽死するのが一番いいでしょう。ディグニタスで薬を飲んで安楽死です。

「鈴蘭を生けた花を飲んで死ぬ」ですとか、「トリカブトを食べて死ぬ」ですとか。そうした自然の毒を使って自殺を図るのもリスクはあります。成功しないリスクももちろんのこと。

 どんなに言葉で美しく取り繕っても、結局は死ぬということに変わりはなく、死ぬということが醜いことに変わりはありません。

 もはや自殺に限定されず、「死」そのものに対する美学が築かれてしまっている昨今ですが、この前の分にも書いたとおり、自殺者が減らないのはそういうことです。


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