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 厄介な相談者に出くわした。

 そいつは人を殺した直後らしくて、なんだかイヤな笑い声を出しながら電話をかけてきたんだ。

「宣言します。俺は家族全員を殺しました。一人だけ生かしています。この僕です。あとは死んじゃいました」

 そんな感じのことを言っていた。

 頭のおかしい人間なんかこの仕事をしてたら日常茶飯事だけど、そいつは罪を犯してる。

 そりゃあ、この電話の中で罪を犯したことを告白したからって、こっちが警察に通報するわけじゃない。そんな義務はないし、むしろ個人情報保護の観点からすればそんなことはできない。

「僕は変わりたいんです。外見も内面も変えてしまいたい」

 そんなことを言うもんだから、真に受けて「整形手術などいかがですか」みたいなことを口走ってしまったんだ。

「わかってないな」と苛つきながらそいつは言う。「殺したら元も子もない。デスマスクを作るのとはわけが違うんですよ」

 意味がわからん。

「家族はみんなみんなアンバランスな均衡の元に、顔の皮をはがして被っていただけだったんです」

「別の人間の皮ですか」

「そうかもしれない。僕だけがまともだった。だって、何にも皮を被ってないんだから。僕はそのままの僕であって、僕は僕自身の僕なんだ」

 ……理解できたか?

 できたなら教えてくれ。

「僕は今から戦死します。名誉の死です。これは生まれたときから決まっていたことです」

 俺はもう相手にしてなかった。今から死ぬのですね。成功を祈っています。

 そう言った。

「首を吊ります」受話器か携帯電話かをどこかに置いたらしい。続いて縄の擦れる音が聞こえた。「見ていてください」見えないが光景の想像はつく。

「せーの」

 ギシギシと音がして、声が口から漏れているのが聞こえる。

 すると突然だ。

「死にたくない!」

 縄で首を絞められているとは思えないような声量で男はそう言ったんだ。

 ……念のため書いておくが、同じ男だ。

 さっきまで名誉の死を遂げるとか言ってた口で、死にたくないと言ったのだ。

 恐らくは……気が触れて家族を殺し、自分も死のうとしているというタイミングで、正気を取り戻してしまったんだろう。

 もう復帰は無理だ。

 死にたくないと言い続けながら、声がか細くなって、すぐに何も聞こえなくなった。

 力の抜けた体からいろんなものが漏れて床に飛び散る音がしたところで電話を切った。

 まぁ、そんなこともあるか。

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