独白(37)
死ぬ間際とか遺書とかにある愛の告白とかあるじゃないですか。
最期の言葉が、恋人や恋人だった人にだけ向けられた愛の言葉だったりする時。
あれって、呪いだと思ってるんです。枷ですよ。それを簡単に外せる人ならいいけど、なかなか外せない人ってのもいるんです。自分の意思で外さないパターン、自分の意思に反して外せないパターンの二つ。僕は外したくても外せなかった。
一年前に自殺した、付き合ってた元彼からの最期のメッセージが愛の告白だったんです。自殺する半年前でした、別れたのは。
自分の気がおかしくなったからお前と付き合ってしまったんだって言いだして、一方的に別れを切り出されて、でも話し合って、それでも別れることになったんです。お互い幸せになれないからって。先のことなんてわかるわけないのに、幸せになれないって決めつけて、僕は僕で納得してしまって、別れてしまった。
その半年後に、メッセージが来ました。「愛してる」ってそれだけがきて、突然のメッセージに驚いたから返信しても、返ってこなかった。
それから二日くらい経ってようやく、友達から聞いたんです。自殺したって。オーバードーズだって。向精神薬と睡眠剤を大量に飲んで、その上アルコールまで飲んだって。
葬式には出ました。家族にも会いました。でも家族は知りませんでした。自分の息子が彼氏を作ってるって。その彼氏が僕で、半年前に別れたってことももちろん知らなかった。息子の精神が不安定になりだしたのはかなり前のことで、僕と付き合い始める前からそれが顕著になってたって。
あいつは、僕と付き合って、それでもなお自分がおかしくなリ続けていくのに気づいて、でも止められなくて。下手すれば何かの拍子に、僕に危害を加えるかもしれないって。
おかしくなったから別れようってのはそういう意味だったんだと思います。
家族の話を聞いて、別れた時のこととかを思い出していくうち、段々と彼が死ぬ間際に送ってきた「愛してる」の文字が僕の中で息を吹き返しました。
それからはもう、今もまだ、事あるごとに「愛してる」って彼の言葉が、彼の声と一緒に頭の中を駆け巡り続けているんです。どうやっても消えないんです。
初めてそれを感じたのは、彼が死んだ当時に付き合っていた、別の恋人の「愛してる」を聞いた時でした。何度言われても、彼の「愛してる」という言葉が、声と一緒に乗っかってしまうんです。僕は動転して、自分から別れを切り出しました。
その後も、自棄になって他の人と付き合ったりして忘れようと思いました。死んだ人間をいつまでも引きずってちゃダメだってあちこちから言われましたし自分でもそう思ってた。だから新たな一歩を踏み出そうって。
でもそうするたびに、彼の声が聞こえてくるんです。
踏み出そうとする足に、その言葉が絡みついてくるんです。雁字搦めで動けなくなるんです。
何か新しいことをしようとするたび、新しい出会いを探そうとするたびに「愛してる」が蘇ってくるんです。別の恋人から言われた「愛してる」にすら、彼の声が纏わり付いてきます。思わず「黙れ」と叫んだほどです。
こうなっちゃうと、どれだけ新しい恋を見つけても長続きしません。誰を愛しても、誰に愛されても、彼の声がどこからともなく聞こえてくるんです。死んだ人間に何から何まで支配されてるんです。呪いです。もう耐えられない。
そう思いながら、この日を待ちわびていました。
あの日から一年。
わずか。たかが。されど。一年です。
僕は彼を愛しています。
この番号、多分彼もかけたと思います。そこで何を言ったのか僕にはわかりませんが……何を言ったんでしょうね。
これは一種の再現なんです。彼はこの番号に電話して、メッセージを送ってそれから薬を飲んで酒を飲んだ。だから僕もこうして死のうとしているんです。同じやり方で。彼の気分を味わいたい。死んだら意識なんてなくなるんでしょうし、霊魂の類なんか信じてないから何も無くなるんでしょう。だから僕は、彼に会いに行くわけじゃありません。
でもそれでいいんです。
僕は彼と一緒の最期がいい。
ありがとうございました。
何も言わず何も訊かず、こんな語りをただただ聞いてくれて。
さようなら。
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