遺書【書き起こし全文】
テストテスト。試験試験。
さて。
暗闇に映ってる俺を見ることはできてるか?
カメラはもうこのままだ。死ぬまでこのまま。動かすことも止めることもない。容量が空いている限り、それか電池が続く限り撮り続ける。だから上手く撮れてるかを確認することはしないよ。
実験を始める前にいくつか自己紹介でもしよう。
俺は自殺願望研究所とかいうクソイカれた場所でひたすら会話をしてた。そう、まさに今俺が立ってるこの場所は、そのクソ研究所の屋上だ。
自殺願望を研究するんだから当然だけど自殺に関する相談電話ばっかりかかってくる。電話をよこしてくるのはもちろん自殺したがっているメンタルのブッ壊れた奴と、自殺をしようかまだ決めあぐねている迷える仔羊達、あとは小さくて薄っぺらくてまるで鳥の糞みたいにちっぽけな悩みを、さも割れ物でも扱うみたいにそれはそれは大事に大事に抱えた、やっぱりイカれた人間もどき。
今まで俺はそういう人間の成れの果てだとか人間のなり損ないみたいな奴らに道を示してやった。
死ねばいい。
死ねば迷いは消える。
死ねばそんなクソみたいな悩みなどどうでもよくなる。
そんな風にな。
俺はそいつら羊にとって犬みたいな存在だ。三方を地獄のケージで囲まれた死のスペースに羊たちを追いやるべくワンワン吠える仕事。
それも今日で終わりだ。
俺はここから飛び降りる。
カメラにはそれを記録してもらう。俺が直接死ぬ場面を映すために一旦カメラを動かすのはなんだか馬鹿馬鹿しいからやめたんだ。どうせボウリングの球が割れるくらいの大きな破裂音と一緒に、スイカみたいに中身ブチまけながら割れる様子が映るだけだ。音だけでいい。想像力をしっかりと働かせてもらう。
研究員のメンタルに響かないよう最大限の努力はしてるつもりだ。
想定外の出来事なんか知るか。死人にはどうせ何もできないんだ。
で、まぁただ飛び降りるだけじゃ華がないよな。俺もわざわざカメラでこんな遺書を映像で残すなんてする必要がない。音だけでいいんだったらカメラなんか用意しないさ。ボイスレコーダーで十分だ。
十分じゃないことをこれからやるんだ。
俺がここから飛び降り自殺をして、そこから俺の身体が浮かび上がってこのカメラに映れば実験は成功だ。
失敗すればまぁ、その時は普通に死ぬ。
俺もテンパってるから上手く説明できないが、見えない誰かが俺にずっと話しかけてきてるんだ。それが十年ほど前からずっと続いてる。三年ほど前ようやくまともに会話をした。会話をするうちに、十年前に別の世界からやってきて、そのままこの世界で死んだらしいんだ。肉体だけ。
で、意識だけが生きたまま俺の中に入ったんだ。
何故かって思うだろ?
別の世界の「俺」だったからさ。
今じゃこうして、実験の計画からカメラの調達に至るまで、俺たちはずっと動くことができるまでになった。遺伝子的には一人だが、俺の意識は世界二つ分ある。
別の世界からやってきたそいつは超能力を持ってた。悪魔的な力だと言ってるけど、俺が眠ってる間にしか能力を使えないらしい。だから俺は知らない。
もうわかったろ。
俺が死んだあとに出てくるのは、もう一つの世界からやってきた俺だ。
自分の身体を別の自分に明け渡すだなんて真似をしようだなんてイカれてるよな。この研究所のせいだ。俺は悪くない。そんな決意をさせるまでに、この研究所のイカれ具合は酷かったってことだ。
自分のために残されたものはもうない。何もだ。
代わりに、人間以外の何か用に残された空白がある気がする。俺は人間以外の何かになる必要があると、そこでようやくわかったんだ。まるでもう一人の自分が人間じゃないみたいな言い方だよな。俺もあいつも同じことを思ってるよ。
一週間くらい前からなんだ、こんなにも変な気分は。
よくないものが取り憑いてるって気がしてた。俺にしか見えないものがあって、俺以外の人間にしか見えないものもあって。
とにかく、何か変な物事に囚われたことは確かだ。俺もそいつもそれを自覚してた。俺の身体をブッ壊して、その認識と取り憑いた良くないものも道連れにする必要があるってことさ。
それだけだ。
簡単な話なんだ。
神は人の身体に鍵をかけて中身が出ないようにした。
同じような理由で、世界にも鍵をかけやがった。まぁ……鍵だっていつかは錆びて朽ちる。朽ちかけの鍵を壊せば中身が飛び出して外側が死ぬ。中身が無事であろうとな。コーヒーだって、カップが割れれば意味がないだろ、そういうことだ。器がなければならないし、それは丈夫でなくてはならない。零したミルクを嘆いて何になる?
大昔だったら、世界の鍵は重力だったが、科学の進歩ですぐ壊された。
どうせいくら鍵をかけようとピッキングされるか鍵そのものを壊されておしまいだ。封じ込めた何物かが飛び出してくるかもしれないな。
今じゃ死を肯定してくれる人間がたくさんいる。遊び半分でもいい。嘲笑混じりでもいい。肯定は肯定だ。
時には死への欲望を嗾す奴までいる。まったくイカれてるとは思わないか? 死ぬことを請い願うことを暗に否定され続けているこの世界でいよいよそんな存在が増えてきてるんだぜ?
よく人は「死は敗北である」とか的を外したことを言う。俺に相談してきた仔羊達も、そんな風に存在を無理やり肯定され追い詰められてきた奴らばかりだった。そんな奴らに俺は決まって「知るか死ね」って言い続けた。追い詰められるってのも才能さ。
自殺や自死や自決が勝ち負けの土俵にもたらされることを俺は散々なことだと考えてきた。死は勝ちでも負けでもなんでもない。ただの死さ。さっきも言ったが、死は救いでもある。気を失ったり、眠っていたりするときの記憶がないのと同じだ。寝る前と起きた後とでしか時間を見ることはできない。寝ている間の時間は消し飛ぶんだ。死ぬってのはつまり、意識を永遠にシャットダウンして時間を永遠に消し飛ばすことなのさ。
だからこれから死のうと思ってる奴へアドバイスするなら、何も考えないことだ。もう考えるな。何も考えず死ねばいい。考えるだけ無駄だ。考えれば考えるほど自分がそこに未だに存在しているのだとハッキリしてしまう。そんなのは嫌だろ?
世界から存在することを拒まれるってのを望んだんだろ? 存在の拒否を。或いはそう思い込んでるだけかもしれないけど、結局は自分自身だけが頼りさ。誰が何を思おうとも勝手だ。外から何かを言ってきても、そいつには何も見えていやしない。手前味噌の混じった価値観でお前の死を推し量ろうとする奴なんてほっとけばいい。いくら批判されようが、死ねばそんなもの届きはしない。
以上だ。
演説は終わり。
実験を開始する。
死の神タナトスに万歳。
冥界の神アヌビスに万歳。
閻魔に会ったらよろしく頼む。
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