1-5-10
牢屋にでも放り込まれるかと覚悟をしたが、ルドヴィニアがスタイレインに送られた先は、皇帝の室からほど近い、趣味は合わないが豪奢な室であった。位置関係からして、皇帝の寵姫に与えられる室であるのかもしれない。
そこに辿り着くまでの僅かな間に、素顔と髪と、だらしない
配置されている人員の多さから、エクスカリュウトの護衛と、自分の監視を合わせて行う都合であるのだろうとルドヴィニアにも思い至ったが、皇帝の寝所へ渡らせるのにも利便性の高いその室を、そんな予定を今後一切無くしてしまったルドヴィニアに使わせるのは、まるで当てつけのようにも感じられた。
入室してすぐの宮女の控えの間には、見張りを兼ねたゾライユ人の宮女たちと共に、憔悴しきったゼラルデがいた。
命よりも大事な主君ルドヴィニアと、常にその後回しにしてきたが、それなりに愛する娘メラニーアンの、安否も行方も知らされぬまま監禁されて、ゼラルデは心配のあまり、一日にしてひどく面やつれしていた。
「ルドヴィニア様……」
「……乳母や……」
誰よりも信頼する乳母を目にした安堵から、張り詰めていた糸をぷつりと切らした身体をゼラルデに抱き止められて、ルドヴィニアはそこにまだスタイレインがいることも、赤毛の宮女たちが冷ややかに、見知らぬ顔を並べていることも意に介せず、その胸にしがみ付いてわんわんと泣いた。
怒涛のように襲いかかった過酷な現実は、十五歳になったばかりのルドヴィニアが受け止めるには重すぎた。
後宮の一隅にルドヴィニアを閉じ込めて、以降、その機嫌を窺うこともなく、エクスカリュウトは国家君主として精力的に政へ乗り出してゆく――。
*****
実権を握ったエクスカリュウトが一も二も無く行ったのは、ゾライユ帝国内からの占領軍の追い出しである。
アズワルドが神妙に差し出そうとした首をエクスカリュウトは受け取らず、敗残の将として故国で裁かれよと一蹴した。そうして助命をするかわりに、ロジェンター王ウォストラル三世の代理人として、ゾライユの独立を受諾し、ゾライユ側が主導権を握る休戦協定に、四の五の言わずに調印するよう迫った。
ゾライユに対して白旗を挙げたのは、あくまでゾライユに駐留していた占領軍であり、ロジェンターという国ではない。全権委任をされていたのは、帝国政府の運営と戦後処理に関してであり、自分にそこまでの権限は無いと、アズワルドは当初それを拒否したが、エクスカリュウトは頑として譲らず、兵士たちの命を脅しの材料に使った。
曰く、帝国民の生活も危うい今のゾライユには、捕虜を養うような余裕は無い。おまけにもうすぐ冬が来る。ロジェンターへの帰還が一日でも遅れる度に、兵士たちの屍を増やしてゆくことになるが、それでもよいのか、と――。
自分はもちろん構わない。ロジェンター人が何人減ろうが気にも留めない。兵士たちを道連れに、死にたければ勝手に死ね――と、交渉の卓からさっさと離れようとしたエクスカリュウトを、アズワルドは慌てて引き止めた。
ここで彼が頷かねば、ロジェンターの占領軍は雪に埋もれて死滅するしかない。生きて国に帰してやるために降伏させた兵士たちを、餓死や凍死させてしまっては意味が無かった。
死にどころを奪われ、晩節を惨めに汚される形で、王への忠誠よりも人道を選んだアズワルドは、時折雪がちらつき始める中を、売国奴の証拠である協定文書を握り締め、ルドヴィニアの首を懸けて安全を保障した、ゾライユからの和睦の使者を連れて、死に体の軍を率いて帰国の途に就いた。
それは直接的に傀儡の糸を引き、抑圧と屈辱を与え続けてきた、アズワルドに対するエクスカリュウトの復讐であり、同時にウォストラル三世に向けての、最大限の嫌がらせでもあった。
アズワルドに調印させた協定文書が、ウォストラル三世にとっては、何の拘束力も無い紙屑同然の代物であろうとも……、ロジェンターの国内に、不和の楔を打ち込めればそれでよかった。
アズワルドがゾライユから持ち帰った、その不愉快極まりない手土産に、ウォストラル三世は当然の如く激怒する。
ゾライユで首を掻かれてくれていれば、国を挙げて悼むこともできたアズワルドを……、実際には、兵士たちの命と引き換えに国を売り、生き恥を曝して戻った人情派の老将を、ウォストラル三世は断罪せぬわけにはゆかなかった。
ゾライユ属国化失敗の責を一身に被せられ、激しく槍玉に挙げられる格好で、ウォストラル三世から自刃を命じられたアズワルドの死に様が、彼の家族や、帰国後すぐに解体された占領軍の兵士たちの胸中に、深い痛みと禍根を残したことは語るまでも無いだろう。
アズワルドは確かに、大きな失態と罪を犯した。しかし……。
ゾライユ各地の駐屯地から、次々と追い落とされる占領軍に、国王はそして本国の軍部は、手を差し伸べてくれなかった。国情不安であることを理由に、ゾライユの反乱は、占領軍だけで対処せよと切り捨てた。
まるでそれが、ゾライユの統治を放棄する、好機だとでもいうように――。
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