1-5-8
目覚めると、エクスカリュウトの姿は既になく、ルドヴィニアは寝台の上に一人きりだった。
あれから、皇帝の寝所へと担ぎ込んだルドヴィニアに、エクスカリュウトが行ったのは、正に蛮人の所業といえた。
ルドヴィニアが息も絶え絶えになり、彼方に意識を飛ばしてしまうまで、征服され尽くした身体は恐ろしく重い。宣言されていた通りの夫の様子から、その後も行為は続けられていたのかもしれないが……、知らなくてもよいことというのが世の中にはある。
昨夜本当の意味で、ルドヴィニアの肉体は大人の女のものに変えられていた。
獣のように、舐められ、吸われ、噛みつかれ、筆舌しがたい交わりを強いられたせいであちこちが痛み、疲れ切っているはずの身体の芯に、熱く蕩けるような狂おしさが残り、揺さぶり起こされた赤黒い本能で、そこがもう夫を恋しがっている。
激しい
脇机に呼び鈴を見つけたルドヴィニアがそれを振るうと、ややあって、ノックも用聞きもなく寝所の扉が開き、一人の若い女が入室してきた。
「何じゃ?」
ずけずけとやってきた赤毛の女は、天蓋の帳を遠慮なく分けると、聞き付けない古風な訛りのある言葉で、不躾にルドヴィニアに声を掛けた。
「身体を清めて服を着たいの。……それからお水が欲しいわ」
自分の発した声がしわがれていることに、ルドヴィニアは思わず赤面した。その理由を察したらしい女は不快そうに、眉を曇らせて渋々言った。
「しょうがないのう。あれだけはしたない大声で、よがっておればそうもなろう」
「聞いていたの!? お前はっ……! 閨の声を盗み聞きするだなんて、はしたないのはお前の方だわ!」
「聞いたじゃなくて、聞こえたでおじゃるよ。死にそうなほどよかったとはのう……。あー羨ましー」
ルドヴィニアが死にたくなるような感想を言い置いて、女は一旦寝所から出て行った。
初めて至った極致から、なかなかに下りることを許されず、死ぬかと思ったのだ、本当に……。今の自分の身の上を思えば、いっそあのまま、エクスカリュウトに繋げられたままで、死んでしまえればよかったのだ。
*****
女はまずルドヴィニアに飲用の水を運び、それから身支度と、清拭の用意をして戻ってきた。温かな湯に浸かって、全身を綺麗さっぱりと洗い流したいところだが、そうもいかないのだろう。
我慢してルドヴィニアは、水で喉を潤した身体をうつ伏せて、再び寝台に横たえた。交接の後始末を、馴染みの無い宮女にさせるのには、いささか抵抗があるが致し方ない。
「何をしているの? 早く綺麗にして頂戴」
「は? 綺麗に……? ひょっとしてヘルガに、身体拭けと言うているでおじゃるか?」
「そうよ。寒いわ、早くして」
女はしばしあっけに取られたように、無防備な姿を晒すルドヴィニアを眺めていたが、やがて悪さを思い付いたような顔つきをして、ルドヴィニアの身体をごしごしと拭き始めた。そこはもう少しこう、優しくしてしかるべきだろうと思うような敏感なところまで。
「痛いわ、下手くそ!」
強い摩擦に加え、内股をわざと抓り上げるように掴まれて、ルドヴィニアは半身を捻り起こしながら女の手を払い除けた。
「ヘルガは他人の身体を、拭いたことなどないでおじゃる。嫌なら自分でするでおじゃる」
ルドヴィニアの腰の辺りに、ぺしりと濡れ
何ということだろう! この妙に態度の大きな女は、皇帝の室詰めの宮女どころか、直に貴人と接したことも無いような
曲がりなりにも背中だけは拭き終えられていたので、ルドヴィニアは怒りに震えながら浴布を取り上げて、生れて初めて清拭を手ずから行った。
ルドヴィニアが慣れぬ手つきで、夫のものと自分のものとで汚れた身体をもたもたと拭ってゆくのを、 女は天蓋の柱にもたれて腕組みをしながら無言で見下ろしていた。
「終わったわ。服を着せて」
ルドヴィニアが浴布を脇に放り出しながら命じると、女は腕組みを解こうともせず、寝台の足元側に運び込んでいた、平たい衣装箱を顎で示した。
「服ならそこにあるでおじゃるよ。それは自分でしないでおじゃるか?」
衣装箱の中には、まるで御半下が着るような、粗末な――というのは、あくまでもルドヴィニアの観点においてだ――衣類一式が収められていた。昨日夫に引き裂かれてしまい、今は床上で襤褸と化している、錦の衣装の豪華さとでは雲泥の差がある。
目の前の女が纏う衣服よりも、さらに質素なそれを指先で摘まみ上げて、不快げに眉を顰めながらルドヴィニアはぼそりと言った。
「……できないもの」
「はあ?」
「できないの、着付け方を知らないわ。こんな服、どう着たらいいのかわからないし、わたくし自分一人で着替えなんて、したことがないのですもの!」
手繰り寄せた毛布を裸の上に巻き付けながら、ルドヴィニアは捨て鉢になって女に訴えた。生まれてこの方、宮女にかしずかれるのが当たり前できたルドヴィニアに、下女に素裸を見られたからといって羞恥するような心は無い。そうせずにおれなくなったのは肌寒さゆえだ。
「なるほどのう……。聞きしに勝る
女は、山猫のように切れ上がった菫色の瞳をすいと細めたかと思うと、身軽く寝台の上に乗り掛かり、片側に身体を傾げながらルドヴィニアの顔を覗き込んだ。
「人にものを頼む時には、『お願いします』と言うべきだのう」
「どうしてお前などに、そんなこと……!」
ルドヴィニアは忌ま忌ましげに女を睨みつけた。それをものともせずに、女はくいと口の端を上げた。
「ヘルガは別に構わぬよ。ヘルガにお願いするのが嫌ならば、このまますっぽんぽんでいればいいでおじゃる。もうすぐ皇帝の室へ、陛下がお戻りになるというのにのう。皇妃殿下は素っ裸で、真っ昼間から陛下を寝所へ誘い込むのか。肉の悦びを罪とするバリアシ教徒のくせに、淫蕩だのう」
「……お願いします」
「はあー? 何じゃ? 季節外れの蚊でも鳴いたでおじゃるかのーう?」
わざとらしく女は大声を上げながら、ルドヴィニアに近づけた片耳の後ろに手を当てた。
「お願い、します、服を、着せて! わたくしを、どうか――、陛下に、
屈辱に耐えながら、ルドヴィニアは三度目を言わされることのないように、言葉を細切れにしつつきっぱりはっきりと頼み込んだ。
「仕方がないのう」
偉そうな態度で請負いながら、女はとにかく不器用だった。
帯はぎゅうぎゅうに締め付けて、けれども服の合わせ目はゆさゆさで見苦しく、あろうことか女はそれを、ルドヴィニアの肉厚が足りないせいにした。髪に至っては、ルドヴィニアのするするとした髪では髷など作れないと言い切って、一つくくりにするだけで済ませる始末である。
ゾライユ式の衣服とあって、頭巾も、被り布の用意もなかったが、ルドヴィニアはそれも我慢した。これから会うのは夫であるし、どの道結い上げていない髪では、隠したくても隠しようがない。
*****
どうにかこうにか身支度を終えて、ルドヴィニアはげんなりとしていた。とても恐ろしくて、顔を弄らせる気にはさらさらなれず、眉すら整えていない素顔のままである。
「ロジェンターの王女というからには、いかな金髪美女かと想像しておったが……」
「何?」
ルドヴィニアの髪色は淡褐色。その時点で、ゾライユの男たちが胸と股間を熱くし、女たちが妬心を燃やす、ロジェンター美人の条件から外れてしまっている。
しかしだから、何だというのか? むっとするルドヴィニアに向けて、女はさらにその神経を逆撫でするように、ふふふん、と鼻先で嘲笑した。
「たいしたことはごじゃらぬなあ――」
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