038『警備:地下3階』
どうやらこのフロアーはB棟の三階の様だ。壁にB-3Fと書いてある。
私はエレベータの下ボタンを連打した。
別に連打をすれば早く来ると思った訳では無い――病院服がびちょ濡れな上にまだ指先に力が入らず震えただけだ。
待つ間に少しでも早く治る様に足踏みとゆっくりと屈伸運動をした。
三基のエレベーターの真ん中の扉が開いた。
杖を突きながら乗り込み1Fのボタンを押す。本当は地下三階まで行きたいのだが、このB棟の地下は重要区画なのでこのエレベーターでは直接いけない……。
一階へ着いた。
放送が火災警報と避難警報を交互に流している。
エレベーターホールや通路にも人気は無い。何とか普通に歩けるようになったので点滴ホルダーはここへ置いて行く。
一階ロビーの方へと歩いた。通路の壁際からロビーを覗く。
どうやら外は昼間の様だ。ロビーのガラスの外に日が差している。ロビーの受付のカウンターのところに見える時計が十一時を指している。どうやらまほろばと外ではおよそ十一時間の時差が合った様だ……。
A棟の建物の方へ人が沢山居るのが見える。皆は向こうの棟に避難したらしい。
下駄箱に来客用の防塵シューズ置かれているのを発見した。拝借する。
地下へ降りる階段とエレベーターはロビーの向こう側のセキュリティゲートのさらに奥にある。
セキュリティゲートの脇に警備員が立っているのが見えた。
――おや? この警備員の服装はここのものでは無い様だ。都内一円で良く見かける警備会社ジェイセキュリティーサービスの物である。こんな人間いただろうか……記憶にはない? それに何だかこいつオドオドしてる……。それなら……。
「おい!」
私は声を上げながらその警備員のところへ堂々と近づいて行った。
「な、何だお前!」男が警棒を構えようとする。
「警備の浅見だ」一応、嘘は言ってない。ちゃんと採用の言質は採っている。「……下の様子はどうなんだ」
「今、警備の人間が全員下に降りて行ったぞ。負傷者も出てるみたいだ」
「そうか」
「ところであんたなんでそんなにずぶ濡れなんだ?」
「三階で火災警報が鳴ったんで見に行ってきた所だ。上でスプリンクラーが作動してる。あんたも急いで避難した方が良いぞ」――嘘である。ボタンを押したのは私だ。
「ああ、わかった」
「なあ、ところで石堂さんはどこ行った」
「石堂? 誰だ? すまない俺は急に三日前からここに来たんで、まだあまり名前を知らないんだ」
――何ぃ!
何のことは無い、多分こいつは私の後釜なのだ。私がマヒトに引っ張り込まれて眠ってしまったので仕方なく既存の警備会社に頼んだのだろう……。どうやら私を実験材料にするつもりはなかったようだ。場合によってはここに私が立っていた……そう考えるとちょっと複雑な気分だ……。
「スーツを着てる筋肉質のオッサンだが」
「ああ、あの人か。多分その人なら皆を連れて地下五階に行ったはずだ」
――成る程、アマヌシャは地下五階で実験してたのか……。
今、起きている騒動はマヒトがここのアマヌシャに命令を出して暴れさせているのである。アマヌシャは素の状態でも生者を妬み攻撃を仕掛けるが、それは奴等の本能に近いものなのである。本能で条件反射のように動いても力の強いアマヌシャだが、マヒトが命令を下せばさらに力を込めて動き出すのだそうである――そう、容易く鉄パイプの檻を破るほどに……。
ちなみにこのB棟、地上五階に地下五階。機材等の実験と研究を行う実験施設である。
セキュリティーゲートの向こうを見ると、地下へ降りるエレベーターが三基とも扉が開き電気が消えているのが見えた。緊急停止したのだろう……。そして、左側の非常階段からは何やら怒鳴り声が聞こえて来る。
「おい、エレベーターの鍵あるか」私は警備員に聞いてみた。
「ああ、あるけど、下に行くつもりか危険だぞ」
「地下三階にまだ人が居るんだ。私が行ってちょっと誘導して来る」
「気を付けろよ」
「ああ。……そうだ、誰か来たら浅見は地下三階に行ったと伝えて置いてくれ」そう言って私は警備員からエレベーターの鍵を受け取った。
地下専用のエレベーターホールに近づくと、左手の非常階段からドンドンと何かを叩く音と怒鳴り声が聞こえてきた。
「押せ! 押せ!」「もっと資材持ってこい!」「おい! そっちをもっと押さえろ!」
どうやら、地下五階の防火扉付近でバリケードを築いている最中の様だ……。まあ、がんばれ。
私は一番右のエレベーターへ乗り込みキーを差して始動の方へと回した。
エレベーターの電気が灯り起動する。
私はすかさずB3Fのボタンを押した。
地下三階で扉が開く。身体の方は何とか普通の状態にまで回復した様だ。
エレベーターホールの出口にオートロックのガラスの扉が付いている。操作パネルに近づいて九桁の暗証番号を押す。
『773775777』これはセイラに教えて貰った彼女用の緊急用セキュリティー番号だ……。
プッ! と軽い音がして扉が開く。――良かった開いた。まだセイラの番号が生きていた。もしもの場合はこの扉を壊さなくてはいけなかったのだ。
素早く身を滑り込ませ通路の窓から中を伺う。
一メートルほど低い床面の広い室内に繭のような形の近未来的な風貌のベッドが五つ並んでいる。そう、ここは私がマヒトに引きずり込まれ意識を失った場所である。あれから色々あった……と、感傷に浸っている場合では無い。
左手に部屋を見ながら通路を進む。
――おや? 一番右手のベッドが空いている……。まさか……。
扉があった。私は急いでパネルに先程と同じ暗証番号を打ち込み扉を開けた。
「マヒト!」
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