033『孤軍:決行』


 西沢温泉に辿り着いた私は裏口から建物に入り、自炊場に置いておいた雑嚢袋を手に取った。

 本当ならここで一っ風呂浴びてから行きたいところだが、そう言うわけにもいかないだろう。時間がないので名残惜しいが先を急ごう。


 懐中時計をポケットから出して覗きこむ。時刻は九時五十五分を指していた。雑嚢袋を肩に下げ出発する。


 宿前の坂を上がり泡嶋神社の見えるところまで来た。煌々と明かりの灯る神社で激しく人が出入りしている。――ちゃんと準備を始めた様だ……。後はこっちの作戦がうまくいけば成功だな……。私はダムの方へと向けて歩き始めた。


 例の鉄柵までやって来た。仕掛けは無事の様だ……。柵の扉に掛ったチェーンを外し、扉を開け放つ。帰りは急ぐ事になるので開けたままにしておく。


 月明かりに照らされたダムへと続く道を一人進む。

 思わず以前に読んだ小説の『一人だけの軍隊』を思い出した。そう、この小説は映画『ランボー』の元になったお話で、ちょっとしたことがきっかけで保安官と対立してしまった主人公が街を巻き込んで戦争まで発展すると言うストーリーだったのだが、映画と違いどちらかと言うと心理描写に重きが置かれた物語だったはずだ……あれ? そう言えばあの話、ラストで主人公が死んでなかったか……?


 道を進みダムの手前のコーナーで、右手に曲がり山へと入っていく。斜面を登り極力音を立てない様に藪を掻き分ける。何せここには人とアマヌシャ以外に動く物がいないのだ。耳に届くのは、時折吹き付ける風の起こす葉擦れの音だけ……。音に気付かれた最後だろう。


 月明かりだけを頼りに、慎重に一歩ずつ前へと進む。特に小枝を踏み抜く音は立ててはいけない。足場を選びゆっくりとした動作で前へと進む。木々の合間を抜け斜面を登り切る。


 ダムの管理棟が見えてきた。

 一階二階の窓に明かりが見える。歩哨は屋上に二人。余り周囲に警戒してるようには見えない。


 ここからは地面に這いつくばり、さらにゆっくりと慎重に前へ進んでいく。

 出来れば二十メートル……少なくとも三十メートルまでは近づかなければ瓶の投擲距離に入らない。

 月の明かりに青白く照らされた静かな森を、木の幹の陰に隠れる様に近づいて行く。


 その時、風に乗って話し声が聞こえてきた。

「なあ、本当にこの……」「俺に判るか……」「……しても……」「……いや……」

 どうやら屋上の二人は会話している様だ。

 ――よし、今のうちに……。私は息を殺し、ゆっくりと管理棟へと接近した。


 木の幹の裏へ寄りかかり、ズボンのポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 十時三十分……。

 何とか距離は二十五メートル位のところまで詰めた。これ以上は木の間隔が疎らなので近づくののは難しい。だが多少こちらの方が位置が上なので十分な投擲範囲だろう……。


 ――さて……。

 雑嚢袋を開き瓶を三本ほど取り出し地面へ並べる。銃を肩からおろし、静かにボルトのハンドルを手前に引きチャンバーへ弾を装填する。


 先日、マヒトのところへ行く途中ダムのところで聞いた内容から、すでに九時頃には爆破の準備が整い、決行時間が伝えられているのを聞いている。今は装置の最終確認と撤収の準備をしている頃だろう……。だから今襲撃を行えば彼等は簡単に撤退すると考えている。彼等はどうせあと一時間もすればここを引き払い、峠のトンネルまで移動しなければならないのだ……。


 ――しかし、本当のことを言えば少し怖い……。相手は専門の訓練を積んだ戦争のプロだ、それが此方を殺すつもりで銃を撃ってくる。怖くないはずは無いのである。偉そうに一人でやるなどと言わなければよかったとちょっと後悔している……。


 それでも、これは私の仕事なのだ。別に英雄を気取っている訳では無い。

 何故なら私はこのまほろばへマヒトの術で入って来ているからである。シグナスで繋がれている訳で無いので死に直面すれば術が解けてしまう。勿論肉体もちゃんとあるのだから魂は元に戻り目が覚める。自分一人で目覚めるのなら元から簡単な話だった……。

 その話はマヒトに会った時にすでに聞かされていた。だが私はマヒトを目覚めさせセイラを無事救出して、そして村人も送り出す最適解はこの方法しか思いつかなかった……。


 ――まあ、ここで諦める訳にはいかんよな……。


 懐中時計を覗き見る。

 十時四十分……。


 大きく息を吐く。

 ――よし、作戦決行だ!

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