032『祝詞:三八式歩兵銃』


 その後、セイラと共にマヒトと今後の事についての打ち合わせをして、私たちは日ノ見院を後にして本殿へと戻った。


 時刻は午後五時。

 その頃には、日も大分傾き涼しくなってきた。本殿の中ではすでに宴席が設けられ宴の準備が始まっている。

 本殿の大広間にずらりと並ぶ五十の御膳。料理と酒が次々に運び込まれ配膳されていく。……桧垣さんのお膳は陰膳だ。


「どうぞこちらへ」と女性に声を掛けられ付いて行く。――確かこの人、狭間さんの奥さんだったかな?

 セイラと二人で下座に設けられた席に着く。暫く待っていると続々と人が集まり席に着き始めた。村人全員が集まり杯にお酒が注がれた。上座にさくらさんとマヒトが現れ、席に着く。


 マヒトはスクリと立ち上がり、その優しい声音で朗々と祝詞を紡ぎ始めた。


「たかあまはらにかむづまります(高天原に神留まり坐す)すめらがむつかむろぎかむろみのみこともちて(皇が親神漏岐神漏美の命以て)やよろずのかみたちを(八百万神等を)かむつどへにつどへたまひ(神集へに集へ給ひ)かむはかりにはかりたまひて(神議りに議り給ひて)あがすめみまのみことは(我皇御孫命は)とよあしはらのみづほのくにを(豊葦原瑞穂国を)やすくにとたひらけくしろしめせと(安国と平けく知食せと)ことよさしまつりき(事依さし奉りき)……」

 罪や穢れを払う大祓詞(おおはらえことば)の祝詞である。


 そして最後に「……では、この旅立ちの良き日に……」と言ってマヒトが杯を掲げた。

「「「「乾杯!」」」」

 村人全員が杯を掲げ一気に飲み干した。

 その後は一気に場は和み、談笑しながらの宴が始まった。


 がめ煮に鳥天、こごみの天婦羅。ヤマメの塩焼きに辛子レンコン。揚げ出し豆腐に茶わん蒸し。――どれもお酒によく合う! 私は料理を突きながら控えめにお酒を楽しんだ。

 周囲の人達と杯を交わし話に加わる。たわいもない話で盛り上がる。


 セイラはこう言った場になじみが無いのだろうか? 緊張して静かにしている様だ。そこへ奥様衆がやって来て取り囲まれてしまった。何やら質問攻めになってるようだ。セイラはアタフタしている。

 そうこうしている内に、外は日が暮れ、そして、次第に夜は更けていく……。



 東の空に月が出た……昨夜と同じ十八夜。

 昇りゆく月を眺めた……。


「そろそろ時間だ……」時刻は既に午後九時半。

「ねえ、本当に一人で行くの」声を聴いたセイラが質問して来る。

「ああ」

「気を付けてね」

「ああ、必ず戻る」

 セイラの事はさくらさんに任せて、宮司の多賀谷を探す。

 上座の方で一人酒を煽っていた。


「おい、多賀谷」

「ん、何だ浅見」

「そろそろ準備する」

「もう、そんな時間か、良し付いて来い」

 そう言って多賀谷は立ち上がり、自宅の方へと歩いて行った。――どこまでも偉そうな奴……。

 私も多賀谷の後に着いて行き、彼の自宅へ向かった。


「本当にこんなもんだけで大丈夫なのか?」多賀谷が聞いて来る。

「ああ、その他はもう準備したぞ」

「そうか…………なあ、浅見。なんだ、その……済まなかったな……」

「……よせよ、気色悪い」一瞬呆然とした。――お前は、乙女か!

「なっ……お、お前な……」

「別に気にすんな。喧嘩吹っ掛けてきたのも、お前の未練なんだろ。話はマヒト様に聞いてるよ 〝秋坊〟」

「ぐっ……けっ!」多賀谷は照れて横を向いてしまった。


 早くに母を亡くした多賀谷は、赤子から少年時代までマヒトによって育てられたそうである。よちよちの頃から知っているらしい。そしてマヒトは不死人なので成長しない。多賀谷にとってのマヒトは、名付け親であり、母であり、姉であり、幼馴染であって、そして妹である……。

 私はその話を聞いていたので、気持ちを察することが出来、本気で相手をしてやったのだ……。いや、単にデカい態度にムカついただけかもしれない……。


 それから、私は多賀谷から差し出されたそれを受け取った。

 ベルト付きの弾薬盒だんやくごうに、手巻き式の懐中時計。そして、〝三八式歩兵銃〟 である。


 三八式歩兵銃――

 日本が世界に誇る歩兵用ライフル銃である。1905年(明治三十八年)に帝国陸軍で制式採用されたボルトアクション方式の小銃で、口径は6.5mm、弾倉装填数は五発、総生産数は約三百四十万挺の国産銃で、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの長きに渡り使用された名銃である。


 弾は弾薬盒に6.5mm小銃弾三十発。クリップ止めの五発を取り出す。

 歩兵銃のボルトのハンドルを上に上げて手前に引いた。開いたチャンバー(薬室)の上に弾をセットして薬莢を押し込み弾倉内へ送り込む。

 装填が終わったらハンドルを押してチャンバーを閉じる。

 ここで一度念のため引き金を引いておく。空のチャンバーでカチッと撃針の音が鳴る。


「む、偉くて手慣れてるな」多賀谷が唸るように言った。

「まあ、ゲームで使ってたことがあったからな」

「げーむ? お前の時代は銃を使って、享楽にふけるのか」

「う、まあ、そんな時代だな……」――本当はFPS(一人称視点シューティングゲーム)やサバゲ―の話なのだがそれを説明してもわからないだろう……。それに……。


「俺はそんな時代に生まれなくてよかったぜ」多賀谷が呆れた様に言い放つ。

「いや、まあ、これはこれで楽しい所もあるんだよ……」

 ――……その本質は変わらない……。確かにゲームでは人は死ぬことは無い。だが、これは人を殺すための道具なのだと知りながら、その爽快感を求めて享楽にふけるのは少しいびつな感情なのだ……。

 まあ、性欲を抑えるためにスポーツをするみたいに、内なる暴力性を抑えるためにそんなゲームをすると言い訳をしておこう……。


 私は弾薬盒を腰に巻き、懐中時計をズボンのポケットに入れ、銃を肩に担ついだ。後は西沢渓谷温泉に置いてきた雑嚢袋を回収すれば完了だ。


「おい、カンテラはいらないのか」念のために準備をしておいてくれたのだろう。多賀谷はカンテラを手に持ち聞いてきた。

「月明かりがあるから大丈夫だ。それに明かりを持って移動したら気付かれてしまう」

「そうか……」

「それじゃあ、こっちの事は任せたぞ。決行は十時四十分だからな!」

「ああ、わかった、何かあったら松明たいまつで知らせてくれ」

「行ってくる!」


 私はそう言い放ち、先ずは雑嚢袋を回収するために西沢渓谷温泉へ向かったのだった。

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