024『泡嶋神社:強談』


 降りしきる雨の中私はマントを纏い、セイラは雨合羽に番傘で神社に訪れた。


 社務所に五人、小田商店の軒下に四人、若い男衆が詰めている。内一人は多賀谷で流石に銃は持っていないが皆手に棒や杖を持っている。今日の多賀谷はいつもの山伏風でなく、紫の袴に若草色の狩衣で烏帽子をかぶり番傘を差していた。

 ――おや、話をしたのは昨日だから最初からやり直しと思っていたが、記憶が残っている様だ。マヒトの仕業か鏡の所為だろうか……。それにしても偉く緊張感があるな。


「今日は話し合いに来た」私は多賀谷へ声を掛ける。

「付いて来い」

 と一言だけ言うと多賀谷は木靴をカポカポ云わせ参道を真っすぐ本殿へと向かった。


 長い石段を登り、境内へ入ると大勢の人が傘をさして立っている。

 村人総勢四十八名。内マヒトと桧垣さんと和泉田さん夫妻を除く四十四名がここに居ることになる。私たちはゆっくりと参道を進み本殿へと入って行った。マントを脱ぎ本殿へと上がり込む。


 本殿の祭壇の前には五十代の痩せてはいるが骨の太い男性が、紋付き袴を着て座っている。表情は柔和だが下卑たところは無く、眼差しも鋭い。多賀谷はその男の左に座った。

 本殿の中その男の周囲にはやや離れて男衆が座っている。縁側からは女性陣と子供たちの心配そうな視線が注がれる。


 私とセイラは並んでその眼前に坐した。紋付き袴の男が声を発っする。


「わいがこの村の長の狭間煉蔵はざまれんぞうばい」

 この人の事もマヒトに聞いた。四辻のところの立派な民家の持ち主で、若い頃は東京の学校に通い一旦は向こうで就職して、またこの村へと帰ってきて結婚した。現在この村のまとめ役をやっている。


「私は浅見真。こっちは鈴木セイラ。今日はマヒト様の使いできた」

 僅かに周囲でざわめきが起こる。

 これだけ正装で迎えているのだ、わざわざ鏡を出す必要も無いだろう……。


「そんで、何の要件と?」狭間が低い声で聞いて来る。


「悪いが要点だけはっきり言わせてもらう。あんたら全員にこの村から出て行ってもらいたい!」


「「「な!」」」周囲の男衆がどよめき立つ。

 残念だが、どう言い訳しようとこの事実は変わらないので先に言った……。


「なにー!」多賀谷は顔を真っ赤にさせて立ち上がりこぶしを握る。

 それを狭間が左手で制す。「どげんこつか説明しとおと」

「もう、知ってるんだろ。全員。ここがどんな世界なのか」私は声を張り上げる。

「「「……」」」男衆が一斉に下を向いた。


 ――そう、ここに居る全員は子供や赤ちゃんまで含めてすでに一度はマヒトに会っている。そして村の再建に立ち会った事があるのだ。たとえその記憶は無くともマヒトとの繋がりは常に感じている。彼女の記憶が感情としてわかってしまう。だから、この村がもう元も村で無い事は当の昔に判っているのだ。それに、ここの村には事の顛末を知っている和泉田さんもいる……。

 そして、これがマヒトが村人を説得できない理由でもある……彼女の言葉はその繋がりを通じて村人の意思まで変えてしまうのだ……それはもう説得ではない、只の命令になってしまう。


「そいはマヒト様が望まれとる事と」狭間が問うてくる。

「いいや、望んではいない」――そう彼女自身は自らの命へ代えてでもこの村を続ける意思がある。しかし……。


「なに! だったら……」またも多賀谷が立ち上がり狭間が制した。

「だが、もう数日中にはマヒト様が目覚めなくてはいけない事態が起こる」

「そいは……」狭間は苦しそうに声を発した。

「ああ、外の世界でのことだ」

「「「……」」」皆が同時に押し黙り、動揺が伝播する。

 それは縁側にいた、女性陣や子供たちにも伝わった。女たちが騒めきながら嗚咽を漏らし始め、子供たちが狼狽える。

 そうこれが私に託された説得……外の状況を伝えることである。


「やはり、お前の言う事なぞには従えん!」多賀谷はそう叫び、ダンと床を踏んで立ち上がった。

「いいのか? 不意にマヒト様が目覚めるような事があったらその瞬間にここは消えるんだぞ。今なら、彼女に別れも言えて見送ってももらえる。それを考えてくれと言ってるんだ」

「ぐ……」今度は多賀谷自身が立ち止まる。


「ばってん、我々とて急に、そげな事は決められんばい」狭間は思案顔で言った。

「急にではないだろ、この鈴木セイラたちが入ってきたことはマヒト様も知ってたんだ、お前たちも変化に気づいていなかったとは言わせんぞ」

「うっ……」

 ――そうセイラたちは調査を含め既にこの村へ一ヶ月程前から出入りしていた。更にマヒトはその一ヶ月前には現実世界の自分の周囲の異変に気が付いていたようだ。当然、その動揺を村人たちは知っている。知ったうえで、これまでと同じようにふるまっていたのだ。


「こいつらだけじゃない、外では色々始まってるんだ。だからもうここは長くは持たないぞ」私はセイラを顎で指しながらそう言った。


 狭間はゆっくりとかぶりを振る。

「そいでも、我等はマヒト様に直接そいを言ってもらいたか……」

「それは無理だ。わかるだろ、ここは彼女の未練と後悔で出来ている。彼女に罪の意識がある以上彼女にここを壊す決断は出来ない。彼女自身はどんな無理をしようともこの村を残そうと考えるだろう」

「そいはわかる。ばってん、我々とてマヒト様の決断には喜んで従うつもりばい。たとえそいがどげんな事であっても」

「まだわからないのか? 私がこの村に呼ばれたのだぞ、その理由を……」

「どう言う事と」

「私はここに呼ばれ、説得を頼まれたんだ。彼女自身もうここは長くない事を知ってるからだ。そして最期だけは君たちに決めてほしいと願っているからだ」

「ばってん……我々は、マヒト様のお考えには喜んで従うと決めとうと……」

「なあ、本当にそうなのか?」

「何! そいのどこに疑う余地がある!」


「だったらどうしてここには “雨” が降り続いているんだ!」

 建物の外。ザーザーと雨音が響いている。


「そいは……」

 屋根から落ちる雨だれがぴちゃぴちゃと音を立てる。


「畑の蕎麦の花を見たぞ。長雨で枯れていた。本当は悲しかったんじゃないのか? もう雨に止んでほしいと思ってたんじゃないのか?」

「そいは……」

「彼女は言っていたぞ、誰かが願ってくれればいつでも雨を止ますことも出来ると。今まで誰も彼女に本音を言わなかったじゃないのか?」

「う……」

「お前たちは彼女の事を現人神と崇めて奉るだけで、彼女の本当の気持ちを聞いたことさえないんだろ。彼女だって悩むんだ。彼女だって苦しむんだ。彼女は確かに物凄い力を持ってるか知れないが、心は人と同じなんだ」

「そげんな事は……」

「だから私が呼ばれたんだろ、だから説得を頼まれたんだろ……彼女は悩んでいたのじゃないのか、この村で君たちが本当に幸せを感じているのかどうか知りたいと……」

「そげな事は当然ばい、我々はマヒト様と共にある。これ以上幸せな事など無か……」


「……だったらどうか、最期だけは自分たちで答えを考え自分たちの声で伝えてほしい」

 そう言って私は両手をつき頭を床に伏せた。


 狭間は苦しそうに声を出す。

「す、すまん……少し皆と話させてくれ……」

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