025『話し合い:決闘』


 ここに居る村の人達全員が本堂へと入り障子を締め切り話し合いを始める。私とセイラは本堂を出て縁側に座った。


 障子の中から話声が聞こえてくる……。

 怒鳴り合う声。どよめき。すすり泣く声にそれを慰める声。


「何だ、何か言いたそうだな」私は横へ座る不機嫌そうな表情のセイラへと話しかけた。

「言いたいことも、聞きたいこともいっぱいあるけど……取り敢えず、説得をするにしても先程のはスマートではないわ。罪の意識を植え付けて、自分のやりたいことに仕向ける論法なんて……もっと上手いやり方あったでしょ」

「仕方ないだろ、私にはあんな説得しかできないのだし、頼んできたのはマヒトだ。それに俺は一刻も早く外へ出たい」

「はぁ~、そうやって自分にだけ怒りを向けさせて、話を進める必要なんてないのに……どれだけマヒト様を庇うつもりなのよ」

 ――本当に、こいつは食わせ者だ……恐らく今の会話だけでも多くの事を知られてしまっているだろう……だから連れてきたくなかったんだ。やりにくい。


「この場合仕方ないんだよ……マヒトには罪は無いんだし」

「本人がそれを感じてしまってるのが問題なのね」

「まあな、だからこの場合本当に必要なのは村人の説得より、マヒトの未練の方なんだよな……」

「ねぇ、それよりさっき言っていた外での出来事ってのは、何なのよ」

「それは……」


 その時、縁側の向こうの障子が大きな音を立てて開き男が出て来る。

 そして怒鳴り声を上げる。「ああ! お前たちで好きにしろ!」宮司の多賀谷だった。

 こちらを見つけ、大股でどかどか近づいて来る。


「おい、お前いらない事ばかり言いやがって」多賀谷は私に向けても怒鳴り声を上げた。

「あれくらい言わないと理解できないだろが」

「ふん! お前に言われなくても皆にはもうわかってたんだよ」

「それだったら何故、行動しなかった」

「くっ!……皆にとっては、これが当たり前になっていたんだよ……マヒト様に従う事が」多賀谷が吐き捨てるように答える。

「甘えるの間違いだろ」

「けっ! 最初に出会った時からいけ好かない奴だと思ってたぜ」

 ――最初に?「……ってお前には、前に会った記憶があるのか!」

「ふん、俺はこう見えて神職にある身だ、ある程度の術はマヒト様から伝授されている」

 ――ああ成る程、私がメモを持ち込めたのも言霊が使えるせいだと言っていたが、こいつも同じことが出来るのだろう。今日神社に来た時も準備をしていたのはこいつの仕業だったと言う訳だ……。


「それで中の様子はどうなんだ」

「どうもこうもないだろ、お前がマヒト様の使いに選ばれた時点でもう結論は出ているんだよ、なのにここの連中ときたら……」

 ――こいつも何だか大変そうだな……。


「……今更何を話し合うつもりだ、馬鹿々々しい! おい、お前、俺と試合へ」

「はぁ~?」――この馬鹿は何を言っている?



「それで、どうしてこうなるのよ……」番傘を差したセイラは私に向けて怪訝そうな表情を浮かべている。

「知らん! この馬鹿に聞いてくれ」

 雨の降りしきる神社の境内で私の眼前には、烏帽子と狩衣を脱ぎ捨て上半身を顕わにし、杖を持った多賀谷が立っている。杖の長さは約四尺五寸(約百七十センチ)、両端に槍の石突きの様な金具が付けてある。


「あなたも受けなければいいじゃない」

「こういう馬鹿は、口で言っても判んないんだよ。それに最初に会った時から気に食わなかったんだから仕方ない!」

 そして、私の手には木刀が握られている。言いながら二度強く素振りする。

 横に立つセイラは何故だか思い切り呆れた顔を私へ返す。

「もう勝手にしなさい!」そう言って本殿の方へと歩き出した。



 多賀谷は目の前で杖を一回転クルリと回して見せる。右腰の位置で杖を両手で持ち低く構える。

 ――あまり見た事の無い構えだ……。まあ、杖術自体あまり見たことは無いが……構えも自然で気負いもないので何かの流派だろうが、神道夢想流ではないだろう、古流か?

 私は八相の構え(バッティングの様なフォーム)から中段の構えに直し、切っ先を多賀谷の顔面に向け挑発する。


「おい、行くぞ」掛け声と共に多賀谷は鋭く踏み込んできた。踏み込みと同時に突きを放ってくる。

 ニ連突き!

 多賀谷は一撃目をごく自然に下から掬い上げる様に突き上げてきて、二撃目は右腕の振りで押し込むように突きを放った。

 私は一撃目を剣先で払いのけ、二撃目を左に跳んで躱した。

 ――打突の返しがスムーズだ。相当に鍛錬を積んでいるのがわかる。こいつの腕前は目録(初段程度)相当ありそうだ……。


 後ろに下がる私へ追いかける様に多賀谷は杖を振る。握りを緩めたのか杖の軌道は弧を描きながら伸びて来る。

 私は下から木刀を振り上げそれを弾き飛ばした。

 ――まずいな、判ってたことだが相当に分が悪い……。


 元々、杖と木刀では長さが違う、杖の方が1.5倍くらい長く攻撃範囲が広い。だが、一番の問題は慣れである。剣道に置いての対戦相手は剣であり、想定をしても槍が精々だろう。それに対して杖術では剣をいなして叩きのめす応じ技をしっかりと教える。

 当たれば終わりの真剣ならいざ知らず、木刀ではどうしてもその差が出てしまう。――卑怯者め!

 後ろに大きく跳び退き距離を取る。


「何だその程度か」多賀谷が挑発的に笑みを浮かべる。

 ――むかつく! ぶちのめしたい!


 多賀谷は杖を両手で頭上に掲げ杖先をこちらへ向けた。槍で言う大上段の構えである。

 剣であれば相手を威圧する構えであるが槍の場合は防御力も兼ねている……。相手してやるから打ってこいと言う意味だろう……。


 私は素早く踏み込み大振りで木刀を上から叩きつけるフリをしながら、軌道を横へ変え左小手を狙う。多賀谷は杖先を下げてそれを受け、その勢いのまま杖をくるりと回し反対側を頭上から叩きつけて来た。

 回避の間に合わない私は腕を小さくたたみ身体ごと多賀谷に突っ込んだ。


 バシンッ! と右の背中を叩かれる。同時に両手に力を込めて鍔で多賀谷の胸を突く。


「ガッハ!」「グッハ!」

 二人は同じように弾かれた。

「くっそ! 痛ってー!」痛みをこらえそのまま右肩タックル。

 一瞬よろめき、立ち遅れた多賀谷に思いっきりぶつかった。そして、仰け反る様に弾き飛ばした。


「その程度か!」私は嘲る様に言い放つ。

「てめぇ、コノヤロー!」


 多賀谷は自ら杖を投げ捨ててこちらに跳びかかってきた。

 私も木刀を脇に放り拳を固める。


 多賀谷の拳が顔面へと迫る! 大きく右へヘッドスリッピングしてそれを躱し、右の拳を右下からフック気味に顎へと叩き付ける。


 ――あ! しまった!

 多賀谷はふらつきながらも右手で奥襟を掴んできた!

 右袖も掴まれ引っ張られる。


 天地逆転! 払い腰!

 盛大に水しぶきを上げ背中から地面に叩きつけられた。

 ――ガッハ! この野郎! 最初から投げられない様に上着を脱いだな!


 すぐに起き上がり、腰へ向けてタックルをかます。

 多賀谷は両手を組んで振り下ろす。

 ぶつかりながらも、首根っこを上から思いっきり叩かれた。

 二人は仲良く水溜まりへダイブした。


「ウラー!」「ざけんな、かかてこいや!」

 二人は拳を固めて起き上がる……。


 さしたる理由は無い。強いて言えば最初に会った時から判ってた。二人が出逢いどちらも引かない……最終的にはこうなるしかなかったのだ。


 その時、視界の隅に僅かにセイラの呆れた顔が映った。

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