023『朝食:篭絡』
寝苦しい……目が覚めると半裸のセイラが絡まっていた……。
――何でだよ!
……でも、結構サイズがあるな……どこがとは言わないが……。
セイラを向こうの布団に押し込み、私は自分の布団を畳んだ。
丁度そこへ十吾さんが朝食を運んでくる。
――おや、いつもとメニューが違うようだ。きっと昨晩、日を跨いで話をしたのが原因だろう。
どんぶり飯に、自然薯のとろろ、生卵。それにオクラのポン酢和えとお味噌汁が付いている……。
「これ食って、精力つけるたい」
「はい……」
――勘弁してほしい……。
最早言い訳する気力も失せた私はセイラを叩き起こし、二人で仲良く朝食を頂いた。
「ねえ、昨晩はどうなったの」セイラが話しかけて来る。
「ああ、マヒトには目覚める事に同意を貰えた。その代わり村人の説得を頼まれた」
「え? どう言う事?」
――そうか、こいつにはここがどういう世界なのか話してなかったか……。さてどう説明すべきか……。
「まあ、君が言っていた集合的無意識の世界がほぼ正解と言う事だ」ちょっぴり嘘である。
「そうなの、だから、人格が別なの……でも、この村人の年齢を考えると生きている人間とは考えにくいし……人々の記憶が作り出した虚構の世界……でも、それだとネットワークとサーバーの構造が……」
――まあ、学者であるこいつにマヒトの作り出した魂の世界などと言っても通用しないだろう。精々悩んでくれ。
だが問題は目覚めてからの方が大変と言う事だ。きっと面倒くさい事態が起こると想像できる……。今のうちに何とか、うまく逃げだす算段を考えておかなくては……。私は残りのとろろご飯をかき込んだ。
「ねえ、真、私に何か隠してるでしょう」気が付くとセイラが訝し気にこちらを睨んでいた。
「何故、名前呼びなんだ……」――隠していることはいっぱいあるが……。
「だったら浅見さん、そろそろ本当の事を話して」
――どうやら女として勘も良い様だ。女性に隠し事はすぐばれる。さて、どうすべきか……。
「取り敢えず、救出は来ない」先ずは一つ爆弾を落としてみる……。
「ど、どう言う事?」
「私が地下3階で倒れる時にすでにベッドに5人の人間が並んでた。あの装置同時に5人までなんだろ」
「……既に救出隊は出ていたって事……どうして黙ってたのよ!」一瞬、黙したセイラが怒鳴り散らす。
「外に出る算段が付くまで、黙ってるつもりだったからだ。ここでパニックになられても困るからな」
「……うん、でも2人はどうなったの」
「さあ、わからないが、数日前にダムで銃声が聞こえたらしいから、もしかしてと思ってる」
「それなら兵士に拘束されている可能性もあるのね……」
「それもマヒトに起きて貰えば大丈夫だろ」
「そうね」
――本当はアマヌシャの数が増えているので結果は分かっているが、ここは言わない方が良いだろう……。
「他にはないの」
「……ない……」――いや、一杯あるが、答えると面倒な事になるのは目に見えている。だから黙っておくのが得策だ。
「そう、だったら説得の時に私も連れっていって」
「ダメだ……知らなかったとはいえ、あんたたちは村人に銃を向けたんだ。村人たちは忘れてるかもしれないが、マヒトの印象が良くない、警戒されでもしたら話し難いからダメだ。決着がつくまで待っていてくれ」
「そう……わかったわ」
――実際にはそんなことは無いのだが、恐らく説得のために禁止ワードを連発しなければいけないだろうから、連れて行きたくない。
それに、こう見えてこいつは研究者らしく実は結構観察眼が鋭い……いや、実際にシグナスなどと言う途方もない装置を、この歳で完成させているのだから天才と言ってもいいだろう。様子を見ていれば本当はもっと多くの違和感に気が付いていて、質問したくてうずうずしているのは分かっている。だが、私としてはこれ以上話がややこしくなるのは御免なのだ。それに、起きてから彼女はきっとこの事態の責任を取らされる事になるだろう……流石にそこまで助けてやれない……。
私は食事を終え、食器を洗いロビーへと運んだ。
十吾さんにラムネを二本貰った。両方に木の棒を突っ込み栓を開ける。
「今日、村の衆んとこ話に行くと」十吾さんが聞いて来る。
「ええ、そのつもりです」
「頑張ってきんしゃい」
「はい」
そう答えて私はラムネを持って自室へと戻った。
部屋へと戻るとセイラはいつの間に借りたのか裁縫道具で私の干してあったシャツを繕っていた。
そう言えば最初の時に崖から落ちてそのままだった……。よく、こんなみすぼらしい格好でマヒト様に会いに行ったものだ……。
「悪いな……」
「いいのよ、ずっと気になってたから、気にしないで」
「十吾さんにラムネ貰って来たんだが」
「うん、すぐに終わるからそこへ置いておいて」
「ん……」――いかんな……、私はこういうシチュエーションに滅法弱い……。
片方のラムネを卓袱台に置き、もう一方をグビリと飲んだ。
「出来た……ちょっと着てみて」
「ん」私は浴衣を脱ぎ、ズボンを履いて、シャツを羽織った。
「大丈夫そうね。でもそれってあなたの服なの。少しイメージと違うわね」
「そうだな……」
――そうなのだ、マヒトには聞き忘れていたが、本当は面接だったのでジーンズの上に白のワイシャツと黒のジャケットを羽織り、少し小奇麗な恰好をしていたのだ。それがここに来てみると時代に合わせて紺のニッカボッカに生成りの作業服に変換されてしまった。結局、持ち込めたのはメモ一枚だけだったと言う事のようである。
だけど、これも話すと根掘り葉掘り質問されそうだ……。
「ねえ、今から神社に説得に行くの……」
「ああ、そのつもりだ……」
「……」セイラが無言で睨め上げる様に見上げてる……。
「……」――く、やりずらい……。だが連れて行くと後で面倒な事になりそうだし……。ちくしょう! あざとい真似しやがって!
「だぁ、わかったよ! その代わり、何も質問無しだからな! 何があっても黙ってろよ」根負けをした私はそう怒鳴る。
「はい」
こうして私とセイラは傘と合羽を十吾さんに借り、神社へ向けて出発した。
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