013『観察:ダム』


 宿に帰った私は、夜にいつのやり取りをして朝を迎え、朝食の時間になった。


 今朝はダムについて聞いてみる。

 工事は約十年前に始まり、五年程前に完成した。下流域の治水と周辺地域の電力供給の目的だそうだ。

 しかし本来はここにダムの建設の予定は無かったそうである。どうやら帝国陸軍の強い働きかけが合った様だ。筑後川水系のダム建設を延期してまで先にここに設置されたらしい……。

 そして工事は軍主導で行われ急ピッチで建設された。人手の足りない時には、作業員にも軍人が多く混じっていたそうである。

 何故そこまでして、ここにこの規模のダムが作られたのかは結局良く判らない……。しかし多少の不自然さは感じる。もしかすると、軍はこの村で何かをしようとしていたのかもしれない。


 いつもの様に食事を終え食器を下げてラムネを貰い、合羽と番傘を借りた。

 降りしきる雨の中、宿を出発して坂を上がり、昨晩神社を眺めた場所に来た。



 そして、昨晩明かりの見えた対岸の社を凝視する。

 大きな神社の本殿から続く狭い石段で繋がった、崖の下の僅かな敷地に建てられている、そんなに大きくはない檜皮葺ひわだぶきの建物。

 名付けるとしたら奥の院と言ったところか? 神殿造りの神社と言うよりは、庭園などに建てられた庵に近い気がする。


 ――マヒト様はあそこで生活しているのだろうか?

 今は障子が締められているため覗き見ることは出来ない。


 どうやらなんとかダムの向こう側に行ければ、山を南へ進み丁度社の裏手の崖の上に出るようだ……。本当は南側の崖の方が楽に近づけそうなのだが、墓所を通らないといけないのでパスするとして、問題は十メートル位の崖だが、ロープがあれば何とかなるだろう……。


 ――さて、それならどうやってダムの向こう側へ行くか考えないといけないな……。


 私はさらに歩きダムの方へと向かった。

 分かれ道を通り過ぎ、短いトンネルを抜けて、バス停までやって来た。バス停のベンチの下に番傘を隠し、ベンチの裏から山へと分け入った。


 日当たりの良い場所なので藪が多い。顔面を両腕でガードしつつ体を藪へとねじ込み、見えない足元を足先の感覚で探りながらゆっくりと進む。

 藪漕ぎという言葉がある。こう言う一見して人が侵入できなさそうな藪の中を舟をこぐようにして進む事を指す。

 人は心理的に、人が侵入してない=侵入できないと思う物なのだが、入ってみると意外と何とかなるものなのである……。『誰かが最初に切り開き、それに続いて道が出来るのだ』そう自分に言い聞かせながら突き進む。


 ある程度進むと周囲に大きな樹が生え始めて藪は途切れた。大きな樹木の下は日当たりが悪くなるためあまり下草が生えないのだ。そのままトンネルの上の方へ向けて上る。そしてそこからダムへは向かわず、鉄柵の方へ移動した。

 斜面の崩れているところを見つけ、這いつくばって柵から少し進んだ道へと降り立った。


 道なりに少し進むと柵の位置からは見えないところへダムの建築資材の残りが積んであった。

 材木に砂利にべトンの文字のある紙袋。鉄パイプに針金にシート代わりの油布、長くて太いロープも発見できた。


 ――お、このロープ痛みも少なく使えそうだ……。後で持ち帰る様に、必要になりそうなものを選んで油布に包んで隠しておいた。


 さらに道を進む。ダムの向こう側が見えてきた。ダムの上に何やら見える。

 丁度ダムの中心に鉄パイプを針金で十字に組み、それを組み合わせ、隙間を埋める様に鉄条網が巻かれたバリケードを築いている。


 ――どうやら人気もあるようだ……。思っていた通りここに兵士が立て籠もっているのだろう。


 このまま道で近づくと見つかってしまいそうなので、右手の斜面を登り山の中を慎重に進むことにする。

 ダムの全貌が見え、手前に建つ管理棟も見えてきた。


 鉄筋コンクリート二階建ての管理棟。屋上にも兵士が二名いてどうやら軽機関銃も据え付けられているようだ。

 建物の周囲にも鉄パイプと鉄条網でバリケードを築いている。そのお陰でダムの上に行くことは出来なさそうである。

 二階の窓からも四名の人影が見える。交代で見張りをしているのなら恐らく室内の人数は十名を越えているだろう……。

 さらに注視する……管理棟の向こう側ダム湖の湖面に桟橋が僅かに見える……。

 ――成る程、いざという時はボートで湖面を横切り、峠のトンネルまで退却するつもりなんだ……。


 しかし、これは警備が厳重過ぎる……。

 村人を相手するだけならここまでする必要は無いだろう。何かを酷く警戒している。

 それは多分あの 〝アマヌシャ〟 の所為だ。

 と言う事は、これまでに最低でも一度はアマヌシャと戦闘をしたと考えられる。――軍服を着たアマヌシャもいたしな……。あれに追い立てられてここに逃げ込んだというところか……。

 さて、どうしよう。ここを通ってダムの向こう側にはいくことは出来ない。


 私は兵士に見つからないように低い姿勢のまま後ろに下がり、先程の斜面から道に戻った。

 今度は右手の方を注意しながら宿の方へ引き返し、下へ降りる道を探した。

 このダムには発電施設がある。発電機は最も水流が強くなるダムの下方に設置されているので、メンテナンス用の通路が必要なのだ。

 下へ下りる階段は、丁度資材置き場の向かいで見つかった。資材に気を取られ見過ごしていた……。


 早速、私は階段を下っていった。

 崖に沿ってつづら折りの階段。ここには特に警備もいない様子だ、上からも死角になっている。

 階段を下まで降りた。そして下からダムを見上げる。


「……」圧巻……。言葉を失う。


 雲にまで続くような美しい半弧を描いたおよそ高さ七十メートルのアーチ式ダム。その巨大さに圧倒された。

 こういう時には人間の偉大さを感じざるをえない……。と、今は良い。

 しかし、ここは本当にどこなのだ? 九州にこんなダムがあったなんて話、聞いたことも無いが……。


 中心に排水用の鋼管が縦に二本通っていてそれがダム直下の建物まで続いている。その建物から吐き出される水が沢になっている。

 向こう側の壁面にも同じように上に上がる階段も見えた。


 ――よし、良いぞ……。これでどうやらダムの向こう側に行けそうだ……ん? あれは何だ?

 ダムの壁面の至る所から細いケーブルが出ていてそれが全て管理棟の方へと繋がっている……。


「これは……」――もしかして、軍がここに立て籠もっている理由はこれか……。

 軍が何をしようとしているのか朧気ながら見えてきた。


 一通り確認をし終えた私は注意して階段を上り、ダムへと続く道へと引き換えしてきた。

 資材置き場で油布とロープを二本と針金を回収して、近くの斜面から山に分け入り鉄柵に近づく。

 柵の近くの木にロープを結び、ロープを伝ってトンネル側の道へと降りた。こうしておけば次は簡単に柵を越えられるだろう……。

 ロープは適当に草や木の枝で隠し目立たない様にしておいた。――問題はループ時の所有権なのだが……落ちていた鍬の柄も自分の物になったので何となくこれも大丈夫な気がする……。


 番傘も忘れず回収して宿へと一旦引き返した。


 お昼を少し過ぎてしまったが、この時間ならまだ十吾さんにお蕎麦を打ってもらえる。

 期待に胸を膨らませ宿への道を急いだのだった。

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