第2章『シグナス』

010『ミナ:正体不明』


 事の起こりは……。


 このセイラと言う女性は中央最先端医療研究所の研究員で大脳生理学……特に夢について研究をしていたそうだ。

 そして人間が眠っている時に、外からどんな夢を見ているかを覗き見る、と言う技術の開発をしていたそうである。


 当初は脳波をデータとして取り出し、足りない部分を疑似人格のAIで補完し 映像にしようと試みたそうである。

 だがこの方法では夢のデータと言うのはあまりにも抽象的すぎて、大半が補完部分となりまったく精度に欠けるものとなった。

 そこで、次に試みたのは脳内のミラーニューロンを刺激し、共感性を高め脳波をシンクロさせて夢をリンクさせる事だった。互いの夢をリンクさせ、データの足りない部分を互いの記憶で補い合う事で情報を共有し合おうと言う物である。


 そう、彼女は直接人の夢に入り込む装置を開発したのだ。

 こうして、完成したのがサイコリンク装置 〝シグナス〟(白鳥の意:夢の懸け橋)なのだそうである。


 動物実験を終え、そして臨床実験で安全性も確認され、いよいよ実用段階という時点で、その話が舞い込んだ……。

 同研究所内の出向で八島技研にいた人物から奇妙な検体の話が持ち込まれた。


『検体No.M26、呼称:ミナ 年齢不詳 女性』

 彼女は約半年前に九州のとある工事現場で発見された……。


 土砂に埋まり仮死の状態であったために、当初は事故と断定され、地元警察による捜査が開始した。しかし、次第に調査が進むとそれは一変した。

 一緒に出土した衣類などの年代測定から最低でも彼女は五十年は土へと埋まっていたと判明した。

 詳しい調査の為、病院から特殊設備の整った医療機器の開発メーカーである八島技研に搬送された。

 様々な実験の末、解ったのは彼女の肉体が年を取らないと言う事だった……。

 だが、その肉体には何の損傷も見受けられないにもかかわらず、その女性は目覚めることは無かったのである。


 そこで直接彼女の意識へ入り込み原因を探るプロジェクトが開始された。

 そして、白羽の矢が立ったのは、このサイコリンク装置シグナスであり、プロジェクトのリーダーとして抜擢されたのが、シグナスの生みの親である鈴木セイラだったのである……。


 彼女は研究所で開発中だったシグナスを八島技研に持ち込み起動させた。

 最初は彼女の助手の米沢なる人物がミナにリンクし安全を確認。本実験に臨んだそうである。


 しかし、このミナの夢世界はあまりにも異質だった。

 通常であれば作られる世界はその人物の視界の範囲内のみで、村一つを再現することなどありえないそうである。

 人間もここまで一人々に人格を与えるほど緻密なのは見たことが無い。人や植物や建物、そのどれもが膨大な情報量を持っていた。そして、肉体が年をとらない原因かもしれない時間のループ……。


 思わずセイラは自分の目で確かめるべくシグナスを使いこの夢にリンクした。何度かの実験の後、彼女は助手の米沢氏と共にこの夢の主:ミナであろう人物に接触を試みた。


 その人物の名は……マヒト様。


 神社に赴き村人に事情を説明して会わせてもらえるよう説得を試みた。

 しかし、その時すでに村人と陸軍が対立関係にあったらしく説得は難航してしまった。

 そこで、仕方なく米沢氏はシグナスを使い武器を顕現させた……その形状からベルギーのFN社が開発のFN-P90と思われる5.7x28mm弾50連装のサブマシンガンだ。


 だがその時、そこにアレが現れた……アマヌシャだ。

 銃弾を物ともせず掴み掛り、一瞬で米沢氏の首を彼女の目の前で引きちぎったそうである……。

 セイラは這う這うの体で村を逃げ回り、最後にこの造り酒屋に逃げ込んだのだった。



「……んで、外に出る方法は?」

 すっかり話が長くなり、気を使ってくれたこの酒屋の管理人の桧垣ひがきさんが入れてくれたそば茶を啜りながら、私はセイラに尋ねた。

 彼女はそれに答えず両手を前に突き出し声を上げた。「アクセス権を行使! シグナス召喚!」

 その手の平が僅かに光り、光の粒になって消えて行く……。


「いくらやってもキャンセルされるの……」彼女はうな垂れる。

「どう言う事だ」――成る程最初にシグナスの事を聞いてきたのはそう言う事か……記憶にないが。

「恐らく誰かにシグナスのルート権限を奪われた……」

「誰に」

「わからない……もしくすると、負荷の掛け過ぎでエラーを起こしただけかもしれない……でも、修正も受け付けないし、緊急脱出コマンドも受け付けない……私は既に十五日前からここに居るの……」

「要はそれが無いと出れないと言う事なのか」

「ええ……こちらからは無理ね……操作が出来ない」

「他に方法が?」

「夢の主を起こせば出れるわ」

 ――成る程……。夢ならば目覚めれば覚める訳だ……。「それ以外に外に出る方法は」

「多分こちらからはないわ……後は救出を待つしかないの」

 ――そうか、それで私を救出に来た人と間違ったのか……でも、出れる方法が分かっていればそれをすればいいだけだ……。しかし、セイラは何故こんなにも気落ちしているのだろう?


 なので、私は聞いてみた。「何をそんなに落ち込んでいるだ?」

 セイラは重苦しい表情のまま俯き、言葉を選ぶように話し始めた。「……この装置、強制的にリンクを切ったりすると意識が戻らなくなるの、最悪心臓まひで死亡する場合もある……それに、もしこの中で死亡した場合も最悪、自我崩壊を起こすわ……」

「…………、おい! なんてことに巻き込んでくれたんだ!」私は一瞬言葉を失い、そして思わず怒鳴り返す。

「私達の所為じゃないわよ……多分……あなたは……」

「どう言う事だ……」

「あなたシグナスに繋がってないでしょ」

「どうしてわかる?」


「だって、あなたアクセス権の表示があのアマヌシャと同じ 〝Unknown(正体不明)〟 になってるもの……」

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