008『想定:確認』


 西暦1935年……昭和十年と言う年代。そして、繰り返す七月十日……。


 私は何かによって過去に来てしまったと考えていた。その影響で私はこの時間に囚われたのかもしれないと思っていた。だが、アマヌシャと言う人外の存在の出現……。


 流石に昭和十年にこんな生き物が生息していた記憶は無い。ここに来てようやく一つの考えに至った。

 どうやらここは、私の知っている過去によく似た別の世界ではないのかと……。そう、まるでゲームの中の様な……。

 だが一体何故? 私にはこんなゲームに参加した覚えはない……。


 私の最後の記憶は、確か……警備員のアルバイト募集に応募して面接に行ったのだ……そこで、石堂と言う人に即採用されて、施設の案内をしてもらっていたはずだ……。あの会社名は確か……〝八島技研〟。100%国が出資の産業技術開発のためのベンチャー企業と聞いた。所謂第三セクター方式と言う奴だ。面接を行い施設の案内をされた。ここで記憶が途切れている……。

 そこで何かあったのか? それともその後の記憶が抜け落ちているのだろうか? 今はまだ判断が付かない……。



 取り敢えず、全方位で村を抜け出ることが出来ない現状。次の方針はこのメモ 〝セイラを探せ〟 しか今は手掛かりがない。セイラとは人なのか? もしかすると、この人物が何らかの事情を知っているのかもしれない……。


 だが、昨日までの探索でこの村から外に出れないだろうことは、凡そ見当がついた。だとすれば、このセイラなる人物もこの村の中にいるのではないだろうか?

 そして本来、一番可能性の高いのはやはり泡嶋神社だろう。しかし、先日あの山伏男に質問した時のあの反応に嘘は見られなかった。少なくとも、あの時あそこにいた三人は知らないのだろう……。少し可能性が低くなる。


 二番目は陸軍。ここに保護又は拘束されている可能性。あの部隊にまともな判断が出来るとすればその可能性も大いにあるが、いきなり銃を突き付けて、問答無用に追い返す様子では可能性は低いと言わざる負えない。既に射殺されている可能性もある。いや、正直言えば撃たれるのが怖いので行きたくはないのが……。


 三番目は村に潜む。幸い現在村の住人はほぼ神社に集まっている。その為、村に点在する民家は無人なのである。しかも、社やお堂、農家の倉庫など一晩、雨を凌ぐだけならば身を隠す場所はいくつでも存在する。そう、身を隠すだけならば……。


 何故身を隠す必要があるかわからないが、このセイラと言う名前はこの時代にそぐわない響がある。もしかすると私と同じ未来の記憶のある人間なのかもしれない……。

 だとすると、この人物も私と同じ様に時間をループしているのではないだろうか? ならば、私と同じように食事をとり、お風呂やトイレに入る必要がある。そんな事のできる施設は限られてくる……。

 私はそう予測を立てて、そこを優先的に調べてみることを決意した。



 毎度恒例の主人との朝のやり取りをしてから朝食。

 主人との会話から、この宿にもう一人いる女性は他県から出稼ぎにきた女中で、女将は既に数年前に亡くなったと聞かされた。

 ――仲睦まじそうに見えたのは気のせいか? それとも、不倫……。今はまあいい。


 食事を終え、食器を持ってフロントへ赴く。そこでラムネを貰い、いつものやり取りで合羽と番傘を借りた。



「……」

 宿の前に立ち番傘を見つめる……。

 この傘どう見ても昨日西の墓所に忘れてきたのと同じに見える……。

 破れの位置やペンキで書かれた西沢渓谷温泉の文字の掠れ具合……宿屋なのだから同じ様な傘があっても不思議では無いのだが、それにしても……。


 私はおもむろに宿の脇の茂みに駆け寄り手を突っ込んだ。

 

 ――あ! あった!

 昨日、畑から護身用に持ち帰った鍬の柄がそこにあった……。


 ――これは、どう言う事だ?

 何となく……いや、朧気ながらこのループの仕組みが見えてきた。


 ――もしかすると、これは 〝所有権〟 のような力が働いているのではないだろうか? だから借りただけの番傘は元に戻り、畑で拾った棒はそのままになっていた……そう言う事だろうか。


 ――益々、ゲームじみてきた……。まだ確信は持てないが……ただ、何か誰かの作為的な意思を感じる。



 私は宿前の坂を駆け上がり分かれ道へと赴いた。

 左手側の道の鉄柵。

 この規模のダムならば管理施設も設置されている。下から見上げた時に確かに何かの建物が見えたのだ。そこなら先の条件を満たすことが出来るかもしれない……。だが……。


 ほんの数日前に設置されたであろうこの鉄柵は、しっかりと杭が撃ち込まれ思いのほか頑丈に設置されていた。

 右側に人が入れる扉があり内側からチェーンと大きな南京錠で施錠されている。右は山肌の斜面の上の方まで。左は切り立った崖に突き出るとこまで柵がありその上には越えられない様に鉄条網が置かれている。

 これは、流石に鍵が無いと侵入は無理な様だ。

 ――だけど何故ここにこんなものがあるのだろう? 先日来た時にはあまり考えなかったが、これは妙である。


 地面にはトラックの通った轍の跡が何本もダムの方へと続いている。

 ここに柵を設置してしまうとダムの補修の車の出入りが出来なくなってしまう……。まるで、ダムに人を近づけさせないためにわざわざ設置したみたいだ。しかも、内側に施錠されている。中に人が居るのか? チェーンに掛っているので引っ張って鍵を開ければ外からでも開けることは出来るだろから判断しにくい。

 本気でダムに近づく気ならバス停辺りから山を登れば近づけるかもしれないが、中に人が居るとしたら銃を持っている連中もいる可能性がある。見つかればさすがにただでは済まないだろう。

 ――ここは後回しだな。



 一旦、宿の前まで引き返し、傘を藪の中へ置いて護身用に鍬の柄だけを持っていく事にした。

 実はどうにも私にはあのアマヌシャが時間のループに縛られていない気がしてならない。

 それはあれが化け物であるという理由だけでなく、自分があの黒穴のほとりで見ざめたので何か関連があるかもしれないという想像である。だとすると、いつあの墓所から崖を降りてきて村に現れるかわからないのだ。いや、ただの恐怖心かもしれないが……。


 私は棒を構えたままゆっくりと慎重に道を下った。

 吊り橋を通り過ぎ沢まで下りる。

 川へと掛った石橋を渡り、時折木々の陰から道の先を窺いながら先へと進んだ。

 何事もなく、お地蔵様のある四辻の手前の大きな茅葺屋根の民家に着いた。

 民家の周りを一周回る。

 雨どいも全てしっかりと閉じられ、戸も硬く閉まっている。

 ――よし、問題なし。


 今度は四辻を南へ進む。

 左手側にある民家、右手側の民家も確認する。――問題なし。

 そのまま石橋を渡り沢を越えてさらに南へ。


 分かれ道を左へ進み、塀で囲まれた建物に近づく。

 森の中へひっそりと佇む酒蔵……。


 日本では明治期以降、戦後の混乱期まで頻繁に密造酒が横行した。

 特に明治に発効された酒造税は酒の生産段階で多くの税を徴収する仕組みで、これを逃れるために造り酒屋が挙って酒の生産量を少なく申告していたそうである。これは戦後酒税法が施行されるまで続いた。

 ただし、どぶろくの製造禁止はどちらかと言うと酒蔵の方を守る意味合いが強かった。酒の味は水・米・麹できまり、発酵を止めていないどぶろくからはこの麹菌を容易く培養できるのだ。


 そんなお酒を売ったり譲ったりしている酒蔵は、もちろんまっとうな商売をしているとは考えにくい……。


 それに宿で飲んだお酒はカストリなどの焼酎類で無く日本酒だった……。この村の主生産は畑で取れる蕎麦で、田んぼは神社の周りの僅かな場所でしか生産されていないのにである。と言う事は他の場所から米を持ち込んでここでこっそりと大量に酒にしているのだ。依って、この造り酒屋はこの村だけで運営されているのではないと言う事だろう。


 そして、もし、私の考えが正しければ、この建物の中には人がまだ居るはずなのである。

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