006『墓所:異形』


 来た道を引き返し、今度は四辻を西へと進んでみる。

 西の道は本来修験者たちが修行のために使用していた道で相当に険しく、大の大人でも根を上げ掛けないルートだそうだ。道中には沢登りや鎖場と言った難所がいくつも存在しているらしい。

 ただ、蓮池方向からの入り口には小さな社があり、そんな風に見えないために間違って道に踏み込む遭難者が後を絶たないそうである。私もその一人と思われている様だ。――記憶にはないが……。


 それにしても、軍の連中は村を孤立させ一体何がしたのだろう?

 昨日出逢った一人は腰にサーベルを下げていた。あれは確か士官学校の卒業時に送られるもので、それを身に着けているのは下士官以上の人間である。と言う事は人数は小隊規模、十人以上で通常ならば二十人前後であると考えられる。

 ――それだけの人数で銃を持っていれば、こんな小さな村の制圧など簡単な事に思えるが……。わざわざ時間と手間を掛けてまで村を孤立させることに意味があるのだろうか? それとも何か別に村に踏み込めない事情があるのだろうか?


 道なりに進むと登り斜面になり、突如森が開けた。小さな石積みの段々畑が連なっているのが見渡せる。

 見上げるような急な斜面に、幾層にも渡り積み重なる畑は圧巻だ。


 私は畑の合間を縫うように続く階段をゆっくりと上って行った。

 畑には一面ごとに違う作物が植えられている様だ。白菜にキャベツに大根……。しかし、一番多いのは白い花を付けている蕎麦の苗だろう。だが、そのどれもがこの長雨で黄色く変色し枯れている……。――これは惨いな……。蕎麦の苗は雨には弱いのだ。農業をやった経験のある人なら花が咲くまで育てた苗が枯れていく悲しさは知っている。


 畑の一番上へとたどり着いた。この上は見上げる程の絶壁の壁になっている。

 ――この上から落ちて良く生きてたな……。そう思わずにいられない高さ十五メートル位。ほぼ垂直に切り立った崖である。普通に即死もあり得る高さだろう。


 後ろを振り返るとこの西の沢渓谷の森が一面に見渡せた。森の中心の少し小高い場所に神社が見えて、その向こうに吊り橋が見える。どうやら民家はその辺りに集中して建っている様だ。本当に緑豊かな村である。

 畑の一番南側から、崖にへばり付く様に小道がつづら折りに切ってあるのが見えた。

 落下防止の為だろう岩に鉄杭を打ち込んで鎖が手すりになっている。

 この道の上が墓所だろう。田舎の村に行くとよくこういった村はずれの高い場所に墓が建てられているのを見かける。きっと先祖への感謝と尊敬の念が込められているからだろう。


 ――もしかすると軍の連中がここにも何かしてる可能性もあるな……。

 私は傘を閉じ、鎖に掴まりながら一歩ずつ慎重に小道を上がった。

 ――絶景と言うより怖い……。時折強く吹き付ける風に飛ばされそうになる。這う様にして上りきり何とか崖の上に出た。



 墓所を見渡す……。

 太い幹の背の低い木々の合間に、石柱状の墓がひしめくように建っている。石積みに石灯篭にお地蔵様が狭い敷地を埋め尽くすように設置されている。厳かさは無い。かなり素朴な印象だ。

 道はその中央を突っ切る様に通っている。道を進んだ。

 木々の合間に少し開けた場所が見えてきた。

 その場所の中心には大きな穴が開いている様だ。周囲に鉄杭が刺してあり鎖で囲まれている。

 小さな看板が見える。〝黒穴〟 それがこの穴の名前の様だ。『近づくな』の注意書きが書かれた看板も立っている。

 その周辺に白樺の様な幹の白い木々が植えられていて、強い風が吹くたびにその木々が揺れている……え?


「え……?」 動いた??? 今、その白い木が確かに動いたように見えた……。

 高さ三メートル位の白い幹…………見上げそして、〝目が合った〟……。


 どうやら、白い幹に見えていたのは青白い肌の手足の様だ。高さ三メートルの四足歩行形態。その上に胴があり頭が付いている。頭部には一切の毛が見当たらずこちらも死人の様な青白い肌をしている。胴体部分はボロボロになったシャツを着ている。

 だが問題はその頭部……。


 どう見ても、人間の物にしか見えない……。その血走り見開かれた瞳が此方を見つめている……。それが何体も……。


「……」


 この時になってようやく私は一つの事を思い出した!

 それは、私が崖から落ちる直前の記憶……。

 そう、私は最初この場所で目覚めたのだ!

 そして、こいつらに追われ崖から落ちて気を失った……。それを今になって、はっきりと思い出した!



 〝キシャ―――――!!!!〟 

 化け物は人の物と思えない甲高い声を上げてこちらに迫って来る。


「あわわわわぁぁぁぁぁ!!」

 悲鳴を上げ夢中になって駆け出した!

 墓の合間を縫って、前回と同じ崖向かって。


 ――追って来る! いや、あっという間に追いつかれた!

 その青白い死人の右手で掴もうとしてくる!


「ちきしょう!」瞬時に身をかがめそれをやり過ごす。

 その右手は空を切りそのまま墓石をまとめてなぎ倒した!


 ――何て力だ! 掴まれたら一瞬で終わる。


 もう一体が横に並んだ! まずい!

 足を踏ん張り急制動。化け物が伸ばした左腕がすぐ目の前を音を立てて通り過ぎる。

 その場を飛び退き横へと逃げる。墓の合間を縫ってジグザグに!


 さらにもう一体が目の前に躍り出た!

 墓石を蹴って横に跳ぶ。そのまま這う様にして直進。


 〝〝〝キャァァァァーーーー!!!〟〟〟 墓のあちこちから悲鳴のような声が聞こえてきた。


 振り返ると黒穴の方から次々と化け物が迫って来るのが見えた。

 必死になって墓の合間を駆け抜けた!


 そこでやっと前回と同じ崖の上に出た。そう、前回ここに追い詰められて、飛び降りた場所だ……。


 私は崖沿いに北へ向かって駆けた。

 その時、前方に一体の化け物が立ち塞がる!


「くっ!」

 私は右へ大きく……崖に向けて飛び出した……。


 一瞬の浮遊感。迫り来る地面。過去の記憶が走馬灯のように甦る。


 だが……。

 伸ばした右手に松の幹が引っかかる。

 そう前回は届かなかった崖の途中に生えるこの幹は、数歩北に進んだことで掴むことが出来たのだ。


 崖の上に青白い手が見えている。だが、こちらには届かない……。

 どうやらあそこから降りてくる様子は無いようだ。


 ――助かった……。


 私は震える手を抑え込み、崖に生えている松の木を伝い、ずり落ちる様に何とか畑へと降りたのだった。

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