005『ループ:孤立』


 ――これは一体どういう事なのだろう……。 


 私は布団の上に寝転がりながら考えた。

 昨日も確かに宿の主人は七月十日と答えた。そして、微妙に違うがほぼ同じやり取りをした記憶がある。

 どうしてもあの主人が私を騙そうとしているようには見えなかった……。

 だとすると、普通に考えれば私の方か主人の方の記憶のどちらかが間違っていると言う事なのだが……。だが、この場合私の方が少し分が悪い、何せ自分には未来の記憶があるのだから……。

 それでも、どちらの意見も正しいとして考えると……『時間が七月十日でループしている』と言う事になるのだが……そんな事があり得るのだろうか? いやだが、衣服や包帯の状態が違うと言う事は、私だけが七月十日をループしていると考えるべきかもしれない……。

 ――これは、どうしても確認しておく必要があるな……。


 私は布団に寝転がったまま夜明けを待った。


 振り子時計の針が八時を過ぎ、宿の主人が朝食を運んできた。

 メニューはやはり昨日と同じご飯に味噌汁、野沢菜の漬物に醤油の掛かった寄席豆腐だ。

 宿の主人の十吾さんにたわいも無い話を装いながら情報を探る。

 今日は簡単に村の話を聞いてから、村人たちについて聞いたみた。


 その結果、今、村人たちは泡嶋神社に集まり、この長雨が少しでも早く止むように加持祈祷を行っている最中という答えを得た。――いや、本当に加持祈祷を行っているだけなら銃はいらないだろう。恐らくこの主人は本当の事を聞かされていないのだ。


 そして、復旧工事に軍人が駆り出されている事については……。

 何でもここの生き神様のマヒト様は平安時代から皇家に仕える家柄で、特別な祭事を担っているらしく、以前から頻繁に軍の人間が訪れていた。その折にはいつもこの温泉宿に泊まっていたので別に不思議な事では無いそうである。

 上流のダムや村の中心のつり橋や下流の遊歩道の建設時にも軍人が駆り出されていたそうで、ここではこれが普通な光景なのだそうだ。

 ――通りでこの一見ひなびたように見える温泉宿の各部屋に、振り子時計が設置されていたり、発売間もないであろうラジオがあったりしたわけだ。この宿、実はこう見えて結構儲かってる……。それにしても通行止めを知らせるだけなら銃を向けて脅す必要はないだろうに……。


 昨日より少し早めに食事を終え一階に行って食器を洗う。

 そしてロビーに入る手前の柱の陰に座り込み耳を澄ませた……。

 待つことしばし…………始まった!


『……流す涙が お芝居ならば  なんの苦労も あるまいに……』ラジオから途切れ々に聞こえて来る三味線リードの物悲しいメロディー。

 ――記憶に間違いが無いのなら、これは昨日聞いたのと同じ曲だ! どうやら本当に七月十日がループしている可能性を考えなくてはいけないようだな……。


 そのまま、昨日と同じにフロントへ食器を運び、ラムネを御馳走になった。

 そして、同じ言い訳で合羽と傘を借り外へと探索に出かけた。



 降り仕切る雨の中、私は森の中の道を吊り橋を目指して歩いた。

 そして吊り橋が見える位置で茂みに身を潜め観察する。


 ――やはりいた! 商店の裏の軒下に白装束の男が見え隠れしている。

 前回はダムの方を見ていたので気が付かなかった……。これで益々確信が深まった。どうやらこのループでは自分以外の人間は毎回ほぼ同じ行動をとるようだ。だとすると、この村全体がループしていると考えるのが自然だろう……。


 ――さて、どうしたものか……。

 昨日と同じように橋を渡り白装束の連中と話せば、さらに確信が深まりもっと情報も引き出せるかもしれないが……。正直言って銃を向けられるのが怖いのだ。何かの拍子で弾が出てしまえばそこでジ・エンド。そう考えると出ていくのを躊躇ってしまう。


 ――そう言えば、橋の上から見たときに下流の下の方に古い石橋が見えたっけ……。

 橋があると言う事はそこに続く道もあるはず。私はそう思い道を引き返しながら探した。


「ここかな……」


 そこは吊り橋の少し手前にある南西へと逸れる林道。真正面に小さなお堂が見えるので、てっきりただの参道だと思っていたが、よく見ると林道がお堂の後ろ側に続いている。路面には台車を押したような轍が付いているので間違いないだろう。


 私は注意してその林道を下り始めた。

 林道はこの渓谷の一番底の沢まで続いていた。沢に沿って南へ進む。

 少し歩くと上から見えた石橋のところに出た。西方向へ一車線ほどの年代物の石橋を渡る。

 どうやらこの辺りはシイタケの栽培をしている様だ。木々の合間にホダ木が並ぶ。神社は位置的にここより大分高い位置にあるのでここから見ることが出来ない。上からも見つかることは無いだろう。


 しばらく歩くと森の中に茅葺屋根の立派な民家が見えた。雨どいを固く閉ざし人の気配はない。

 そこを越えたところで林道は十字に交差している。角につつましやかなお地蔵さんが雨に濡れていた。


 ――ここから、どっちへ向かおうか……。


 北は神社に続く道なので後回しにするとして……。

 南は遊歩道……。この渓谷を散策しながら歩く山道で半日ほど歩けば国道に出れるという話なのだが、先月から道の架け替え工事で通行止めになっているそうだ。

 西へ向かえば私の見つかった崖へと行くことが出来る。こちらも崖の上の墓所まで上れば、修験者たちが修行に使う山道があり蓮池と言うところに抜けることが出来るらしい。


 ――取り敢えず南の方が近いか……まずはそちらへ行ってみる事にする。


 やや細くなった林道を南へ向かう。

 すぐに両脇に茅葺屋根の質素な民家が建っていたが、そのどちらもが雨どいが閉められ誰もいない様子だった。

 さらにもう一度石橋があり沢を渡る。

 その先で道が左右に分かれる。案内板があり遊歩道は右を差している。左は森の奥の方にひっそりと木製の塀があり門が閉められているのが見える。その塀の上に僅かに見えるレンガ製の煙突。


 ――あれは、まさか……。まあ、今は関係ないので右へと進んだ。

 少し歩いたところで一メートルほど高さの木柵があり木板に 〝工事中通行止め〟 と書いてあった。

 辺りに人の気配はない……。柵を跨いで越え奥へと進む。

 そこから渓谷は左右を断崖に阻まれ急に細くなる。巨大な岩がゴロゴロと転がり、小さな滝が連続する。

 今の流れでは沢を渡ることは到底無理だろう。間違いなく流されて岩に打ち付けられる。

 そして、遊歩道は沢を橋で左右に渡り続くようだ……だが……。


 その見渡せる限りの全ての橋が落ちている……。その一番手前、石造りの簡素な橋は小さな欄干だけ残し消えていた。

 道の上には橋の残骸であろう瓦礫。水に浸かる橋脚跡には真新しい焦げ跡。


 ――これは、爆破解体の跡か……。

 いや、考えるまでも無い、ここの工事は軍が仕切っていたのだ。では、何故……。


 ――これは、村を完全に孤立させるため橋を落としたとしか考えられない。


 私は思わずつぶやいた。

「まずいな……これは、まずい……」


 この村では今、何かが起ころうとしている……。その何かとは一体何だ? それがループする時間と何か関係しているのか?


 私は急ぎ足でこの場を後にした。

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