いつもの挨拶



 旅を始めて十五年、僕は少し名のある探検家になっていた。

 理由は行く先々で声に導かれては遺跡を見つけ、財宝やら古代の遺産やらを見つけたことで学界に注目されたからだ。発掘品は全て発見者の物になるらしいけど、僕の場合は旅費にする分以外は美術館に寄贈していたから、その点でも少し噂になったのかもしれない。

 そんな噂を聞きつけて僕を呼んだのは、驚くことに僕の故郷にあったあの美術館のオーナーだった。

 実は彼も昔は探検家だったらしく、美術館にあったものの半分は自分で見つけたものらしい。しかし歳を取ってそれが出来なくなり、それでも収集を止められなかった彼は度々探検家に依頼していた。

 ずっとあそこに通っていた僕が一度も彼に会わなかったのは、その時はまだ彼が世界を旅していたからだ。

 そんな彼に「是非私の美術館に来てコレクションを見て欲しい」と言われた。

 多分、彼も僕と同じ様にそういうものが好きで、あわよくば美術品の交換でもしたいのだろう。

 しかし彼が集めた物は既に僕の青春アルバムに記録されている。もう穴が空くほど見たし、そもそも最初は断るつもりだった。

 でも、頭の片隅にあったソフィアの姿が過ぎり、どうしてもそれを無視することができなかった。


 結局、僕は十五年振りに故郷へと帰還した。


 町に戻ってまず驚いたのは、自分が住んでいた頃に比べて町がとても小さく感じ、そこに収まっていた自分はさらに小さかったのだと実感したことだ。

 いつまでもここに住んでいたら、こんな感覚に至ることは無かっただろう。ソフィアには感謝するばかりだ。

 本来ならその気持ちを彼女に伝えるべきだろうが、僕の足はなかなか美術館に向かわなかった。

 昔なら毎日の様に駆け足で行っていたというのに、なんとも不思議な感覚だった。

 そうは言ってもオーナーに呼ばれては無下に断れないので、観念して重い足を美術館へと運んだ。




 美術館に入ると、エントランスには高貴な騎士ジークハイドが迎えてくれる。相変わらず迫力があり、とても強そうだ。

 しかしその両端には新たに二人の騎士が追加されている。こちらもまた魅力的だ。あとでオーナーに名前を聞いておこう。


 騎士達の傍を抜けると、大理石の床に並ぶ陶器の群れに加え、昔は無かった東洋的な掛け軸が並び、そこには読めない文字が刻まれている。

 まだまだ勉強不足だと痛感した。あとでオーナーに何語か教えてもらおう。


 そしてその道を抜けると、いくつもの石膏像が並ぶエリアだ。

 たしかここには――。


「ヘーイ! ウィルじゃないか! 久しぶりだなー!」


 やはりいた。ダヴィデだ。

 クルクルと踊りながら僕の方にやってきた。相変わらずの全裸で。

 昼間だろうと容赦なく話しかけてくるのは昔から変わらないので、ある意味安心した。

 幸い今日は誰もいないので、久しぶりに相手をすることにした。


「やぁダヴィデ、久しぶりだね。元気だった?」

「私はいつでも元気さァ! ハッハー! 再会を祝って、一緒に踊らないかい!?」

「いや、踊らない」

「オーゥ! それは残念だー!」

「……ソフィアは元気?」

「ンー? なんで私に聞く? すぐそこにいるのに」

「いや……今日は、会うつもりはないから……様子だけ、分かればいいから」


 相変わらず臆病だけは治っていない。

 僕の唯一成長しなかった部分だ。

 

「それは残念だなぁ! 彼女、ずっと待ってるのに」

「え?」

「昔からそうだったが、最近は特に君の事を話していてなぁ。というか君の事しか話さないから、聞いているうちに私も君のファンになってしまったよ! ハッハー!」

「ちょ、ちょっと待って。昔からって……いつから?」

「初めて会った時からさ! 昨日はウィルがなにした、この前はウィルが可愛かった、あの時のウィルは素敵だった、ウィルウィルウィル! 全て君の事しか話さないよ」

「で、でも、君と楽しそうに話してたじゃないか!」

「ああ。私のやることはちゃんと見て反応してくれるよ。彼女は優しいからね。でも話をする時は必ず君の話さ。君が旅立つ日の半年前から、ウィルはもっと世界を知るべきだってずっと言っていたよ。そして自分がいる所為で、君がそれを諦めようとしているとも言っていた。ま、実際はちゃんと旅立ってくれたわけだけどね!」


 僕は後悔した。

 なぜあの時、気持ちを素直に伝えなかったのかと。

 なぜ彼女の気持ちを理解出来なかったのかと。


「……ありがとう、ダヴィデ。話せて良かった」

「ん〜! こちらこそ。また会えて嬉しいよ、ウィル」


 最後まで陽気に踊る彼に別れを告げ、僕はそのまま奥に進んだ。






 石膏像の道の次にあるエリアは昔と変わらない。

 壁、柱、天井に様々な絵画が飾られている空間。様々な時代、大陸、人を渡り、そして全てを見てきた絵画達がいる場所だ。

 その内の一つに、彼等の中で異質とも言えるほどの魅力を放つ、とびきり美しい作品があった。

 僕は真っ直ぐ、ゆっくりとその絵画に向かって歩みを進める。

 初めの一歩はとても重かった。しかし二歩、三歩と進むごとにその足並みはしっかりとしたものになっていくのを感じた。

 自分の中の想いを何度も確認して、段々と決意が固まっていくかの様に。

 

 目的の絵画の前に立ち、僕は一息つくと、改めてその姿を目にする。

 何年も見続けたはずのその絵は、昼間だというのに月明かりの如き妖しくも美しい光を纏っている。

 僕はこの絵を初めて見た時と同じ感動を覚えていた。

 すると僕は、その絵の隣にいた頃の色々な記憶が呼び起こされ、思わずくだらない考えに至った。


 僕はその絵画に向かって、こう言った。

 

「こんばんは、ソフィア。今夜もご機嫌麗しゅう」











「あら、こんばんは、ウィル。今夜もご苦労様」


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