僕と彼女の出会い



 僕の名前はウィリアム=アンダーソン。


 とある田舎町の平凡な家庭に生まれ、大人になるまでその町で育った僕は町にお似合いのとても平凡な人間だった。

 特に勉強が出来るわけではないし、運動も苦手、背も高くない、顔は多分中の下。

 強いて他人と違うところを挙げるとすれば、物心付いた時から度々変な声が聞こえたり、所謂『不思議なもの』が見えたりしたことだろうか。

 とは言っても、そこまで頻繁に聞こえたりしたわけではなかったし、どうやら僕の場合はそこまで強く感じるものではなかったらしい。

 ただ、田舎町における子供の頃の遊び場はだいたい青々とした林か野原で、そういう場所では特に変な声が聞こえたりした。

 それに運動は得意ではなかったから、外よりも断然家の中で遊ぶ方が多かった。その所為で昔から友達は少なかった。


 だから十歳の頃、家の近くに町唯一の名所とも言える美術館が建てられてからは、毎日の様にそこへ通っていた。

 オーナーが収集した美術品を見せびらかせる為に建てられた美術館だったらしいけど、僕はそこに飾られた絵画や彫刻達を眺めているのが好きだった。

 歴史がありそうな物からガラクタみたいな見た目の物まで様々な芸術品が並んでいて、それらを見た瞬間、僕の頭の中にあった『世界』の姿はがらりと変わった。

 当時は全ての作品が眩い光に包まれている様に見えて、心をひどく揺さぶられたのだ。

 一日に何時間も、それこそ朝から閉館時刻になるまで居ることもあった。


 ただ、やはりそういった場所にも『不思議なもの』があった。

 特別な想いを込めて作られた作品には作り手の思念が宿り、その思念が強過ぎると残った思念が長い年月を経て不可解な現象を起こすことがあるという。美術館で僕が出会ったのは正にそういうものだったのだろう。

 通い始めてから一週間、館内を練り歩いていると時々視線の様なものを感じることがあった。

 最初は子供が一人で美術館に来ていることを珍しがった誰かの視線だと思っていたけど、その感覚は一定の場所を歩く度に必ず感じることに気付いて、さらにそれが人の視線ではないこともなんとなく分かった。


 視線を感じる場所には、ある一枚の絵画が飾ってあった。


 その絵画は、純白のドレスを身に纏う一人の美しい女性を描いた肖像画だった。

 どこかの国のお姫様か貴族の令嬢か、そんな高貴な雰囲気を放つ姿は、他の作品達同様にとても魅力的なものだった。

 しかし、他の作品達とは圧倒的に違う点があった。




 絵の女性は、僕を見ていた。

 そして動いていた。




 絵の前にいれば女性はいつもの姿だったけど、偶々遠目から眺めていた時に僕は見てしまった。

 絵の中の美しい女性は自分の目の前を人が横切ると、その背中に向って手を振っていたのだ。

 初めてそれを見た時は見間違いかと思って、しばらくそれをじっと見つめていたんだけど、時々髪をいじったり鼻歌を歌っている姿を度々見てしまったから、もう疑いようがなかった。

 でもそれは僕以外の人には見えていないらしくて、誰もその様子に見向きもしなかった。

 間違いなく僕だけに見えるもの。そう気付いた僕は、昔からやらなかった『不思議なもの』との会話を試みることにした。

 今まで目に見えないものとは話す気になれなかったが、芸術品となれば話は別だ。

 僕が絵の前まで赴くと、辿り着くまでに女性は姿勢を整えていつものポーズを取った。

 絵画としての意識か、しっかりと見る人の前では本来の姿でいるという決め事でもあるのかもしれない。姿勢を正したその姿はいつ見ても美しく、凛としていて、ずっと見ていられた。

 だから僕はその綺麗な姿を正面からじっと見続けた。主に顔をじっと見つめた。

 それが数分も続くと、どうやら一向にその場から動かない僕を変に思ったらしく、斜め右を見つめるその目線をゆっくりと僕の方に向けてきた。

 当然僕はそのまま見つめ返す。しかし目が合ったと思った瞬間、女性は視線を全く違う方向に逸らした。

 目が合ったことが気不味いといった感じだった。仕方ないので僕から話し掛けることにした。


「こんにちは」


 僕は女性に向かってそう言った。

 その言葉を聞いた彼女は一瞬だがとても驚いた表情を浮かべ、しかしすぐに首を左右に振って辺りを見渡し始めた。

 おそらく自分に向けられた言葉ではないと思ったのだろう。

 

「君だよ、絵の中の君。君って話せるの?」


 手を振りながらそう言ってやると、女性は話しかけられたのが自分だとようやく自覚した様で、こちらを見て再度驚きの表情を浮かべた。

 すると女性の表情が少し明るくなった様に見えたが、気付けば口をへの字に歪めて眉を顰めていた。

 そして、僕は初めて彼女の声を聞いた。


「……き」

「き?」

「気安く話し掛けないでくれる!?」


 これが僕と彼女の出会いだった。



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