2

 グランドのはしにリヤカーが到着したところだった。


 荷台には何本もの金属パイプがくくりつけられている。数人のスタッフが走り寄り、荷を解き、パイプを外すと、手に手にそれを取って次々と接続し始めた。


 ジョイントのネジをレンチで固定して、パイプはどんどん延びてゆく。


 そして遂には十メートルほどの、金属製の巨大なサオが出来上がった。


 サオの先端部分にはフックがあり、スタッフがなにやらワイヤーらしきものを取り付けている。それが終わると、反対側のはしを地面に付けて一人が固定し、他のスタッフがその根本近くをぐいと持ち上げた。


 サオはしなやかにたわみながら立ち上がり、さながら巨大な釣り竿ざおといった様子になった。


 ふと気づくと、猫選手たちの動きが先ほどと違う。テンでバラバラだった動きを止め、作業に注目しているではないか。


 グランドはもはや雑音もなく、張りつめた沈黙に満たされていた。

 土手の三人も、固唾かたづを呑んで見守っている。


 ホイッスルが鳴った。


 試合開始。


 「ヨーイサ!」


 スタッフのかけ声とともに、ぶん、とサオが空気を切り裂く音がした。サオの先端は空中にを描き、右から左へ方向を変える。


 いや、先端だけではない。それを追いかけて何か黒い小さな物体が宙を飛んでゆく。


 選手たちの視線が瞬時にそれを捉えたかと思うより早く、彼らは猛然とそれを追いかけて突進していた。


 スタッフがサオを左に振り切ったとき、その向こうには砂埃すなけむりがたちこめていた。それが晴れると、猫選手たちがかたまりになっているのであった。


 「リリース!」


 審判が叫び、再びホイッスルを鳴らす。


 猫選手たちのかたまりは、すぐにほどけた。

 その真ん中には、あの黒い物体が転がっている。


 「ゴー!」


 ホイッスルが鳴る。


 「ヨーイサ!」


 サオが反対側へとを描く。


 先端から数メートルほど延びたワイヤーにくくりつけられているかたまりは、大きさ三十センチほどの巨大な疑似餌ルアーであった。黒い羽虫をかたどったそれはワイヤーに曳かれ、まるで本物の虫のように震動しんどうしながら跳んだ。


 選手たちはそれを追って再びグランドの反対側に突進する。


 何度も激しく往復が繰り返された。選手たちは体力の尽きた者から少しずつ脱落してゆき、遂には疲れ果ててほこりまみれになった選手たちがグランドのそこかしこに伸びている様子になった。


 そこで長いホイッスルが鳴る。


 「試合終了!」


 三人はおにぎりを食べるのもそこそこに試合に見入っていたが、ようやく一息つくことができた。


 ゆっくりお茶をすすろうかとしたところ。


 「オッホン!」


 振り返るとあの老猫である。


 「どうじゃね、猫ラグビーは」


 「あー……えっと……」トキ子は言葉を選びかねていたが、ようやく、

 「何がなにやら……いえ、その……これ、どうやって点数をカウントするの、ですか?」


 「ウム、良い質問じゃ」


 老猫はうなずく。


 「そのようなものは、無い」


 「はあ?」


 三人は呆気あっけにとられた。


 「じゃあ、勝ち負けは」

 「さよう。勝敗もない。だいいち、チームは一つしか無かったじゃろうが」


 言われてみればそうだった。だが。


 「いったいこれって、何の目的で」


 「ずばり、『健康とストレス解消のため』じゃ。それにもうひとつ。猫はチームワークのない動物だと言われておるが、見るがよい。みごとな集団行動であったじゃろう。良い試合じゃったのう、ふぉふぉふぉ」


 と、老猫は満足げに笑うのであった。


 (集団行動?)


 三人はお互いに顔を見合わせ、異口同音いくどうおんに、言った。


 「何か違うような気がする……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る