3

 しばらくして、「星ねこ号」はひとつトンネルを抜けた。


 標高はやや下がっている。

 針葉樹の森。昼なのにうっそうとしげって暗い。雪は固く、溶けそうにない。


 停車した駅は、屋根もなく、プラットフォームはやはり土塁どるいと大差ない。


 駅員は毛皮の帽子をかぶり、コートを着て、大きな角のあるムースを連れていた。そのくらに荷物を結わえて運ぶらしい。


 森の中に通じる道は細く、暗く、曲がりくねって、ほとんど見通しがないまますぐに消えている。


 「おまえ……ここで降りるか?」


 車窓からそれを見ながら、探偵はブチ猫に尋ねた。


 とたんに森の奥から、ゆるやかな遠吠えが響いた。続いて違う方向からいくつもの遠吠えが、こだまするように重なってゆく。


 狼の群れが居るのだろう。探偵はふと、駅員の背中にライフルがあるのに気がついた。


 ブチ猫は車両の隅で頭を抱え込み、丸くなって震えていた。


 「やれやれ……」


 探偵は肩をすくめた。


 次のトンネルを抜けるには少し時間がかかった。再び標高が高くなり、勾配こうばいがかかっているため、「星ねこ号」の機関部もいくぶん苦しそうである。


 トンネルを抜けると、打って変わったように、白々とした陽光が輝いた。


 「まぶしいくらいね」


 トキ子は手のひらを目の上にかざしながら、窓をのぞき込んだ。


 そこには森はなく、雪もほとんどない。

 しかし緑もほとんど無かった。


 ゆるやかな斜面に視野の届くかぎり、黒褐色こっかっしょくの奇妙な形をした石が延々と続いていた。植物といえば、その間を縫ってわずかな灌木かんぼくが点在しているだけである。


 どことなく腐ったタマゴのような匂い。


 「星ねこ号」は駅に着いた。今度のホームはコンクリートで固めただけのものだったが、比較的新しい。


 ジーンズにパーカー姿の若い男性が二人やってきて、伝票にサインし、荷物を受け取った。荷物は比較的小さいけれども、しっかり梱包こんぽうされている。


 「ここは無人駅なのです。もう少し上に測候所そっこうじょがありまして、そこの研究員なのですよ」


 伝票を手に戻ってきた車掌はトキ子たちに説明して、また慌ただしく郵便車に戻っていった。


 二人の研究員は、やはりコンクリートで固めた道を上ってゆくところだった。歩きながらたたきつけるような風にあおられそうになったが、窓から見ているトキ子たちに気がつくと、陽気に手を振った。


 「ここはどうだ? あの人たちは親切そうじゃないか」


 探偵は声をかけたが、ブチ猫の返事は無かった。


 見ると、車両の片隅で延びている。呼吸が苦しいらしく、気管がひゅうひゅう音をたてていた。


 「旦那…… どうも、空気が……悪いようで……」


 そのとおりだった。三つ目のトンネルに入り空気中の硫黄臭いおうしゅうが薄まると、ブチ猫の呼吸は少し楽になった。


 長いトンネルの中、車内灯の下で、探偵とトキ子は顔を見合わせた。

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