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 あと一駅しかない。


 探偵の財布に入っている金額で、乗車できる距離の限界が迫っていた。


 ようやく落ち着いたブチ猫はがっくりうなだれ、床にへたり込んでいる。しかし彼は突如とつじょハッと目を開き、意を決したように探偵に顔を向けた。


 「旦那、決めやした。あっしはトンネルを抜けたらもう飛び降ります。これ以上ご迷惑をおかけする訳には参りません。こんなやくざ者に良くしてもらって、ホントにありがとうごぜえやした」


 そう言う目玉は目やにでこそ汚れていたけれども、あんまりガラス玉のように輝いていたので、探偵は視線を受け止め切れずに思わず目をらしてしまった。


 「フン、そ、そんなにあせることはないぜ。あともう少しのカネくらいある。せめて、駅ぐらい見ていったらどうだ」


 けれどもどっちにしてもそこまで、と言いかけた言葉は呑み込んだ。

 残るは重苦しい沈黙。


 「星ねこ号」は最後のトンネルを抜けた。


 そこには……


 信じられない光景が広がっていた。


 一面の緑。


 地形を見るとこの周辺はカルデラ盆地のようである。

 しかしこの地域の火山活動はかなり古いらしく、浸食によって盆地の形状はかなり複雑なものになっていた。


 驚くべきなのは、さきほどまでとは打って変わった植生しょくせいの豊かさである。ほとんど亜熱帯地域に近い温帯といった様子で広葉樹が生い茂り、地面を覆い隠していた。

 樹々の上空には鳥の群れさえ旋回せんかいしている。


 列車は高架を走っていた。数十メートルの高さの橋桁はしげたの脚は繁茂はんもする植物に埋もれていた。


 まるで高山地域には考えられない光景だった。


 「何だここは!」


 探偵は車窓を開けた。暖かい空気がむっと流れ込んで来た。汗ばむような気温。


 高架上の駅は鉄骨づくりで無骨なものだが、きちんと屋根があり、ペナントや万国旗ばんこくきなどで、にぎやかに飾られていた。


 ホームではアロハシャツを着た猫たちが数人、列車を待っていた。


 お出迎えであった。列車が停止すると、ウクレレやマラカスを手に、ご当地ソングを歌い始める。トロピカル調であった。腕章には地元観光組合の名前が入っていた。

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