春 星ねこ鉄道の春

1

  カタン……カタン……カタトン……


 薄明はくめい

 レールの音に、息が白い。


 探偵は目を開き、毛布にくるまったまま半身を起こした。


 薄い空気。「星ねこ号」は高地を走っている。

 山岳地帯の朝は早い。日の出の方向だけでなく、四方がほのかに明るく包まれているのは、残雪の照り返しだろう。


 個室の中、向かい側のベッドには、女の子と猫が眠っている。トキ子とクリ、旅のみちづれである。


 はて、なぜ起きてしまったんだろう?


 そう思った、そのとき。


 突然、前方の車両が騒がしくなった。

 誰かが激しく言い争いをしているようだ。


 (事件か!)


 一瞬で眠気が吹き飛ぶ。


 クリが眠っていた目を開き、トキ子の脇で耳をそばだて、背中を総毛立てて低くうなりはじめた。

 緊張をはらむ沈黙を挟んで、ふたたび騒ぎが爆発する。どうやら、車掌と誰かが言い争っているようだ。


 とにかく、行かねば。


 毛布をはねのけ、いつものサングラスを装着し、急いで靴を履く。


 トキ子もようやくねぼけまなこを開いた。


 「どおしたの?」


 「わからん。ともかく行ってみよう」


 探偵は前の車両に向かい、二人もすぐ後に続いた。


 「そういや、寝る前、お客は私たちだけだったと思うんだけど」


 「知らない誰かがいるニャ。車掌さんがえらい怒ってるニャ」


 クリが応えた。猫の耳にはかなり詳しく様子が聞き取れるらしい。


 車掌は管区指定の制服を着ていたが、その地毛はビロードのごとくつやのある、見事な黒猫であった。


 しかし。


 これほど殺気立っている車掌を見るのは、三人とも初めてだった。

 いつもは温厚で礼儀正しく、瞳孔を開くことすらない。しかし、今や目は真っ黒。その背中も総毛立ち、制服が盛り上がっている。尻尾もふだんの二倍ほどに膨張していた。


 それに対して相手はまったくみじめなものだった。


 尻尾は下がり、耳は平たく伏せている。ブチのある白い毛皮も薄汚れ、毛並みも悪く、おまけに皮膚病でところどころ禿げている。顔も目やにだらけ。そして荷物は薄汚れた革のポシェットをたすきがけに下げているだけ。


 「まったく例外は認められないのです! キソクなのです!」


 「そ、そんな殺生な。勘弁してくんなされ。なんともしようがないですがな」


 車掌は圧倒的に優勢であった。ブチ猫はそれでも食い下がろうとしていたが、どうにもならず、おろおろと躊躇ちゅうちょするだけである。


 荷物車の中に入り、この場面に出会った三人は、呆気あっけにとられて顔を見合わせるしかなかった。


 「いったいこれはどうしたことだ」


 「おお、探偵さま」


 三人を見ると車掌の興奮は少し治まったようだ。いつもの礼儀正しさが戻った。


 「この人は?」


 「無賃乗車客であります」


 尋ねるトキ子に、車掌は吐き捨てるが如く即答した。

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