二人でお出かけ

日曜日の朝。詩帆は円佳との約束でお出かけの準備をしていた。白をベースとした服にロングスカートといった私服を着用し、軽いメイクや唇にリップクリーム、マウススプレーを口に吹きかけたりと身だしなみを万全にし、待ち合わせ場所である忠犬バチ公の銅像の前に向かう。待ち合わせ場所には、円佳がいた。

「お待たせ」

「あ、詩帆!私服可愛いね」

「そう?これ、割と気に入ってるから」

「へえ、お気に入りなんだ」

「さ、何しよっか?」

「えっと、こないだこの辺でおススメのクレープを見つけたのよ!」

「お、クレープ?いいじゃないの」

円佳の案内でおススメのクレープ屋に連れられる詩帆。そこは、可愛い外観のクレープ屋であった。メニューは多種多様で、トッピングにおいてもスイーツ系のみならず、おかず系のものもあったりと若者を中心に爆発的な人気のある名店の一つである。

「わー凄い!これもいいしあれもいいし……まさかこんなところがあったなんて」

詩帆は豊富な種類のクレープに夢中になっていた。円佳と詩帆は甘いもの重視でそれぞれのクレープを買い、店内の席でクレープを口にする。

「やっぱ出来立てのが一番おいしいよね」

「でしょ?都内で一番人気らしいからね」

「毎日来てもいいくらいよ」

クレープを頬張りながら笑い合う二人。

「ねえ詩帆、ゲーセンとか行く?」

「行かないわよ」

「え、ゲーセン行かないの?」

「うん。ゲームとかそんなに興味ないし」

「えー勿体ないよ!ゲーセンって楽しいのに!クレーンゲームとか」

「あー……それならちょっとだけやった事あるよ。でもあれなかなか取れないじゃない?」

「そこがまたいいのよ!シンプルながらハマるのよね」

詩帆は円佳に連れられてゲームセンターに向かう事になった。

「ん?」

詩帆が突然何かを感じ取り、背後を振り返る。

「どうしたの?」

円佳が何事かと背後をチラッと見る。だが、背後に見えるのは交差点の雑踏でしかない。

「あ。いや、何でもないわ。何か後ろにいるような気がして」

「ええ?後ろなんて通行人だらけだよ」

「それもそうよね」

気のせいだと割り切った詩帆は改めて足を進める。ゲームセンターに到着すると、円佳は両替機に一枚の紙幣を投入し、10枚の100円硬貨に両替する。円佳が目当てのクレーンゲームには、可愛い犬のぬいぐるみが景品として入っていた。柴犬を模したぬいぐるみである。

「あ、可愛いー!柴犬のぬいぐるみ?」

詩帆はぬいぐるみを見て思わず目を輝かせる。

「よーし、絶対に取ってやる!」

円佳は意気込んでコインの投入口に100円硬貨を入れ、クレーンを操作する。近くにあるぬいぐるみを掴もうとするがあっさりと落ちてしまい、二度目、三度目と何度も挑戦するが、なかなか景品を手に入れる事が出来ないばかりであった。

「うう、何で取れないのかなぁ……詩帆、一度やってみる?」

「あたしが?」

「100円玉ならまだ三枚あるからさ」

詩帆が挑戦してみる。積極的にやっているわけではない故に不慣れなクレーンの操作をしながらも、目を付けたぬいぐるみを掴もうとする。だがアームはうまく掴み取れない。二度目の挑戦を試みるが、惜しくも逃してしまう結果だった。三度目の、最後の一枚の投入。しっかりとクレーンの位置を定め、アームがぬいぐるみを掴む。そのまま持ち上げ、落ちるか落ちないかのぎこちない状態で取り出し口まで運び、なんとギリギリで成功を収めた。

「やった!」

まさか自分が成功するとは思いもしなかった事もあって、詩帆は大喜びの様子であった。

「すごーい!やるじゃない詩帆!そのぬいぐるみは詩帆のものだよ!」

「もらっていいの?やったね!これすっごい可愛いから気に入っちゃった!」

すっかりぬいぐるみを気に入ってしまった詩帆は嬉しそうにぬいぐるみを抱き抱える。

「さって、次はお買い物にでも行く?」

「お買い物?それもいいわね。服でも見に行くの?」

「そうね。服とか、色々見てみたいわね」

ゲームセンターを後にした二人はショッピングモールへ向かう事にした。二人が去った後、三人の女子が集まり始める。

「ねえ、あいつらやっぱり怪しくない?」

「怪しいよね。最近何だかやけに一緒にいるし」

「ここは新聞部にチクッとく?あっちからするといいネタかもよ」

三人の女子は、かつて円佳に絡んでいた上に金を巻き上げようとしていた北王高校の生徒であった。


ショッピングモールへ向かう途中、円佳が突然足を止める。

「ねえ、詩帆……」

「何?」

「何だかこんな事言うと恥ずかしいけど……手、繋いでいい?」

「はあ?」

いきなり何を言ってるんだと言わざるを得ない円佳の発言に困惑する詩帆。

「ダメ、かな?」

「別にダメじゃないけど……」

円佳の性格が妙に理解し難いと内心思いつつ、詩帆はそっと円佳の手を握った。

「詩帆の手……やわらかくて温かい」

詩帆の手を握っていると、円佳は思わずドキドキしてしまう。

「ねえ……何か変な事考えてない?」

「そ、そんな事ないから!」

半ば照れ隠しのような円佳の返答に詩帆はますます困惑するばかりだった。ショッピングモールに到着すると、二人はまずファッションセンターに向かう。可愛い服装からオシャレな雰囲気の服装、そして他ではなかなか見かけないような風変わりな服装と様々なタイプの服装が揃っていた。所持金の都合で購入はしなかったものの、個性豊かなファッションを見回るだけでも楽しい気分だった。続いては雑貨店に向かう。中でもインテリア関連の雑貨はSNSでもよく話題にされている程の爆発的人気の商品が圧倒的に多い店舗だった。暗闇の中で光り輝く美しいハーバリウムや本物の鉱石が入ったケース等、珍しいものが好きな詩帆にとっては夢中になるような品揃えである。

「何これ綺麗!思い切って買う!」

「私も!」

二人は思わず注目したハーバリウムを手に取り、購入してしまう。その他にも思わず部屋に飾りたくなるような数々の美しい雑貨を見て回り、何個か手に取って購入したのであった。

「いやー、思わず色々買っちゃったね」

「ね!来てよかったでしょ?」

「うん!あたしにとってドストライクなものばかりだったわ」

この後も各フロアの店舗を回り、地下のグルメ街でアイスクリームを買うと、二人は植物と噴水のある休憩スポットに設けられたベンチに座った。

「はー、女の子と遊びに行くってのも結構楽しいものね」

「ふふ、私達ってまるで恋人同士じゃないかな」

「バカね、何言ってんのよ」

アイスクリームを口にしながら笑い合う二人。その時、詩帆の鞄から着信音が鳴り始める。達也からのLAINのメッセージによる着信だった。詩帆は鞄からスマートフォンを取り出し、メッセージを確認する。「今何してる?」という達也からのメッセージだった。

「何?誰からの?」

円佳がディスプレイを覗こうとする。

「達也からよ。この間話した」

「あ……そうなんだ」

円佳の表情が少し物憂げなものに変わる。

「何、どうかした?」

円佳の表情が何か気になった詩帆の一言。

「な、何でもない!えっと、その達也君っていうのはお友達だっけ?」

「そうだけど?」

「それならいいよ!別にどうという気はないから!」

まるで何か隠し事をしているかのような円佳の挙動に、詩帆は何だか変な子と思いつつも「ちょっとお出かけ中よ」と軽くメッセージ返答をしてスマートフォンを鞄にしまい込む。

「ところで……今日の晩御飯、私とご一緒でいい?」

「うん、いいわよ」

「やったあ!じゃあサイデリア行く?」

「そうね。そこで丁度いいわ」

二人はショッピングモールを出て街を散策した後、チェーンのイタリアンファミリーレストラン店舗「サイデリア」にて夕食を御馳走する事にした。パスタやグリルチキン、マルゲリータピザ、そしてデザートにチョコレートケーキといったディナーを満喫しようとしていた。

「今日は色々楽しかったね」

「うん、何だかデートしてる気分だったわ」

詩帆の口から出たデートという単語を聞いて思わずドキッとする円佳。

「ねえ詩帆。ちょっと気になる映画があるんだけど」

「え、どんなの?」

「とあるカップルが二人だけの世界を見つけるために色んな世界を冒険するっていう映画なんだけどね。詩帆ってこういう映画好き?」

「んー、そこまで好きって程でもないってか、映画自体あんま見る方じゃないから……」

「そっか……私こういう話結構好きなんだよね」

チョコレートケーキを口にしていた円佳は紙ナプキンで軽く口元を拭う。食事をしながらも詩帆と円佳は雑談に花を咲かせ、気が付けば既に夜の9時を過ぎていた。

「いっけない!そろそろ帰らなきゃ!」

「あ!もうこんな時間!?そうね、流石にもう帰らないと怒られそう」

勘定を済ませた二人は駅のホームでそれぞれの帰路に就いた。



電車の中、円佳は思う。


詩帆……やっぱりあなたは私にとっての運命の人だった。一年前から密かにあなたの事が気になってて、三年生から同じクラスになった時、すごく嬉しかったんだ。

最初はなかなか声を掛けられなかったけど、あの時私を助けてくれた時からいつの間にか、こんなに仲良くなれるなんて。


私とは違って容姿端麗なのに決して飾らないし、周りとは群れない上に慣れ合わない。そんなあなたが、好きになっていたんだ。


同じ女だけど、あなたが好き。でも私には……抱えているものがある。私を蝕んでいるものが。そんな私でも、受け入れてくれたら―――。



翌日の放課後―――授業が終わり、それぞれ生徒達が下校しようとしている中、詩帆は円佳と歩いていた。そんな二人を見て、影でコソコソと話している生徒が何人かいる。二人はそれに気づかず、他愛のない世間話を交わしながらも校門を出る。

「はーん、あれがレズカップルってわけ?」

カメラをぶら下げた眼鏡の女生徒が詩帆と円佳の後ろ姿を見て興味深そうにしている。眼鏡の女生徒は新聞部の部長である碧生絵梨であった。絵梨は昨日の詩帆と円佳の様子を影で観察していた三人の女子から「この二人は何やらただならない関係」だと聞かされてから興味を抱き、学校にいる高校生のレズカップルというお題で何か新聞のネタに出来ないかと思い、詩帆と円佳に注目し始めたのだ。


いつもは駅のホームで別れるはずが、円佳と同じ路線の電車に乗る詩帆。昨日の外出の帰りが遅かった事で両親から寝るまでの説教や罵声を受けた末に言い争いとなり、険悪な雰囲気になったせいでこのまま真っ直ぐ家に帰りたくないという事で円佳の家を訪れたいと考えているのだ。当然のように円佳は喜んで承諾し、詩帆を自宅まで案内する。

「へえ、マドカの家ってスナックバーだったんだ」

円佳の自宅がスナックバーである事に驚くばかりの詩帆。店内に客は一人もおらず、カウンターに円佳の母親の芽唯がいるだけだった。

「ガラガラだけどVIPって事で大歓迎よ!母さん、何かジュースでも出してよ」

「はいはい。未成年だからコーラでいい?」

「あ、はい。ありがとうございます」

詩帆の前に一杯のコーラが出される。

「ゆっくりしていってね。もはや先は長くない店だけど」

「え、そうなんですか?」

「ええ。20年くらい前というか、オープンして間もない頃は客足はそこそこいたんだけどね。時が経つに連れて色んなバーや居酒屋が出来たし、今ではたまに年配のご近所さんが来る程度の客足ですっかり商売あがったりよ。元々小さい店だし、時代遅れってのもあるのかもしれないけどね」

芽唯はグラスを拭きながら、溜息混じりに店の現状を語る。

「おまけに主人も今年で定年だし、今年中に店を畳んで地道にパート勤めでも始めようかと思うのよね。この子の為にも、色々お金が必要だから……」

「母さん、その話はいいから」

「おっといけない。せっかくのお友達が来たってのにこんな湿っぽい話はするもんじゃないね」

詩帆は円佳に視線を移しつつも、この子もこの子で色々大変そうだなと思いながらもコーラを飲む。

「詩帆ちゃんと言ったかな?これからもうちの円佳と仲良くしてあげてね。この子も色々あって辛かっただろうし」

「はい。勿論です」

円佳は少し物憂げな表情をしていたが、詩帆が笑顔を向ける。そんな詩帆を見て円佳も思わず笑顔になる。そんな二人の様子を、店の外でこっそりと眺めている者がいる。カメラを持った絵梨だった。絵梨は「なるほどねぇ」と思いながらも、スマートフォンをチェックする。なんと、放課後から円佳の自宅までの詩帆と円佳の行動を全て動画撮影していたのだ。


数日後―――詩帆は学校で奇妙な空気感を感じていた。昨日から詩帆の姿を見るとコソコソと何か陰口を言ってる節のある生徒をちらほらと目にするようになったのだ。最初は気のせいかと思っていたが、円佳と共に歩いていると周りから影で何か言われていると感じる事があった。詩帆はこの何とも言えない妙な空気に戸惑いながらも教室に入ると、いつものように授業が始まる。特に問題なく午前の授業が終わり、昼休みに入る。

「詩帆、今日は屋上で食べようよ!」

円佳が笑顔で声を掛けてくる。だが詩帆はすぐに返答せず、円佳の表情をじっと眺める。

「どうしたの?」

「……何でもないわ。さ、行こっか」

詩帆は円佳と共に屋上へ向かった。



三人の男子がトイレで用を足しながら談笑している。

「昨日新聞部の碧生から聞いたんだけどさ。2組の水無月と鷹塚っているじゃん?あの二人、レズらしいよ」

「え、マジかよ!?」

「こないだの日曜日に思いっきりデートしてたし、たまに屋上で二人きりで飯食ってるんだぜ。レズで間違いないんじゃね?」

「もしかして今日も屋上に行ってるんじゃねえか?」

「おい、覗きに行ってみようぜ」

三人の男子はトイレから出ると、屋上に向かっていった。

「屋上で二人きりってイチャイチャに丁度いいもんなぁ」

「ガッツリと舌入れてディープキスしてたりしてな」

「ハハハ、まさかな」

ヘラヘラ笑いながらこっそりと階段を上る男子達。屋上のドアをそっと開けると、詩帆と円佳がいた。



「で、その達也君って子……詩帆とは本当にただの友達って事でいいんだよね?」

「友達だって言ってるでしょ!何か気になる事でもあるの?」

円佳は詩帆のLAINを通じた達也との会話を見て、詩帆と達也の関係性を気にしていた。

「気になる事っていうか、その……男の子と付き合ってると怖くないのかなって思って」

「はあ?」

詩帆は何言ってるんだろうと思いながらも円佳の表情を見つめる。円佳の表情は物憂げなものだった。もしかしたら何か男関係で深い事情があるのかな、と考えた詩帆はスマートフォンの画面を消す。

「何を思ってるのか知らないけど……達也は幼馴染なんだし、基本的にいい奴だから心配いらないわよ。もし何か相談事があるなら聞くわよ?」

詩帆は場の空気を変えようとフォローする。

「あ、えっと……ごめんね。何だか変な事言ったりして。相談事というか、いつか詩帆に話そうと思ってた事があるんだけど……」

「何?言ってみて」

円佳が話そうとした瞬間、屋上のドアからガタンと音が聞こえてくる。こっそりと覗き見していた三人の男子がうっかり音を立ててしまったのだ。

「誰!?」

円佳は鋭い声を出す。三人の男子はとっさにその場から逃げ出した。昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り始める。

「あ、時間だね。ごめん、また今度ね」

「う、うん」

円佳がその場から去ると、詩帆は釈然としない様子で後に続いた。



その日の放課後―――屋上での詩帆と円佳の様子を眺めていた三人の男子は新聞部の部室に来ていた。昼休みでの一部始終を絵梨に報告していたのだ。

「グッドだわ小林君」

三人の男子の中の一人である小林は新聞部の部員でもあった。

「あと動画も撮ってみたよ。こっそり撮ったから声が聞き取りにくいけど、水無月には男友達がいるとか何とかだそうだぜ」

絵梨は小林がスマートフォンで撮った動画を見ると、「いいねぇ」と呟いた。

「やっぱりこの二人はレズに違いない。更に水無月さんには男友達がいる。所謂三角関係って事?ますます面白くなってきたわ」

絵梨はカメラを手に部室から出た。


電車の中で、詩帆はLAINで達也と会話をしていた。


『……やっぱりあの子、よくわかんないわ』

『何があったんだよ?』

『なんていうかね、あんたとあたしの関係性を必要以上に気にしてる感じなのよ』

『俺との関係性?何で?』

『さあ?まるであたしが男と付き合っちゃいけないと言わんばかりの素振りだったから』

『女友達あるあるの嫉妬か?』

『それとはちょっと違うみたい。あの子と遊びに行った時、やけにあたしにベタベタしてきたから……』

『え、お前それってまさか……アレなんじゃね?』

『アレって何よ?』

『その、なんてーか……禁断のなんとかっていうか……』


「はあ!?」


達也のメッセージを見て詩帆が不意に大声をあげると、乗客が一斉に詩帆に視線が集まる。思わず恥ずかしくなった詩帆は、「何でもありません」と言って申し訳なさそうに席を立った。



自宅に帰った円佳は自室で薬を飲んでいた。部屋に飾ってあるカレンダーを見ると、次の日となる日にちに丸印が付けられている。

「ああ、明日は通院の日だった……」

円佳は溜息を付く。円佳は持病を抱えており、薬を服用しつつも月に二度通院している身でもあった。

「私……どれくらい生きられるのかな」

円佳の持病―――それは、余命宣告を受ける程の難病だった。


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