決意表明の果て

「実は自分――人間になります」


 そう言い放ったあと、部長は険しい表情をしていた。

 しばし、音の消えた空間でにらめっこが続く。


 きっと本気で言っているのかどうか、こちらの真意や覚悟を見定めているのだろうことは伝わってきた。


 その末にどんな判断がなされ、一体どのような対応を受けるのか。

 批判されるんじゃないだろうか怒られるのではなかろうか。

 様々な憶測が錯綜さくそうし、不安がつのった。


 すー。


 と、息を吸う音が鼓膜を揺らす。ついに何か喋る。

 俺は乾いたのどで固唾を飲んだ。


「ふっ」


 え? 今、何て言ったんだ? 


「ハハハハハハハハッ」


 部長は突然、なぜか豪快に笑い始めた。


「いえ、部長、別に冗談で言っているわけではなく…」

「分かってるよ。本気なんだろ? ハハッ」


 その予想外の反応に俺は呆気にとられ、一瞬思考が止まった。


「……反対されるものだと」

「しないよ、君の人生だろ?」

「絶対に怒られるものだと……」

「しないさ、するわけがない。人の選択を怒る権利なんて誰にも与えられてはいない」


 どこかで聞いたような気がするけど、その言葉は心に染み渡るようだった。

 誰も賛成してはくれない。

 でも、この人なら、もしかしたら。

 そう思って話したものの、内心、やはり反対されるだろうと決めつけていた部分があった。

 だからこそ、背中を押してくれることがこの上なく嬉しい。


「いいじゃないか、やってみたら。僕は応援するよ」

「部長……っ!」


 緊張の糸が切れたせいもあって、涙が出そうになる。

 優しい微笑みが、応援がそこにはあった。


「ありがとうがざいます……!」


 そんな言葉でしか感謝を伝えられないのが悔やまれる。

 俺は代わりに、精一杯彼の手を握った。

 握り替えしてくれた手から伝わる体温は、春の日の光のように――優しかった。


 ※


「でもさ、そんなに簡単な話ではないんじゃないかな? ――ブラックでよかったよね?」


 コーヒーを淹れるため立ち上がった部長が戻ってきて、俺の分を差し出す。礼を言い、互いに一口飲むと話を続けた。


「僕は応援すると言った。ただし『』――だ。『僕も』じゃないことは君が一番分かっているよね?」

「はい、もちろんです。部長にも叱責を受ける覚悟でしたから」


 無意識に、黒く揺れる水面に目がいく。


「当然、ご家族は反対されるだろう。特に君の場合、仮にも王族。ゆくゆくは重役に就く予定でこの本社に入ったにも関わらず、重大なミスを犯して地方に左遷。それが次は会社だけでなく、神様さえ辞めると言い出したわけだからなー。はっきり言って状況は最悪と言えるだろう」


 いらんこと言いやがって……せっかく誤魔化してたのに……。


 まあでもその通り、要するに俺は役立たずなんだ。いわゆるポンコツ、ダメ息子。


「……とりあえず、今から話してこようと思います。王宮にいるはずなので」 


 俺はカップの残りを一気に飲み干した。特有の苦みがじんわりと口に広がる。

 やっぱりまだ、ブラックは苦手だ。


「そうか健闘を祈るよ。それと、これは一度預かっておくから」


 そう言って隅に置いていた俺の辞表を持ち上げると、前後にひらひらと振りながらお茶目に微笑んだ。


 陶器のように白い歯を輝かせて――。



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神様、辞めさせて頂きます。 茶摘 裕綽 @ta23yu-5uk3

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