上司への反逆

「俺は一体何をしているんだ?」


 

 再び心からそう思った俺は、そこでふと、良いことを思いついた。

 

 いや、魔が差したと言う方が適切だろう。

 今考えていることを実行したときのことを想像すると、思はず笑いがこみ上げてくる。


「おーい、手が止まってるぞー、真面目に仕事しろー」


 その時、長時間さぼっているあげく不気味に微笑みだした後輩を見かねて、隣で作業していた先輩から注意が入った。


「はーい、すいませーん」

 俺は半笑いで答えつつ、左手のクリップボードを無造作に――下へ


 カタン。


 もちろん先輩は怪訝そうな顔になって、


「おい、何してんだ――話聞いてたか?」


 きつめに再び注意を受けるが俺は聞く耳を持たない。完全に無視して計画実行のために準備を進める。


「おい、無視かよ?」


 徐々にいらだち始める先輩を横目に、勢いよく両手をあげた。

 突然の奇行に、先輩は頭に疑問符を浮かべる。


 今度は拳を開き、手のひらが地上に向くまで、ゆっくりと腕を下ろしていく。


 そして、こう唱えた。



 途端に景色が望遠鏡のように拡大され、ピントがオートフォーカスされる。

 

 見慣れた夜の町なみ、うごめく人間。

 

 暗闇の中、街灯の明かりを頼りにして目線をとある場所へと移動させる。


「おい、疲れてるなら休憩入ってもいいんだぞ?」


 ――見つけた。

 この地域で一番人が集まる場所、その時がくれば数百人が一カ所に集まる絶好のポイント。


 腕に、手のひらに力を込める。その時に備え、全ての意識を集中させる。

 狙いは定めた、あとはやるだけだ。


 決意が揺らぐことはなかったが、内心とてつもなく緊張していた。

 今からやろうとしていることは完全なる不正行為。

 背信行為と見なされるかもしれない。成し遂げたあとどんな処分が下されるのか検討もつかなかった。


 少なくとも間違えましたではすまされない。例え本当だとしても。

 

 緊張で心拍数の上がった心臓の痛みや、体の芯が震えるような感覚を誤魔化しつつ、ただひたすらにその時を待った。

 しかし。


「本当に大丈夫か!? とにかく休めって」


 そう言って、遂に先輩がこっちへ向かってきた!


 コツン、コツン。

 ドクン、ドクン。


 足音と拍動が重なる。

 視線は固定済みで動かすわけにはいかない。そのため、靴底が床を叩く甲高い音でしか距離感が計れない。

 

 速度を上げた鼓動は、気付けばもうとっくに足音を置き去りにしていた。


 

 まずい、早くしないと――。



 胸の内で焦りが膨れ上がるが、一向にその時は訪れない。

 早く、早く。

 早く変わってくれ!


 コツン、コツン。


 もうすぐそこまで来ている!



 



 もうダメか――

 そんな言葉がよぎり、俺は目を瞑りかけた。

 そして。


 遂にその時は来た。


 ――その「丸」が青く光輝いたのだ。

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