はんこうの動機

 俺の名前は伊佐いさノリト。


 職業、神(王族)。十八歳。天界在住。


 これから俺が経験した、異世界での長いようで短い猶予期間モラトリアムの話をしよう。

 どうしようもない妹との、それなりに楽しい旅のお話だ。



 全ての始まりはあの日、あの夜。


「俺は一体何をしているんだ?」


 ふとそう思ってしまったことがすべての始まりだった――。

 

              ※


 俺たちの住む天界はもちろんそれにあるのだけれど、一つの繋がった大陸ではなく、小さな小島が点在している形だ。


 一つ一つの小島の下には、ある施設が設けられている。

 

 そこへは中央のエレベーターで降りることができ、太い柱を中心に360度ガラス張りになっている。超高層タワーの展望台をイメージして欲しい。


 そこが俺の職場だった。



 俺たち神の仕事、それを簡潔に説明するならば――因果応報の管理だ


 悪い行いをした者には罰を。

 逆に良い行いをした者には祝福を。


 つまり、世界の秩序の維持。それが神の仕事。 



 あの夜、俺は職場から下――すなわち下界を見下ろして、愕然としていた。

 

 空色の作業着を身にまとい、帽子まで被らされて、手にはクリップボードを持っている。

 そこに挟まれた紙には善行もしくは悪行をはたらいた者の氏名、住所、勤め先や学校、主な行動パターンといった情報。そしてはたらいた行いが三段階評価で記されている。

 

 俺はその表に名前のある対象者をいわゆる千里眼で見つけだし、俗に言う魔法を唱える。

 

 具体的には、


さちあれ」

ばつあれ」

 

 この二種類。

 

 一つ上のレベルには頭に「大いなる」をつけ、一番上には「最上の」とつける。

 この六種類から記載された段階に該当するものを選び詠唱するだけの簡単なお仕事。

 とすら言えない事務的な作業。


 

 完全なる組織の末端。



 神々にも王が存在していて、俺の父親がその最上神をつとめている。


 つまり、こう見えて俺、実は王族。


 もちろん王族というだけで生まれながらにして高い権威と身分がある。社長の息子というだけで何もできない奴が副社長に成れるのと同じで、兄や姉は組織の中央で重役に就いている。


 しかし、俺は下っぱ平社員。

 わけあって下っぱ万年平社員なのだ。

 理由は聞かないで欲しい……。


 というわけで毎日九時から五時まで、きりきりと愚痴一つ言わずに働いていた訳なのだが。


 もう一度言おう。

 俺は下界を見つめて呆然としていた。

 

 そして、こんなことを考えていた。


 

 俺達が毎日働いているおかげであの世界の秩序は保たれている。

 

 しかし彼らは次々と悪行を働きこちらの仕事を増やし、俺たちは残業する羽目になる。


 あげくの果てには、自業自得にも関わらず「神の目は節穴だ」とか「神様は残酷だ」とか好き勝手言ってくれちゃって。


 こっちのせいにされて恨まれちゃって? 


 自暴自棄になって、悪事に走って、またこっちの仕事増やして。

 

 疲れからミス連発してこっちが上司に怒られてるのに?


 美味しいご飯にポカポカお風呂、暖かい布団でお眠りになる――だとぉぉぉ!?


 

 俺は本当に……。



「一体何をしているんだ……?」

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