親友

藤井 狐音

 液晶の文字、脳裏のひと、机の上のビール缶。

 あの小さな夜の宴から一週間になるが、私は未だに、その痕跡を自らの支えとしていた。



 年の明け。黒い画面の向こうにアイツを見ながら、酒を呷った。

 年明けの気分に酔っていた私は、ただその場のことに浮かれていたようだけれど。その愉しみは、ちょいと私にとって強すぎたらしかった。その陶酔は今もなお続いている。


 空き缶は、その遺跡だった。——あるいは、記念碑といったほうがいいのかもしれない。そこに空っぽの缶が残っているのは私があのひとときに今も浸っていることの証左で、また私がそのひとときに浸っている限り缶はそこに在り続けるのだろう。

 なれば、缶は永遠だ。缶がそこに在り続ける限り私はそれを忘れないし、私がそれに縋っている限り缶は捨てられない。不健全な特別視しんかくかは私の悪い癖だ。


 空虚なものに支えを見出してはならない。

 正月気分は終わりだ。私はまた、人の群れの中に身を投じる。そうすれば、私はまた二、三人、四、五人に身を預けることになるだろう。そうすれば、缶のことは忘れる。私の重い重い性質は、分散して誰かの肩にのしかかる。



 ——いや、違うな。

 そうはならないことが、私にはなんとなくわかった。


 今年まだ一度も葉書に触れていない手で、白い箱から紙の棒切れを一本取り出す。ベランダに出て、それに火を点ける。



 あけおめ。

 今年も、私に挨拶をくれたのは君だけだった。

 きっと、君は違うのだろうが。


 ことよろ。

 今年も、私は君を頼りにしています。

 よろしく、私の一番の親友。



 重い息は、白く色付いて漏れ出した。

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親友 藤井 狐音 @F-Kitsune

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