第七話 これでも僕だって『男』なんです

 一颯だったら、持ち前の不思議な力を使って強制的に怪異を引っ張り上げるのだろう。


 竜之助だったら、順序立てて冷静な判断をして、着実に怪異の正体をつかみ上げる。


 学人にどちらの流儀ができるのかと考えれば、自然、後者になる。


 カブラギは、本人曰く「鏑木沙也の守護霊」らしい。


 実のところ、守護霊の存在はスピリチュアル系の話でしか聞いたことのない学人は、半信半疑ではあるが一応その言葉を信じることにする。


 すなわち、彼は「人間を害する存在ではない」と仮定。


 だから、唯一の《目撃者》としての彼の言葉を聞くほかないと判断したのだった。

 下宿している部屋――もともとは一人暮らしをする前の沙也の部屋だそうな――で、幽霊とひざを突き合わせ、学人は探偵助手よろしくメモを取ることにする。


「カブラギさんの言う怪異っていうのは、どういう姿かたちをしているんですか?」


 怪異は意外にも姿かたちを知られているものが多かったりする。


 竜之助曰く、学人のように視える力を持つ人間――一颯はと呼んでいる――は昔は多かったらしく、そういう人間が妖怪の姿を今に伝えている。


 ここで怪異談義をすると長くなるといって端折られたが、要するに昔から伝えられている怪異であれば対策のマニュアルはあるということを言いたかったらしい。


 なので、まずは相手の姿を知ることから、怪異対策は始まる。


 しかし、カブラギの反応は学人にとって期待外れだった。


『姿は未だ隠れて見えんのだ。闇に紛れているからの。ただしあの醜悪な輪郭は、儂が知る怪異の中にはおらんのぉ。儂はそれなりに長生きなのだ』


「ええ、見ればわかります」


 白い狩衣を着ている子供が近代にいたとは思えない。


 苦笑しながらそう言うと、「わかっとるではないか」と少しばかり褒められた。褒められたというより、ちょっと馬鹿にされた気がしないでもないが。


 学人はこほん、と一つ咳払い。


「では次です。本当に奴は人を襲うんですか?」


『襲う。そう判断しなければ、まずそなたの姉は動くまい』


「……人を襲う怪異のところに弟を放り投げる人でなしではありますけどね……」


『それはそなたらの問題じゃ。儂には関係ない。儂は愛娘だけ守れればよいのだ』


「あ、そうだ。どうして沙也さんを狙うんですか?」


 一番にするべき質問を失念していた学人は、素直にそう尋ねた。


 だが、それを次の瞬間には後悔することになった。


 ――カブラギの気配が、ぶわりと危険な香りのするものへと変貌したのである。


『………貴様、何故我が愛娘を名で呼ぶのじゃ……?』


「だ、だって《カブラギ》さんと鏑木さんじゃあ、わけわかんなくなるじゃないですかっ!」

『む、たしかにの』


 学人の言葉を聞いて、すっと納得して怒りを収めるカブラギ。


 ――何て心臓に悪いんだ。


 学人はため息をつくのを何とか堪えて、もう一度同じ質問を繰り返す。


 すると、今度こそカブラギの気配は剣吞なものへと変貌したが、今度は例の怪異に対する殺意にも似た怒りだ。


 むしろ、こっちの方が、荒事慣れしていない学人の心臓には悪かった。


『あやつはの、女子を狙うのじゃ。我が愛娘は使の知己であり、おぬしは知らぬだろうが、少々特殊な体質をしておる。それを狙っておるのだろうて』


「特殊な、体質……?」


『おぬしは知らぬであろうから、説明をするつもりはないぞ。ただそれが要因であるということは確かじゃ』


 カブラギが今度こそ口を噤む。知識不足である学人の力量を、彼はすでに見抜いているのだろう。


 ――あぁ、やっぱりな。


 学人は不意に、自分の心に影が差すのを感じた。

 誰も自分には期待していないという、後ろ向きな気持ち。

 カブラギも頼ったのは元々姉で、話を聞いていてもこれは姉が解決するしかない事案だ。


 ――ここまでで、良いかな。


 もうあとは全部任せてしまおうか。竜之助や、一颯に。


 カブラギもその方が安心できるに違いない。いや、きっとそうだ……。


 そう思った、瞬間。


「学人くーん!! 起きてるー?」


「っ!? は、はい! 起きてます!!」


 沙也に呼ばれ、学人は慌てて一階に降りる。すると、少し不安そうな顔をした沙也がほっと顔を綻ばせた。


「よかった。今日も学人君が元気そうで。すごいねぇ、やっぱり一颯の弟さんだね」


 沙也は、自分が具合が悪くなる場所に学人を置いておくことをひどく申し訳なく思っているらしい。


 だからこそ、学人の顔を見てほっとした優しい笑顔を浮かべた。


 思わず、学人の頬も緩んでしまう。


 付いてきたカブラギが、そんな学人を横目でぎろりと睨みつけるが、知ったことではなかった。


 カブラギの見えない沙也は、「朝ごはんまだでしょう?」と言いながら、一階の奥にあるリビングを指さす。


「早く、朝ごはん食べちゃおう。冷めちゃうからね」


「……はい。いただきます」


 はにかみながらそう言った瞬間、学人のスマホがブブっと震える。姉からのラインだ。


 そこには一言、こう書かれていた。


 ――男だろ、惚れた女ぐらい守って見せろ。


 すべてを見通しているような男らしい一颯の一文が、見えない手で学人の背中をばしりと叩いたようだった。


 そして、次に来た言葉は。


 ――今回は全部、お前に任せた


「……」


 ぐっと、スマホを握る手が強くなる。


「カブラギさん」


『なんじゃ』


「今回の怪異、絶対に僕が止めて見せますから」


 そう言い残し、学人はカブラギを置いてリビングへと向かった。


 まだ逞しいとは言い難いその背中を見ながら、呆れたような笑顔で、カブラギは一人呟く。


『……ほほぅ、急に男の顔になり寄ったぞ、あの小童』


 やはり、恋とはいいものであるらしい。


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