第六話 依頼の原因にして依頼人、現れました
「うぅ……」
学人は、呻き声と共に体を起こした。ひどい頭痛がする。嫌な夢を見た気がするけれど、その詳細はぼんやりとして思い出せない。
ただ、見慣れない服を着た一颯が、夢に出てきたような気がする――。
寝起きでぼーっとしている学人に向かって、不意に頭の中に直接響く声が届いた。
『ふん、使えんな。それでもあの鬼使が寄越した使者なのか、貴様は』
「……カブラギさん……」
白い狩衣を身に纏う少年にじっとりと睨まれ、学人は癖のある髪をかき上げながらふにゃりと笑った。
「おはようございます。ちょっと見た夢が悪くって」
『――はぁ、見るからに脆弱、ひ弱よのぅ。それで我が愛娘が守れるのか』
これ見よがしに、深いため息と、滲み出る諦観。
流石にまだ何も問題が起こってないのに「役立たず」と言外に言われては、学人もムッとして言い返した。
「けど、一か月経ちますけど、カブラギさんのいう【悪鬼】は現れていませんよ?」
『しかし、いるのだ。で、なければ誰が鬼使なんぞに頼み込もうか』
腕を組み、難しげな顔をして宙に浮く少年は、幼い容姿に似合わない古めかしい口調で学人の言葉を鼻で嗤った。
彼の名前は、【カブラギ】
本人がそう名乗るからには、学人としてもそう呼ばざるを得ない。
カブラギが、学人の片思いの相手である鏑木沙也とどういう関係なのかは、どれほど詰問しても素知らぬ顔で流された。
ただ、「鏑木沙也を二階に上げなかった」のは、彼だ。
曰く「この屋敷には悪鬼が棲みついている。そんな危ない所に
屋敷、と彼は言うが、学人からみれば極々普通の一軒家である。
昔から続く商店街でずっと花屋【フルーレ】を営んでいるため、築30年と言ったところだろう。しかし古いといってもその程度だ。
もちろん、そういう家に棲む怪異もいないわけではないが、そんな害意のある怪異が棲む家で一か月過ごして何事もないというのも妙な話である。
恐らく一颯は、それを見越していた。
実のところ、一颯の元に本当に相談しに来たのは鏑木沙也ではなくて、幽霊の方のカブラギであったらしい。
学人は、依頼主であるカブラギ本人からそれを聞かされた。
「それにしてもカブラギさん、先程から姉のことを鬼使と呼んでいますけど、それって何なんですか?」
『おぬしの姉上本人が教えぬものを、他人が教えるものではなかろう。それよりも、本当に貴様は例の【悪鬼】を退治できるというのか?』
「……それ込みで、多分姉は依頼を引き受けたんだと思います、ハイ」
学人は温い布団から出つつ、少し躊躇いがちにカブラギの言葉に答えた。
(――言えない。僕がただの情報収集のためにいるなんて――)
役割は最初から決まっているのだ。視る力の強い学人が問題の怪異を見極め、それを竜之助に報告する。
そして、実際に祓うのは一颯になる。そうでなく、害意があっても何かしらの対話が可能な場合に限り、学人が相手を説得。
今までは万事それで解決が出来ていたのだが……。
(相手が顔を見せないんじゃなぁ……)
一か月、ただのアルバイトとして過ごしてしまった学人は、時折ラインで「下心野郎」といわれることに心を痛め始めていた。もちろん、そんな容赦ない発言をするのは一颯である。
学人は、少し考えることにした。パジャマ代わりのシャツを長袖シャツに着替える。そろそろ秋も深まってきたのでそれだけでは肌寒いだろうと判断し、その上にもう一枚薄いジャケットを羽織った。
今日は、大学は休みだ。
なら、行動を起こすのにはちょうどいい。
着替え終えた学人は、ぶすっと不機嫌そうな表情で背中を壁に預けているカブラギに向き直る。
「カブラギさん、そろそろ怪異をどうにかしなきゃいけないと思うんです。僕に協力してくれませんか?」
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