第四話 実は初めての依頼なんです
「……で、あの女の友達が、「二階に上がれない」のを一人でどうにかしろ、と」
「そうです」
熱い珈琲を冷めないうちにすすりながら、学人は今回の依頼について、ラインに書いてあった通りの説明を竜之助に伝えた。
穂香には冷ややかな目で見られる竜之助だが、高校時代からお世話になっている学人は、彼が実に頼りになることを知っている。
その頭脳は明晰で、少し頼りない部分もあるけれど、《探偵》を名乗っても差し支えない頭脳の持ち主だ。
もっと言えば、あの一颯がその才能を認めているのである。
一颯こそ、学人から見れば非人間的な存在だ。
実の姉をこう評価するのもいけないと思いつつも、彼女のあまりの完璧さを一九年見続けているために、そう思わざるを得ない。
常に孤高。常に完璧。常に天才めいた言動と先見の明。
彼女が実は未来を見通しているのではないかと、時折本気で思うことがある。
学人にとって、一颯とは、本当に人間らしくない存在なのだ。
――でも、彼女には情がある。
それだけが唯一、学人を安堵させてくれる。
そして今日の依頼も、実はそんな彼女の「情」がもたらしたものだ。
「依頼人は、
「一応います……」
やっぱりそう思うのか。
実のところ、学人も一颯が「友達」と称して家に連れてきた時に空から槍でも降ってくるんじゃないかとは思った。
「一颯さんも貴方には言われたくないでしょうね、竜之助さん」
「うるせ」
相変わらず冷ややかな穂香に反論しつつ、正常にソファに座る竜之助は無精ひげに覆われた顎を持つ。
その目は、少しだけ刃物を思わせる鋭さをもって、学人にも穂香にも視線を合わせることなく揺れ動いている。
どうやら彼は、深い思考の海を泳いでいるらしい。
「……二階に上がれない、具合が悪くなるってことは、別に彼女本人に問題があるってわけじゃあないんだろうな」
「じゃあ、二階に問題がある、と?」
「この情報だけで、そこまでは言えねえよ。まずは現地調査と本人確認が先決だろ」
「では、それは学人さんにやって頂いては? 知己の間柄とのことですし、何よりこの胡散臭い男にうら若い女性を会わせるよりは遥かにマシかと」
穂香の言葉は毒々しいが、ピンポイントに事実を押さえているため竜之助はぐうの音も出ない顔になっている。
学人は眼差しで同情を送りつつ、デスクに腰かけて話を聞いていた穂香に向かって頷いた。
「そうします。もう、姉の方で沙也さんと会う話は付いています。……ただ、姉が同伴できないもので、竜之助さんにお願いしようと思ったんですけど……」
「では、私が行きましょう。私も視る力はそこそこありますから。竜之助さんはそこら辺でホームレスの仮装でもしていてください……あ、しなくても大丈夫そうですね」
「穂香ちゃん、俺ね、一応ね、上司なのだが」
「不審者に言われたくありません。せめて髭をどうにかなさい、汚らわしい」
やはり、ぐうの音も出ない竜之助。
でもとりあえず方向性は決まったので、学人としてはほっと胸を撫で下ろす。
なにせ……一人で「依頼」をこなすのは、今回が初めてなのだ。
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