第二話 僕らはチームで動くんです


「学人、行ってこい」

「……はぁ?」


 一人がけのソファに座った尊大な態度と口調で言い放たれた言葉に、学人はきょとんと彼女を見る。


 実の姉である、相坂一颯あいさかいぶきを。


 身内贔屓を全力で引っこ抜いても、彼女は見目麗しい女性である。

 癖のない濡羽色の長髪、強い眼光を持つ大きな瞳もまた漆黒で、家では黒い服ばかり身に着ける。

 今日は、男物のシャツにジーパンなのだが、どうしてこうして、これが似合う。

 すらりとした、モデルのように均整の取れた体格。

 可愛いというよりも凛々しいと読んだ方がふさわしい顔立ちは、男女を超越した美貌を誇る。


 ――格好いい。


 ここは男として悔しがるべきところなのだろうが、そこは一九年間、家族として一緒にいると悔しいという感情が沸き上がるより先に諦めるほうが速かった。


 世の中ってあきらめが肝心なんだと、学人は物心ついたときに一颯に叩き込まれたようなものだ。

 けれど、流石に今回の一言は「横暴」と呼んでいいだろう。


 一颯の言ったことの意味が解らず、学人は洗濯物を折っていた手を止めた。


「突然何を言い出すの、一颯」

「だから行ってこいって言ったんだよ、これ見て」


 言いながら、彼女はスマホをポイッと学人へと投げつける。自分のスマホなのにひどい扱いだ。

 学人は慌ててそれをキャッチし、そこに表示されているラインを見た。


「……沙也さん?」


 そこには、妙なカリスマ性を持つせいで一匹狼になりがちな一颯が行動を共にする、ただ一人の友人の名前が記されていた。


「そう、アンタの想い人」


「え、ちょ、な、なんでそれ知って……!?」


「そんなことはどうでもいいから文面を見なよ」


「『一颯ちゃんに、悩みを打ち明けます』……?」


 沙也からのライン曰く、「今、実家に戻っているのだがなぜか二階に上がれない。上がろうとすると体調が一気に悪くなってしまう」という、普通なら首をかしげる内容が記されている。


 そう、普通なら。


「……一颯、これって沙也さんの家に何かが憑いているってこと?」

「かもしれないね」


 弟の理解の速さに、一颯は満足そうに少しだけ口角を上げた。


 ――学人は、普通ではない一颯の弟である。


 普通という定義が何なのか、そんな哲学的な問題に首を突っ込む気はないが、ここで言う普通とは、「怪異が見えるか否か」ということ。


 そして、学人は


 一颯に至っては「怪異が起こす問題を対処できる」能力を持っている。

 学人は、どうして一颯がそんな能力を持っているのか、今のところ知るつもりはない。

 というか、どれほどせがんでも教えてもらえなかったといったほうが正しい。

 

生まれた時から、姉はどこか人間離れしていた。


 学人が高校生になった途端、一颯は「アルバイト」と称して学人を「怪異が起こした現象を処理する」業務に連れまわし始めたのだ。

 問答無用、とはこのことだろう。

 最初こそ怪異の姿に慄いたり泣きわめいたりしたけれど、今となっては大抵の怪異の事を学人は理解し終えていた。

 そう、学人は知っている。

 「怪異」は決して「悪」ではなくて、話し合いで解決できることが大半なのだということを。

 

一颯は、自分とは違う学人のスタンスを面白がり、「調停役」と呼んで「アルバイト」を続けさせていた。

 

 だからわかる。

 今回も、学人に「話し合い」で怪異と解決させようとしているのだ、一颯は。

 彼は一息だけため息をつくと、ソファで踏ん反り替えっている姉に向かって姿勢を正した。


「じゃあ、いつも通り竜之助さんのところに行けばいいんだね?」

「そう。あいつとこのことを相談して、対策を練る。ただしできるなら竜之助の手は借りずに学人だけで対処してほしいかな。別件で竜之助を使うから」

「……了解です。姉さん」


 荒事は姉に、調停は自分に、そして、その補佐を《探偵》に。


 学人たちは、常に一颯の主導の下に、チームで動いている。

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