第113話
夕飯を食べ風呂に入った後、家を抜け出す。
マップ上では既に北條先生も家を出て繁華街へと夜回りへと移動を始めている。
勿論、爺の動きは完全に抑えている。
今晩は、仕込み杖を失い。更に北條流の流派の看板に傷が──物理的に付いた事で気力を失ったのだろう家から出る様子は無い。
更に北條家の他の人達、そして門弟の中でも高弟と呼ばれるだろう立場の人達の動向も確認済みだ。
たった一つ気になるのは北條皐月が繁華街に居る事だが、【気】どころか北條流の修行を積んでいるようにも見えない彼女の事なので、会社の飲み会か友人と飲んでいると考えるのが妥当だろう。
上空から浮遊/飛行魔法でゆっくりと接近する。
幅三メートルほどの薄汚れた狭い小路は、昔ながらの飲み屋が幾つも軒を連ね、ネオンの明かりが照らす人並みが溢れて零れ落ちそうだ。
そんな中で北條先生は……うん? ちょっと何時もとは様子が異なる。
髪を高い位置で結び、良く分からないがそのまま下すのではなく、ボリュームを着けてから肩甲骨の辺りまで下している。
やはり北條先生にはポニーテールが似合う。
艶やかな流れるような黒髪の魅力と、露出する項の色気という二段構えの難攻不落の砦だ。
それはともかくとして、一度も観た事が無い髪型で、更に服装も何時もよりは明るい色の……何と言えば良いのだろう? 可愛い感じで、正直なところマップ上のシンボルに北條弥生と名前が無ければ分からなかったと思う。
「こんばんは」
彼女の歩く先の曲がり角の奥、人気も監視カメラも無い脇の小道に降りて、角を真っすぐ通り抜けようとするタイミングで横から声を掛けた。
北條瀬院生はビクッと小さく肩を竦ませながらこちらを振り返り、俺と視線が合うと「た、高城君!」と驚き、一呼吸おいて大きく息を吐いた。
「驚かせないで」
声は起こっている。しかし顔は一瞬咎めるような目をしたが、すぐに表情は和らいだ。
「すいません悪戯です。好きな女の子に意地悪したい盛りなもので」
一見ウィットを利かせた台詞の様だが、単に事実をそのまま言っただけなのが情けないところだ。
「ところで、いつもとは随分違っていて見違えました」
自分の情けなさを隠すように話を流す。
「これからも一緒に、動くならいつも通りの格好という訳にはいかないでしょう? それに貴方もね」
確かに俺は兄貴のクローゼットの中から一番大人びた暗いブルーのジャケットと黒のチノパンを無断拝借して来た。
俺も本来はオシャレに目覚める年頃の中学生であるが、オシャレとは無縁な空手部の俺は運動するための服装以外の少しは見た目に気を遣った服は母さんが買ってきてくれたモノらいしか持ってない。
やはり、今後の事を考えるとそれなりの服を……兄貴にネットで選んで注文して貰おう。
兄貴に服装選びのセンスがあるのかは分からないが、センス皆無の俺よりはマシだろう。
「こうやってサングラスをかければ、俺とは気付かれ辛いでしょう?」
そう言って、これまた兄貴のサングラスをかける。勿論、これも無断で借りて来た。
「そうね。見違えたは……夜にサングラスは幾らなんでも怪しいわね」
「でも目に特徴があり過ぎるんで……」
服装を変えて、普段とは違う雰囲気を出しても、俺を知る者なら目を見ればすぐに俺だと気づくだろう。恐怖という感情と共に。
伊達メガネではなくサングラスにしたのはそのためだった。
北條先生と連れだって歩く。これがデートなら、しかも夜のデートなら俺はもう死んでも構わない……嘘です。もっと先の関係に進むまで死ねない。
歩きながら雑魚【鬼】を見つけると、圧縮した魔力を飛ばし、命中と同時に破裂させて吹き飛ばす。
たまに何かに気づいたかのように足を止めて破裂した場所を振り返る人がいるが、すぐに気のせいだと首を振って歩き出す。
それ以外の殆どの人達は何かが起きた事にすら気づかない。
「……す、凄く便利ね? それが鬼剋流の使い方なの?」
俺が首を横に振って「自分で工夫して作った自己流の技ですよ」と答える。
エロフ姉から教わった。魔力の運用法を元に自分で創意工夫で応用したのでぎりぎり嘘ではない。
大体、本当の事を言おうにも、問)誰から教わったか? 答)異世界でエルフから……言えるか!
北條先生は驚きに大きく見開いた目で「自分で見つけたの? 凄いのね」と、サングラス越しにこちらの瞳を覗き込むようにして称賛してくれる……いや、何というか申し訳ない。
それにしてもだ。いつもの話し方だと教師と生徒丸出しなので、互いにこんな話し方になったのだが、良い。まるで北條先生と大人の関係みたいで実に良い。
「よければ、どういう技なのか今度教えてくれないかしら?」
教えてと言われても、俺が今使ったのは魔力であって【気】ではない。そして【気】の使い方はまだ要練習なんだ。
「貴方が望むなら二人っきりで……イッ」
仕方なく誤魔化すのにそう言うと、調子に乗っていると思われたのか太腿を思いっきり抓られた。
「それじゃあ、今度よろしくね」
そう微笑む北條先生は素敵で大人で、俺なんかじゃ釣り合わないという事実を寂しさと共に自覚させられる。
違う。まだ釣り合わないだけだ。俺は早く大人になるんだ。大人に……一体どうすれば大人になれるんだよ!
システムメニューを開いて時間停止状態にする。
今ここで【気】を魔力と同じように圧縮して使える程度にマスターする……して見せる。
そして彼女が頼れると思うくらいなところを見せてみせよう。
魔力と【気】似て異なるものを同じ様に扱えるようになる。
それは左右の手を同じように使うのに似ては無いだろうか?
俺は小学校の頃バスケットボールをやっていたが、バスケでは左右どちらの手でも同じようにボールを扱う事が求められる。
ドリブルやパスは左右どちらでも同じように出来なければ、両手でボールを扱える相手に片手で挑むようなものであり技量や身体能力で大きく勝っていない限り勝負にならない。
特に左右両方が同じように使える必要性が大きいのはワンハンドパスだろう。
ドリブルも重要だが、華麗なドリブルで相手を抜くのはバスケでもサッカーでも花だが、それだけに試合において実となるのはパスだろう。
そしてバスケでは相手の手が自分が持つボールに届くような接近した距離でパスを出す場面が多々ある。
その時に必要なのは左右どちらの手でも正確なパスを出せる事だ。
野球の投球と違って、地面を蹴り腰を回転させて力を伝える必要は無いので、両手にボールを持って肩から先だけを使い、左右を同じ動作で同じ的を目掛けて投げるのを繰り返した。
人間は利き手じゃない手だけで、利き手と同じ動きをさせようとすると混乱するが、両方の手で鏡合わせの動きをさせると混乱は発生しない。
試しに両手にペンを持って利き手の動きに合わせて字を書いた鏡文字と利き手じゃない手だけで書いた鏡文字を比べるとクオリティの違いがはっきりするはずだ。
そして俺は両手で同じ的にボールを投げる練習を繰り返す事で、俺は左手にボールを投げるという動作をかなり楽に身体に覚えさせることが出来たのだ……個人差はあるだろうが。
右手に魔力、左手に【気】を集めていく……問題なく出来た。この程度の事なら可能だ。
そして右手の魔力と、左手の【気】を圧縮して…………出来るか馬鹿野郎! ボールを投げるのとじゃ全く違うんだよ!
そんな事を真面目にやってみようと本気で思った自分が悲しかった。
だがこんなところで諦める訳にはいかない。
魔力と【気】の違いが何かを考えよう……効果が微妙に違うが使う段階でそれほど違いがあるとは思えない。
それならば、【気】を魔力だと思って圧縮してみる……結果は、自分がどうかしている事だけがはっきりと分かったのだった。
システムメニューの時間停止状態の中で実験を続け、体感時間が百時間を過ぎ、いよいよ試す事が無くなった俺は、これが最後のつもりで一番最初の方法を、魔力と【気】を左右逆にしてみたら……そんなので成功するはずが無い。
「この俺としたことが随分と追い込まれてるじゃないか」
結局、なんだかんだと五十時間ほどが経過。
「もう諦めるか……」
頭を握り込んだ左拳を右の手で包むように握りしめ、そのまま額にガンガンと叩き付ける。
叩きつけている内に、自分の手の形が目に入る……これってどうなんだろう?
試しに左手に【気】を集めて握り拳を作る。その上から重ねる様に右手を重ね、右手の中に魔力を集めて圧縮して行きながら、その過程を具体的に頭の中でイメージする。
そしてそのイメージに従って、左の拳の中の【気】を圧縮すると、多少魔力と【気】が干渉し合うが、それが上手く【気】の圧縮のきっかけとなり成功した。
「ふざけるな! なんだそりゃ!」
理由も良く分からないのに意外なほどのあっさりとした成功に、俺は喜ぶよりも怒りが先に立った。
こんな簡単な事にたどり着くために俺は丸々六日分以上の時間を費やしたのだろうか……時間停止状態だから費やしたのかどうかすら分からないけど。
「今度とは言わず、今憶えてみますか?」
鮨テムメニューを閉じ時間停止状態を解除すると、何事も無かったかのように話しかける。まあ北條先生にとっては本当に何事も無かったんだけどね。
「あのね高城君。教えてと言ったのは、どういった技なのかであって、技を伝授して欲しいという事では──」
「違ったんですか?」
今度二人っきりも俺の勘違いなんですか? それじゃあ、俺が必死に百時間以上も費やしたのは無駄骨ってやつですか?
「高城君のあの技は、自己流と言っても一流派の奥義に匹敵するものなのよ。そう簡単に他流派の人間に教えて良いものじゃないわ」
顔を寄せて耳元でそう注意してくるが、耳に掛かる吐息に背筋がゾクゾクとして話が頭に入ってこない。
「えっと……そう。流派と言われても、僕は鬼剋流に属している訳じゃないので、流派とか関係ないですから」
「だからと言って、気軽に教えては駄目よ」
北條先生が後十回くらい耳元で「駄目よ」と囁いてくれるなら、ぼかぁね喜んで何だって教えますよ……じゃねえよ! 色ボケしている場合か、むしろ【気】の圧縮は先生の身の安全を考えれば是非とも覚えて欲しい。
「貴女には是非憶えて欲しいんですよ」
正面から向かい合い、互いの右頬が触れ合う位の距離で互いに相手の耳元に口元を近づけた体勢で話しかける。
「どうして?」
「この技は【鬼】と戦うにはかなり有効な技だからです」
「それは分かります。離れた敵に対して突然あなたの【気】が大きく弾けて倒す。それがどれほど常識離れして、そして【鬼】に対して有効かも」
「それならこの技を身につけて使いこなして下さい」
「でも」
「技の一つや二つ、貴女の身の安全と比べられるはずが無い」
「本来、その技の一つが私の命よりも重いものなんですよ」
「それは僕の価値観とは違う。そして自分の価値観が間違っているとは全く思えないし、考え直す余地があるとも思えない」
本心からの言葉ではあるが、まあ状況に乗っかっての告白だ。俺は毎日でも告白する。隙あらば告白する。百回と一回目でも告白する。
自分でも結構露骨な口説き文句だと思ったが、一歩下がった北條先生は笑顔と共に「ありがとう」の一言を貰った。
少し赤らんだ頬とネオンの明かりをキラキラと映す瞳と相まって、それはとてもとても凶悪な破壊力で、俺の心臓を破裂させて殺す気なのかと疑う。
もっとも俺が自分の気持ちを伝える事がこの状況を作り出しているのだから完全な自爆だ。
だが、例え自ら自爆装置のスイッチを押してでも前に進まなければならない時がある。そしてそれが今この時なのだから仕方ない。
再び歩き出す。だが少しだけ先程までよりは距離が近い気がする……気のせいじゃない。きっと気のせいじゃないはずだ。
「俺の言う通りにして下さい」
「今ここで?」
驚く彼女に「歩きながらでも出来ますよ。先ずは左手を竹刀を持つ様に中に空間を作る様に握って……込めて」と伝える。
【気】というワードは使わない。
「分かったわ」
彼女の左手の中に気が集まって行く。時間停止状態で百五十時間色々と試して多少は【気】の扱いが上達した俺よりもずっとスムーズな【気】の流れだった。
「それじゃあ、手を取ります」
返事を待たずに自分の右を歩く北條先生の左手を右手で握る。
驚き、大きく見開いた目で俺を見る。この視線をずっと独り占め出来たらと思わずにはいられない。
そしてこの手をずっと繋いでいたい。
「緊張しないで。自然体で」
そう言う自分が一番緊張しているが、もう【気】は使いこなせているので緊張していても大丈夫だ。
「で、でも」
目元を赤らめて恥ずかしそうに目を伏せる……た、たまらん。
俺が常識を持った生まれついての紳士でヘタレでなければ、この場で土下座して「結婚して下さい!」と叫んだだろう。
つまりヘタレでなければ色々と人生終わっていた。ヘタレで良かったーっ!
手を繋いだ事で半歩離れていた二人の距離は更に縮まり、俺は耳元で囁くように話しかける。
周囲からはイチャついているように見えるだろうが、これからの先の説明は明確に伝えたいので仕方ないのだ、下心は精々半分くらいだ。
「大丈夫。これから先生の左手の【気】をゆっくりと周囲から圧を掛ける様にして圧縮していきます。その感覚をイメージとして捉えて下さい」
周囲には聞こえない大きさで喋るのでいつもの話し方に戻した。
「圧縮?」
「そうです。先ずは圧縮です。自分の【気】を圧縮して目標に向けて飛ばす。そして相手に接したら弾けさせる。それだけの単純な技ですよ。少ない【気】でも小さく圧縮してから開放する事で瞬間的に威力が高まります」
右手で圧力を掛けながら、彼女の手を握る力を少しずつ強くしていく。
この方が先生がイメージし易いだろうと思っただけでやましい気持ちは無い。必要だからやっているだけ……と言っても自分は騙せるものでは無い役得です!
「わ、わかったわ」
身体的接触に動揺する北條先生可愛い。
その動揺が俺が相手だからだとすると、こんなに幸せな事は無いが、まあ基本的に中学生の俺から見ても初心なところがあるので、俺以外の憎からず思ってる相手に手を握られたら同じ様になる気がする。
いや、信じるんだ。自分の中のファンタジーを信じろ。せめて俺が自分の中の夢を、北條先生と結ばれるという夢を信じないで、どうやって現実と戦って彼女と結ばれる気だ?
「……はぁ……はぁ、これが圧縮? 貴方が私の中に……どうやって? ……ど、どうして?」
自分の左手の中で始まった【気】の圧縮を感じる事が出来た事に驚いているのだろうか……それにしては息遣いが妙に色っぽいぞ、どうしてだ?
「これから少しずつ圧を強めていきます。先ずは一センチメートル程度の球にまで圧縮するイメージを頭の中に作って貰います」
動揺と興奮を抑えて、冷静に圧縮と説明を続ける。
本来は更に小さくなるまで圧縮を掛けるのだが、システムメニューのおかげかどうかは分からないが、妙に簡単に出来た魔力の圧縮でさえ、最初から今ほどの圧縮が出来た訳ではないので、当面の目的としては適当だろう。
「こんなの……私の知ってる……【気】じゃない……わ」
「どうして?」
何を言ってるのか分からない。【気】と【気】は干渉し合うのだから、俺の【気】で彼女の【気】に圧力をかける事が出来るのは当然だ。
身体の中に【気】を入れる事も、刀や木刀に【気】を込め、相手に打ち込む北條流の彼女に何の不思議があるというのだろう?
「【気】は……相手の身体に入れば……機能を、奪い……は、破壊する……の、だからこんな風に……感じるなんて」
「止めましょう」
破壊と聞いて咄嗟にそう口にする。ついでに言うと俺の理性も破壊されそうだ。
「駄目!」
「いや、それじゃ──」
「い、今……どれくらい……圧縮しているの?」
「直径で五分の四程度まで圧縮されています。これを更に半分にまで圧縮する予定でした」
「つ、つ……続けて」
「良いんですか?」
良くねえよ! 俺の理性が吹っ飛びそうだ。
「身体……には、害が無い……みたい……それにこれは……こんな……使い方がある……なんて、これをものに出来るなら……」
ああ、もうやけだやってやるよ!
「ゆっくりと圧を掛けるので集中して感じて下さい」
そう言う俺は下半身の一部に血液が集中し始めている。
頑張れ。負けるな。力の限り……いや、力は入れたら駄目だ。脱力だ脱力しろ。そして呼吸をゆっくりと整えろ。頭の中を真っ白にしろ。
耐えるんだ。堪えるんだ。北條先生は「まあ、坊や緊張して(一部が)可愛いわね」なんて言うタイプの相手ではない。
はっきり言って、この手の事に関しては潔癖症であるのは間違いない。だから、これ以上血が集まって隠しきれないビッグマグナム(自称)を見られたらお終いだ。
俺は今まで以上にゆっくりと【気】を圧縮していく。
「……ぁぁ」
色っぽい喘ぎ声が小さく零れる。色っぽ過ぎる。多分血圧と心拍数は共に三百を越えてるんじゃないだろうか……死ぬ。怖いよ。北條先生が俺を殺しに来るよ。嬉しいけどな!
ここで俺は興奮の余りに圧力を大きく高めてしまった。
「あっ、くぅ~ああっ……」
大きく声を上げて崩れ落ちる北條先生を抱き止める。
すげぇ柔らかくて、温かくて、良い匂いで……ああもう俺は俺は俺は……ってそんな事やってる場合じゃない。
「大丈夫ですか!?」
大きく声を掛けて顔を覗き込む。
うん、完全に焦点が合っていないぞ。どうするんだ?
幸い周囲は北條先生の声に足を止めたが「何だ酔っ払いか」とすぐに興味を無くして歩き去る。
だけど、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。
何か助けになるものは無いかと周囲を見渡すと、裏路地へと続く脇道を三十メートル進んだ先にホテルの看板があった。
「ほ、ホテル シンデレラ城?」
こんな場所のホテルなので、当然だが普通のホテルとは違った派手な電飾の看板にはホテル名の下にご休憩と泊まりの料金が分かり易く記されていた。
俺の喉がゴキュリと鳴り、システムメニューとは関係なく『大人の階段上りますか?』【YES/NO】という表示が頭の中に浮かんでは消える。
違う。俺はただ単に先生とHしたい訳じゃないだよ。恋人になりたい。結婚して夫婦になりたい。子供が生まれてお父さんとお母さんになり、年老いてどちらかが先に死ぬまで一緒でいたい。先生の身体や心だけじゃない。生涯をかけて一緒に人生という物語を描いて欲しいんだ」
……おお、思わず声に出してしまった。時折、意図せず口に出してしまう癖があるので、普段から冗談めかして態と口に出すという予防線を張る事を止められない。
うん、北條先生の意識は半ば飛んでいるみたいなので、この恥ずかしい言葉は記憶に残らないだろう。良かった良かった。
だが今のが俺の本音だ。
誰かと付き合いたい……でも結婚までは考えてない。
そんな、何時か来る終わりを計算するようなのは恋じゃない。
終わりなんて考えられない、自分と恋する相手、それが世界の全てだと信じられる。そんな狂気こそが恋だろう。
大島辺りなら童貞臭いと笑うかもしれないが、俺は言い返してやるだろう『お前こそ恋愛ごっこしか体験していない恋愛童貞だ』と。
だが大人の階段への誘惑は未だ俺を苛み続ける。
人間は股間にも、もう一つ脳を持っているのではないだろうかと疑うほどだ。
この場を離れなければならないが、未だ北條先生の意識は戻らず、背負うにしても抱き上げるにしても先程よりも目を惹くのは間違いないだろう。
タクシーも一本表の広い通りに出なければ拾えそうにない。
「あ~! お姉ちゃんこんなところで酔っ払って……めずらしぃ~」
フラフラと覚束無い足取りでやって来たのは、北條先生の不肖の妹かつ不祥(よくない、不吉)の妹である皐月だ……さん付等の敬称は必要ないというよりも勿体無い。
「あれ~? 寝ちゃってるのぉ~? よ~し、私が連れて帰るぞぉ~って、私ももう限界なんだけどね!」
そう言ってケラケラと笑い出す。もうどうしようもないほどの酔っ払いだった。
「という訳で私の事もお願いします!」
俺にピシッと折り目正しい敬礼をした後、首がカクンと落ちた。
「えっ!」
言いたい事を言って寝やがっ──
「あんた誰っ!」
突然復活すると、俺に指を突きつける。
「あっ! あ~あ、そうだ。思い出した! 私の新作の主人公のモデルの……何だっけ? え~とた、たぁ……」
ここで俺の名前を叫ばれたくないし、それ以上にこいつの作品の主人公にされるような悪い事は何一つしていない俺としては、人差し指と中指で作った指剣を、その鳩尾に第二関節まで突き刺して【気】を送り込んだ。しかも手加減はしたが完全に攻撃性の一撃を……全く悪いと思わない。
悪いのはこいつがこの世に生まれて来たことだろう。
二人を家まで送りつけた後、事情を説明してこいつが書いた新作の原稿を全て破棄してやると誓う。
声すら上げる事も無く気絶する皐月は、周囲の目には酔っ払いが今度こそ眠ったと映っただろう。
「それにしてもどうするんだよ二人も……」
だがテンパっていた気持ちが随分と解れた。俺は初めて皐月が存在していて良かったと思う。
最初にして最後の事だろうが、出会ってからの短い期間でそのような場面に巡り合えた奇跡に感謝だ。
突然、タイヤのバースト音の様な音が響く。
喧騒が水を打ったかの様に静まり返り、通りに満ちていた人いきれは打ち水したか如くその熱を失う。
「銃声か……」
俺の見据える前方には、ごく普通のその辺に転がってる拳銃を持ったチンピラ。
正気を失ったガラスのような目で周囲を見渡して哄笑している……【鬼】が憑依しているな。
人を操るほどに力をつけているのだが、単なる【気】による圧縮弾の標的になる定めだ。
不意にこちらを振り返ると、にぃぃと両の口角を吊り上げた。
普通なら笑みを浮かべたと思うべきところだが、どんなに一パーツに過ぎない口が笑みを作っても顔全体としては、それを笑みだと感じる感性の持ち主が居るとは思えない。
「やる気満々じゃねえか、俺の【気】を感じたのかよ」
それまでの緩慢な動きではなく、明確な意思を持って鋭く銃口をこちらに向ける【鬼憑き】に、いつも魔力でやる要領で【気】を圧縮すると撃ち出す。それと同時に【鬼憑き】も引き金を引いていた。
見えるぞ私にも敵が見える! と思ったのは、【所持アイテム】内に大量に死蔵されている海龍の角で弾丸を打ち返し【鬼憑き】の脚に命中させた後だ。流石にそんなタイミングでネタを引っ張り出せるほどの余裕は無かった。
圧縮した【気】の爆発により、憑いていた【鬼】が消滅するだけではなく、この界隈に居た数体の雑魚【鬼】までも綺麗に消え去った。
なるほど【鬼】に対しては魔力よりも【気】の方が圧倒的に威力を発揮する様だ。
「ああぁぁぁぁぁぁっ!」
鬼に憑かれていたチンピラは、脹脛に突き刺さった弾丸の痛みに悲鳴を上げてアスファルトの上を転げ回っている。
痛いだろうさ。弾き返した弾丸はライフリングによるジャイロ効果も関係なく、キーホール現象の様に横を向いた状態で着弾したので通常の弾丸に比べたら二倍の大きさの穴をあけて脹脛に侵入し、貫通もせずに持てる運動エネルギーを全てまき散らして周囲の組織を酷く破壊した。しかも俺が弾き返した事で弾速は二倍になっていたはずだ。
下手をしなくても一生モノの障害を負う事になるだろう。
しかし同情もやり過ぎたという反省も無い。そもそも簡単に【鬼】に憑かれるだけの素養もあり、しかも拳銃を所持していた犯罪者なので自業自得だろう。
警察も自分で撃った銃弾が跳弾し命中したと判断するので全く問題なし。
チンピラに通行人達の視線が集まったタイミングで、北條姉妹を弥生先生を右手でお姫様抱っこで抱え上げて、皐月を左肩に俵の様に抱き上げて立ち去る。
膝丈上のスカートを履いているので、向こうから歩いて来る通行人には中が覗けているだろうが、正直どうぞご自由にご覧下さいと言いたい位の心境だった。
表通りに出てタクシーを拾い。北條家の住所を告げる。
正体を無くした女性を二人抱えて乗り込んできた俺に不審気な様子で視線をルームミラー越しに投げて来るので、サングラス越しに睨み付けると、大人しく運転に専念してくれた。
どうやらサングラスを掛けても俺の顔は怖い様だ。
料金を払い、弥生先生を左腕で抱き上げ、右手で皐月の後襟を掴んで引きずり出す。
そして改めて肩に抱え上げた次の瞬間、背中から尻に掛けて温もりが広がり、遅れて鼻腔の奥にスッパ甘い臭いが突き刺さる。
北條先生を抱き上げていなければ、そのまま投げ落としていただろう。
「こいつ捨ててくれば良かった……」
兄貴のジャケットなのにどうしよう。
本当に何で仏心を出して回収してしまったのだろう?
泣きたい思いで重厚な門扉に似合わないインターホンのボタンを押すのだった。
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疲れ目で「補充」という二文字が「爆死」と見えてしまった悲しみに、両手で机をバンバンと叩く今日のこの頃
相変わらず、北條先生絡みの話になると筆が進まない、そして進んでもこれで良いのか分からない
自信が無いから投稿したくなくなる
この後の挿話二つを含めてほぼ完成状態から、一か月以上もちょこちょこと直しを入れるが、これ以上どうしようもないので投稿します
>ヘタレで良かったーっ!
昼のセント酒の「馬鹿で良かったーっ!」より
オッサンは、特にドラマ性も無く別のオッサンが一人で飯を食ったり、銭湯に浸かってから一杯呑んだり、サウナに入ったりする番組をじっと見続けてしまう習性をもつ
それだけにサ道でいきなり女性視点でサウナを紹介とか意味が分からなかった
既に開始以来ターゲットをオッサンに絞り続けて来たサ道には女性ファンなんて存在しないだろうに、一体今更誰にアピールする気なのかと残念でたまらなかった
>自爆装置のスイッチ
自爆装置のスイッチ型が発売されるほど自爆装置はロマン
>ビッグマグナム(自称)
全力全開のビッグマグナム(w)でも気付かれないのとどちらが良いのだろう?
この手のノリは、オッサンが十代の頃の漫画では結構普通だった
特に「BANANA FISH」の吉田秋生による「河よりも長くゆるやかに」は女性の作品だけあって男子高生の生活が下品過ぎない下品さで描かれていつつも、実に男子高校生らしいアホな視点(アホだけではない)で描かれた素晴らしい作品だと今でも思う
本屋で立ち読みし、一話目を読み終えてレジに持って行ったくらい速攻で「これは面白い」と確信出来る雰囲気を持っていた
吉田秋生に関しては姉が購読していた少女漫画雑誌に連載されていたカリフォルニア物語を知ってこそいたが、当時の年齢的に全く興味がわかなかったのだが、四年ほど経って吉田秋生という名前も忘れた頃に、当時少女漫画は数名の作者買いしかしていなかった自分に、手に取ってみようと思わせた「河よりも長くゆるやかに」というタイトルとの出会いは運命的ですらあったと思う
>怖いよ。北條先生が俺を殺しに来るよ。
元ネタ。「野生の証明」より
四十年前以上前の映画だが、主演、高倉健で薬師丸ひろ子のデビュー作でもある
主人公の娘役の薬師丸ひろ子の台詞「お父さん、怖いよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しに来るよ」
当時のTVCMで使われたが、今でもかなり耳に残っている
個人的な感想:センチメンタルな気分にさせてくれる。特に主題歌の「戦士の休息」はセンチメンタルを猛加速させるので注意が必要
この手の映画はハッピーエンドで「ああ、面白かった」で澄む映画と違い、余計な感情が後々まで残って忘れられない
>何時か来る関係の終わりを計算するようなのは恋じゃない。
そんな事を考えていた時代がオッサンにもあった……
恋愛ってある意味狂気だよ。誰かの事を自分より大事だと本気で思ってしまうんだから
だから中学生の初恋なんて抉れって当然だろう。隆よ好きなだけ拗らせるが良い……他人事
恋愛童貞呼ばわりされた大島もきっと怒るよりも憐れむ事だろう
>ジャイロ効果・キーホール現象
銃身(バレル)内に刻まれた螺旋状の溝(ライフリング)により発射された弾丸には進行方向を軸とした回転が掛かる
その回転が弾丸を軸方向に対して安定させる力が発生するのがジャイロ効果
キーホール現象は、弾丸からジャイロ効果が弱まるか失われるかし、進行方向に対して回転軸が傾く現象
有効射程を超える距離で撃たれたり、跳弾した際に起こる
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