第103話
巣の中に並ぶ六角形仕切りが集まって出来たハニカム構造体。その仕切りの中にたっぷりと詰まってるいるハチミツ。
開口部は無く、上の面を蜜蝋で封をされている。一つの仕切られた部屋の大きさは六角形の対角線が四十五センチメートル程度に深さが百三十センチメートル程度なので大雑把に計算して百七十リットルとなる。
ハチミツが詰まった部屋は全部で十一あったが、俺達は今後、持続的に採取する事を考えて三つの部屋の中のハチミツだけを頂くことにした。
その回収法というのが、あらかじめミーアに渡された回収道具は甕と長柄杓、つまり長柄杓で掬い取って甕に入れる。
長柄杓で一回に掬い取れる量は最大で一リットル程度だろう。零さないようにするためには掬い上げる量を減らすとすると七分目から八分目程度になる。それに対してハチミツの量は三つで大体五百リットルである。
考えてもみて貰いたい。有史以前から一つ一つの不便をこつこつと便利に変えて文明を築き上げた人類の端っこにぶら下がる者として、馬鹿みたくただ長柄杓でハチミツを掬い上げるような面倒臭い真似をしていて良いのだろうか?
この高城隆。小さい頃から母さんに「隆は楽する事ばかり考えて」と褒め続けられてきた男として、そんなので良いはずが無い! ……あれ、何かおかしいような?
結局、ハチミツの入った部屋の底と、その真下にある巣の外壁を壊して甕に流しいれる方法を採った。
中が空で使われていない仕切りを【操熱】で溶かし──蜜蝋は現在蝋燭などの主成分として使われる石油から取れるパラフィンに比べて融点も六十度台前半と低いので、簡単に溶かす事が出来る。ちなみに一部の特殊プレイで使われる低温ロウソクに使われるのはこの類だろう──てサラサラな液体にしたものを【操水】で巨大な漏斗状に形を整え、再び【操熱】で冷やし固めた物を使って甕へとハチミツを導いた。
さらにハチミツ自体も【操熱】で仕切りや漏斗が解けない四十度程度まで熱する事で流し込む時間を短縮した。
後の巣の回復を考えてハチミツの入っていた部屋の底の穴は【操熱】を使い液化する直前まで加熱し、柔らかくなった蜜蝋を使って修復した。
「これで、どれくらい作れるんだ?」
「全体量の一割以下って話だから少なくても五千リットル位は作れると思いますよ」
「一日二リットル程度使うとして二人で二年分足らずか……足りねえな」
つまり、俺と半分に分けて、更に残りを自分と大島の二人で分けてという計算なのだろう。
だが当面の分を考えるなら足りているはずだが、それでも足りないという。
これが意味する事は、俺を通して手に入れられなくなる可能性を考慮している……しかも大島と二人で何かをするために。
そう確信したが、気づかず聞き流した振りをした。
「これを持ち込んドリンクとして引き渡されるのは半分ですよ。他の材料や加工、それにエピンスの巣の情報。全て向こう持ちなんだから」
「そうか……仕方ないな」
表面的には大島にかなり近い、むしろ大島に影響を与えたのは早乙女さんだろうと睨んでいるのだが、この辺の物分かりの良さなどが大島との決定的な違いだろう。
「……ところで他に、巣に関する情報は無いのか?」
「ここ以外にも、エピンスの発見例のある里はまだ有りますよ」
ハチミツは保存食であり、通常の方法でもきちんと保存しておけば劣化の心配は少なく。
更にハチミツは俺からの買取では無く代金の代わりに加工した半分を引き渡す契約なので引き取り不可という事は無いので、ミーアからは「是非沢山採って来て下さい」という言葉と共にエピンスの巣の発見例の情報は複数貰て来ている。
俺は、自分の分と大島の分を手に入れればいいと思っている早乙女さんと違って、自分の分を含めて八人分手に入れる必要があるので、多ければ多いほどありがたい。
「じゃあ次、行くが……おい、お前が使ってる方の飛ぶ奴を教えてくれ」
「それは構わないんですが、早乙女さんに教えると大島にも伝わりますよね」
「そりゃ、まあ……そうなるだろう? そんなにアイツには知られたくないのか?」
「それがですね……」
俺は現実世界の方で、世界の中心を意味する名を持つ某国の特殊部隊とオリジナルシステムメニュー持ちが友引町で騒ぎを起こした事を伝えた。
「そりゃあ、大島の奴は怒るだろな……控えめに言って」
早乙女さんは自分のテリトリー外での出来事なのですこぶる冷静だ。もしこれが自分の山での事なら、大島以上に激怒するだろう。
「……某国を亡国にしかねませんから」
「だったら何で大島に教えたんだよ?」
「何も情報を与えずに、大島を現実世界に戻したら、日本(自分の縄張り)に敵対的な周辺国を順に亡国にしかねませんよ」
「……仕方ないな」
仕方ないで済ませちゃんだ。しかも仕方ないの対象が、俺が大島に伝えた事じゃなく、大島が周辺国を亡国にする事で言っていない?
「……いや、流石に拙いか」
「そうでしょう!」
良かった。大島よりはまともな人で良かった──
「マスクで顔を隠すように言わないと……ああ、犯行声明も出さないよう言い含めて……面倒だ俺も付き合ってやるか……楽しそうだな」
だ、駄目だ。やっぱりこいつは肝心な根っこの部分が大島の先輩だ。
「それでだ。今の速度じゃ追われても振り切れねえ。幾ら俺の名前が早乙女でも泳いで日本海は渡れねぇぞ」
何を言ってるのか分からない。多分彼の世代になら分かる渾身のパンダネタなのだろうが、平成二桁生まれの俺には、そんな上手い事言ったとドヤ顔されても分からない。
「現状じゃどのみち、レシプロならともかくジェット機を振り切れませんよ。【迷彩】を使って見つからない様に移動してください」
「まあ、仕方が無いか」
「ところで、大島と一緒に戦争を起こすつもりですか?」
「安心しろ。ちゃんとバレ無い様にする」
安心出来るはずが無い。大島という暴走車に早乙女さんという踏み込んでも効きの悪いブレーキの組み合わせに安心出来る要素が何一つない。
「そのちゃんとが信用出来ないんですよ」
「まあ、俺自身あんまり信用してねぇな……ああ面倒くせぇ! だったらお前もついて来ればいいじゃねぇか!」
「俺は学校あるんですよ」
「お、おう。そうだな学生相手に何言ってるんだ……つうか大体お前が中学生ってのがおかしいだろ? こんな可愛気の無い中学生が居るか!」
「男子中学生に可愛気を求めるな変態か? 自分が中学生の時にそんなもの持ち合わせていたのか?」
そいつは流石に看過しがたい……キレたよ。こんなに可愛い俺に何を抜かしてくれてるの?
「何を言う。俺のガキの頃はそりゃあ可愛かったぞ」
そう強弁する彼の目は泳いでいた。豪快にバタフライで泳いでいた。
「さぞかし可愛い熊さんだったんでしょうね!」
いや無理だ。どう考えても彼に似た可愛い熊は想像出来なかった。
「誰が熊だ。俺にだって可愛いと呼ばれた時期があったんだ!」
あんただよ。この熊人間がいらん見栄を張りやがって。
「生まれた時から髭が生えてたようなあんたが可愛いなら、俺なんてめっちゃ天使だよ!」
そして一呼吸の間の沈黙。
「この嘘吐きが!」
同時にそう叫んだ。
「大体なんだ。いきなり態度を変えやがって!」
「敬意とは払う価値のある相手に払われるべきで、こんな酷い嘘を吐く人間にそんな価値があるか! 勿体無い」
お前の株はストップ安で、取引停止中だよ。
不毛なにらみ合いを打ち切るために、強引に話題を変える。
「それで今悩んでるのは、こいつをどうしようかって事なんですよ」
オリジナルシステムメニュー保持者の死体を地面に転がして悩みを打ち明ける。
ちなみに、こいつの体内の爆弾は時間停止状態で腹部を切開して取り除いて【所持アイテム】に収納してある。
体内から取り出して単体として収納した事で、リストから確認出来る情報はより詳細になり、HNIW(ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン)という爆発物を使用している事が分かったが、残念ながら聞いた事すらない。また一分間対象の心臓停止を確認すると爆発する仕掛けだがカウントは一つ減って五十九になっていた。
「死体なんて埋めちまえば良いじゃないか」
何の躊躇いも無いというより、非常に言い慣れた様子で吐き捨てた。絶対にこの人は何人も埋めている。そう確信した事に気づかれないように話を変える……気づかれたら俺も埋められそうで怖い。
「そうじゃなくて、こいつを殺した時にいきなりレベルアップしたんですよ。だから【反魂】を使って復活させてからもう一度殺せば無限レベルアップが可能になるんじゃないかと」
「天才か……お前」
この場には人でなしが二人もいる。ちなみにこの場にいるのは俺と早乙女さんの二人だけだ。
「問題は、こいつもオリジナルシステムメニュー持ちなんで、復活した瞬間にロードを使われると面倒なんですよ」
「俺が復活した時は暫くは頭が回らなかった。すぐに〆ちまえば問題ねぇよ」
〆るってねぇ……
やってみた。
レベルアップは出来なかった。それどころか全く経験値が入って来なかった。
「こいつ役立たずだな」
【所持アイテム】の一覧リストから、生きてる方のシステムメニュー保持者と比較すると、生きてる方の名前の後に【システムメニュー保持者】と表示されているが、死んでる方には表示が無かった。
生き返らせる前には【システムメニュー保持者】となっていたのにだ。
「もう君の事を思い出すことも無いと思う。いつか俺が歳をとって自分の時間が残り少ないと自覚した時、不用品と一緒にまとめて火口にでも投げ込んで処分する事になるだろう。サヨウナラ」
そう口に出してから収納した。
「お前、酷ぇ奴だな……さっさと埋めてやれよ」
そんなに埋めたいのだろうか?
「もしかしたら思い出すこともあるかもしれない。思い出すという事は何か用があるって事だから……」
「要らない物を捨てられない性質だろ?」
「物と人を一緒に考えるなんてサイテー!」
「…………」
目が「どの口で言いやがる」と俺を責めている。目を合わせる気は全くないが絶対に責めているはずだ。この左の頬に何かが当たるようなチリチリとした感覚が証拠だ。
「それでもう一人システムメニュー持ちが【所持アイテム】内にいるんですよ。また十代の女性なんですけどね」
再び強引に話を変える。
「よし殺してレベルアップだ。なに生き返らせれば良いんだから何の問題も無い。何か? 恨みも無い奴を殺すのが嫌か? 分かる分かる。お前の気持ちはよく分かる。代わりに俺がやってやろう」
「そんなにレベルアップが?」
「それもある。だがなこのシステムメニューそのものに興味があるな。こいつは単なる使ってる人間がレベルアップで強くなってハッピーなんて便利なもんじゃない。どす黒い悪意の塊だ」
「俺もそう思いますが、それだけじゃない遊びというか楽しんでますね」
根性曲がりがニヤニヤ楽しむためのゲーム。そこには怒りも憎しみも無い。何故なら俺達は盤上の駒に過ぎず、盤上の駒に憎しみや怒りを向けるプレイヤーなど存在しないからだ。
「俺もお前も、そいつの糞たれなゲームに乗っかってしまったんだ。悪意の正体を突き止めなければケツがむず痒いだろう」
「早乙女さんには降りるって選択肢がありますよ」
「ふん、こんな楽しそうなのから誰が降りるかよ。大島だって絶対に降りねぇぞ……お前がどんなに降りて欲しくてもな」
「迷惑だな~」
「アイツは何時だって迷惑な奴だ」
その言葉に「あんたもだよ」と思いながら腹を抱えて笑った……もうヤケクソだった。
「まあ、何だな……やっぱり殺すならお前がやっておいた方が良いだろう。多分、お前が殺して俺がレベルアップ出来ないなら、俺が殺しても俺もお前もレベルアップ出来ないだろう」
「……その可能性はありますね」
「何だ? 女を殺すのは気が引けるのか?」
「そもそも人を殺すこと自体、気が引けるんですよ」
アンタらと一緒にはされたくない。
「まあ気にするな。これは人助けだと思え」
「人助け?」
「どう考えても人助けだろ。女でまだ十代なんだろ? システムメニューなんてものは普通の人間にとってみればお荷物以外なんでもねえよ。それを取り払ってやるんだから人助けだ」
確かにそれは正論だ。普通はシステムメニューを与えられてファンタジーな異世界に送り込まれてもレベルアップどころか死ぬだろ。
俺が最初に送り込まれた森の中は、この世界でもかなり危険な場所であり、俺にしてみても早い段階でシステムメニューの存在に気づかなかったら生き残る事は不可能だっただろう。
あの森に比べれば安全な場所に送り込まれたとしても生き残る事が出来た奴は少ないだろう。
実際【所持アイテム】内の女性はレベル一であり、もしかしたらシステムメニューの存在にすら気付いていない可能性もある。
そう考えると、多くの──多分九割以上のシステムメニュー所持者がシステムメニューに気付く事なく初日で命を失ったという可能性も十分に考えられる。
むしろ気づく方がおかしい。自分がいるのが地球上ではない事に気づくなり「ベリーイージーモードで再スタート」とか「リセット」とか叫んでいた自分を省みて恥ずかしいと思うのだから……
初日でシステムメニューに気付く事が出来たのは間違いなく極少数派だろう……もし多数派だったとしたら人類に失望してスペースコロニーを地球に落とすレベルだよ。
だが、そうだとするなら疑問が生じる。
俺達がこちらの夢世界ではなく、平行世界に飛ばされた時の事は、未確認を含めて千件以上の失踪事件が起きたと聞いたが、仮にその時点でのシステムメニュー保持者が千人だとして、それまでに夢世界で命を落とした人間は一万人じゃあ済まないはずだ。
多分、その犠牲者の多くは初日に発生しただろう。
無駄にサバイバリティに溢れている俺ですら、初日に命を落としかけたのだから全体の一パーセントでも生き残れたとしたなら御の字だろう。
いや単に俺が出現した場所がヤバかったという可能性を考慮し、甘く見積もって一割。
そこから更に平行世界に飛ばされるまでの二週間以上を生き延びるのは半分は難しいだろうが、とりあえず半分としておこう。
かなり多めに見積もり、更に並行世界への転移を件数を最低数の千件としても、最初にオリジナルシステムメニューを渡されて夢世界へと行ったのは二万人という事になる。
だが俺が最初にこの夢世界に飛ばされた四月十五日に世界中で一万八千人の人間が睡眠中の突然死を迎えたなんてニュースは耳にした事が無い。
ネットですら話題にもなっていなかったはずだし、俺が知らなくても紫村ならネット上でなんでも拾ってくれるはずだ。
この矛盾を埋める可能性として考えられるのは、夢世界ではシステムメニュー保持者は死なないという可能性。
しかしこれはこれで疑問が生まれる。
死なないというアドバンテージがあるなら、システムメニュー保持者は生き残り続けて、やがてレベルアップする事が出来る。するとレベルアップのアナウンスでシステムメニューの存在に気づかされるだろう。
そうなった場合は【セーブ&ロード】と死なない身体を使って、俺以上に大胆に狩りを行いレベルを上げる奴も出てくるはずだ。
だが実際は、俺が殺したオリジナルシステムメニュー保持者はレベル三で、生きてる方はレベル一。
この二人を平均的システムメニュー保持者と断じる事は出来ないが、それにしても俺以上にレベルを上げているシステムメニュー保持者が居る可能性は皆無といってもいいだろう。。
その証拠に平行世界からの帰還条件を成立させたのは状況的に俺以外ありえないので、少なくともその時点で俺よりレベルの高い奴は居なかったはずだ。
それらを踏まえ上で考えられるのが、夢世界で死んだ場合はシステムメニューとシステムメニューに関わる全ての記憶を失い現実世界で目覚めて、普通の生活を何事も無かったように送るという可能性。
これが今の段階で思いあたる矛盾を全て排除出来る最も都合の良い解釈だろう。矛盾を排除する以外の観点は本当に一切ないけどな。
しかし、それを前提として考えていくと、新たな疑問が生まれる。
現実世界と夢世界の俺の身体が別の身体である可能性。これはこちらの世界で負った傷をあえて残した状態で眠りに就いて、現実世界で目覚めると身体には傷が残っておらず、現実世界で眠りに就いて、再び夢世界で目覚めると傷が残っている事から間違いないと思う。
すると、現在この夢世界には彼女の肉体が二つ同時に存在するという事だ。
現実世界での身体で一度死んで復活させると、その身体からはシステムメニューが消えたが、こちらの世界の身体はどうなるのか?
死んだり、消滅するのならさほど問題はないだろう。今夢世界の身体を使ってる俺から見ても、この身体には俺以外の意識みたいなものは無い。この世界で俺の意識の器として何者かによって用意された肉体なのだから。
問題は、夢世界の身体が何事も無かったかの様に、今まで通りに生きていく場合。システムメニューは所持しているのか? 今までの記憶はあるのか? 意識は現実世界のままなのか?
自分事でもあるので是非とも『他人』で確認したいものだ。
「どうした?」
時間停止も使わずに考え込んでいたようだ。
「いえ、ちょっと考え事を」
「何だ?」
自分が考えていた事を早乙女さんに伝える。
「……そういう訳で、やるなら、こちらでの彼女の身柄を確保してから試してみたいんですよ」
「二度手間三度手間が好きな奴はいねえって事だな」
「手間とか言うよりも、生きた状態でオリジナルのシステムメニュー保持者を確保出来る機会が、そうあるとは思えませんから」
結局、システムメニュー保持者については保留のまま、早乙女さんと一緒に午前中に更に三か所の巣を回り、追加で千リットルほどのハチミツを入手する事が出来た。
それにしてもどいつもこいつも簡単に浮遊/飛行魔法を使いこなすな……
今日中に『道具屋 グラストの店』に持ち込めば三日でドリンクを引き渡してくれるとの事だし、手持ちの分を早乙女さんに分けても、しばらくは困らない量になるだろう。
ハチミツ千五百リットルから出来る一万五千リットルのドリンクが出来るので、その半分の七千五百リットル、更に早乙女さんと山分けで三千五百リットルで十分に思えるが、紫村達にも回す分、ついでに、香籐以外の二年生達もこっちに引き込む事を考えると二か月に一度位のペースでハチミツ狩りをする必要があるだろう。
それに余り採り過ぎて供給過剰になる場合は、ドリンクを買い取りとなる……まあ、金はあるからむしろハチミツ狩りをしなくて済む分ラッキーだな。
「午後からはどうする?」
「そうですね大島と合流しますか?」
「だったら、この匂いをなんとかしないとならねえな」
確かに今の俺達の身体は、濃厚なハチミツの甘ったるい匂いに包まれているので、何をしていたのか大島にはバレバレだろう。
俺達は【水塊】を使って直径一メートルの水球を作り出すと、指を突っ込んで【操熱】で良い感じまで加熱する。
そして服を脱ぐと水球を回転させながら水球の中に粉石鹸を投入する。そして水球の中に身体を入れると水球を上下に動かしながら全身を洗う。
粉石鹸を使うのには理由がある。石鹸の天然界面活性剤は多くの洗剤に使われる合成界面活性剤とは違い、川の水などの自然水に含まれるミネラル分に非常に弱く、排水が川などの自然環境に流入しても短時間に界面活性を失い無害な石鹸カス(凝固温度が高い油)となり魚などの餌となってしまう。 石鹸カスを食べた魚の身が石鹸臭くなるかもしれないが……
ともかく、キャンプなどの野外生活で使うような『環境に優しいが髪に優しいかどうかは分からないシャンプー』は基本的に液体石鹸だ。
液体石鹸にも問題はある。髪に優しいかどうか分からないどころか、使い方を間違えると害でしかない。
石鹸は中性ではなくアルカリ性であり、一般的な洗剤に比べると洗剤切れが悪い。そのため洗髪後しっかり洗い流さないと髪を構成するタンパク質がアルカリ成分によって溶かされてダメージを受けゴワゴワになる。
更に酷いとタンパク質が溶けた事で髪同士がくっついて塊になり、最終的には髪を全て切り落とすしかなかったという事例もあるくらいだ。
まあ、俺も早乙女さんも髪は戦いの最中に掴まれてもすぐに外れる程度の長さしかなく洗い流すのも簡単なので大して問題はない。
身に着けていた服も洗い、しっかりと濯ぎ脱水をしてから収納する。【所持アイテム】内なら湿っていても雑菌が繁殖し、臭くなる事は無いので宿の部屋で【操熱】で加熱しながら干せば良いだろう。
「これなら風呂はいらねえな」
「身体を洗うのと、ゆっくりお湯に浸かるのは別でしょう」
「中学生の癖に爺臭い奴だな。風呂なんてぱっと入ってぱっと出るに限る」
烏の行水め、大体それを言うならぱっと咲いてぱっと散る桜だろ?
俺自身は特に長湯というほどでもないと思うが、一日の終わりに二十分ぐらいはじっくり湯船に浸かり、湯上りの気怠さと共に眠りにつくのが最高だと思う。
「まあ良いとりあえず石鹸寄越せ。それから明日は髭剃りもだ。頼むぞ」
「髭剃り? その顔のどこに髭剃りが?」
髭をのばし放題で熊と見まごう、髭八:肌二という顔のどこに髭剃りが必要なのだろう?
「何言ってるんだ? 髭はちゃんと手入れをしているぞ」
「嘘だ! 一年は人の手が入ってない雑草生え放題の荒れ果てた庭のような顔して何を図々しい」
「餓鬼だな。このダンディーな髭の良さが分からんとは」
漫画に出てくるような山賊だってもう少し髭の手入れに気を使ってる。
「大体、大島だって髭何て生やしてないでしょう!」
さすがに奴だって教師として最低限の身だしなみに気を使っているんだ──
「アイツは、髭にビールの泡が付くのが我慢できないらしい。馬鹿だよな」
想定外の理由だったが、どっちも馬鹿だよ。
その後、昼食を取り、更に持っていた調味料を渡す。
「何だミリンが……昆布もねえぞ。それに鰹節とは言わないが顆粒のカツオだしとか、どうして持ってこないんだろうな?」
「……塩と胡椒で十分じゃないの?」
これでも気を使って醤油と味噌、マヨネーズにソースとケチャップ、それからわさびに一味、カレー粉も持ってきてやったのだ。何だよミリンとか出汁とか、そんな上等なモノを使って料理する熊なんて何処のサーカスにも居ねえよ。
「……そうか、お前は可哀想な子だったんだよな。ごめんな。お前の精一杯を馬鹿にしちまって」
生温い目で同情されただと? しかし、どんなに憤りを覚えても、反論する言葉が上手く見つからなかった。
分かってるんだ。目の前の熊は俺よりずっと料理が上手いって事くらい。
そもそも比較すること自体間違ってる。俺のは料理以前の段階だ……くっ、とうとう自分でも慰めの言葉が何も浮かんで来なくなってしまった。
「それじゃあ奴と合流するか……」
早乙女さんの言葉を合図に俺もマップ機能をONにする。
事前に二人で手分けをして海岸線から王都手前までの表示不可能範囲の上空を全力で飛び回る事で、ハチミツ狩りで移動した範囲が分からないようにしたので、大島がワールドマップで確認していても一度に表示範囲が更新されるので、俺達が何処をどの順番に移動したかは分からないようになっている。
これで大島にはドリンクに関しての情報の手がかりを与えるどころか、俺達が何をしていたかさえも分からないだろう。
何故、早乙女さんがそこまで協力してくれるかというと、早乙女さんをして暴走気味と評せずにはいられない大島を抑え込む材料として、奴へのドリンクの供給源を自分だけに絞るというのはメリットがあるのだろうと予想するが多分外れているのだろう……当たっても嬉しくない。
「何をしていた?」
再会の挨拶は字面からは想像も出来ない恫喝。子供が泣くどころか、野生の虎ですら腰が砕けて座り小便を流す事だろう。
そんな物理的圧力すら伴う──実際、気合で魔術すら無効化するのだからしょうがない──威圧に対して俺は正々堂々と早乙女さんを盾にした。
「俺の用事で手を借りただけだ」
「態々、足取りを消してか?」
息さえしがたい緊張感。
龍虎相打つ……いや、東映チャンピオン祭り ゴジラ体メカゴジラ 同時上映、アルプスの少女ハイジ他。それくらいスケールがデカい。
この二人が真剣にやり合うところは見た事が無い。今後も武の道を進み続けるとするなら学ぶ事が多い特別な一戦となるだろう。
「何か問題があるっていうのか?」
「押忍! いいえ」
大島が折れた? しかも軍隊の「サー、イエッサー、ノーサー」的なヤツで……何たる期待外れ、大島の事を買いかぶり過ぎていた自分が恥ずかしい。
いや、これがレベルアップによる【精神】パラメーター変動による影響。俺が気づかない内に奴も人間らしくなってきたという事なのか……良かったな大島。お前はやっと憧れていた人間になれたんだよ。(妖怪人間 オオシマ 完)
「どういう事だ?」
今度は浮遊/飛行魔法を使い自在に空を飛ぶ早乙女さんの姿に大島はこちらを睨んでくる。
「早乙女さんに例の打撃法を教えて貰ったお礼だ」
「ふん、まあ良い」
どうせ早乙女さんから教えて貰えば良いと甘い事を考えているのだろうが──
「俺は教えてやらねえぞ」
「くっ」
早乙女さんはしっかりと釘を刺した。
理由は簡単。基本的に一番カロリーを消費するのは移動だ。高速で長距離を移動出来るが故に限界まで体力を使い切ってしまう。それに比べれば戦闘なんて戦争にでも参加して倒しても倒しても切がないほどの敵兵士との持久戦を繰り広げるのではなければ、基本的に数分で勝つか負けるか決着を迎えるか、逃げるかの判断を下す事になるからだろう。
特に大島の浮遊/飛行魔法のα版は飛行速度も遅く、足場岩の使用を併用しなければ早乙女さんのβ版には追いつく事は不可能なので大島にはKKKKドリンクが絶対に必要だ。
だからKKKKドリンクの供給で大島を縛るなら、浮遊/飛行魔法を覚えさせないのが一番だ──
「土下座するなら考えてもやらん」
えっ? それで良いの? いや、そもそも大島に土下座が出来る訳が無い。つまりこれはオブラートで包んだお断りのメッセージに違いない。
「断る!」
そうだろう。当然そうだろう──
「じゃあ、向こうに戻ったら寿司でも奢れ」
えっ、えぇぇぇぇっ! 金で済んじゃうの?
まあ良い。早乙女さんが完全に大島側に付くことは想定の範囲外ではない。
こうなる事を予めα版とβ版なのだ。俺が最初に紫村と香藤に披露した正式版以前のいうなれば欠陥品だ。
そもそも、紫村の手が入ってからはほとんど別物になっているので、β版の術式を解析しても最新版には決してたどり着く事は無い。
精々、時速百キロメートル以上出して制御不可能になり墜落するが良い。
そんな俺の思いも知らず、二人は盛り上がっている。
「じゃあ、美味い酒のある店で……やべぇ馴染みの店は使えねえな」
公式的には失踪扱いで政府的には死んだ事になってる大島が、普通に馴染みの店で早乙女さんと一緒に飲み食いするとすぐにバレるだろう。
二人はすぐに姿をくらますので、結局面倒事は全て俺が引っ被る事になるだろう。
だが止めろと声に出す事は出来ない。それは自分の弱味を見せる事になり、大島は笑顔で俺に無茶振りをしてくるだろう。
ここはあくまでも「そんな事は知ったこっちゃない」という態度を守るべきだ。
「どうした? 都合悪いけど興味ない振りしてやり過ごそうってか? いつも通りの分かりやすい顔してんな高城ぃ~」
何て邪悪な笑みを浮かべるんだろう。本当にこいつは大嫌いだ。今すぐ隕石が頭に直撃して、転んだ拍子に川に落ちて海まで流されて、どこか遠い無人島で生涯を終えてくれねぇかな? ……妄想の中でも老衰しか思い浮かばない弱気な自分が悲しい。
「いえいえ、歩く三歩先に犬の糞を見つけた程度の気分ですよ」
何をしようがお前はその程度の存在だと言外に匂わせてやる……自分で挑発しておいてちょっと心臓バクバクなのは骨の髄まで刷り込まれた恐怖心のせいだ。
「言うようになったもんだ。命のやり取りを経験し、殺しもやっただけはあるな」
まるで通過儀礼を経て仲間入りしたような口振りは止めて貰いたい。本当にお願いします。アンタらと俺は別のカテゴリーに属してるんだから。
まあ、ここで嫌がる素振りを見せれば、一層掘り返してくるので軽く流そう。
「まだまだ、お二人には敵いませんよ」
出来るだけ無難に返した。
「そりゃそうだ。場数が違う」
「年季が違うからな」
こいつら、自分達が人殺しの経験がある事も隠す気も無く認めてる。何だ、俺を人殺し仲間と思って気安くしてるのか? 迷惑な。
「もしかして、二人が【反魂】で蘇った時にレベルアップしたのは、沢山殺しをして経験値を貯めてた……から?」
ついでだから、今まで聞かずにスルーしてきた事を聞いてみる。
「人間か? 人間は経験値にならないぞ。こっちでも賊の類を結構狩ったが、奴らからは経験値は鼻糞にもならん程度だ」
こいつらの言うように、人殺しとして年季が違い過ぎる。
確かに俺だって生かしておけば、自分や自分の周囲の人間の命に関わるような敵対的存在は、一発ぶっ飛ばしてから優しく「やり直せ、お前はまだやり直せる、一からやり直すんだ……来世でな」と止めを刺して後悔の言葉一つ漏らさないだろうが、この二人にとっては敵対者の命はもっと軽いようだ。
……この時俺は重要な事を見過ごしていた早乙女さんが「レベルアップの経験値は」と言った後、言い淀んだ事に。
それに気付いていれば、俺はあんな後悔をする事は無かったのに……
浮遊/飛行魔法を覚えた大島は簡単に使いこなして、早乙女さんと空中戦を演じている。
「マジかよ」
俺が生まれる前に原作の漫画の連載も、オリジナルのテレビシリーズも終了したが、何故か知ってる国民的アニメ。
しかも今年は十数年ぶりの新作映画まで上映している例のアレ。キーアイテムでタイトルになってる竜珠が途中からフレーバーなアレ。
それそっくりな空中戦が目の前で繰り広げられているのだ。
完全に一つ一つの動作が地上での動作と比べて遜色がない。
むしろ浮遊/飛行魔法によって重心の移動をサポートする事で切れや緩急幅など小さいが非常に意味のある動作が洗練され、全てが水の流れの様につながっている。
身体の動作を伴わない重心移動は、ある程度の武を修めて予備動作から何をするのかを読む者にとっては魔法にも等しく──魔法だけど──意識する事すら出来ぬ間に攻撃・回避に移る行動の第一ステップを終えている事になる。
それだけではなく重力に逆らう形での重心移動も可能なので気付かない内にどうこうではなく、何が起きたのか気づいた時にこそ激しく動揺、混乱し隙を作ることなるはずだ。
悔しいが俺などが割って入る余地はなく、見惚れるしかないほど見事な戦いだ。
あの二人は空を見上げて飛ぶ鳥を見ては飛べぬ我身を呪い、いつか自分が重力から解き放たれることを渇望して来たのだろう。そして同時に飛べたならば自分がどう戦うかもイメージする。
そんな事を繰り返してきたのだろう……そうでなければ、飛べるようになってすぐに、ああまでも空を自分の物に出来るはずが無い。
才能の問題じゃ無く、強くなるためにどこまでも貪欲なれる心構えが俺とは全く違う。そんな男達が俺が生まれるずっと前から己の武を磨き続けてきたのだ……勝てないな。俺には『まだ』勝てない。だが『何時か』越えてやる──
「初めてでここまで出来る俺達って天才だな、大島!」
「ああ、こんな想像すらしたことも無い状況だというのにイメージが次から次と湧いてきて止まらん!」
おーいっ! 色々と台無しだよ。畜生! 才能あるものが才能の無い凡人を虐めるのは止めろ。あとシリアスさんが呼吸してないからほんと頼むわ。
「凹むわぁ~」
まだ空中戦を楽しんでる二人の姿に心が折れそうになる。
高所恐怖症が改善されているとはいえ、完全に呪縛から解き放たれてはいない俺には浮遊/飛行魔法と足場岩を使った。三次元的な素早い動きは出来ない……別に良いんだ。ほら、土から離れては生きられないと昔から言うだろ。
「高城、こいつは良いな。お前も上がって来いよ」
俺が高所恐怖症だと知った上での挑発に対して答える言葉は一つしかない。
「だが断る!」
「お前なぁ~、いい加減克服しろってんだよ」
気に入らないな。その他人の苦悩を理解しようとすらしない態度。
確かに空中で戦闘は出来る程度には高所への恐怖に対する耐性は得いる。しかし地上と同じ様にというのは無理だ。
空中での戦闘は常に襲い掛かって来る高所への恐怖との戦いでもある。
一挙手一投足に付きまとう恐怖を、理性が宥めて気合で乗り越える分、どうしても地上で戦うほどレスポンスは良くないのだ。
櫛木田あたりが相手ならともかく、大島や早乙女さん相手にハンデ背負ってどうしろというのだ?
「出来るもんならとっくにやってる」
「自分がパラシュート無しでスカイダイブして死ねる身体じゃない事くらい受け入れろ」
「世の中には千二百メートルで飛行機から飛び出して、パラシュートが全く開かないまま、木などのクッション無しに粘土質の地面に叩きつけられて生き残った女性もいる。 そういう意味では、俺なら死なない可能性も十分にある……かも?」
「かもじゃねえ分かってねえな……お前は時速二百キロメートルくらいで岩壁に突っ込んで死ぬ自分を想像出来るか?」
時速二百キロメートルか、時速五百キロメートル以上で飛びながら足場岩を蹴って直角に曲がる事が出来るのだから、激突の前に足で壁を蹴って、そのまま壁を上へと走れば衝撃は殺せるだろうな。
「想像出来ねえだろう。スカイダイブでの人間の落下速度は、一番速い頭を下に向けた姿勢なら時速三百キロメートル以上は出るだろうが、身体の正面を地面に向けて手足を広げた状態なら最大でも時速二百キロメートルは出ねえ、お前みたいに痩せで手足の長い奴なら精々時速百八十キロメートルってところで、空気抵抗と重力が釣り合ってそれ以上加速は出来ねえんだよ。何を恐れる必要がある?」
俺が痩せだと言うには凄い疑問があるが、早乙女さんは他人に教える時にきちんと相手が納得出来る言葉を使う。
大島とはえらい違いだ……一方、大島は余計な事を教えやがってという目つきで早乙女さんを睨んでいる。
教員免許の取得って人格とか面接で判断しないのだろうか? 面接があって通過したとするなら面接官の家族を人質にとって脅迫したと考えるのが妥当だろう。恐るべし、こんな無茶な妄想に全く違和感を覚えさせない恐ろしさ。
早乙女さんの指摘を受けたおかげで、俺は多少高所への恐れを減らすことが出来たと思う……だから実験をやってみようという気持ちになれた。
試しに上空五百メートルで魔法の使用をやめて、落下を始める……本来ならここでケツから背筋を通って頭の天辺から突き抜けていく恐怖に意識が遠のくのだが『ちゃんと対応すれば怪我はしない』『失敗しても痛いで済む』と自分に暗示をかける事で耐え切る事が出来る様になっていた。
地上を見下ろしながら大の字に手足を伸ばす。普通なら肘や膝を曲げた安定度の高い姿勢を取るのだが、俺は出来る限り空気を身体で受け止めるために手足を伸ばす。空気が激しく身体に当たる時の圧力で、粘性の高い液体の様に身体の表面を流れていく。姿勢制御を試すように身体を微妙に動かしていると、やはりこの姿勢の安定度は低くほんの僅かな動きで一瞬にしてバランスを失う。ちびる事すら出来ないほど恐怖に駆られたがすぐに冷静さを取り戻し体勢を立て直す事が出来た……今までの俺とは確かに違う。違うのだよ!
掌を空気を掴むよう形にして受け止める事で、何も無い宙にいる自分の身体を支える支点にする。上手く空気を逃がすようにしないと反動が大きすぎて上体が仰け反るので調節が必要……だが、確かに落下の加速はある一定で収まる。
「何とかなりそうだ」
そう呟くつもりだったが、吹き付ける風に上唇が反り返り、訳の分からない音が漏れて、慌てて口元を引き締めた。
思っていた以上に大地がゆっくりと迫って来るのが見える。自分がここまで冷静でいられる事に軽い驚きを覚える。
頭の中で着地のイメージを描く、五点着地? そんなのやった事ねえよ。そもそも高所恐怖症の俺が高いところから飛び降りて着地する練習なんかするはずが無い。
だからもっと単純な着地法を使う。軽く前傾姿勢で足から着地し、垂直方向に上から圧し掛かる運動エネルギーの一部を足首、膝、股関節、腰、背骨で順番に受けつつ、大半を前に向かって倒れる方向へと逃がす。
そして、身体の傾きが四十五度を超えた段階で撓めた関節を伸ばす事で前方へと跳ぶ。腕を突いて肩を支点にするイメージで運動エネルギーを身体ごと回転軸に巻き込むように前転する……イメージは完璧だ。行ける!
そう確信し着地する直前。殴りつけるような大島の叫びが耳を打った。
「小細工するな。そのまま足から着地しろ!」
余りにドンピシャのタイミングで叫ばれて、俺は着地の直前に身体を硬直させてしまった……
「お、おい! 無事に二本の脚で地面に降り立ったよ。降り立ってしまったよ!」
両足を地面に深々と突き刺し、膝をカクカクとさせながら天に向かってそう吠えた。
それはさておき、振り向きざまのバックスイングで裏拳を飛ばす。
「おっと……あぶねえな」
全然危なくねぇ、余裕で受け止めやがる。牽制目的で当てるつもりも無かったが、こうまで余裕だと苛立つ。
「危ないのはお前だお前! 何してくれんの? なあ、一体何考えてるんだ?」
「何でも無かったんだろう、何が問題なんだ?」
「死ぬかと思ったわ! ちびったらどうするんだよ! お前が洗濯してくれるのか?」
「とりあえず写真に撮ってお前の実名でネットに流すだろうな」
うわっ、どこかの性質の悪い中学生みたいな事を……俺だよ!
「人だと思った事は無いけど、人でなし!」
「中々いうじゃないか? それなら俺と空中戦といこうじゃないか……なあ高城?」
「練習もさせないつもりか?」
「俺だって今初めて飛べるようになったばかりだ、何の問題も無いな」
嫌な流れに引きづり込まれている……まさか!
「ここまでの流れを全て読み切ったのか?」
「読むだと? 分かると言って貰おうじゃねえか」
な、なんだって────っ!? と驚く事は無かった。大島は良くこういうはったりをかます。そしてすぐにバレて逆切れする……何て面倒くさい大人だ。
「嘘吐け」
次の瞬間、早乙女さんが大島の背中を容赦なく蹴り飛ばしたことに驚いた。
蹴られた大島は怒った様子もな無く、むしろ笑顔で早乙女さんを蹴り返す……いい歳してじゃれ合っているだと?
「その思いついた事をとりあえず口にする癖は止めろ」
「そっちの方が格好良いじゃないか」
「いい加減、四十近くにもなって大人として責任のある発言をしろ」
まあ、大島は常にノリと勢いと暴力で生きて来たような男だ。勝手に話を膨らませた挙句に、それを前提にして強引に事を進めようとする……駄目だ。何と表現した良いのか言葉が浮かばない。
それにしても、早乙女さんと素で話す大島はまるで悪餓鬼そのもので……全く可愛くない。
こんなに可愛くない無邪気さというのが存在する事に俺は恐怖した。動物園の熊だって食後のまったりとした気分でじゃれ合っている様子には可愛らしさがあると言うのに……
「俺等がやるのをしっかり見とけよ」
……などと言われたものの、早乙女さんからは実際に殴って覚えるしかないと言われているので、むしろオーガでも殴りに行った方が役立つんだよな。
海上二百メートルほどから、オーガの死体を十体ほどを適当に撒餌として投下する。
素材としても高値で買い取りして貰えるオーガだが、解体の手間を惜しんで一番高く、そして簡単に取る事の出来る角以外はまとめてポイという勿体無さだが、俺も最近は角以外のオーガ死体は海洋投棄しているので文句はいえない。
相場次第だがオーガの角は一対で一万ネアほどで買い取って貰える。残りの皮や骨、ついでに肉は合わせると一体分八千ネアほどで買い取って貰えるので本当は勿体無いだのだが、解体業者へ持ち込むのに【所持アイテム】から取り出すというのも問題があり、面倒なので角をミーアに卸すだけにしている。
俺が普段泊まるような比較的評判が良ければ値段も良い店で、個室で食事が晩と朝に2食付いた部屋が五十ネア以下なので、八千ネアなら約半年は泊まれるのでかなりの大金なのだが、龍の買取金額が高すぎて金銭感覚が完全に麻痺してしまっている。
あの二人だってオーガを十体も狩って角を売れば、一年間は遊んで……いや、豪遊して暮らせるだけの金が手に入るので異世界生活三日目にしてこの有様だった。
「ダボハゼ並みだな」
ものの数分で現れてオーガの死体を触腕で捉え、カラストンビと呼ぶにはスケールが大きすぎる上下の顎板で、驚くほどあっさりと上半身と下半身を二つに切り裂き、前者を飲み込んでしまうクラーケンを大島はそう評した。
大島が時折口にする言葉だがダボハゼとは何かは知らないし、知りたいと思うほど興味を持った事は無い。大島の口ぶりから何にでも食らいつく雑魚という意味だと想定しているから、クラーケンは雑魚はないだろうと内心突っ込む。
「行くぞ」
「おう!」
先に降下を始める早乙女さんを大島が三秒ほど遅れで追いかけて降下して行く。その三秒という数字の意味は分からないが、俺は大島にそう遅れずに浮遊/飛行魔法の重力制御を止めて追いかける。
餌に意識を向けているといえども、タコ同様に各腕に副脳を持ち、捕食作業に費やす脳のリソースの多くを副脳が請け負う事で、クラーケンの意識は常に周囲への警戒におろそかにはしないので、即座に上空への迎撃を開始した。
鋭く伸びてくる触腕に、一瞬早乙女さんの身を案じたが、二人は既に何匹ものクラーケンを狩っている。だからこの程度の攻撃への対処は出来ている筈なので手は出さずに見守る事にすると、予想外の事が起きる。触腕とぶつかる瞬間に早乙女さんは取り出した岩を足場に使い触腕を殴り付けた瞬間「パンっ!」と音と共に触腕が殴られた場所から破裂して千切れ飛んだのだ。
俺の目の前で物理法則が崩壊した瞬間であった……既に何度も崩壊しているけど、常に新鮮な気持ちになれます。
「はぁ?」
思わず間抜けな声が漏れる。
レベルアップによるハイパワーとかハイスピードとか高等打撃とか謎の共振現象なんてちゃちなもんじゃない。俺の大っ嫌いなオカルトっぽいモノを感じた。
はっきり言って格闘技+オカルトなんて格闘技+宗教と同じくらいに気持ち悪い。
個人的見解として格闘技+オカルト=合気道という公式が成立するほど、俺は合気道を毛嫌いしている。
そもそも合気道という武術はオカルト抜きでも嫌いだ。
そもそも合気道は強くなるという目的に対する最短ルートを真っ向から拒否しているのだ。
合気道は護身術などと称して人を集めているが、合気道は他の格闘技に比べ決して習得し易くはなく、むしろある程度『使える』レベルまで習得するには、空手と比べれば倍以上の時間と努力を要するだろう。
少し考えれば分かる事だが護身術であり基本的に相手の攻撃に対して応じる形になる。
戦いにおいて先手を取る事は非常に大きなアドバンテージを得る。
つまり相手に先手を取られた状況での戦いというのは、他の格闘技では初級レベルを脱した者がやる難易度であり、それを初歩の段階から始めるのだから敷居がかなり高い。
しかも目立ちがり屋の馬鹿がテレビに出ては詐欺紛いで……いや、明確に詐欺で客寄せをする。
見世物よろしく「背後からここを、こう掴まれたら、こうして下さい」的な阿呆発言をする。
背後からいきなり肩を掴まれたしても、掴んで来た手が右手か左手かでは全然対処法が違う。背後から掴んで来た手が右手か左手か、どういう体勢なのか瞬時に判断して最適な行動をとれるなら、そもそも合気道なんかを身に付ける必要は無い。
護身術として『こうされたら、こうする』というのは、その前提条件として『相手にこう【させる】為の状況を作り出す』という方法が先に必要であって、それが無ければ無限の可能性に対処する方法を身に着けて、状況に応じて使い分ける必要がある……まあ、無限は言い過ぎだが。
つまり、テレビなどで『背後からこう掴まれたら、こうすれば女性でも撃退出来ます。どうです合気道って簡単で凄いですよ。是非とも学んでみませんか?』という宣伝は完全な詐欺である。
実際それを有効に使えるようになるには様々な前段階の練習が必要であり、身に着けるにはかなりの時間と努力必要になる。
素人が短期間である実践可能なレベルで使えるようになりたいなら格闘技をお勧めしますというのが誠意ある人間の態度であろう。
弱い者が自分よりも強い者から身を守る手段を身に着けたいと思っているのに、他の格闘技に比べて習得が難しい合気道を騙して選択させるのは犯罪にも等しい。
そんな事をさせるなら防犯用アイテムでも持たせておいた方が遥かに役立つ。
その手の馬鹿だけでも十分唾棄するに値するのだが、更に許せないのが『気』とか言い出す。格闘技オカルト派共である。
何が気だ。やられる方は完全に自分で跳んでるだろうが、いい年してヒーローごっこと同じ事を、しかも人前で真剣にやって恥ずかしくないのか?
大体、おっさんが「私は気を使って、手を触れずに相手を吹っ飛ばせます」なんて言い出した時の相手の心情を慮れ、むしろ相手の方が『大丈夫かこの人? 病院に行くことを勧めるべきか、それとも警察を呼んだ方が良いだろうか?』と気を使う立場だよ。
腹を切れ腹を……それなのにだ! よりによってこいつらが格闘技にインチキ臭いモノを取り入れやがったなんて、よくも二人して俺を裏切ったな! …………いや、別にインチキじゃないなら良くないか? あれ?
その後も続け様に高射砲の如く飛んで来る触腕による迎撃を逆に次々と迎え撃つ。早乙女さんの腕が足が振るわれる度に巨木の幹にも匹敵する太さの触腕が千切れ飛ぶと、重さ一トンを超える足場岩が殴った反動で二重にブレて見えるほど動き、収納されて消える。
しかし、早乙女さん身体の軸は一切ブレない。どれだけのボディーコントロールを身に着ければ為し得るのか俺には想像すらつかない。
そしてついに早乙女さんの両足はクラーケンの丁度両目の間を捉える。
しかしクラーケンの身体の表面に波紋が立たない。二百メートル以上の高さから重力によって引き下ろされた身体が持つ運動エネルギーによって、その水分量の多そうな身体の上に立つ波の形が見えないのである。
確かに彼の着地点は大きな窪みになっているのだが、窪みの縁の外側に波紋らしきものを俺の目にも捉える事は出来ない。
つまり、力はほぼ真下。クラーケンの身体の両目の奥にある脳へと向かっているという事だ。
着地の衝撃を極限まで減らす事で、身体に掛かったベクトルの方向を分散する事なく目標の一点に絞り込む……口で言うほど簡単な事ではない。俺と早乙女さんとの力量の差を見せつけられるばかりだ。
早乙女さんは位置エネルギーから変換された運動エネルギーがゼロになる直前に、着地時から身体をたわめて蓄えていた力を足元に叩き付ける様に跳躍する。
そして直後、入れ替わる様にして大島が落下による運動エネルギーに己の身体の筋力の全てを削ぎこんだ一撃を着地点に打ち込んだ。
着地の瞬間に大島の足元から湧き上がり押し寄せる物理的な干渉を伴う何か。気合と称して魔術の発動すらも封じる何かが、かつてない巨大な波となる。そして波は空を渡り俺にぶつかった……これはもう、クラーケン駄目かもわからんねと思った。
絶命はしたが脳が完全に破壊されていない証。体表面に斑が浮き出たり消えたりをランダムに繰り返しながら海上に浮かぶクラーケンの上に降り立つと、そのまま大島を問い詰める。
「おい、アレは何だったんだ?」
「何だも何もただの【気】を入れた一撃だろ」
おい、そこで何言ってるんだこいつ? みたいな驚いた顔をするな……ん? 早乙女さん?
「気合を入れた一撃?」
「【気】だ。【気】! 民明書房の本に書いてあるだろう!」
また訳の分からない事を言い出す。
「知らねえよ!」
知りたくも無い。こいつが何を言ってるのか分かったら負けな気がする。
「だから【気】だって言ってるだろう。二週間に渡って腕を回しながら溜めに溜めて打った必殺技的なアレだ。イライラしてそんなことしてる間に相手も殴れよってテレビに向かって叫んで、親父にウルセエ! って怒鳴られるアレだ!」
「本当に知らねえよっ!」
昭和生まれが少年時代に夢中になったモノで例えられても分かるかよ。
「だ、大体【気】って何だよ。何でいきなりオカルト染みたことを──」
「……魔法とか使っておいて、お前がそれを言う?」
大島が心底驚いたとばかりの表情を浮かべている。言われないでも、自分でもそうじゃないかと思いつつも気づかない振りをして、それを誤魔化すために合気道に切れてみせたりもしたというのに……とにかく落ち着いて話を聞こう。
「何でそんなモノを身につけられたんだよ?」
「そりゃあまあ鬼剋流ってのはそういうもんだからだな。【気】の一つも使えずに鬼とは戦えねえだろ」
他人に対して気の一つも使った事が無いくせに! ……いやそうじゃない。もっともな話だがそうじゃない。
「お前、今何て言った? 鬼とか──」
「ああ鬼だ」
「鬼? やっぱりキ印か? キ印なら仕方がない」
残念だが、身体の病気は治せても心の病気を治す魔術は知らないんだよ。
「誰がだ! いるんだ鬼は、実際いるんだよっ!」
何処か必死な響きのあるとはいえ大島の言葉を信じるのは愚かだが、だが嘘を吐いてまで、いい歳したオッサンが「鬼がいるんだ」なんて恥ずかしい事を主張する理由が俺には想像出来ない。そうだとするなら事実かどうかはさておき少なくとも奴は本気で言ってるという事だ。
「マジかよ!?」
【気】だの【鬼】だの、こいつら今更世界観すら変えるつもりなのか?
今までの爽やかな青春学園物……無理があるのは重々承知だ馬鹿野郎! ……がいきなり「鬼畜ヒデエ、ウィキ」や「夢枕立つ」の作品みたいな伝奇アクション物に路線変更する気なのか? 腐女子共によって紫村を軸とする空手部を舞台とした十八禁BL小説シリーズの登場人物にされているだけでも頭痛いのに。本当に頭痛いのにぃぃぃぃっ!
「何をいまさら驚く? 鬼に打ち勝つと書いて鬼剋流だ。いい歳した連中がこの世に存在しない化け物相手に勝つ練習を必死にしている様な頭のおかしな団体だと思っていたのか?」
「あっ、はい」
「あっ、はいじゃねえっ!」
そんな事を言われても、本気でそう思ってたし。
「かなり気持ち悪く、関わり合いになりたくないというのが代々の部員達の偽りの無い気持ちです」
容赦なく事実だけを包み隠さず伝えた。
「お、お前らな!」
「大島! お前は教え子達にどういう指導を──」
「無理無理、そもそも大島と俺達の間には何の信頼関係も無いし、一見上意下達の関係ですがそこには尊敬などという感情を挟む余地は無く、恐怖で縛られているだけなので、大島がいきなりこの世には鬼なるものが実在し、鬼剋流はその鬼と戦うためになどという話しても、表面上は頷きながら、とうとう社会生活が不可能なレベルまで狂ったかくらいにしか思いませんから」
「それは酷いな!」
「子供相手にそんな人間関係しか築けない大人ってどう思います?」
「……マジ最低だな! 道理で、総帥が直接スカウトに行ったら泣いて嫌がったはずだ……なぁ大島?」
「ちっ! 泣いてんじぇねえってんだよ」
「お前は反省しろ!」
「泣いたのは、何で中学を卒業した後も大島に関わらなければならないのかという胸に去来するやるせなさのせいだと……」
本人から聞いたので間違いない。
「ああっ! 全く何でこんな事になってるんだ? 高城ぃっ! お前は入門するよな? するんだろ? な!」
早乙女さんもかなりテンパっている。
「嫌か、嫌じゃないかといえば、積極的に嫌です」
「納得の回答ありがとうな。だがそこを何とか!」
「この件は持ち帰り精査した上で前向きに検討したく」
「それは日本語で言うとNOじゃねえか!」
おっさん、それは英語だよ。
「大体、何で俺達を鬼剋流に引き込もうとしてるんです?」
「……」
早乙女さんは黙して語らず、ただ何か言おうとした大島の脇腹を拳で抉った。
「なるほど。他人様の子供を鬼とやらと戦わせようって心算ですね……人でなし」
「お前のような子供がいるかっ!」
「さぶイボが立つわ!」
こいつら二人とも本当に酷いわ。
「……検討の結果、今回はご縁が無かったという事でオナシャス。今後の皆様のご活躍とご健勝をお祈りいたしております」
「オナシャスって何だ!」
大島、何でも人に尋ねないで自分で調べろ!
「そう言う問題じゃない。奴は完全に心を閉ざしたぞ」
「問題ない。アイツはいつも心を閉ざしているから」
失礼な、まるで俺が精神的に病んでるかのように言うな。
「お前だけにだろ! 前から思ってたけどお前は教師に全く向いてない。教える方も教えられる方も不幸だから辞めろ」
「いえ、大島は何時だって幸せそうですよ。ただ奴の幸せと教えられる側の幸せが反比例しているだけで……勿論、教えられる側の人数の方が多いので世界全体の幸福量は大島によって絶滅の危機ですが」
「大勢の犠牲の上に成り立つ。俺の幸福……最高じゃないか」
「自分勝手な事を言うな! せめて他人のちょっとした不幸を出汁に、この上ない幸せを追求してみせろ」
……早乙女さん、言いたい事は分かるけど、それもかなり最低な発想です。
「なるほど」
納得するな馬鹿野郎! 他人の不幸とは関係無い方法で幸せを見つけろ……どこか遠くでな!
「俺達を引き込まなければならないほど人手不足か?」
「鬼と戦えるようになれる奴はそう多くは無い」
早乙女さんの言葉に俺は一つの答えにたどり着いた。
「……なるほど、つまり早乙女さんは【気】とか【鬼】の話は、現実世界に帰るまで俺に聞かせたくなかった……という事ですね」
「な、何を?」
「だって早乙女さん。大島が【気】について話した時、明らかに動揺したじゃないですか?」
そう俺は、大島が何言ってるんだこいつ? みたいな顔で驚いている時、早乙女さんがしまったとばかりに顔を歪めたのを目にしていた。
「聞かせるべきでは無い話を大島が口にしてしまった。でも何かおかしかったんですよ。強く止めさせたり否定する事もせず、いや出来なかった。それは知られた事以上に、今この場で知られるのが拙かったと言わんばかりで」
「一体何が──」
反論しようとする早乙女さんを手で制す。
「貴方は俺達を鬼剋流に引き入れたい。ならば大島の発言はその妨げになるのでは? そう考えると色々と想像以上に空想の輪が広がり、しかもぴったりとはまり込むんですよ」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取らせて貰いますよ。多分早乙女さんは現実世界に戻り、システムメニューの事を鬼剋流本部に報告したいと考えていた。そして鬼剋流の総力を挙げて我々をスカウトするつもりだった。だから大島が余計な事を口にした後は過剰なほど俺に同調するそぶりを見せた」
「…………」
「さぶイボの件で貴方の本音を聞けて気づけました。本来こういう人だった筈なのに変だとね。そしてどうして大島は、ああまでも迂闊に口を滑らせたのか? という疑問が湧きます。その男は適当でズボラでいい加減な奴ですが、自分の利害に関しては計算高い。つまりあの発言は大島本人にとっては利害関係には無いと判断した上での発言」
「大島?」
驚き見やる早乙女さんに、大島は不敵な笑みを浮かべる。
「部員達にいう事を聞かせさせる事など俺には簡単な──」
「そうそれだよ大島。俺がやっと気づいたお前を絶対に許せない理由がそこにあるんだよ!」
「ほう……」
「お前が学校で女達から心底嫌われている。あれは態とだろ。俺達に女子が近寄らなくするために態とやっているんだろう!」
女二人と、しかもこっそり二股じゃなく公認の上で付き合うというプチハーレム状態で、異世界においても二十四時間で相手が結婚を意識するほど誑し込むという、ジャック・バウワーもびっくりなうらやま……けしからん男だ。
当然、女の扱いに長じていなければ無理な話であり、そんな奴が女から蛇蠍の如く嫌われる? 騙されていた自分が馬鹿過ぎて笑えるほど有り得ない事だ。
「ふん、良く気づいたな正解だ童貞」
つまり、こいつは空手部部員を態と女にモテない状況に追い込み、いざとなったらハニートラップに嵌めて俺達を意のままにするつもりだったという事だ。
そう、俺達に全く女っ気が無かったのは大島の企みのせいだったと……決して、俺達がモテないという訳では無い……絶対に無い……きっと。
とにかくこれは大島はチンポをもいでも許されてしかるべき事案だ……悔しいんだ。女にモテたくて必死な男子中学生を追い込むためだけに、学校では態と女性から嫌われてみせる余裕。そして私生活では複数の女を侍らせる余裕。
悔しくて悔しくて仕方ない。俺達が空しい中学生活を送っているのを陰で笑いながら見ていて、自分はしっかり女とやりたい放題だったなんて。
歴代空手部部員達の無念を思うと……大島を考え得る限り最も残酷な方法で殺した上で、裁判で無罪を勝ち取り世界中から「良くやった」と称賛され、後にノーベル平和賞を受賞したくらいだ。
「とりあえず、二人共こちらの世界に島流し続行&システムメニュー剥奪で」
「おいっ!」
「ウルセエ! 糞野郎。当然の処置だ命あるだけ感謝しろ!」
「大島が、俺も退くくらい糞野郎なのは同意だが、俺までシステムメニュー剥奪かよ!」
「連座制」
俺は無情にもそう告げた。
「れ、連座制?」
「連座も何もあんただって同罪だろ、知ってて俺を止めずに笑ってたんだし」
「てめぇこの!」
暴露した大島に絡むこいつも結局は人でなしなのだった。
「結局あんたも大島の類か、この屑め」
「いや、違うぞ。俺はこいつよりはまだ──」
俺の向ける目が冷たすぎたのだろう。途中で言葉を飲み込んだ。
「俺を騙したよね?」
「何がだ?」
「何が技だ? いや業だ? ただのオカルトじぇねえか!」
「いや違う。【気】を身に付ける前段階としてお前に教えた事は本当に必要だ」
「……話を聞こう」
「【気】は単なる打撃よりもずっと身体の表面へと逃げやすい性質を持つ。だからより多くの【気】を相手の身体の芯へと送り込むにはあの技法が必要になる」
「そうか……でも結局は騙して鬼剋流に引き込むつもりだったのは変わらないから」
冷たい視線を送ると『元』早乙女さんの人でなしがしつこく粘る。
「……鬼剋流には入門するよな?」
「誰がするか馬鹿野郎!」
何故そこまで俺達を鬼剋流に入れたがる? 鬼とは俺達の力まで必要とする相手なのか?
「大体、鬼って何なんだ?」
気になったので聞いてみる。レベルアップ前の大島達が戦えたのなら何とかなるとは思うが……
「お前は鬼と聞いて何を連想するんだ?」
「そりゃあ、角が生えてて──」
「先ず、そのステロタイプは捨てろ」
「……それは親父ギャグか?」
「ば、馬鹿野郎! ただの偶然だ!」
この狼狽っぷり、ただ口を突いて出た言葉が親父逆になって恥ずかしいのだろう……許す。
「『鬼』には対になる言葉がある。それは『悪』だ。『悪』には、単に道徳や法に従わないという意味での悪いという意味以外にも、古くは恐ろしいほどに強いという意味。そして『災い』を意味でも使われていた」
「災い……何を災うと言うんだ?」
「人だ。古来から人に災いをもたらすモノを鬼と呼ぶんだ」
「だから鬼と戦わなければならないと……どうすれば鬼は倒せる。殴れば殺れるのか?」
それなら少なくとも自分と自分の周囲の人間は助けられる……うん、それで十分だ。
世界平和ってのはたった一人ヒーローが世界を背負って戦い勝ち取るモノじゃなく、世界中の一人一人が自分と自分にとって大事な人々を守る事で成し遂げられるものなんだから。
直接的に知り合いじゃなくとも、知り合いの知り合いをたどれば間に五、六人も挟めば世界中の誰とでも繋がるんだから、自分にとって大事な人を尊重するならばその人が大事に思っている人にも手を差し伸べるだろう。
そう考えると世界は驚くほど狭く感じられるはずだ……まあ、それっぽい事を言っただけで嘘なんだけどな。
世の中そんなに簡単なモノじゃねえ事くらい中学生にも分かる。分からない奴は人間を全く理解してない。究極の自己中か馬鹿だのどちらかだ。
「鬼を倒す為の業こそが【気】だ」
何となく予想はついていたが、そうなると俺には倒せない。
「【気】ね……」
「古くは『氣』であり、そして元々は『鬼』、『鬼気』とも呼ぶ。毒を持って毒を制す。鬼を倒し得る業も人もまた鬼だ」
「残念だが力になれそうもないわ。気とやら使えないし。いや本当に残念」
出来ない事は出来ないと割り切るべきだ。特にこいつらに関わる事ではその見切りが大事だ。
「身につけろよ。努力しろよ。諦めるなよ!」
「俺、今時の子供だからそんな風にグイグイ来られるのが嫌い」
俺の拒絶の言葉に、諦め、そして──
「分かった分かった……じゃあ教えてやるよ!」
何をするつもり──「なっ!?」
しまったこの手があったか……【伝心】によるイメージ情報の伝達。気を身体の中で練り上げる感覚。身体の隅々にまで送り出す感覚。そして相手に打ち込む感覚。その全てが情報の奔流となって流れ込んでくる。
マズイ。このままでは【気】を使えるようなってしまう……大島に汚されちゃう!
「どうだ? 【気】を身につけたら、鬼が見えるようになるぞ。そうなった時、人を害する鬼を見過ごす事が出来るのか? なあ高城」
やられた……社会だ。世の中だ。世界だと大きな事を言われれば中学生に頼るなよ関わり合いにならない理屈も見つける事が出来るが、流石に自分の目の前に災いと呼ばれるような存在が現れれば放っておけない。
仕方ない。それに【気】とやらを使ってみたいという気持ちもある……だって拙者、厨二病だもの。
元早乙女さんに目配せすると、無言で頷き返してきた。そして「おい」と大島に声をかけ気を惹いた瞬間、その背後から伸びて来た太い二本の腕が大島に抵抗する暇すら与えず捉えて身動きを封じる。
「よし試してみろ」
その声に俺が頷くと、流石に大島も慌てた様子で「おい、止めろ!」と叫ぶ。
「手加減は期待しないでくれ、何せ初めてだから」
流石に殺す気は無い。先程【伝心】で伝えられた情報の中から、ヤクザ相手に殺さない程度に手加減して打ち込んだ【気】のイメージを頭の中に再現しながら脅す。
「お、憶えてろ!」
【気】を練り上げていく。なるほど、実際の感覚と【伝心】で流し込まれた感覚とではさほど差はない。
これなら問題なく使えそうだし、紫村達に教えるのも簡単だろう。
どうやら空手部の練習メニューは【気】を使える様になる事を前提に作られているようだ。
呼吸法から体重移動。身体中の関節の使い方のすべてが【気】を使いこなす事を前提に作られている様に感じられる。身体の全てが【気】に馴染んでいる。そんな感じがする。
かなり軽く【気】を込め、そして軽めに殴ってみる。拳に伝わる衝撃と一緒に身体の中でうねりを上げる何かが拳の先から迸り、大島の身体へと流れ込んでいく。
大島は、その場に倒れ伏してビクンビクン痙攣し始める……生命の終わりを生々しく感じさせる動きで気持ち悪い。
ともかく【気】が使えるようになってしまったのは間違いないようだ。
「やるじゃないか、良い【気】の流れだったぞ」
いまだ意識不明な大島を他所に切り替えの早い元早乙女さん。
「そりゃあどうも」
あんたから送られてきたイメージ通りにやっただけだが、それが出来るというのも凄い事なんだろう。
「それにしてもこいつは相変わらず防御が下手だな」
「こいつが下手?」
「ああ、下手糞だな。攻撃は最大の防御とか言って攻撃一辺倒の馬鹿だ。だから【気】の防御もこの有様だ……確かに攻撃だけなら鬼剋流でも一番かもしれん。なまじ攻撃に自信があるせいで一向に改める素振りすら見せねえ」
肩をすくめる元早乙女さんだが、はっきり言って大島は防御においても俺から見れば「神技の域に達してるんじゃねえ?」というレベルなんだけど……どれだけこいつらの要求レベルが高いのか想像がつかない。
この二人や幹部の井上を除けば、俺の知る鬼剋流のレベルはそれほど高くないと思うのだが……
「それから、鬼相手ならともかく人間相手に使うなら、今の十分の一……いやもっと抑えておけ、殺す気ならともかくな」
「じゃあ、大島は?」
「大丈夫だ。一応防ぎはしていたからな……ああなりたくなかったら、お前もある程度の【気】は防げるようになっておけよ」
確かに【伝心】で送り込まれたイメージの中には防御の時の【気】の使い方もあった。相手の攻撃に対してピンポイントで【気】を集中して防ぐのだが……
「この馬鹿は、防御の時に【気】を集中が甘いから、普通の打撃ならともかく練り上げられた【気】にはこの有様だ」
初心者の加減した【気】の攻撃を受けての有様だとすると本当に防御は甘いのだろう。
「だが流石に全力はやめろよ。曲がりなりにも【気】の使い手のこいつだからこそ生きてるが、普通なら本当に死ぬからな」
「いや、そっちが送り付けた殺さないで無力化するイメージでやったぞ」
「……あっ」
取り返しのつかない大事な事を忘れてていたと言わんばかりに大袈裟に顔を歪める。
「な、何だよ?」
思わず不安を掻き立てられる。
「レベルアップすると【気】も強化されるんだった。こっちに来てから人間を相手にした事ねえから、お前に送ったイメージは……」
その言葉にシステムメニューを開いてパラメーターを確認すると一番下に【気】という項目が追加されていた。
そしてその強化係数は……「わおっ!」
システムメニューを解除して、時間停止を伴わないオリジナルではないシステムメニュー保持者が使う簡易版のステータスウィンドウを出して元早乙女さんの方へと飛ばす。
それを覗き込み、記された素敵な数字を見た彼の反応もまた……「わおっ!」だった。
「大島っ!」
既に痙攣をすら止めた大島に駆け寄り、地面に膝を突いて──地面に指先で記された「SAOTOME TAKAGI
」という大島のダイイングメッセージを見つけて片手で払い飛ばしてから抱き起す。
「大島。死ぬな! 死ぬんじゃねえ!」
その姿に、クラスの女子の間で爪弾きにされている女子が転校するとHRで聞かされ、突如涙する女子達に感じた様な、背筋がゾッとするおぞましさを覚えた。
可能な限りの処置を行い、何とか大島は息を吹き返した。流石光属性レベルⅥの【真傷癒】は強力だった。
「まあ現実世界に戻ったなら、存分にその力を鬼相手に振るうんだな。お前の活躍を期待してるぞ」
まるで既定事項の様に、凶相に笑顔を湛えて俺の肩を叩く。
しかし、俺にはまだ逃れる方法が残っていた。
「その鬼って奴は、昼間から出てくるのか?」
「ん? いや普通は夜だな……」
「それで出没するのは住宅街?」
「そんな場所には……あれ?」
やっと気づいたか。
「どうせ繁華街とかに出るんだろ? 残念だが、夜は結構早くに寝るしほとんど出歩く事も無い。何せ品行方正な中学生だし」
「けっ! 何が品行方正だ。日本語を舐めるな!」
吐き捨てられる様な事は言ってないぞ。早寝早起き、無遅刻無欠席、文武両道……俺ってもしかして天使じゃない? と思うくらい品行方正だろう。
「大体、どうしてあんたらがそんな事に必死になってるんだよ? おかしいだろ? ただの粗暴で空手キチガイのあんたらが何でそんな正義の味方みたいな真似してるんだよ? どう考えたって悪党の側の癖に!」
「じ、人類愛?」
「疑問に思うなら口にするな! ……金の匂いがするな」
「何を言うんだ?」
「その反応で分かった。間違いなく金だ」
犯人はこの中に居る! くらいの確信をもって断言する。
「そんなわけないだろ。何で鬼を倒して金になるんだ?」
「知った事か、とにかく金だな」
「馬鹿な事を……」
「金にならないとして、普通の人間が鬼なんて知らないという事は感謝されることも無い」
「ボランティアだ。非営利活動、NPO活動って奴だ」
自分の面を見て言え、そんな玉かよ。
「まあ、自分より強い奴に会いに行くとか訳の分からない目的意識があったとしてもだ、それなら自分達が勝手に好きなだけ戦えばいいだけなのに、俺達にも強要しようとする……つまり金だ。金以外ありえない! 大島の命を懸けても良い」
「そんなもんに価値があるか!」
酷い事を言った俺へ、もっと酷い言葉が返って来た。
「じゃあ、どこから金が出るかという話をしよう……国だな」
まだ何か言いたそうなのを無視して結論を告げる。
「な、なんでそうなる」
確信という訳ではない。ただ思い当たるのが他に無かっただけだが、あえて自信満々にかましたはったりは図星だった様で、明らかに狼狽えている。
そして動揺を面に出してしまった事に気づいて諦めの苦笑いを浮かべている。
「害獣駆除と考えると金を出すのは行政と決まってる。鬼剋流が細々とだが一応全国規模で活動している事を考えると地方じゃなく国だろ」
「細々は余計だ! だいたい害獣と一緒にすんなよ!」
「同じ駆除対象だろ。結局は駆除し易いかし辛いかの違いだけだ」
「違い過ぎるわ!」
「……駆除対象である事は否定しないんだな」
「今更誤魔化して何とかなるのか?」
「つまり、鬼剋流ってのは政府のひも付きって事だな。意外だなアウトロー気取りの大島とその仲間達が政府の犬か……似合わねえな」
「……お前、大島はお前の学校の教師、公務員だぞ」
「こ、公務員……」
その言葉に、俺は驚きに目を見開いているだろう。口元を覆う左手が震えていやがる。大島が父さんと同じ公僕である事を思い出し、その事実に背筋が凍る。
「まあ良いか、確かにお前が察したとおりに鬼剋流には後ろ盾が存在する」
「だろうな、経営センスも無い脳筋が力ずくで強引かつ適当にやってる流派にしては規模がデカい。門下生からの月謝以外に収入が無ければ立ちいかないだろう」
はっきり言って、前に粛清を喰らった某支部長の方が武道家としてや指導者としてはともかく経営者としては正解だったしな。
「テメェ! そこまで分かっていって──」
「所轄官庁は警察……が怪しいが、違うな」
一瞬の表情の変化から感じ取った。これが大島ならおくびにも出さなかっただろう。
「……そういえば、鬼を払うと言えば陰陽寮」
「馬鹿が、それはお伽噺の類だ。陰陽師の仕事の主な仕事は暦で、追儺は大舎人だが、ただの儀式。実際に鬼を払うは北面、西面、滝口などの武士だ」
「なるほど、つまり皇室……宮内庁ってことか」
そんな予算がどうやってつくのか分からんが、嘗て早乙女さんと呼んだ男の顔を見れば的を射たと確信出来た。
「ふ~ん、当たりか」
「ぐっ、だがそれを知った以上は──」
「ネットにセンセーショナルかつショッキングなタグをつけて流出されたくなかったら、俺達をお前等の仲間に引き入れようなんて下らない事は考えるなよ」
大勢の目を惹くようにして流出してしまったデータを削除する方法なんてあの中国国内ですら無い。
「逆に脅すのかよっ!!」
「脅されたくなければ少しは考えろよ。こちらには情報を流出させる意味なんて報復以外には無い。逆にお前らは情報流出で宮内庁と手切れになったら鬼剋流終了だろう。俺達を鬼剋流を含めお前達の仲間に引き入れないと誓うなら二人とも現実世界に戻してやるから、精々好きなだけ鬼退治に励むんだな」
ちなみに光属性レベルⅦには【誓約】と言う魔術が存在する。ミーアが使った商人達の間で交わされる誓約とは違い。破った場合には直接的な罰則を自動的に己の手で下す事になる呪いの様なものだ。光属性と言うよりも闇属性っぽく【呪】とか【呪縛】とすれば同じ効果で闇属性にぴったりな魔術だと思う。
これを使えば問題はないだろう。
「先ず条件は、既に入門している者以外の空手部関係者を鬼剋流への入門。および鬼剋流関係者の仲間にしない。これを破った場合は……そうだなアンタら二人主演で本番ホモビデオ撮ってネット流出だな」
「おぞましい事を言うな!」
「鬼かお前は!」
「別に破らなければ良いんだ。最初は自分の竿と両方の玉を切り落として料理して自分で食べて貰おうと思ったけど、ほら欠損を回復する魔術があるから意味ねえなと思ってさ」
「ちゅ、中学生の発想じゃねえ! 大島お前はどういう教育を施してきたんだ?」
「……割とあんな感じだな」
無言で大島を殴る早乙女さんの偽物。大島も「碌でも無い先輩の教育が悪かったんだろう!」と殴り返す。
類は友を呼ぶ、割れ鍋に綴じ蓋……三つ子の魂百までもが混ざっているような気がする。
結局二人は俺との【誓約】に応じた。いや応じさせた。
「最初から約束を守る気が無いなら。俺はあんたらをこっちに島流しでも良いんだぞ」と脅したのが決定打となった。
二人は俺以外のシステムメニュー保持者を引き合いに出すが、誰がこんな危険人物を野に放とうと思うだろうか?
それにこの二人に出来る交渉手段など力づくのみだが、結局現実世界に帰るには相手に収納されなければならないので使う事が出来ないので無理だと指摘すると苦虫を噛んだかの様に顔を顰め、低い声で唸るだけだった。
「先程の条件だけど、俺達が鬼剋流に入門したいと言い出しても、阻止しなければホモAVデビューだからな」
目的を達したので親切にも俺は教えて上げた。
鬼剋流への入門。および鬼剋流関係者の仲間にしないとは、そういう意味になる。
二人は自分達が直接勧誘しなければ問題無いと勝手に勘違いし、俺の事を「まだまだ甘い」と侮っていたようだが、それは誘いだ。
如何に【誓約】といえども、対象外の人間の行動を縛る事など出来るはずもない……そんな事が出来たら世界を支配出来てしまう。
つまりこの二人だけではなく、鬼剋流からのアプローチへの壁も必要であり、この【誓約】によって二人はその役目を果たさなければならない状況に陥ったのだ。
まさに神算鬼謀。二人は希望(キボウ)を無くし辛酸(シンサン)を嘗めるのだ…………今の無し。
------------------------------------------------------------------------------------------------
>しかも軍隊の「サー、イエッサー、ノーサー」的なヤツで……
軍曹「お前はスカート履いたオカマちゃんか」
新兵「ノーサー!」
軍曹「貴様が俺に向かってカエルの如くグェグェと鳴く時は、頭とケツに必ずサーを付けろ。福原愛の様にな! 分かったか?」
新兵「サー、イエッサー!」
軍曹「分かったかと聞かれたらアイアイサーだ。貴様言葉も満足に喋れないのか? まあ良い、それで貴様はオカマなのか?」
新兵「サー、ノーサー!」
軍曹「貴様が如き、蛆虫以下の分際で俺の意見にノーを突き付けるとは死ぬ気か? 好物は犬の糞かと尋ねても貴様がまず口にするのはイエスだ。分かったか?」
新兵「サー、アイアイサー!」
軍曹「さっさとお前がオカマかどうか答えろ」
新兵「サー、イエッサー……?」
軍曹「つまり貴様はオカマか? オカマが軍内でオカマ天国でも作るつもりか!」
新兵「い、いえ、自分はオカマではありません」
軍曹「だったら、お前が答えるべき言葉は、サー、イエッサー、ノーサーだ! 分かったか」
新兵「サー、アイアイサー!」
こんな風な件を何かで見た時、コントだな~と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます