挿話6
「本日は休校となりましたが、彼等の処分は決定という事で構いませんね」
朝の事件で学校は急遽休校となったが、教員が休みになる事は無く、職員室で今後の対策を会議していたが、最後にこの場を取り仕切る三年の国語科主任の小野が嬉しそうに笑みを浮かべながら集まった周囲の教師達に確認を取る。
「何故そうなるのか理解出来ません。休校となった以上は、彼等に確認のためのテストを受けさせるなら後日というのが筋だと思います? それに最終決定は教頭先生がお決めになるべきです」
事件に関して確認等で教育委員会に呼び出されている教頭抜きで、話を進める小野の勝手な言い分に数学の北條が怒りを滲ませて抗議する。
「休校かどうかは今回の処分には関係ありません。そもそもテストをするのは我々教師からの温情ですからね」
小野の言葉に、北條は怒りを鎮めるように、目を瞑り一度大きく深呼吸をしてから目を開くが、その瞳には怒りの炎が宿っていた。
「温情? 一方的に思い込みだけで生徒に疑いを掛けるという教師としてあるまじき振る舞いをして、それを証明する機会を与えて貰うという温情をかけて貰ったのは小野先生の方だと私は認識していますが?」
「何ですって?」
「相手に疑いを掛けた側が、疑惑が事実であることを示す証拠を提示する。これが法の原則です。あなたは何の証拠があって生徒を疑い処分しようとしているんですか?」
隙の無い正論でグイグイと相手を締め上げていく。理系特有の非情な所業であり、理性が乏しく理屈よりも感情を優先させる馬鹿を暴発させかねない危険な行為である。
「アイツらが満点を取る。それ自体が不正の証拠として十分でしょう?」
一方、辛うじて怒りを堪える事に成功した小野だが、自分の言ってる事が何の証拠にもならない事が分からないあたり実にお花畑な国語教師に相応しい。
「ああ、口を挟んで申し訳ないのですが、何故生徒が満点を取った事を問題視するんですかね?」
理科の池永が無表情にすっとぼけた口調で割って入る。
彼は顔面神経痛を患っていて、顔の半分に軽い麻痺があり、感情を面に出すと左右で表情が変わってしまうので常に無表情を保つ為に、普通なら鉄仮面などと揶揄されそうなものだが、意外に生徒達かあの人気が高い
。
ちなみに生徒達はそんな彼を笑わせる事に血道を上げており、授業中、珠玉のギャグをぶち込んで笑わせようとするのだが、大抵は無表情のまま鼻で笑い、宿題を課せられる。
しかし難攻不落と呼ばれる彼にも数年に一度の割合でギャグを笑いのツボにねじ込まれて「自習」と一言告げて教室を出ていく事がある。
その両手で顔を覆って逃げるように立ち去る姿が、先輩にラブレターを渡し、恥ずかしそうに真っ赤になった顔を両手で隠して逃げる昭和のドラマのヒロインの様で、数人の少年少女に「池永萌ぇ~」と言わせたとか言わせなかったとか……おっさんなのに。
そして十数分後にいつも通りの無表情で戻って来て「失礼。笑って来た」と告げただけで、何事もなかったかの様に何時もの無表情で再開した授業を淡々と進めるのであった。
ちなみに、今までは再現のスパンが長すぎて三年間しか学校にいられない生徒達には傾向と対策すら立てられなかったのだが、前年度に一年間に二回も池永を笑わせる事に成功したクラスがあり、奇跡と称賛された一方で「唐突にぶっこまれるナンセンス系のギャグに弱い」という攻略の足掛かりが出来たために、最近はかなり追い込まれているようだった。
「何を言ってるんですか? 満点というのはそう簡単に取らせて良いものでは──」
「それは認識の違いと呼ぶよりは考え方自体が違うと言うべきでしょうね」
「何がですか?」
独特なスローテンポで話の流れを遮る池永に、苛立ちの表情を隠し切れなくなった小野。
「私は生徒がしっかり授業を聞いて、予習・復習をきちんとすれば満点を取れるように問題を作ってるので、全ての生徒が満点を取れない現実に、自分の指導力の無さを嘆いているくらいでしてね」
実際の処、理科の点数は他の教科よりも平均点は低いくらいだった。最近の子供の理系離れは憂慮するべきである。
「そんな中でも空手部の部員達は一所懸命と……というよりも必死、いや悲壮といった感じで授業に集中しているので成績は良いですよ。三年の連中もそれぞれが今まで満点を取った事は一度や二度ではないですからね……北条先生、数学もそうですよね?」
「はい。数学に関しては授業態度、テストの成績共に文句の付けどころは無いと思います」
「そういう事なら社会もそうですね」
社会科の奥田もこの流れに乗って来た。基本的に教科書の中のポイントになる部分だけを暗記すれば点数を取れる社会科は、地理も歴史も空手部員達にとっては大好物だった。
「主要五教科の中で彼らの成績が、理数と社会に比べて良くないのは英語と国語ですね」
「英語は授業時間だけでは足りませんからね、しっかり予習復習して貰わないと……まあ、授業態度だけなら満点なんですけどね」
高城をはじめとした空手部員達からの評判がよろしくない英語教師の堂島も同調する。高城達に対して理解がある訳では無く単に小野の古いやり方に嫌悪感を抱いていたためだ。
「つまりはこういう事です。彼等を処分したいというのなら小野先生個人の責任でどうぞとしか言いようがありませんね……ただし、必ずこの件は問題になると思いますから、私は関わり合いになるのは御免ですよ」
別名サラリーマン先生とも呼ばれる池永は、良くも悪くも粘質な教師特有の感情を生徒にも学校に対しても持ち合わせてはいなかった。
「今更裏切る気ですか?」
「裏切るも何も、私は別段、小野先生の味方というわけじゃないでしょう。ただ同僚として最低限、新たな問題を作るまでは馬鹿々々しいと思いながらも付き合っただけで、むしろ感謝して欲しいくらいですね。これ以上話が無いようなので私は、中止になった授業の対応作業があるのでこれで失礼しますよ」
口元の以外の表情筋の一筋すら動かす事無く淡々と告げて立ち去る池永の背中へ小野は憎しみの目を向ける。
「そうそう小野先生。貴方の作る国語の試験問題は生徒からとても評判が悪いですよ」
廊下で足を止めて扉越しに振り返ると、思い出したかのように胸を抉る一撃を放った。
「なっ! ……」
「理解も共感も出来なければ、教科書にすら載ってなければあなた独自の作者論なんて自分の人生に全く意味が無いのに、それを憶えて解答用紙に書かないと点数が貰えないのは理不尽だと言ってましたよ」
「どいつがそんな事を!」
ちなみに以前、国語テストで『この波線部の主人公に対する作者の心情を三十文字以内に記せ』という問いに『文学で食えねえ文学崩れ如きが俺の私生活を詰り心情を捏造って身の程知らずwwwwwwwwww』と元々三十文字制限を超えている上に大量に生やした草で回答欄の枠をぶち抜き、小野を激怒させたのは高城である事を踏まえると、誰が犯人かなど考えるまでも無い。
高城にとっては小野の持論を無視した上で自らの考えを記述した回答を、意味不明な理由で不正解にされ続けた事に対する逆襲である。
どっちもどっちとも言えるが立場と年齢を考えるなら酷さは小野に軍配が上がるだろう。
高城に付けられた傷口に塩を塗り込まれた形になった小野は激怒したが、池永は全く意に介さない。
「どいつがと言うより皆が思っている事でしょう。私自身は文学なんてものは人それぞれに解釈があって当然だと思いますし、そもそも人それぞれに解釈があるの様なものは学問ではなく趣味でやるべきだと思っています……では失礼します」
そうメガトン級の爆弾を落とすと池永はぴしゃりと扉を閉めた。
「では僕もこれで」
「わ、私も失礼します」
「それでは今日も一日頑張りましょう」
北條を含む他の三人はもそそくさと職員室を立ち去ったのだった。
……誰かが叫んで暴れようが以下省略。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます