第98話

『高城君。蘇生とか死者復活、その辺りの魔術は憶えられたのかな?』

『……レベルⅦに【反魂】ってのがあって、確かに死んだ者の魂を肉体に呼び戻すという効果があるんだけど……闇属性なんだよ』

 流石にこれには俺も苦笑い。

『よし諦めよう!』

 櫛木田はあっさりとそう告げる。

 気持ちは分かる。大島が復活するだけでも色々と嫌な予感しかしないのに、闇属性で禍々しいクリーチャーとなって復活した大島など人類にとって脅威としか考えられない。


『これからも頑張れば、光属性で死者復活の魔術が憶えられるかもしれないぞ』

『光属性じゃ大島自身が消滅するかもな』

『それ良いな』

『田村もたまには上手い事言うな』

 盛大に大島を弄り笑っているが、いつどこから大島にこの会話が知られないと思わない警戒心の薄さが心配だ。


『FAQで調べて見た限りでは問題はなさそうですね。万一問題があればもう一度生命活動を休止して貰いましょう』

 師を師とも思った事の無い俺達の中でも、一際非情な意見が紫村から飛び出す……それ採用! 採用させた大島に問題があるんだよ。

 香藤を含めて全員が賛成に回った。


 ハイクラーケン討伐で、俺以外は紫村と香藤がレベル百十九。家族が九十代半ば。そして三馬鹿が八十代半ばと思ったよりも三人のレベルの上がり方が鈍い。

 どうやら、パーティー内でも順番があるようで先に加入したメンバーのレベルが上がり易いようだ。



 クラーケンの回収をする前に解体しておく必要があった。

 いくらミーアの店の解体場でもハイクラーケンを【所持アイテム】内から取り出させるスペースが無いからだ。

 目の目の間に突き刺さった巨大樹はそのままにしておき、先ずは足の先から十メートルほどの間隔で切り落としていく。

 切る方法は巨大樹を伐採した時の方法と同じ広い布を【装備】を使って切断した。

 しかし足以外は手が付けられなかった。外套膜が分厚過ぎて内臓を傷つけない様に切り出す事は無理だったのミーアに相談する必要があった。


 作業を終えたが流石に【所持アイテム】内を整理して、要らないものを処分しなけば入る余裕はないと思っていたがあっさりと【収納】出来てしまった。


『一体、どれだけ収納出来るんだ?』

 俺の【所持アイテム】の容量にひきつった顔で尋ねる兄貴に『知らないよ。一度胴体を出すから自分で収納してみれば?』と言って出したら、何の問題も無く兄貴は【収納】を成功させてしまい。本人は驚きの余り海に落ちて溺れた。


『な、何なんだこれは?』

 兄貴の成功に俺も混乱している。俺が成功したのは単純に百七十七という高レベルでかつオリジナルのシステムメニューだと考える事が出来た。

 しかし兄貴の成功でそれが完全崩壊した。

 容量が無限じゃないのは、システムメニューのバージョンアップ時に容量が増えたとアナウンスされたので知っているが、有限にしても容量があり過ぎる。

『もしかして、僕もあのハイクラーケンを一匹丸々収納することが出来るんでしょうか?』

 兄貴が体積のほとんどを占める胴体部分を収納出来たのだから、香藤は問題なく成功するだろう……意味わからねえよ。そんな容量は何のためにあるんだよ? ……いや、何かの理由があるのだろう。きっとろくでもない理由が……怖い。その理由を知るのが怖い……一生知りたくない……

『高城君。気持ちは分かるけど現実逃避しないで欲しい……するなら是非とも僕も連れて行ってよ!』

 いかん、柴村さえも混乱している。つまり全員混乱していた……溺れて正気に返った兄貴以外は。



 取りあえずミーアの店こと『道具屋 グラストの店』を呼び出す。

 ハイクラーケンの部位の取捨選択はミーアの力を借りなければ出来る事ではない。


「本当に討伐したんですね?」

 別に俺の話を疑っているという訳ではないのは分かる。現実を受け入れたくないのだろう。

「それでハイクラーケンの部位ごとにどう処分すべきか教えて欲しい」

「……はい、わかりました」

 魂の抜けたようなミーアはそれほど怖くは無い。どんなに美人でも所詮は素では大した事は無い。

 他人の魂を虜にするのは生きた表情だろう。


「一番貴重なのは嘴です。これは龍の角をも超える価値があります。何しろ大きいので……身体全体の価値の七割は嘴となっています。次に価値が高いのは内臓です。各種薬の原料として用いられます……これが全体の約二割。そして残りの身体の部位が約一割の価値となります」

「じゃあ嘴と内臓以外は、試しに食べる分を除いて捨てよう。こんなの食い切れないし無駄だ。海にばら撒いて撒き餌にして集まって来た水龍を一網打尽にしよう」

「待って! お願いだから待ってぇェェッ! それを捨てるなんてトンデモナイなのよ。ハイクラーケンの価値の一割って凄いのよ。物凄いんだから!」

 ミーアのキャラ崩壊が激しい。それから「それを捨てるなんてトンデモナイ」は間違いなく、システムメニューの翻訳機能のせいだろう。


「ちなみに口の部分は絶対に売らないからな」

「そこは一番の珍味じゃないですか」

 タコやイカの嘴はトンビガラスと呼ばれている。上顎と下顎の嘴が形状が違っていて、一方がカラスの嘴に似ていてもう一方が鳶の嘴に似ている為にセットでそう名付けられて、更に嘴を包む球状の口である筋肉組織全体がトンビガラスと呼ばれている。

 俺はそのコリコリとした食感のイカのトンビガラスがエンペラと並んで好きだったのだが、母方の実家である北海道の長家で食べたミズダコの直径五センチを超えるトンビガラスを半分に切って嘴を取り除いたのを食べてハマったので、ハイクラーケンのトンビガラスも売り渡す気はない。

「せ、せめて試食を……試食をさせてください」

 この食いしん坊エロフが、だが俺の答えは「イ・ヤ・ダ!」の一言だった……後にハイクラーケンのトンビガラスを実際に自分の目で確認して「ごめんな、大人げなかったよ俺。みんなで食べよう」と頭を下げる事になった。

 勿論、独り占めにしようと考えた自分の浅ましさを悔いた訳ではない……直径二十メートルを優に超えるトンビガラスを持て余したのだ……五メートル位なら間違いなく独占しただろう。



「後ほど必ず場所と設備を用意するので、捨てないで下さい。本当にお願いします」

 流石に胴体部分を解体して、内臓を回収する場所も設備も無かったので、今日は足を解体するとことになった。

 俺としは頭の部分に当たる胴体と足に挟まれた場所。目玉付近の部分はタコ軟骨と呼ばれる場所もかなり好きなので早く解体を行えるようになって欲しかった。

 足の大半はミーアに売るつもりだが、一本や二本くらいなら【所持アイテム】内にキープしても良いだろう。


「だけど、ハイクラーケンなんて龍よりもずっと討伐が難しいのに、そんなのを売りに出して問題にならないのか?」

「それなら問題はあませんわ。確かにハイクラーケンどころかクラーケンの討伐さえ、英雄譚として長く語り継がれるべき快挙なのですが、クラーケンやハイクラーケンの死体が海岸に打ち上げられる事は少なくない上に、死んでも身体の組織自体はかなり長い時間生き続けるので食べられる鮮度を持った死体も数年に一度程度は打ち上げられます」

 なるほど。そしてミーアは精神的に回復してきている……一生心にダメージを負っていて欲しい。


「これで久しぶりにクラーケンステーキが食べられますわ」

「クラーケンステーキ?」

「クラーケンの身はしっかりと火を通すと、硬くなってしまい、一口大に切らないと食べられないのですが、一度干物にしてから灰汁を入れた水で戻すと、柔らかくなり独特の食感となるのです……思い出すだけでたまりませんわ」

 ……想像しただけ口の中に唾液がドクドクと分泌されるのが分かる。



 少し遅めの昼飯はクラーケンシャブだった。

 タコシャブとの最大の違いは、薄切りにした具材の圧倒的な面積。

 ハガキサイズの薄く切り出したクラーケン肉をだし汁に潜らせて食べるとタコでもイカでもない濃厚な旨味と、細く密集した筋肉繊維は薄く断ち切られているので口の中でほろりと解けていく食感が心地よくすら感じる。


『とても美味しいです。クラーケンの肉をここまで薄く切る技術。そしてそれをスープの中で短時間で加熱するという調理法、しかも熱の入れ加減は食べる者が自分の好みに合わせることが出来るというスタイル。全てが斬新ですわ』

 そう絶賛しながら橋が止まらない。そして頬張りながらも全く普通に話し続けるその技能に恐怖すら覚えた。




「田村。大島を復活させるから例のクローゼットを取り出してくれ」

「……何故そんなものをいきなり?」

 そう尋ねてくる田村の顔には、早くも嫌な予感に油っぽい汗が浮かんでいるようだった。

「お前の想像通りだよ」

「ま、まさかお前は、そんなものを俺に?」

「これは紫村や香籐も知ってる事だからな」

 速攻で仲間を売った。


「主将!」

 香籐は焦って突っ込んでくるが、紫村はこうなる事を初めからわかっていたかのように涼しい顔だ。

「お前等憶えておけよ!」

 田村が涙目でクローゼットを取り出して、扉を開くとその場で膝から崩れ落ちる。

「鈴中までもかよ……」


「隆。鈴中って例の失踪したという学校の先生のことか?」

 流石に父さんも驚いている。

「そうだよ」

「どうしてその死体が?」

「こいつは女子生徒をレイプして、それを録画して脅した上に覚醒剤漬けにしてたんだよ。しかも十六人もね」

「そんな……それで隆が?」

「……そうだよ。俺が始末したんだ」

 西村 薫の事をこの場で口にする気はない。


「……嘘ね。隆が嘘を吐く時に顔に出る癖くらい母さんお見通しよ」

 嘘を吐く時の癖? そんなものがあったのか? 今まで全く気付かなかった。そこに痕跡がある事を確かめるように無意識の内に自分の顔に触れてしまう。


「そう、それが嘘を吐いていた証拠ね」

 してやったりといった顔をする母さん。つまりカマをかけられて引っかかったって言う訳だ。

「主将が鈴中を殺すはずないじゃないですか」

「じゃあ香籐。高城が殺していないという事はどういう事なんだ?」

「それは覚醒剤の売買のトラブルで──」

 俺は首を横に振り「櫛木田。お前の知った事ではない」と言い放った。


「つまり、気安く口外する内容じゃない。そしてお前が庇おうとする相手……つまり奴の被害者の一人だな」

「分かってるなら口にするな馬鹿野郎!」

 顔面を貫通せんばかりの勢いで蹴ったのは仕方がないというかむしろ良くやった俺と褒めるべきだろう。


「高城。それって……?」

「こいつの餌食になっていた女子生徒の一人が、呼び出されたこいつの部屋で、トイレで用を足している所を背後からガツンと殴られてあの世行きだよ……一日早かったら俺の手で殺してやれたのに」

「隆……その事は警察には?」

「知られてないはずだよ。奴の死体を含めて部屋の一切合切を全部収納し、血痕や指紋などを全て消し去ったよ。死体が無いなら殺人事件も無い。ミステリーのネタにもならないでしょ? 警察も単に失踪。今はそれこそ覚醒剤取引のトラブルの線で捜査してるかもね」


「彼女達のアフターケアはどうしたの?」

「【中解毒】を使って薬物だけは完全に取り除いたけど、精神的依存については不明だよ、でも薬からの離脱を【中解毒】で済ませたから、離脱時に感じるはずの強い苦しみが無かったから、精神的依存も最低限に済んでいるはずだよ。でもね俺が覚醒剤の事に気づいた時には既に何人かの被害者には薬が切れた禁断症状が出ていたから……はっきり言ってこのままで完全にクスリからの離脱が出来るかは分からないんだ」

「定期的に状況を把握する必要があるわね」

「今は、マップ機能で彼女達の健康状態をモニターしているから問題は無いと思う」

「そう……でもたまに直接確認してあげて」

「分かったよ」

「それで、この屑を殺してしまった女の子へのフォローは如何したの?」

 鈴中の死体に目をやり「この屑」と言い放った母さんの顔は怖かった……父さんが「ひっ!」と短く悲鳴を上げるほど怖かった。

「彼女には、俺が発見した時は鈴中はまだ生きていて、その後に俺が処分し、この件自体が表沙汰にならない様にしたと伝えてあるよ」


「そう。それなら問題はなさそうね……それでコレの事はどうするつもりなの?」

「こいつを蘇らせる気は無いよ。例えこの世界に島流し状態にしたとしても、こいつはこの世界でも周囲に不幸をばら撒く。このまま海にでも投げ込んで魚のエサにするのが一番だよ」

「生きて償うなんてタイプじゃないわよね」

「自分を省みる事の出来る性格なら、教え子をレイプして脅迫して薬漬けなんて事を十六回も繰り返すはずが無いよ。それにあいつはサディストだよ彼女達を支配し、傷つける事に喜びすら感じているんだよ」

 彼女たちが取られたレイプ映像は、鈴中の処分が決定してからどうするか決める予定だったが、さっさと死体と一緒に処分したいのが本音だ。


「ところで被害者の女の子達へのケアは魔法や魔術では何とか出来ないの?」

「闇属性Ⅳレベルに【忘却】という魔術があって、確かに選択的な記憶の消去は可能だけど、必ず記憶の欠損が出来るよ、しかも単に忘れたなんて言えないほど完全に消えてしまう。そして初期の被害者は数年に渡る長い期間に長時間の記憶の欠落を三桁の単位で一生抱え込む事になるんだ……それは彼女達にとって幸せだとは俺は思えない」

「そうね、そんなに簡単な話じゃなかったわね」

「それじゃあ、可愛い子猫の動画でその欠落を埋めるのは? 癒されほっこ利するかもしれないよ」

「大。お母さんは大切な話を真剣にしているの……分かるわよね? 分からないならお母さんは少し考え直す必要がるみたいなんだけど、例えば貴方が必死に学んだ勉強の記憶を消すとかどう? もしかしたら新鮮な気持ちで勉強出来て嬉しいと思ってくれるのかしら?」

 母さんが兄貴の胸倉を掴み上げて前後に振る。そんなに揺らしたら赤べこの頸だって取れると不安になる前に俺は閃いた。


「……それだ母さん! 彼女達の中の覚醒剤使用時に感じた快楽だけを選択的に消せば良いんだよ」

 そうすれば、少なくとも覚醒剤の影響からは完全に脱することが出来るはずだ。

「禁断症状の時の苦痛も消してあげて欲しいけど出来る?」

「快楽だけを消せるなら、苦痛も消す事は出来ると思う。だけど催眠術の誘導法など心理学の知識が無いと出来ないよ」

「それは私が調べておくわ」




 鈴中のパソコンを取り出して地面の上に置き、上空からパソコン目がけて足場岩を三千メートルからの自由落下と同じ運動エネルギーを与えて【射出】する。

 衝撃で厚さ三ミリメートル以下まで圧縮されたそれを掴み上げて、全身を使って円盤投げで飛ばすと、鈴中の家から回収した家電や家具を連続で射出してバラバラに吹っ飛ばす。


 そして最後に鈴中の死体を崖の上から蹴り飛ばして不法海洋投棄しようとする──

「せめて焼却処分してから捨てろよ」

「こんな生ごみそのまま捨てたらこの世界が汚されるだろう」

 ──叱られただと? だが俺は気にしない、最後の一転がり分の蹴りを入れると「こんな汚物を投棄して本当に申し訳ない!」とちっとも悪いとは思わないで叫んだ。



「それでどちらから先に復活させる?」

「早乙女さんだろ」

 櫛木田は断言する。

「そうだな、早乙女の旦那を先に復活させて事情を話して協力を頼めば良いだろ」

 俺達の中で一番早乙女さんと親しい伴尾がそう提案する。


「まあ、話が通じる相手だしな」

「お前等勘違いしてるけど、根本的な部分で早乙女さんは大島の同類だぞ」

「……分かってる。分かってるけど言うな! 俺にとっては唯一の癒し系なんだから」

 伴尾、お前ぇ……

「何を悪人面の髭のオッサンに癒しを感じてるんだ?」

「だって、合宿で俺が限界に達して……それでも大島は……そんな時に早乙女の旦那は『大島。お前が焦りすぎているのと違うか? 部員の子等はみんなちゃんとやってるぞ』って言ってくれたんだ。だから俺はそれまで以上に頑張る事が出来たんだ」

 お前、それって──

「伴尾君。それは大島先生が鞭役で、早乙女さんが飴役を上手い事演じているようにしか思えないんだけど」

「え゛っ?」

「だって、それで少しでも練習が緩くなったりした訳じゃないよね?」

「……いや、それは、俺が奮起したから……むしろきつくなった様な……」


 結局、大島を先に復活させる事にした。早乙女さんを先に復活させてから大島を復活させると、彼が大島に同調して敵が二人になるためだ。

 先に大島を復活させて奴が敵対した場合は、各個撃破が可能となる。


 足場のしっかりした開けた場所の中心に集めて来た砕石や倒木の類を置いてその上に大島の死体を置き、更に大島の腕を後ろに回して、両手の親指を結束バンドできつく縛り拘束する。しかも簡単に切れない様に三か所で。

 更に周りを俺達空手部員六人で取り囲んで準備が整った。


「隆。どうして命懸けで教え子を守った先生や、その友人を復活させるのにこんな物々しい態勢を整えるんだ?」

 流石男親。自分の子供の学校事情には疎い疎い。


「危険人物だから」

「そもそも人物と呼んで良いのか分かりません」

「何かあったら我々の命が危険だからです」

「良く言って、多少話の通じる悪魔だから」

「色んなスイッチが他人とは違う所に付いていると言いますか……」

「必要だからとしか言いようがありませんね」

 誰一人として大島を擁護するような事は口にしない。卒業生の兄貴ですら無言で頷いている。


「そ、そうか……そうなのか」

 大島を知る者達の総意の前に、父さんもそれ以上言う事は無かったようだ。

 正面に俺が立ち、そこから正六角形の形に右から田村、伴尾、櫛木田、紫村、香籐、伴尾の順番に並ぶ。何かがあれば俺が大島の注意を惹きつけ、残りで一斉に攻撃を仕掛ける。これならば大島であっても確実に仕留める事が出来るはずだ。



『セーブ処理が終了しました』



 一度大きく深呼吸してから【反魂】を大島にかける。

『対象の魂の復活のために、対象を一時的にパーティーに編入します』

「あ゛っ!」

『対象の肉体と魂の治療効果を上げるために、対象の持つ経験値をレベルに変換します』

「え゛っ!」

『対象のレベルが三十上昇しました』

「い゛っ!」

 レベル三十の大島だと? 今の俺で勝てるのか?

『処置終了まで残り三十秒…二十九…』

 いかん!

「ロード!」

『現在の処理終了までシステムメニューの一部の機能をロックしています』

 ふざけるなこん畜生!

「全員退避だ! 復活後に即ロードを行うが、一瞬の間を突かれないように距離を取れ」

『九…八…七…六…』

「構えろ、集中しろ、髪の毛一筋の隙も見せるな!

『一……対象をパーティーから排除します。全ての処理が終了しました』


 その瞬間、禍々しいまでの何が周囲に渦巻いた。魔力でもない……これが気とか気合とかいう奴なのか?

「ロード!」

『システムメニューの機能ロック解除まで五秒…』

 五秒もだと? これは先制攻撃をして時間を稼ぐか、それとも無事に時が流れる事を期待するか?

『四……』

 大島が目を開ける。眼球が左右に走り素早く状況を確認しているようだ。

『三……』

 身を捻りながら身体を起こす。身を低く四つん這いの状態で周囲を警戒する姿はまさに野獣。

『二……』

 大島と目が合うと、奴は唇の両端をニィっと吊り上げる。人間として笑っているんじゃない野獣の威嚇行動の一つだ

『一……』

 大島は立ち上がると「よう!」と──

「ロード!」



『ロード処理が終了しました』



「どうするんだよ?」

 本当にどうしたら良いんだろう? 誰も田村の問いには応えない応えられない。

「……あれは拙いだろ。レベル三十というのは大型の龍を倒すのに匹敵する経験値が要る」

「じゃあ、あいつって現実世界でそれに匹敵する何かを倒してきたのか?」

「熊何匹分だよ?」

「熊だけじゃないと思うよ」

 櫛木田と伴尾の言葉に紫村は形の良い眉を顰めながらゆっくりと首を横に振った。

「虎とかか?」

「象だろ?」

「カバ?」

 その何れの答えにも紫村は首を振り、俺が答える。


「人間だろ」

「主将!」

 そう答えた俺を香籐は諌めようとするが、紫村はゆっくりと首を縦に振り肯定する。

「そんな!」

「幾ら大島でも……」

 香籐は受け入れられていないが、伴尾が飲み込んだ言葉は「ありえる」だろう。

「考えてもみろ。ヒグマでさえもオーガに比べたら雑魚もいい所だ。ツキノワグマなんて精々オーク程度。そんな状況下でレベル三十分の経験値をためるのに一番適した生き物は何だ?」

 夢世界のように魔物や野生動物が豊富にいるわけではない。現代の日本においては倒す倒さない以前に、倒す相手が沢山いるわけではない。


「そうだ魚釣り!」

「香籐、現実をみろ」

 確かに魚釣りでも経験値は入るようだが端数の域だ。

 俺達の中で唯一の釣り好きで幼い頃か渓流釣りをやって居た田村でさえレベル二からのスタートであり、父さんのレベル八ですら十分不審の対象なのにレベル三十は、単純に野生動物を狩ったからでは説明がつかない。


 何より、魔物とそれ以外の生き物では経験値が全く違っている。森林狼は巨体と高い戦闘能力を持ち合わせていながら経験値はゴブリンよりも少なかった。

 つまり現実世界でレベル30分の経験値を稼いだ大島の異常性が浮き彫りとなるのだ。


「大島先生が英語以外にも幾つも言葉を使えることは知ってるよね。つまり若い頃に海外での生活が長かったと考えるべきだよ」

 大島が使う当ても無い言語を必死に習得する姿は想像出来ない。必要があるから身に付いたのだろう。だとするなら紫村の言葉には説得力が出る。

「その海外の生活で何をしていたのかが問題だよね」

「傭兵……つまりPMSC(private military and security company)民間軍事会社ってところか?」

「僕はそう思うよ。戦場以外ではあの経験値はありえないから」


「其れで改めて聞くけど、どうするんだよ?」

「田村! どうするどうするとうるさい。少しは自分で考えろ!」

 櫛木田が一喝する。

「だけど本当にどうしたら良いのやら」

「まさから復活のせいでレベルが上がってしまうとは……」

「高城、お前なら勝てるのでは?」

「普通に考えたなら勝てる。負ける要素が見当たらない。それなのに勝てるという確信が抱けない……これは刷り込まれた恐怖とかトラウマだけの問題じゃない。本当に読めないんだ」

「俺もレベル七十台になった今でもレベルアップ前の大島と戦えと言われたら困るな。身体能力、反射神経、視力等の五感全てで勝っているにも関わらず、それらをひっくり返しかねない何かを大島に感じる」


「隆、大島と言う教師はそこまで凄いというか、酷いのか?」

「父さん。隆たちが言ってる事は何一つ誇張は無いよ」

「大……あの中学校は本当に大丈夫なのか? この前は隆から校長と学年主任の問題行為について聞かされたばかりだし」

 そう俺は校長達の件を父さんを通して教育委員会へと話を持っていって貰った。


 余り知られてない事だと思うのだが、教育委員会は各市町村の自治体下の組織でもあり、委員は知事、市町村長によって指名され議会の承認を経て任命される。

 その為に委員の内一定数は役所の職員が通常の職務に就きながら一緒に兼任している。

 父さんの同期の友人も教育委員会の委員を務めているため、その友人へと例の件は証拠の動画などと一緒に送られている。

「それだけではなく、教頭も早期退職を希望していて今は必死に留任を促しているところだそうだ」

 やはりそうなるか。後任が決まらぬまま校長と教頭、さらには三年生の学年主任という重要な立場の人間が消えるのは問題だよな。

「はっはっは……大変だね我が母校も」

 兄貴は乾いた声で笑った。

「学校がおかしくなった原因の一つが大島だよ。奴が他の教師達にも強いプレッシャーを与え続けたせいで教師達も捻じ曲がったんだよ。そのストレスを生徒にぶつけるのだから元々誉められた連中じゃないけどね」

「だが隆はそれで良いのか?」

「三年になって今更、学校に何かを期待する気は無いけど、後輩達のために少しはいい学校にしたいな」

「そんな学校に、再び野獣を解き放とうとする鬼の様な俺の弟だった……」

 やっぱり復活させない方が良いのだろうか? 心が揺れる。


 大島を復活させたくないという思い。大島を絶対に復活させてはいけないという思い。そして大島を決して復活させ無いという決意の間で……復活させなくて良くない?

 いや違う。俺達が今此処で大島を止めておけば良いのだ。犬のようにキャンと鳴かせてやれば良いのだ。

 大体、俺達以外の誰に大島を止める事が出来るというのだ? やるべき事をやらずに後輩に押し付けるつもりか? 良くも恥ずかしくもなく先輩面出来たものだ。


「いや、大島とは決着をつける! お前等覚悟を決めろ!」

「高城!」

 田村の顔に先ず浮かんだのは驚き。そして驚きは怖れに、そして怯えに、だがやがて田村は笑みを浮かべる。覚悟を決めた男の顔で。

「……やろうじゃないか!」

「そうだな。何れの時にか決着はつけなければならないんだ。やろう……今!」

 櫛木田も覚悟を決めた。

「後輩に荷物背負わせる訳にはいかないだろう。この拳で大島の鼻っ面をへし折ってやるさ」

 そして伴尾も覚悟を決める。

「紫村……頼む」

「水臭いな……まかせてよ」

 紫村は気負うものもなく、ただ笑って応えた。


「主将。僕も──」

「お前も俺達が守るべき後輩なんだぞ」

「それでも僕は主将達と肩を並べて戦いたいです」

「莫迦だな……」


「……大。隆達は何でこれから命を捨てに行く男のロマン的な雰囲気を出しているんだ?」

「父さん。触らないであげて、そういう年頃なんだよ」

「それにしても、そこまで雰囲気を出すほどか…………たしかに大島という男は只者じゃないようだけど」

 父さんはまだ納得が出来ていないようだ。俺だってまだあいつの存在を納得出来ていないよ。



「良いか? 行くぞ」

「了解」

 気持ち良い返事が返ってきたところで大島に向けて【反魂】をかける。


『五……四……三……二……一、対象をパーティーから排除します。全ての処理が終了しました』

 禍々しいまでの気当りにはもう怯む事は無い。

「よう、久しぶりじゃないか高城。生きてたとはな驚いたぜ」

 何時だって無駄に不敵な男だ。

「お久しぶりです。ですがむしろ自分が生きている事を驚いてください」

「はっ、こうして生きてるんだ驚いたって仕方が無いんだろ。お前と紫村、それに香籐までも生き延びたって方が驚きだ」

「それは──」

「それで一年や二年共はどうなった?」

 さすがに教師としての良心はわずかに残っていたらしく教え子を心配するなんて以外だが……いや、何かあったら面倒だからかもしれない。


「全員無事ですよ。後遺症も無くすべて回復しました」

「後遺症……アレからどれだけ時間が経った?」

 後遺症が無いという言葉から、彼らは治療を施され、更にある程度の時間が経過した事を察したようだ。

「大島先生が死んでからという意味でしたら三週間ほど経ってますよ」

「死んでからだと? 三週間?」

「はい、死んでましたよ。現実のあの島に戻った時にはね。そこで死んでる早乙女さんと一緒に」

「早乙女……おい!」

 俺の指差す方向を振り返り早乙女さんに気付くと、親指を縛っていた結束バンド三本を引き千切り早乙女さんを抱き起こす……レベル三十の大島相手に結束バンドなど何の意味も無かった。


「おい! 目を覚ませ!」

 心臓マッサージを行いながら叫ぶ。

「無理ですよ。死んでますから……少し前までの先生と同じように」

「俺と同じようにだと?」

「ええ、言ったじゃないですか死んでから三週間経ったと」

「……話を聞こう」

 教えてもらうのに、聞いてやるという態度。しかもその事に何らおかしな事を感じていない……恐ろしいほどの上からの態度だが、命令じゃなかっただけ死を経験して人間として成長したのだろう。


「なあ大島君」

 だが俺は思いっきり見下した風に話しかける。

「大島君だぁ?!」

 威嚇するように叫ぶ大島に俺は微笑みながら応える。

「大島君。そろそろその様な子供じみた態度は慎むべきじゃないかな」

 俺の目的は、慎ませる事なので本題を切り出す。


「良い歳して、恥ずかしいと感じるところは無いのかな」

「お前、死ぬ気か?」

「何ならもう一度死体に戻してやろうか?」

 最初から話し合いでどうにかなるなんて思っていない。


「おもしれぇな。六人がかりで強気になったのか?」

「六人がかりじゃあ、大島君が納得しないだろ。本当は僕ちゃんの方が強いのに、あいつ等六人がかりでなんて卑怯だ。僕ちゃんは負けてないなんて泣き喚かれても迷惑だ。俺一人でやってやるよ」

 善し! 今日も煽りは絶好調だ……お前等そんな心配そうというか、葬式で遺影を見るような目で俺を見るな。


 冷静になって考えれば勝算はある。そもそも大島は自分がレベルアップによって驚異的に身体能力等が向上している事に気付いてない。

 故に今まで以上の力を使う事が出来なくても良いが、怒らせたので確実に今までの限界以上の力を出すだろう。だがその力に奴は驚き隙を見せる。

 隙は一度だけ有れば良い。俺に二度目はいらない。そして一瞬だけで十分だ。


「大した度胸だ。その度胸に免じて先手をくれてやる。掛かって来い」

 相変わらずのメロン熊面に笑みを湛えての威嚇。これだけ常人ならば尻餅をついて座り小便を漏らすほどの恐怖を覚えるだろう。実際にヤクザがそうなった場面を見たことがある。

「それではお言葉に甘えて……」

 回り込むなどの小細工無しに正面からゆっくりと距離を詰める俺に、大島の瞳孔が軽く開く。それから読み取れる感情は喜びと興奮。


 大島の間合いは目に見えなくても、俺の身体に染み付いた経験則がはっきりと、俺と大島の間に横たわるデッドラインを教えてくれる。

 だがそのデッドラインを俺は信用していない。大島が自分の手の内を教え子とはいえ俺達に明かすはずが無い。つまり本当のデッドラインは俺の身体に染みこんだそれよりもこちら側にある筈だ。

 それは五センチか十センチ?

 いや、そんなには無い。三センチ……二センチ……違う一センチ以内だ。大島には数ミリもあれば確実にどんな状況だって覆す事が出来るという自負があるだろう。ならばそれ以上は隠す必要も無い。


 想定されるデッドラインの一センチ手前、その先をゆっくりと距離を詰める。デッドラインに近づけば近づくほど体感時間が無限に引き伸ばされていくような感覚──!


 研ぎ澄まされた五感の中の皮膚にピリリと電流が流れたような感じがし、次の瞬間、どういう理由かは分からないが、速く鋭い大島の左貫手が空気を切り裂く音も立てずに飛んでくる。

 俺はそれを受け止め斜め上へと押し上げる。大島の攻撃は避けてはいけない。避ければ大島の手を自分の近くでフリーにしてしまう。

 以前、顔面に向かって飛んできた大島の右突きを、ボクシングのパリングの様に鋭く手首で下へと叩き落し、そのまま踏み込んで大島に一撃をと思った瞬間、奴の右手の親指が俺の鳩尾に突き刺さっていた。

 ボクシングならば軌道をずらされて勢いを失い、そして引き戻されていない拳など何の脅威も無いが、空手には……いや大島を相手にした場合、奴の手が自分の身体の傍にある事はアメリカにとってのキューバ危機のようなものだ。


「必死だな大島君。先手はくれるんじゃなかったのか?」

 俺の右手首の内側に差し入れようとしてくる親指に対して、自分の右手の親指を付け根から反らせる事で外側へと流し、逆に大島の左手首を握り込──

「甘ぇんだよ!」

 手首を縦方向から完全に掴む寸前に大島は肘から先を九十度内側に捻り、横方向に手首を握らせると、再び肘から先を九十度捻って元に戻しながら引き抜いた。

「甘いも何も、大島君の新鮮味の無い姑息なやり方は厭き厭きしてるよ」

 その時点で俺達は互いの間合いで向かいあっていた。


「何処でそれほどの力を身につけた?」

「大島。お前をボッコボコにした後で教えてやるよ!」

「上等だ! 死ね!」

 引き絞られた力の解放。大島が繰り出した正拳突きは驚くことに目測で時速二百キロメートルを遥かに越える速さで飛んで来る。

 だが俺以上に驚いたのは大島自身だろう……一瞬だが奴の動きの流れが止まった。

 俺が左腕で受けて肘から先の回転で捻り落としても、大島は反応出来ず踏み込んでかなり手加減した俺の拳を腹にもらって、漫画のように地面に水平に吹っ飛んでいった。


 ……うん、これじゃあやっぱり大島は納得しないだろうな。絶対に再戦を要求してくるだろう。しかも今度はレベル三十の身体能力をフルに使ってだ。


 自分の身体でへし折った高さ二十メートルはある大木の下敷きになっている大島。

 木をどけて気絶している大島に光属性レベルⅥの【真傷癒】をかけると破損部位が提示される。胃と肝臓が破裂していたので治療する……魔術凄げぇな。


「くっ……俺は負けたのか?」

「負けてないと思うのはそちらの勝手だ。治療でちょっと麻酔無しで腹に穴あけるから我慢しろ」

 幾ら傷は塞がっても、破裂した胃の内容物が腹腔内に溜まっていれば大島でも死ぬだろう。

「……勝手にしろ」


「紫村、【水球】で生理食塩水を作ってくれ」

「計量スプーンで計っても大丈夫かな?」

「構わん、多少の違いは誤差だ。大島相手に多少の濃度の違いなど何の意味も無い。適当で構わない」

「それもそうだね」

「……お、お前等」

 大島も教え子の心遣いに感動しているようだ。


 治療用のアルコールで手を洗い流してから大島の腹に治療用のアルコールを撒いて消毒する。

 本来腹部を切開するなら皮膚、脂肪、筋肉、腹膜と層ごとに術具を変えながら切り開いていくのだがなにぶん素人なので一発勝負で失敗したらロードという方法を取らせて貰う。

 別に切開した傷口も【大傷癒】を使えば傷も残らず治るのだから問題ない。


 適当に距離を測って手を構えると、ナイフを装備する。大島は一瞬ピクリと身体を小さく震わせた以外に反応を示さないが傷口からは血があふれ出す。

 多分、他の臓器を傷つけたのだろうが気にする事無く【真傷癒】で治療する。

「紫村、俺は【操水】で中の血を外に出すから、お前は腹の中の血を洗い流しながら未消化の食べ物の残骸などを生理食塩水に取り込んで取り出してくれ」

「了解だよ」


 紫村が三度【水球】を生理食塩水にして腹腔内洗浄を行った後で腹部の切開した傷口を【大傷癒】で塞いで処理は終了した。


「処置終了だ。感謝して土下座しても良いんだぞ」

「お前等、今のは……何をやったんだ?」

「さてね」

 大島に対して魔術の事を説明する必要はない。奴はレベル三十になったが、レベル百七十六の時の俺と同様にレベルに応じた属性魔術のレベルが開放されただけであり、もう一つレベルが上がって属性レベルに対応した魔術を憶えない限り憶魔術を使うことは出来ない。そして奴は二度とレベルを上げる事は無いのだから。


「それがお前の強気の原因か? だがその力、何もお前だけが身につけたって訳じゃないみたいだな」

 ……勘違いしてるよ。

「大島君。大島君。泣きのもう一回を遣りたいなら、ほら人としてやる事があるんじゃないかな?」

「何のことだ?」

「ド・ゲ・ザ。地面に額を擦り付けて、もう一度チャンスを下さいお願いします高城様って言うんだよ」


「舐めるな、この餓鬼!」

 襲い掛かって来る大島は完全に我を忘れている。冷静さを失ったなら大島といえ恐くは無い。

 現段階では大島の身体能力は怖れるに足らない。恐るべきはその技のキレと深さ。そして悪魔のように狡猾な頭脳だ。その頭脳が冷静さを失い働かなくなるのなら勝率は跳ね上がる。


 更に罠を仕掛けていく。

 パワーが二倍以上に跳ね上がった大島の打撃をいなす。だが力をいなし切れずに下がる。立て続けに襲い掛かる打撃を必死にといった風に受け流し払い続ける。


「止めだ!」

 追い込まれて、反撃する余力も無い振りをした俺に、大島は止めとばかりに大きく踏み込んでの一撃を送り込んでくる。

 その瞬間、俺はその一撃をかわすと、自分の中のギアを一つ上げて踏み込みながらカウンターを放つ。

「やはりな」

 俺の一撃は大島の左手に阻まれて止まり、次の瞬間に右斜め下から跳んできた大島の膝に顎を打ち抜かれる。


「残念だったな。必死に俺を怒らせて、更に奥の手まで隠していたのは誉めてやる。中学生の餓鬼にしては大したもんだ」

「くそ……」

 脳を揺さぶられて膝から力が抜けて、歪んだ視界の中で景色が上へと流れて行き、地面の硬さを顔に感じた。

 だがこれも作戦の内だ。大島の手を読んでいた訳では無いが想定外という事態というほどでもない。


 十秒もあれば脳震盪から回復する事が出来る。俺の身体はそんな風になってしまっている。

「……な、なんで……分かった?」

「簡単な事だ。お前が追い込まれているというのに櫛木田達は妙に余裕の表情を浮かべていたからな」

 馬鹿共が! 後で覚えてろよ!


「それじゃあ、お仕置きの時間だ」

 余裕の表情で近寄ってくる大島だが、俺は既に脳震盪から回復し終えていた。

 さてと、どのタイミングで仕掛けるかだが──


「これ以上息子に手を出すというのなら私が相手になろう」

 ……か、格好良い! これが本当に俺の父さんだろうかと疑ってしまうほど格好良いな。

「ほう……俺は相手が父兄だろうが一切手加減しない主義だぞ」

 そこはしろよ馬鹿野郎。


「父さん。大島はまずいから止めておいて。回復して無い振りして隙を伺ってただけで、俺はとっくに回復してるから!」

 俺の発言に大島は一瞬驚いた表情を浮かべたが、それを押し殺して「……やはりな」と呟いた。

「嘘吐け、完全に騙されてた顔してただろ」

「騙されてなんていねぇ! お前の気のせいだ! 誰があんな猿芝居に引っかかるか!」

「騙されるかどうかもう一度試してやろうか?」

「ほざきよるわ!」

 やはりこの男は正面から叩き潰さなければならないようだ。

 だが勝てるのか? こいつはまだ奥の手をかくしているだろう。そして俺よりも引き出しの数が多いのは間違いが無い。


 俺は大島という宿敵との戦いに入れ込みすぎて、自分と大島だけが世界に存在するかのごとく視野狭窄に陥っていた。

 だが大島は冷静にその場を取り巻く全て、櫛木田達の表情すらも戦いに利用した。

 自分を取り巻く全て、いや自分すらも煽られて冷静さを失えば戦いにおいて敵となりうる。同様に自分を取り巻く全てを、相手さえも味方とする事が出来れば必ず勝つという事に気づかなかった。


 大島が持つ経験という名の引き出しはやっかいだ。戦いの場で起こり得るモノの多くが、頭の中で考えたものではなく経験として蓄えられ状況に応じて何時でも引き出されるのだから。

 そんな大島を倒すとするのならば、奴が何も引き出しから取り出せぬ内に倒すべきだろう。

 先手をとって主導権を握り、手放さず大島には何もさせないのが理想的だ。しかしそんな事が俺に出来るのか?

 大島の無駄に豊富な戦いの経験なら、相手に先手を取らせてからいなして主導権を奪うなんて事は朝飯前だ。俺の引き出しの中にすら幾つか手段は入っているくらいにありふれている。そうでもなければ戦いは先手を取った方が勝つという単純な構図になる。

 だが逆に先手必勝の言葉通りに、先手を取ってそのまま押し切るなり逃げ切るなりして勝利を得る方法もありふれてる。

 両者に明確な優劣が無いのだから当然だろう……馬鹿か俺は考えすぎだ。戦いを複雑にすればするほど大島の術中にはまる。逆だ。逆に戦いを単純にするんだ。


「大島。これから俺が仕掛ける。そして一撃で決める。その一撃を凌ぐ事が出来たらお前の勝ちだ。今まで通り学校で王様気取りで過ごすが良い。だが負けたなら今後は態度を慎め。さもなけばあの学校を去れ」

 大島なら他に食っていく手段は幾らでもあるだろう。奴が教師を遣ってるのは半ば趣味の様なものだと俺は思っている。

「負けた場合、お前は……場合もくそも負けるんだけどな。どうするつもりだ?」

「卒業後は鬼剋流に入門し、お前の手下になってやるよ」


「主将! それは駄目です!」

「待て高城早まる!」

「人生を捨てる気か?」

「思いとどまれ!」

「高城君それは言い過ぎだよ」

 お前等……それは分かり易す過ぎるだろ。台詞棒読みだし。


「俺が負けたらこいつらも同じ条件で良いからな」

 俺の爆弾発言に紫村を除く四人の顔が怒りと絶望に歪む。

「そいつはおっかないほどの自信だな。不安になってしまうじゃ無いか」

 一方大島は心の邪悪さを顔に浮かべ心にもない台詞を口にしやがる。顔に感情が出るというより、そもそも隠す気が無いときている。


 戦いを単純にする。それは単に正面から踏み込んで殴るだけだ。

 ただし、大島に反応さえさせない速さで踏み込み、回避不能の攻撃でガードごとぶっ飛ばす。

 何の駆け引きも介在しない実にシンプルなプランだ。だが、その為には大島のありとあらゆる企みを看破しなければならない……大島が俺が攻撃するまで何の手も打たないなんて事はありえないからだ。


 大島と俺の距離は三メートルといったところだ。二人の間には固い岩盤の上に、長い年月をかけて草木が生えては枯れて出来た土の層が数十センチメートルといったところだろう。


 システムメニューを呼び出して、時間停止状態にして周辺マップを拡大表示する。

 周囲の地面を岩、石、土、草、それ以外に分けて色を変えて表示する。

 こ、この野郎、涼しい顔して何してやがる! 俺と大島との間の地面にはアルミ製の板で作られた小さな捲菱が撒かれていた。

 小さいといっても靴の底を突き破って足に刺さるには十分な大きさだ。

 何故そんなものを持っているのか分からない。大島の格好は平行世界から戻ってきた時に自衛隊の手当てで来ていたシャツは切って脱がされているので上半身は完全に裸で、下は軍の放出品のゆったりとしたカーゴパンツで、収納力はあるだろうが常備する理由も分からない。

 とりあえず撒菱は拡張されたシステムメニューの収納機能は自分を中心とした十メートル以内の物を触らずに収納出来るので全部回収。

 だがこれは俺にとっては拍子抜けだった。大島の仕掛けにしては弱い。奴ならもっと決定的な何かを幾つも仕掛けてくるはずだ。


 更に地形的な段差、穴、などや草の中に紛れた蔦等の障害になりそうな物の位置を全てチェックする。

 しかし、これといった問題は発見出来ない。

 これはおかしい。撒菱では必ず俺が踏むとは限らない。大島にとっては気休め程度の仕掛けだ。そうだとすると気休めじゃない本命の仕掛けがあるはずだ。

 本命が何かを考える。大島が仕掛けを施すとしても、時間もさらに俺達に気付かれずに出来るような隙も与えていない筈だ。精々撒菱を気付かれないように落すのが限界だ。


 ならば、元々この場にある何かを利用する。

 いや、それも難しいだろう。今俺がチェックを済ませて何も問題が見つからなかった事。もし毒を持つ虫や植物へ俺を誘導する罠とか考えないでも無いのだが、そもそも大島がこの世界の動植物の知識を持っているはずが無い。


 残された可能性は仕掛けが大島の手の中にあるという事だった。

 銃器・刃物・毒物・劇物・火薬・可燃ガス……危険物で検索をかけてもヒットするのは、すぐには取り出せない位置にあるナイフと、後は残りの撒菱だけだった。

 考えすぎだったのだろうか?

 最後に大島の握りこまれた拳の中をチェックする……ハバネロ粉末?

 なるほど眼に入れば失明の可能性もある劇物でもあるが、奴が調味料として購入したのなら、ハバネロはあくまでも調味料という事か。それを指で弾き飛ばして俺の視力を奪う作戦か。


 ちなみに指で弾いて飛ばすといっても大島の場合は普通じゃない。ガムの銀紙の包み紙を丸めて親指で弾けば二メートルほど離れた先にあるアルミのジュース缶を破裂させるのだ。

 更にいえば五ミリ程度の小石を縦に丸めた舌の上に乗せて吹いて飛ばすと四メートル以上離れたアルミ缶をこれまた正確に捉えて破裂させるという嫌なかくし芸を持っている。


 そう本人はかくし芸だと言っていたが、使い方次第では武器となる、そして武器として使う事に躊躇いなど持ってはいない。

 ……最低でも、もう一つは何かを仕込んでいる。仕込んでいなければそれは大島じゃない別のもっと可愛いらしい何かだ。

 だが、それを見つけ出すことが出来なかった。分からないという底知れぬ恐怖と、罠を食いちぎって勝ってみせてやるという蛮勇。その狭間の中で俺はシステムメニューを解除した。


「ほらいいぞ。いつでもか──」

 お言葉に甘えて台詞の途中に仕掛けさせてもらう。

 大島が撒菱を仕掛けた場所を敢て踏み込む。大島の「しめた!」と言わんばかりの表情筋の動きを無視する。そして眉間の辺りを目掛けて飛んで来る白い包み紙を左手で下へと叩き落すと、大島の股間の真下を踏み込んだ俺の正拳突きが唸りを上げる。

 咄嗟に腕をクロスして鳩尾を守ったのは流石と賞賛しても良いだろう。だが俺の拳は二本の腕を重ねてへし折り、その腕ごと鳩尾へと突き刺さった。

「勝った!」

 俺は確信した。この打撃に今の大島が堪えられるはずが無いのだ。両腕が使い物にならなくなり再び胃を破裂させられた大島に反撃の余地はもう残されていない。完全勝利だと……

 次の瞬間、大島の口から吐き出された赤い煙を正面から顔に受ける。

 両方の目を襲い、そして吸い込んでしまったため鼻や口、喉の奥まで入り込む赤い煙。

「あぁぁっぁあっぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 一拍置いて襲い掛かる顔から胸が直接神経を炙られるかの様な痛みに限界を越えた脳がシャットダウンした……




「隆。隆起きろ!」

 身体を揺さぶられて意識が覚醒していく。

「……兄貴?」

「目はちゃんと見えてるのか?」

「目? 目は別に…………うわっ!」

 先ほどの痛みを思い出して思わず声を上げてしまう。

「どうした? 見えないのか?」

 父さんが慌てた様子で肩を掴んで揺すってくる。

「隆、こっちを見て!」

「目は見えるよ。問題ない……何がどうなったの?」

 傍には父さん、母さん、兄貴。そしてマルにユキもいる。


「目、喉、気管、そして肺の一部まで広範囲に広がった炎症が原因で失神状態に陥ったんだよ」

「炎症で失神?」

「ハバネロの粉末を詰めたパイプを口の中に仕込んでたんだ。それで呼吸器系がまとめて火傷した様なものなんだから無理も無いよ」

 紫村の説明に、随分酷い目に遭わされた事が分かった。

「それで大島は?」

「向こうで死にかけているね」

「相打ちか……それで治療は?」

「高城君が回復してない状況で、彼を治療するなんて自殺行為だよ」

 確かに俺という抑止力無しに、大島を治療なんて、むしろ大島から「お前ら馬鹿なのアホなの死ぬの?」と説教されるだろう。


「そりゃあそうだな……じゃあ死なない程度に治療しておくか」

「そうだね、また生き返らせるのも面倒だろうし」

「別に魔力は無駄に余ってるから、一度死なせてから【反魂】をすれば怪我も全部治って楽なんだけど、そもぞも全部直す気は無いし」

「それなら、やはり一度死なせて【反魂】をかけてから改めて両腕を折れば良いんじゃない?」

「紫村。お前マジ天才だな」

「褒めないでよ」


「息子が荒みきっている。昔はあんなに良い子だったのに」

「いや、隆は大島の近くで影響を受けてる割にはかなりまともだと思うよ」

 俺の中で兄貴の評価が急上昇。今ならレベル百までパワーレベリングを無理矢理してやっても良い気分だ。

「やはりあの男が元凶か……」

 父さんが「排除するべきか?」と真剣な顔で呟く。


「彼に教員免許を与えた責任者の顔を見てみたいと思うわ」

 突然、周囲の温度が下がる……母さんが怒っている。

「治療用の魔術が無ければ隆は死んでたかもしれなかったのだから……ちょっと海に捨てて来るわ」

「待って文緒さん!」

 父さんが背後から羽交い絞めにして母さんを止めるがズリズリと引きずられていく。

「母さん!」

 慌てて兄貴が加勢して何とか抑える。

「嫌ね、英さんも大も、これじゃあ海にゴミ出しに行けないじゃない」

「行かなくていいから!」



「もう一戦やるのか?」

 面倒なので死なせてから【反魂】で復活させようかとも思ったのだが、また何か想定外な事が起きても嫌なので、普通に治療魔術で復活させた大島は、両腕が砕けた状況でも不敵にそう嘯いた。

「その腕でか? 大した自信だな」

「なんら問題は無い!」

 張ったりではない。揺らぎ無き強大な自負心が言わせる言葉なのだろう……羨ましいほどの図太い神経。


「だがな。もう一戦も何も、そもそもあんたは俺の一撃を凌いでないから賭けは俺の勝ちだからな」

 そう、思いがけない反撃をしてきたが、俺の攻撃はかわす事も受け切る事も出来ずにきっかり食らっているので、あの賭けは俺の勝ちとも言える。

「何だと! あれは相打ちだ」

「だから相打ちかどうかなんて関係ないんだよ。俺の一撃を食らって死に掛けて俺に助けて貰ったという事実があるだけだ」

「くそっ!」

「大体、戦った相手に治療して貰い命を救われておいて相打ちとか都合の良い事抜かして恥ずかしくないの? 俺なら切腹モノだ」

 そう断言してやる。


「分かった。学校は去ろう」

 ……えっ? 今何て言ったの? 櫛木田に視線を飛ばすと、分からないとばかりに首を横に振った。

「潔く教師も辞めよう」

 イ・サ・ギ・ヨ・ク……これは何かのアナグラムだ。多分地球滅亡に関わる重大なメッセージが潜んでるいるはずだ。

 ……駄目だ。総当りで試してもそれらしい言葉は出てこない……地球オワタ!


「い、今なんて?」

 混乱する俺を他所に田村が大島に聞き返す。

「教師を辞める。お前達もこれからは自分達で空手部をどうするか自由にやれば良い。ここが異世界だというのならこっちに残ろう。なにやら面白そうなて相手がいるようだから、戦う相手に不足は無いだろう」

 そう言って崖から見下ろす海には五頭の海龍が集まっていた。

 この辺りの海域を支配していたハイクラーケンが居なくなった事で、有力な餌場であるこの河口域を自らの縄張りにすべく海龍の群れがやって来た様だ。


 ちなみに海龍は名称こそ違えど水龍と同種であり、単に住む場所が淡水域か海かの違いでしかないが、餌の豊富さで海龍の方が大型化するために水龍の上位種と勘違いしている研究者も多いらしい。

 海龍は水龍と違って群れを作る。湖などをテリトリーとする水龍と違い、広大な海でしかも餌も豊富なため縄張りを維持する必要もなく回遊するために群れることが出来る。

 だが群れる事が可能な事と実際に群れを形成する事は同じではない。水龍より大型化した海龍が群れを形成して行動を取る必要があるほどの脅威がハイクラーケン以外にも海には存在するいうことだろう……海って怖いよ。


 その海龍をどこか清々しくもある表情で見下ろす大島の顔には、既に空手部への拘りは無いように見える。

 ……おかしい、おかしいぞ、俺は誰だ? 中の人が大島じゃないぞ……まさか、大島以外の、早乙女さんと人格が入れかわているとか? ……何を考えてるんだ俺は? 落ち着け落ち着くんだ。冷静になるんだ、そうすれば答えは必ず導き出されるはず……………………あっ!

 閃いた。答えが閃いてしまった。これは良い。なんて素晴らしい状況なんだ。


『皆良く聞け! 大島は【精神】関連のパラメータの【レベルアップ時の数値変動】を設定しないままにレベル三十になったんだ!』

『何だって! 大島はそんな状態でも、撒菱を巻いて、ハバネロの粉末をお前に吹きかけたというのか? どれだけ酷い性格をしてるんだ?』

『相当病んでますね』

『あれって数値変動をONにしておくと数レベルでもかなり変化が現れるんだぞ』

『そんな異常者が教師をやっていたなんて怖いわ!』

『僕の想像を超えるね』

 一斉にディスられる大島。確かにレベル二十九分も『勇者様』的性格に変動してアレと考えると恐ろしいというよりおぞましい。やっぱりあいつは悪魔なんじゃないかと思う。


『だからだ。このまま大島のレベルを一気に上げればどうなると思う?』

『……それは、凄く、凄く……気持悪い』

 綺麗な大島を想像した伴尾が、今にも吐きそうな顔色で答えると返答に皆が一斉に肯く。

『気持悪いとかの問題じゃなくだ。大島が善人になったとしたらの話だ』

『その仮定自体が気持ち悪い』

『やっぱり気持悪いです』

『整理的に受け付けない』

 やはり不評だ。俺も当然だが気持悪いと思っている。善人な大島なんて気持悪くないはずが無い。


『気持悪いか気持悪くないかなら、俺だって気持悪い! だけどそういう話じゃないって言ってるんだよ』

『だがな高城。厚い寒いや痛い痒いは我慢出来ても嫌悪感は自分の中で何とか出来ないからな』

『我慢しろ。何でもキモい、ただしイケメンは除くで済ませる女子か?』

 そういう見た目で判断するから、俺達が怖いの一言で遠ざけられるのだろう。そういう風潮を後押しするような事をお前等自身が口にしていいのか?


『僕はおもしろいと思うね。それにキモいとか』

『そう! 紫村。そういう言葉を待っていた。どのくらいレベルが上がったら奴がまともな人間になると思う?』

 流石紫村だ。言葉の全く通じない遠い異国で日本人に出会ったような思いだよ……日本を出た事無いけど。

『難しい問題だね。大体レベル三十でも、最近何かと大島化が進んだといわれる高城君と比べても、全然モノが違うというか比較にならないと思ったくらいだからね』

『つまりお前の見解は、無理って事か?』

『違うよ。別に大島先生に善人になれとか真人間になれとか言う訳じゃなく、少しはマシな人間になれば良いんだよね。普通の悪人レベルにね、それなら十分ありだと思うよ』

 大島がその辺のヤクザレベルの言動に落ち着くとしたら……何だか微笑ましく思えてしまうのは何故?


「それじゃあ、餞別代りにレベルアップしていきませんか?」

「レベルアップ?」

「ほら、テレビゲームなんかである、戦って経験値を稼いでレベルアップして能力上昇って奴ですよ。そんな現象がシステムメニューの影響下なら実際に起きるという事です」

「システムメニュー? ゲームの話は良く分からんが、それで強くなるという事か?」

「そう考えて下さい。ちなみに貴方の現在のレベルは30です。自分が強くなっている自覚はあるでしょう?」

 大島は自分の手を何度か握ったり開いたりしてから「なるほど、そういう事か」と呟いた。

「それで、本来はパーティーというか、俺の仲間に入らないとレベルアップなどの恩恵は受けられないのですが、【反魂】という特別な魔術を使う際に、レベルアップなどの機能を持つシステムメニューの影響下に入らなければ死者の復活は出来ないために自動的にパーティー加入した状態になり、その際に貴方が今までに貯めていた経験値でレベルアップしてしまったんですよ」

 その辺の説明は正直自分でも自信は無い。何故ならパーティーに加入した段階で皆最低でも2レベルになるだけの経験値を貯めていたはずなのに、誰もパーティーに入った瞬間にレベルアップしたものはいないので【反魂】には俺の知らない何かがあるのだろう。


「高城。お前のレベルは今なんぼだ?」

「百七十七ですよ」

「百七十七……てめぇそれはズルイだろ!」

「空手を始めて二年と少しの俺に対してあんたは何年修行してきたんだ?」

「糞、痛いところ突きやがる」

 こんな風に素直に認めてしまうのもレベルアップの影響だろう。もっと素直にして綺麗なジャイアンのように綺麗な大島にしてやるから覚悟しろ……無理だな精々普通のジャイアンまでだな。


 その後、早乙女さんにも【反魂】を使って復活させる。

 早乙女さんのレベルアップは十八で、驚いていいのか安心していいのか微妙な数字だった。

「俺も大島に暫く付き合うからレベルアップを頼みたいんだが」

「いいですよ。今日中に七十程度までは上げてしまいましょう」

 早乙女さんなら大島よりもかなりマシな部類に入る人なので、レベル七十まで上げれば真人間になるだろう。そして彼に大島が感化されるなら……悪くない。感化しなければ二人で殴り合って白黒つけるかもしれないのも、それはそれで善しだ。


「それでは心の中で強く。私、高城隆の仲間になりたいと願ってください」

「無理を言うな」

 大島が速攻で拒否した。

「無理でもやれよ。お前が嫌だと思う以上に俺だって我慢してるんだ。大人の癖にガタガタとみっともない真似はするな!」

 今の大島には正面から浴びせられる正論を鼻で笑い飛ばすような真似は出来ない。どんなに拒もうとしても心が言う事を聞かないのだ……などと油断していると痛い目に遭いそうなので気をつけよう。


『早乙女 晴司がパーティーに参加を表明しました。受理しますか? YES/NO』

 勿論YESだ。


「それでは面倒なオッサンは放っておいてレベルアップをしに行きますか」

「よろしく頼む。大島……じゃあな」

 親しい先輩で、多分大島にとっては唯一の友達と呼べる早乙女さんに突き放されて、奴の顔に僅かだが動揺の色が浮かぶ。

 そうシステムメニューが作り上げようと目指すのは知恵と勇気と友情の勇者様だ。その影響を受けた大島が唯一の友達から見捨てられようとしている状況に焦りを感じないはずが無かった。

「分かったやってみよう……」

 こんなに自信が無さそうな大島を見るのは初めてだ……つうかそこまで嫌かよ。俺も嫌だけど。

『…………』

 システムメニューからは何のアナウンスも来ない。


「早乙女さん行きましょうか?」

「そうだな」

「残念ですよ。自分を騙す程度の嘘すら吐けないなんて」

 自分に正直過ぎる男には自己欺瞞は無理だったようだ。

「待て……自分を騙せば良いんだな? ……プライドは捨てぬ。ヘタレの高城如きの下に俺が靡くなどありえない……だから己の心さえ欺く!」

 何だ、きっちり俺をディスりやがって──


『大島 俊作がパーティーに参加を表明しました。受理しますか? YES/NO』

 やりやがった……迷わずに即NO!

「おい高城! お前今何をした? 成功したよな? 俺成功しただろ?」

「確かに成功した……だがお前の態度が気に入らない」

「何しやがるこの野郎!」

「悪いな。俺もまた自分すら騙す事が出来ない未熟者よ……そもそも俺の方から折れるメリットが無い!」

「ふざけるな!」

 その後、早乙女さんが間に入ってとめるまで掴み合いになった。



「それじゃあ説明するけど、俺のパーティーに入るとパーティー全体で経験値というものを共有する事が出来る。つまり俺があそこにいる海龍を倒すと、その経験値は全員で共有しレベルアップすることが出来る」

「頭割りじゃないところが太っ腹なシステムですよね」

「香籐、余計な事を言うと突然バージョンアップで修正されて頭割りになるかもしれないぞ」

 そう脅すと、香籐は血相を変えて押し黙った。

 ちなみにレベルアップのしやすさが、俺を筆頭にパーティー参加の早い方が有利になっている事は言う気が無い。


「……それでだ」

 システムメニューを呼び出して──

 【所持アイテム】内のリストから足場岩を選択し海龍の首に狙いをつけて射出。

 【所持アイテム】内のリストから足場岩を選択し海龍の首に狙いをつけて射出。

 【所持アイテム】内のリストから足場岩を選択し海龍の首に狙いをつけて射出。

 【所持アイテム】内のリストから足場岩を選択し海龍の首に狙いをつけて射出。

 システムメニュを解除すると打ち出された足場岩が五体の海龍の首をほぼ同時に吹っ飛ばした。


 俺のレベルは勿論、紫村と香籐のレベルも上がらなかったが、大島と早乙女さんはレベル六十八と六十七に、残りはレベルが八十以上になりレベルアップに必要な経験値が大幅に増えたので父さんと母さん、兄貴は二レベル。そしてマルは一レベルしかアップしなかった。

 大島と早乙女さんも七十を越えるかと思ったのだが、予想より経験値は延びなかったのは。やはりパーティー参加が遅かった事と、更に海龍は水龍が大型化しただけ経験値にあまり違いが無かったせいだろう。

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