第97話
朝起きて、機能一緒にこの部屋に泊まった父さんと兄貴を【所持アイテム】内からそれぞれのベッドの上に取り出した。
母さんは父さんと同じベッドに、櫛木田達は床の上に、そして紫村は少し考えてから兄貴と同じベッドに、
フローリングと呼べば聞こえだけは良いだろう床の上の四人はすぐに目を覚ました。
「実の兄にそこまでするか?」
兄貴のベッドの上を見た伴尾が俺を詰る……でもその表情には嫌ではない何かの感情が見え隠れ、いや見え見えだ。
「きゃゃぁぁぁぁぁっ!」
数分後兄貴の絹を裂くような悲鳴が響いた。
「そこでニヤリと笑うお前が怖い。本気で怖い。キン玉キュッとなるくらい怖い」
「それより、紫村……ケツを揉んでるぞ。良いのかおい!」
「寝ぼけながらも人肌を感じて速攻でケツを揉みに行くとは、紫村はやはり恐ろしい男だ」
「……起きてるんじゃないですか?」
香籐君が正解だろう。あの悲鳴で目を覚まさないとは思えない。そうあの悲鳴で起きない人間は居ない……だとするなら──
「俺の息子に何をする!」
一呼吸で弓固めへと持っていった。五十ほどのレベル差的に父さんが力技で紫村に弓固めを極めるのは不可能。
しかし紫村相手に技量でプロレス技を極めるのも常人には不可能なはず。
つまり父さんのプロレス技は紫村にさえ通じるレベルという事だ……本当に意味が分からないよ。
プロレスの技は魅せる技であって相手を破壊する技ではない。故に実用的とはいえない技が多く、弓固めを使うくらいならもっと素早く簡単に相手の動きを封じる技は、関節技が本分ではない俺でも幾つか使えるのがある。
それに自分達で使うのではなく、相手が仕掛けてくる関節技に対する備えはしっかりと身につけている我々空手部部員の中でも、一番の床上手……もとい寝業師……これも間違いではないが違う。そう業師である紫村を相手に流れるような動きで絡め取る様に極める。
それは単なるプロレス好きのオッサンに出来る難易度ではない……我が親ながら何者なんだろう?
「う、動けない。まさかこうも簡単に動きを封じられるなんて……クッ!」
極まった状態から脱出しようと試みるが、既に反り返ってしまった背骨は元の位置に戻すだけの力を振り絞れる体勢には無い。
父さんが単純な力の差を越えて技を極める事が出来たのは先ずは意識の分散の賜物だった。最初は首を捻りにいくと見せかけて、それに抗うために紫村が首に意識や力を集中させた状態を維持させながら、紫村が抵抗する動作の中で上体を大きく反らした瞬間に弓固めを完成させた。
しかも紫村が上体を大きく反らしたのは偶然ではない。明らかに父さんは自らのアクションで紫村のリアクションを操作していた。これが一番の理由だろう……本当に何者だ?
ここまで来ると、気軽に尋ねる事が出来ないほどの恐怖を覚える。触らぬ神に祟りなしという言葉が胸に去来する。
「こうまで良いようにされて……何だか自分が掌の中で転がされるようで、これはこれで……」
頬を僅かに赤らめながら妖しい事を口にし始めた紫村に、父さんは技を解いて距離を取る。
「隆、史緒さん以外にこれほどの恐怖を与えるなどお前の友達は何者だ?」
「…………」
俺にはそれに答える言葉が無かった。
「……誰が恐怖を与えるんですか?」
だって母さんが父さんの後ろに立っているのだから。
「お前の家族は何者だ?」
「父さんは極ありふれた公務員で、大学時代はプロレス同好会に所属していたらしい。得意技は弓固め。はっきり言って弓固め職人。母さんは登場人物のほとんどが死ぬような殺人事件が起こるミステリーが大好きな普通の専業主婦」
俺は質問に正直に答えたのに、櫛木田は「全然ありふれてねえし、普通じゃねえ! 大体何で弓固め推しなんだよ無理あるわ!」と否定した。
「そこは否定するな。俺の中の普通の家庭に育った小市民という設定が崩れてしまうだろ」
「知らんわ!」
「だけど本当にどういう人なんですか? レベルがかなり上の紫村先輩にプロレス技をかけるなんて普通は絶対に無理ですよ」
「俺にも分からないんだ。俺だって最近までは自分の親の事をプロレス好きのオッサンだとしか認識してなかったよ」
「最近って何かあったんですか?」
「パワーレベリングをした後で、オーガと戦って貰ったんだが普通に倒すし、屠るにも何の迷いも無かったんで、もしかして堅気の人間じゃなかったのだろうかと不安に駆られた」
「それって絶対に普通じゃないですよ。あんなのでも人型ですよ。それを迷いも無く屠れるなんてまともな神経じゃないですよ」
それは自分を含めて俺達がまともじゃないと言っている事に気付いてるのだろうか?
「それよりお前の母さん若すぎないか?」
目ざとく伴尾が気付いた。
「そうだ! 若すぎるアラフォーとか言うよりも、円熟した二十代って感じだろ」
友達の母親に関して生臭いことを言うなよ。
「いや待て、前に見た時よりも明らかに若返ってる……化粧でどうにかなるレベルじゃなく整形?」
そう思うだろうな。おれも未だに違和感を覚える。昼間はあえてファンデーションなどを厚めに塗って化粧で皺などを誤魔化しているように見せかけているが、今は寝起きですっぴん状態だから誤魔化しようが無い。
「レベルアップの効果で若返った」
「若返った?」
「そうだ。父さんも後退した生え際に抜け始めて分かる長い友達が帰ってきたと大喜びだ」
「マジか!」
そう叫ぶ田村の顔には喜色が浮かんでいる。
「だが言っておくが良い事ばかりじゃないぞ。若返るだけなら良いけど寿命も伸びてるぞ」
「伸びて悪いのか?」
何言ってるの? という目で見るな。想像力のない奴め。
「百歳くらいで普通に死ねるなら良いけど、もし二百歳くらいまで寿命が延びていたらどうする?」
「………………ちょっと……いや、かなり拙いな。幸せな老後が全く想像出来ない!」
事の深刻さに気付いてくれてありがとう。
「何故黙っていた!」
伴尾が噛み付いてくる。
「話してどうにかなる問題じゃないだろ。それともお前が将来、人類の寿命を二百歳くらいまで延ばす薬でも開発してくれるのか? マジお願いします!」
「……それにしても話せよ」
スルーしやがった。
「別にお前等なんてどうだって良いだろ。年取って現実世界で暮らしにくくなったらこっちで暮らせば良いんだし。だけど俺はこっちに逃げるという方法が取れないんだよ!」
「……なるほど。歳をとってこちらで過ごすのも悪くは無いかもな」
自分の問題さえ解決すれば、後は知った事じゃないという伴尾の態度に、こいつが此方の世界に移り住みたいと言い出したら暫く放置しようと決めた。
放置と言えば──
「……友人に兄を襲わせておいて……謝罪の一言も無いのか?」
ベッドの上で枕を涙で濡らしながら兄貴が訴えてくるが無視した。
「無視するなぁ……」
無視した。
俺と父さんと兄貴は部屋を出て階段を使って降りて正面から宿を出る。そして母さんと空手部の連中は路地でそれぞれ合流していく。
こういう場合は仲間の位置が確認出来るマップ機能の便利さがありがたい。
市場に集まるとそれぞれが買い物を始める。勿論金は俺が出す、既に数える必要性を感じないほど金持ちになってしまったのでお金がただの記号のようにしか感じられない。
これが現実世界でも使えるなら良いのだが現代社会のしがらみは全く面倒であり、此方の世界で使うにして継続的に必要なのは宿代と飯代だけで後は、パーティーメンバーの衣服装備品で、それも驚くほど高いというわけでもない。
伝説の武器装備やとんでもない力を秘めた魔法の物品ならば、今の俺の財布を軽くするほどの価値があるのだろうが、少し考えれば分かる事だが、その辺の武器屋に伝説の武器とまではいかないものの家が建つような値段の商品が転がっているなんて事はありえない。
一流レストランで数千万円もするワインがメニューに載ってるのは、単に看板効果を期待するだけではなく、ワイン自体が投資の対象であり購入して保存しておく事で価格の高騰を期待出来るという意味合いも大きい。
ミーアの『道具屋 グラストの店』にでさえ、龍の角に価する商品はそうそう無いそうだ……つまりあるって事だが、「それほどの商品を扱っているという事はとても凄い事であり、それが店の信用であり看板となるのです。常識として受け入れて下さい」とたしなめられる位に、そのクラスの高価な品を扱うというのは大変な事で、本来は王都の大店(おおだな)を営むような大商人にのみ(経済的に)許されるステータスであるとの事だ。
「どれも美味しくて何を買ったら良いのか困るわね」
俺が貸した一トン収納可能の大型の『魔法の収納袋』へと入れている振りをして【所持アイテム】内に収納しているので容量的に困る事も、勿論懐事情で困ることも無い。
母さんが困っているのは、露店に並ぶ食材の全てが地球には存在しないものばかりで、前種類コンプリートするには沢山ありすぎて、ぱっと目に付くも物だけを購入しても、それらの特性を生かした調理を行い食べる段階に到るまで数ヶ月単位の期間がかかるという時間の問題で困っているのだ。
ここで飛びぬけた美味しい食材を外してしまえば、最低でも数ヶ月間はそれを食べる事が出来ないという悩み……正直どうでも良いがな。
市場での買い物を済ませると一度街を出て、人気の無い場所で【迷彩】で姿を消すと浮遊/飛行魔法で飛ぶと森の奥の開けた場所へと移動する。
周囲の草木を払ってスペースを作るとマルとユキを取り出す。
「おおおぉぉぉぉぉっ!」
生ユキを目にした香籐が雄叫びを上げる……雄叫びと言うとオタ叫び、何故かアイドルオタクがコンサートで叫んでるイメージが頭に浮かんでしまう。
「うるせぇっ!」
櫛木田が鉄拳制裁で香籐を黙らせる。
「びっくりしまちたか? 大丈夫でちゅよ」
「気持悪いわ!」
いきなり赤ちゃん言葉でユキに話しかける櫛木田を田村が蹴り飛ばす。
「それにしても本当に雪みたいに真っ白でフワッフワな毛並みだな」
そう呟きながらユキへと伸ばす田村の右手を、マルの手が上から押し下げる。
田村がマルへと目を向けると、マルは正面からその視線を受け止め、そしてゆっくりと首を横に振る。
そのまま田村は左手を伸ばすが、今度は強く手を叩き落される。
「…………」
暫し見詰め合う両者の間に緊張が走るが、田村はふぅと小さく溜息を吐くと同時に肩の力を抜いてからマルに手を伸ばして、頭や首、背中と撫で始めるとマルもそれを受け入れて嬉しそうに尻尾を振る。
「よ~し、よし、よし」
「クゥ~ン」
一分ほどじっくりとマルを撫で回すとマルもリラックスした様子でお腹を上に向けた。
「よしそれじゃあ──」
再びユキを撫でようとした田村の右手にマルがバクッと噛み付いた。
「痛い、なんでぇぇぇぇぇっ!」
マルは加減をしていたとはいえ、田村の手にはしっかり牙の痕が残っている。
「どうしてあのタイミングで俺は噛まれたんだ? 撫でられて喜んでたし、俺が子猫に危害を加えないって事くらい通じてるよな?」
田村としては痛みよりも人懐っこい犬にいきなり噛まれたというのがショックだったらしく涙目だ。
その疑問も、もっともとはいえるが、他に理由がある。
「マルはユキを自分に懐かせたくて必死なんだよ。だから俺達家族といえどもユキに構うと不満そうにしているくらいだから、家族でもないお前如きがユキを撫でようとするのは百年早いというのがマルの考えだ」
「それじゃあ触れないのか?」
「マルの目が黒いうちはな」
「黒くないだろ!」
「……青いうちは」
結局、香籐や田村、櫛木田は【伝心】でマルと話し合った結果、なんとかユキを撫でる事が許された。
「先輩! 僕がマルちゃんを撫でて気を惹いているので、その内にどうぞ!」
「すまない香籐!」
「後は任せた!」
……全然話し合いの結果じゃない気がするが、マルを含めて全員楽しそうなので放っておく。
マルの散歩代わりの運動。そして市場で購入したもの(毎日食う分以上の量を購入しているために、在庫が増大している)で朝飯を取るとハイクラーケンの棲む北の海へと向かった。
クラーケンから五キロメートルほど離れた場所に一度降りた。母さんとマル。そしてユキはここで留守番となる。
『マルはここで母さんとユキを守るんだよ』
『うん! お母さんとユキちゃん守る!』
『あらあら、じゃあマルガリータちゃんよろしくね』
『喜んでぇ!』
誰だ余計な事をマルに教えたのは?
男達は岸壁から眺める白波の立つ海の向こうを見つめている。
「ついにクラーケンとの戦いか──」
「違う」
感慨深げに何か言い出す様子の櫛木田の言葉を俺は遮った。
「違うって何がだ?」
「クラーケンじゃない。ハイクラーケンだ」
「ハイクラーケン?」
喧騒に、そして若干嫌な予感を感じているのだろう不安そうに尋ねてくる。
「クラーケンの中でも全長二百十二メートルを超える化け物を、ハイクラーケンと呼称するそうだ」
「にひゃくじゅうにメートル?」
そのスケールの前に、櫛木田の顔のデッサンが崩壊した。
「しかも今回の標的は四百メートル級の大型のハイクラーケンだ」
「よんひゃくメートル!」
膝がカクカクと震えている。
「ビビるな櫛木田。でかいといってもタコだぞ。軟体生物如きに人間様が──」
「タコの寿命が五十年以上あったら、人類の変わりに地球の覇者となっていたとも言われてるけれどね」
「……」
「この世界の海において人類とクラーケンのどちらが覇者かは明らかじゃないですか?」
「いや、現実世界だってクラーケンやハイクラーケンが海に居たら、大航海時代も太平洋戦争も起きてないだろ」
伴尾は心が折れそうな櫛木田を奮起させようとしたのに、紫村と香籐、そして俺から集中砲火を浴びて撃沈した……空手部は心が折れてから勝負だから良いんだよ。
『これは想像以上だな』
上空八百メートル。十分にハイクラーケンの触椀攻撃の射程内だが、この距離で攻撃を食らうようなら、そもそもこの場に立つ資格は無い……浮いてるので立ってはいないんだけど。
しかし、眼下にハイクラーケンを見下ろした一同は、平行世界でもっと大きな化け物に遭遇した紫村と香籐でさえ、広域マップ内に表示されるハイクラーケンのシルエットのサイズに改めて驚きの声を上げる。
『こいつは大物だ。例えるなら高倉健さんクラスだな』
櫛木田がまた妙な事を言い出して、皆が「はぁ?」と声を上げる。
『ハイクラーケン。ハイを高に変えて高クラーケン、高クラケン、高倉健!』
櫛木田はドヤ顔を決めたまま、その場に居た全員。兄貴からも攻撃を受けて気絶して落ちて行き、海面に墜落する前に触腕の一撃を食らって弾け飛んだ。
『ロード処理が終了しました』
「余計な手間掛けさせやがって!」
「思いついた冗談は口にする前に口に出すべきかどうか判断しろと言ってるだろ!」
ロードにより母さん達の居るベースキャンプを出る前の状況に戻った我々は一斉に櫛木田に罵声を浴びせた。
良く考えれば殺された挙句に、自分を殺した犯人達から罵声を浴びせられるって凄い状況だな。
再びハイクラーケンを見下ろす上空八百メートル地点に到達する。
『まずはこの高度を維持した状態で一撃を加える。そして奴の気候操作が始まったらすぐに高度千メートルで、発生する積乱雲から距離をとれ』
指示を出す俺に紫村が割って入ってきた。
『高城君。実際に闘って見る前に、我々の攻撃がハイクラーケンに通じるのか試してみた方が良くはないかい?』
『どういうことだ?』
『どういう事も、僕自身どこまで通じるのか試してみたいんだよ』
『自分も、あの巨体に一撃を打ち込んでもみたいです』
『まあ、死んでもやり直せるなら興味はある』
『死の恐怖と、あれほどの化け物と戯れてみたい言う気持ち、秤に掛けて実に悩ましい』
『じゃあ、櫛木田は見学だな』
『やるよ!』
どうして彼等はあんなにも死ぬこと自体を恐れないのだろう……九割がた俺のせいだけど。正直死んだ事の無い俺には良く分からない。
俺も死に掛けた経験は何度もあるが、そこには深い暗闇を覗き込むような恐怖が常に付きまとう。
彼らの様に死に至ろうとする自分と冷静に向かい合う事は出来ない……一度と言わず何度か経験してみたい。
もしも、自分以外のオリジナルシステムメニュー保持者のロードに巻き込まれたら……無理だな。
俺以外の奴等も何度もセーブとロードを繰り返しているはずなのに、巻き込まれた記憶が無いのだから、自分以外のロードによる巻き戻し以外では記憶は引き継がれないのだろう。
『ロード処理が終了しました』
『まあ、想像通りだったね』
清々しくそう語る紫村は、唯一最後まで触椀や触手の攻撃を避けハイクラーケンの胴体部分にまで迫り、降下で得た運動エネルギーを上乗せして、一撃を入れたが、分厚い外套膜はその打撃力を内側に伝える事無く外套膜を波紋状に波打たせる事で吸収し、次の瞬間盛り上がった外套膜により全身を包まれて血飛沫となって果てた。
タコやイカの類、特にタコは色による擬態だけでなく身体の表面に凹凸を作り出して立体的な擬態をする。
外見、特に胴体がタコに似ているクラーケンならば想像の範囲内の事だが、あの巨体をして接近戦でも隙が無いとは恐ろしい難攻不落もいいところだ。
それに防御面でも、あの外套膜はありえない。波打った形から見て厚さがに三メートルという事は無い。多分十メートルはあるだろう。
つまり厚さ十メートルの柔軟で強靭な筋肉の壁だ。一体どうすれば良いというんだ?
紫村以外については特に語るべきな事は無かった。
能力的に紫村に大きく劣っている訳ではないが、まあセンスというか頭の出来の違いなのだろう。彼らはハイクラーケンの攻撃をに対して、いつもの感覚で最小限の動きで避けようとしたのだ。
ほぼ全身が筋肉で出来ているタコは、その筋肉を効果的に動かすために三つの心臓を持ち、更に八本の腕を操るために目と目の間の奥に存在する主脳とは別に、機能を運動中枢に絞った小型の脳とも言うべき器官を腕ごとに備えている。
ハイクラーケンはそんなタコにも劣るはずもなく、最小限の動きで避けようとした三馬鹿と香藤に対して、瞬間的に反応して軌道を変えると吸盤の中にある、タコではなく一部のイカに存在する爪を使って引っ掛けて絡め取ってしまった。
『紫村はともかくお前らはもっと死に対して臆病になれ。簡単に死に過ぎだ』
『お前が俺達をこんな風にしちまったんだよ!』
田村の叫びに彼等だけではなく俺まで肯いてしまった。
『お前が肯くな!』
仕方ないだろう。死の恐怖を知る事は壁を突き崩し新たなステージに立つ一歩となると思ったのだが……何故か皆が死に慣れ親しんでしまうとは思わなかったんだよ。
『次に、上空から岩を落とした場合、どうなるか確認したいのだけど』
『この高度から岩の投下でも重さ四トンの円柱形の物体が、音速の三分の一の速度で突っ込むのだから大ダメージだろうな』
『戦艦大和の主砲は音速の二.三倍の速度で重量一.五トンの徹甲弾を打ち出すけれど、大和の装甲は設計上それに耐え得るんだよ。あの化け物の防御力が大和の半分以下だと思う?』
『…………マジ?』
つまり、以前上空から足場岩を落としてハイクラーケンを怒らせたのは、大きなダメージを与えたからでは無く単に沸点が低かっただけの可能性があると言う事か?
『マジだよ』
サイズだけに限って言えば大和の数倍の排水量を持つだろうハイクラーケン相手では、俺達の肉体が持つ物理的破壊力と知恵と勇気と友情だけで挑むのは確かに無謀に思えてきた。
『今のところ使える魔術や魔法でハイクラーケンの生命活動を止める方法は僕には思い浮かばない。あの水晶体の巨大な集合体を貫通させた例の方法でも使わなければ無理だよ』
『ならばやはり、純粋水──』
最後まで言わさずに兄貴の意識を刈り取って収納した。
『お前の兄さんは何を言おうとしたんだ?』
『さあ、何だろうね?』
答えてたまるか。
俺の使える攻撃の中で【射出】以外で一番強力な攻撃は何か?
考える間でもなく最初の火龍戦で使った巨木による串刺し戦法だが、三十メートル程度の長さでは何百回貫けば致命傷になりえるのだろう?
……まてよ火龍戦? そうだ。俺は火龍戦で強力な武器を手に入れていた……火龍の血だ。
体外に出ると発火し、一度発火すると水を掛けるどころから水球などで包み込んでも燃え続ける凶悪な液体。
あれをハイクラーケンの身体の中で発火させることが出来たなら……
あの巨体を死に到らしめるにはどれだけの火龍の血が必要なんだろう? 十リットルやそこらなら壺に入れてという方法もあるが、火龍の血の燃焼力がいかに凄くても、燃えるのが火龍の血自体である以上、大きなダメージを与えるのは無理だろう。
問題は振出しに戻ってしまった。
やはり現状で一番強力な武器は、巨木を使った【装備】による攻撃だが、三十メートルでは致命傷を負わせるのは難しい。
だがそれ以上の巨木となれば……ん? …………あっ!
あったよ。俺がこの世界に一番最初に現れた場所。百メートルを超える様な木々が立ち並ぶあの森だ。
『一旦撤収する』
そう告げると、母さんたちのいる場所に向かって移動を開始した。
「隆、どういう事なんだ?」
「奴を倒す方法を思いついたんだ。俺が始めてこの世界に来た時の事を話したよね」
「ああ、巨大なオオカミに襲われて死に掛けたという話だな」
「その巨大なオオカミが居た森の木は、多分百メートル以上はあったんだ。幹の太さも直径十メートルくらいはあったんだ」
「そういえば、巨大な木々が聳えるというか、何もかもがスケールの大きな森にいたと言っていたよね」
俺は幾らファンタジー世界だとしてもちょっと信じて貰えないと思って、百メートルの木の話は正確には話していなかった。
「えっ? あれって冗談じゃなかったんですか?」
そうだよ香藤。むしろお前の反応が正しいんだよ。
「でも高城君。現実世界の方でもセコイアの木は大きなものだと百メートルくらいには育つはずだよ」
「えっ?」
「確か一番高いのはカリフォルニア州にあるハイペリオンと呼ばれてるセコイアは百十五メートル五十五センチ……まだ成長しているはずだから百十六メートルくらいあるかもね」
「マジ?」
「間違いないよ」
「……もしかして、ここってアメリカだったとか?」
「それは無いから」
自分がここを異世界として受け入れた理由が崩壊し何が何だか分からなくなっていた。
「それよりも、そもそも百メートルを超える木って【装備】出来るものなのか?」
「その疑問は、三十メートルの巨木を【装備】する時に考えたよ!」
「それよりも根元の直径が十メートルってどうやって切り倒す気だ?」
「それは……何とかやってみるしかないだろう」
田村と伴尾の突っ込みに知らねえよと逆切れしなかった自分を褒めて上げたいくらいだ。
「ノープランか、柴村何とかなるか?」
「流石にスケールが大き過ぎて、今までの自分の経験から導き出せるような事じゃないから時間が欲しいよ」
「そうだろうな、むしろ答えがサクッと出る方が怖い」
だが、そこで母さんが空気を読まずに意見を出す。
「【装備】って基本的に何でも出来るのよね? 三十メートルの大きな木でも出来るくらいなんだから」
「そうだね、本人がこれは武器だとイメージ出来るなら大丈夫だと思う」
「それなら簡単よ。まず長い棒と出来るだけ広い布で、旗みたいなものを作って」
言われるままに、近くの森に踏み入って真っすぐで太い枝を見つけると切り落とし旗棒とし、それに毛布を結び付けて旗とした。
出来上がったものを母さんに渡すと、長さと重量で簡単には持ち上がらないはずの物を軽々と持ち上げて旗をなびかせるように地面に水平に振ると【収納】した。
そして高さ十メートルほどの木に向かって慎重に距離を測りながら構えを取ると同時に出現した旗によって木は根元から膝上くらいの高さで幹の間に挟まった毛布によって分断されている様に見えた。
試しに分断されていると思われる木の上の方を意識して【収納】を実行すると、問題なく消えて【所持アイテム】内に入った。
「やってみるものね。成功するかどうかは正直半々だったんだけど。これでもっと大きなのを作ればいけるんじゃないかしら?」
そう言った母さんの言葉に紫村が微妙に凹んでいたのが見てとれた。
切り立った崖の岩肌の前で魔道具に魔力を注ぎ込んで『道具屋 グラストの店』へこちらの現在位置の座標を送ると、間もなく扉が現れる。
「何だか良く分からないが凄い技術だな」
『ミーアの店だ!』
「な~ぅ」
此処で留守番する事もあるマルとユキが尻尾を振る。
「ミーアさん!」
そう叫びながら香藤が扉に向かって走り出す。
そんなマルやユキに接する時以上に浮かれた香藤の姿に櫛木田達が「あいつ誰?」と漏らしたの仕方のない事だ……仕方のない奴だよ。
「いらっしゃいませ、皆様方……今日は初めてのお客様も沢山いらしていただき恐悦にございます」
「た、隆……こちらのお嬢さんは一体……まさか?」
「エルフだよエルフ」
いきなりエロフである事は伝えない。
「いや……馬鹿な、こんなに胸のあるエルフがいるはずが──ぐぁっ!」
母さんの放った鋭いスマッシュが父さんの頬を深く抉り、一撃でマット……いや、地面に沈めた。
一瞬遅ければ、俺も「分かる」と答えてスマッシュの餌食になっていたかもしれない。
「高城この美しいご婦人を紹介しては貰えないか?」
櫛木田がいつもの病気を発症させているが、気取った表情を作っても伸びた鼻の下はテニスコートが作れそうだ。
「俺にも俺にも」
田村と伴尾も何時もの通りだった。
兄貴は【所持アイテム】内に留めておくのが正解だろう……兄貴自身の為にも、そして母さんを怒らせる事で俺とマルやユキの心の平静が乱される事が無い為にも。
「今日は布が欲しい、先ず広い面を取れる物で、出来るだけ丈夫で、そして可能なら軽い物を頼む」
「広いとはどれほどの大きさでしょうか?」
「大きめに十五メートル四方の大きさ。これは縫い合わせたモノでも全く構わない」
「多少時間をいただけるのなら、問題なく用意させていただけます」
「ではよろしく頼む」
「そんなリュー様と私の仲じゃないですか?」
「突然態度を変えるな。俺とお前の間には客と店主という仲しか存在しない」
「まあ、つれない……」
何だその目は? まるで俺が悪いみたいな空気を目だけで作る気か? やめろ。出るところ出て訴えるぞ!
「隆、そのお嬢さんとはどういう関係なの?」
その瞬間に背筋が凍り付く。周囲の空気が十度くらい下がった。
「この人はこの店のオーナー兼店長のミーア。お嬢さんなんてそんなものでは無く、齢数百年のエルフで、十代の少年が大好物なエロフです」
「ミーアさんに失礼な事を言うな!」
叫びながら背後から殴りかかって来た櫛木田の拳を見もせずに頸の動きだけでかわす……読んでいた訳でも偶然でもなく、殴られてシャレにならない後頭部の攻撃を避ける様に動いただけだ……だけだで済むか!
右の耳朶を掠りながら通過した拳を左手で掴んで内側に捻りながら折る。奴が肩を外して逃れる暇も与えなかった。
そして、そのまま折った右手首を前に引きながら、奴の右胸の肋骨を砕くべく右肘を背後に突き出すと、奴は辛うじて左手で俺の肘を受け止めた。
しかし、その時すでに闘いは終わりを迎えていた。肘を囮にして後へと繰り出した右足の踵が奴の股間を捉えていた。
崩れ落ちる櫛木田を挟んで田村、伴尾と睨み合う。
「高城君の言ってる事は本当だよ」
紫村の言葉に二人の目が飛び出さんばかりに見開かれる。
「あの美貌、あの妖艶さで……十代の少年OK…………女神かよ!」
駄目だ田村のリビドーが暴走している。
「凄く……良い!」
伴尾貴様もかっ! 気持ち悪いほど鼻息が荒い。
床の上のオブジェクトと化した父さんと三馬鹿を収納し終えるとミーアに「では出来るだけ早く頼む」と告げた。
「隆はあの人……大丈夫なの?」
息子がエロフに性的に食われる事を心配しているのだろう。母さんは少しうろたえている。
「俺は草食系だからガンガンエロで押されると退くんだよ」
「そ、そうなの……でも、ちゃんと年頃の男の子として、きちんと同級生の女の子とか、隆に似合った年頃の恋愛もした方が良いと母さんは思うの……草食系はどうなのかなって」
「……ごめん、そういうのは兄貴に任せたから」
「大が期待出来ないから隆に望みを託していたのに……可愛い彼女が遊びに来てくれるのを夢見ていたのに」
夢を打ち砕かれて涙する母さん。兄貴だって大学で弾けて彼女の一人や二人ゲットして連れてきてくれるよ……別の方向で弾ける気しかしないけど。
『タカシお母さん泣かせた!』
「な~ぉ」
マルは俺を責め、ユキはお母さんを慰める。
『お母さんに謝って!』
マルは俺の袖を噛んで引っ張る。
『俺が悪いの?』
『……! 悪くないの?』
マルは首を傾げる。
『母さんの期待に応えられない事ってあるよね』
『……ある!』
『それは仕方ないよね?』
『そういう事もあるよ』
『……じゃあ、俺悪くないよね?』
『うん、タカシ悪くない』
良かったマルと分かり合える事が出来た。
『アナタ達ね……』
振り返ると母さんが鬼の形相をして怒っていた。
『タカシ! 謝る。すぐに謝る! マルも一緒に謝るから!』
結局マルと二人で、いや一人と一匹で必死に謝る事になった……納得出来ない。
だが俺は謝りながら感謝していた。胸の無い方のエロフがこの場に現れなかった事に、そうなった場合どうなったか、俺は想像さえしたくなかった。
注文の品を受け取ると俺達は浮遊/飛行魔法で始まりの森を目指す……今、勝手に俺が名付けた。
『ねえ隆、大や英さんやお友達はあのままで良いの?』
まだ浮遊/飛行魔法を使いこなせない母さんは、浮遊/飛行魔法を発動させて風防を展開し浮いた状態で俺に牽引されている。
母さんの風防の中にはマルとユキが居るので、加藤が羨ましそうに見ている。
『良いんじゃないかな、別に作業が始まるまでいなくても困らないし』
むしろ移動時間退屈しないで済んだと喜んで欲しい。
現状の最大速度の時速八百キロで飛ばしたので一時間も経たずに目的地が見えてくる。
『主将が一目で異世界なんだと確信したというのが理解出来ました……』
『香藤の慰めが辛い』
『いえ、僕もいきなりこの景色を見たら地球上のどこでもないと思います』
『確かにセコイアの森の事を知っていても、これは現実とは思えないよ。セコイアの森はおよそ八十メートルくらいだけど、この森は全体的に百メートルを超えているし、森の中央の一帯の木々は百五十メートル近いよ。高城君、これは地球で見られる景色ではないよ』
二人の気遣いがとても温かかった。
森の外れに着陸すると、父さん達を【所持アイテム】内から取り出して地面に転がす。
マルに顔を舐められて起こされた父さんと兄貴は幸せだろう……香藤が羨ましそうにしているし。
残りの三人は俺に蹴られた上に、目覚めると未だ癒えていない怪我の痛みに襲われる。
「治療してくれ~」
特に股間にぶら下げた男の勲章の半分が砕けた櫛木田は痛みで自分で【大傷癒】を使う事すら出来ない。
「痛くて漏らしそう」
慌てて治療した。
「だがどうしてこの森だけが、植生がこんなにも他と違っているんだ?」
「そうは言っても、隆君以外はこの世界の事はほとんど知りませんからね……お父さん」
「お父さんと言わないで貰おう!」
紫村の言葉に父さんは本気で嫌そうに言い捨てる。
「そういうかたい所も隆君に、いえ隆君も似たんですね」
今の「かたい」が何か別の意味に聞こえた。多分俺が感じた通りの卑猥な意味が入っているのだろうが、一々突っ込まない。絶対に突っ込まないぞ!
『タカシ! この木登っても良い? ユキちゃんと一緒に。お母さんも登ろう!』
マルは異常にテンションが高い。
『ここにいるのは魔物達はすぐに襲ってくるから大人しくしていて』
『え~! マル強いから大丈夫だよ』
何を根拠に言っているのか分からない。
マルはレベルアップはしているが戦闘には参加していない。もう少し分別がつくようになるまでは戦いを経験させるべきではないと判断したからだ。
マル自身も『マル。絶対に思いっきり力は使わない!』と宣言した通り、自分の力をセーブして生活している。
全力で力を使うのは、他に誰も居ない場所で俺が見ている時だけだ。
『マルは喧嘩したことないよね?』
まだブリーダーの元にいた時に兄弟喧嘩は経験しているかもしれないが、家に来てからは生来の呑気な気質から、近所の犬と喧嘩した事ないどころか、吠え掛かれても不思議そうにするだけである。
『大丈夫。マルは沢山れべるあっぷというのをした強い子だから』
『レベルアップする事でマルの力はすごく強くなったけど、この世界には龍とか最初からマルの何十倍も大きくて強い生き物がいるんだよ』
『……アレはだめ、ズルイ』
マルの尻尾がだらりと下がる。
『その内マルにも戦い方を教えないとな……だから今日はおとなしくしてなさい』
勿論、他の連中へ施したのに比べたらはるかに優しくなってしまうのは仕方のない事だろう。
『マル戦うの? お母さんやユキちゃん守るなら頑張るよ』
俺や父さん、兄貴に涼は守って貰えない様だ。まあ普通に考えて守る立場だしな……いや、涼は守ってやれよ。一応「妹」枠なんだから。
伐採作業は簡単だ。
普通の伐採作業とは違い、木の倒れる方向云々という手順は一切必要ない。
布を使って木を根元から切断し、倒れる前に俺が収納してしまえば良いのだから、短時間で十本の巨木言うか巨大木と呼ぶべき木々を伐採し【所持アイテム】に収納した。
「なあ高城、どうしてここまで奥の手とやらを使わないんだ?」
「それは今のところ……というか多分今後も俺以外に使えない方法だからだよ」
「つまり、俺達だけでも倒せるようになっておけという事か……お優しい事で」
「高城君は優しいよ」
「そうだな。何だかんだで大島に対して身体を張って部員を守ってたんだからな」
何この空気、もしかして俺死ぬの? それとも褒め殺し? もしくは──
「という訳で、是非とも高城にハイクラーケン攻略を見せて欲しい」
「そんな事だと思ったよ! ……つうかお前ら俺が死んだらどうする気なの?」
「……死なないだろう」
「いざとなったら奥の手使うんだろ?」
「お前はよく言えば臨機応変だからな……良く言えば」
「機を見るに敏ですね」
「香藤君、こういう時はフォローはしない方が良いよ」
柴村、お前が一番きついわ!
ポトセッド河口域に再び戻ってくると「先ずは先に倒してから飯を食おう」と告げる。
「余裕だな」
岸壁から飛び立とうとする俺の背後から櫛木田が声を掛けて来た。
「それほど余裕はない。だが久しぶりに命を張った戦いだからな」
「そうか……ところで勝てるんだよな?」
「何言ってるんだ? 確実に勝てる戦いに命を張る必要はないだろ」
「…………」
「お前達の全幅の信頼を得て生き死にを掛けた戦いに赴けるのだありがとう」
「…………明日にしない? 明日お前だけでこっちに来て戦うってどうだ?」
「友の思いと決意を背負って戦う。男子の本懐じゃないか」
「ちょっと待て!」
「大丈夫だ。安心しろ。お前達が心の底から信じてくれるなら。その思いを力に変えて闘い。俺は必ず勝つ」
「ごめんなさい。信じていません。ヤバくなったら奥の手を使って勝つと思ってるから、お前が命を懸けるなんてこれっぽっちも思ってません。なんなら俺が攻略の糸口を掴むから、やらせてくれ!」
「お断りだ!」
そう叫ぶと全速力で海面へと向かって降下した。
「結局は前回もロードして終わったから、マップにはハイクラーケンは表示されないんだよな……櫛木田達がこっちに来るまで時間は無いし」
現在の周辺マップの範囲は三キロメートルにも及ぶ、つまりハイクラーケンの触椀の範囲外の距離からハイクラーケンを発見出来る。その利点を最大に活かす為に【所持アイテム】内で埃を被っている──勿論比喩表現──血抜きも解体もしていないオークの死体を海上百メートルの高さから海面に向けて投下し続ける。
背後から櫛木田達が「待てこら!」と叫びながら追いかけてくるが、速さはこちらが上だ。
同じバージョンの浮遊/飛行魔法を使用しているので実用最大速度は同じだが、こちらには推力にはまだまだ余裕があり、更に姿勢を崩した時の対応も反応速度の速さから俺の方がかなり有利なので、実際の限界速度はこちらの方が時速で五十は上のなので追いつく事は無理だ。
「来たな!」
オークを百体以上投下してやっとハイクラーケンがマップ上に出現した。
水深千メートルを超える深海を北から此方向かって進んでくる。
『ハイクラーケンが来た。さっさと逃げろ。死んでもロードはしない。むしろセーブする!』
そう【伝心】で告げると『そこはセーブしろよ人でなし!』と逃げ去っていく……セーブとロードを間違えるほど慌てているようだ。
直後、真っすぐ上に上昇しながらオークの死体をまとめて十匹投下する……自分の真下にハイクラーケンを誘き寄せるのだ。
上空千メートルで停止し、ハイクラーケンの動きを確認するためにマップを食い入るように見つめる。
千メートルから足場岩を投下した場合の、海面への着水にかかる時間は十五秒弱。ハイクラーケンが海面近くまで到達する前に着水すれば十分なダメージを与えることは出来ない。遅すぎた場合は迎撃される可能性が高い。
マップ内の移動速度から海面への到達時間を予測する。
「今だ!」
まとめて十個の足場岩を投下する。コンマ五秒後にまた十個。更にまたコンマ五秒後にまた十個を投下し、そのまま最後に投下した岩の一つに取り付いて一緒に落ちていく。
「ビンゴ!」
最初に投下した足場岩が海面上に姿を現したハイクラーケンの身体に命中したのだろう、海水に落ちた岩とは違う鈍い音を三つ響かせる。
命中した時のこちらの高度は約百三十メートル弱、この音が俺の耳に届いたのがコンマ三秒後で、その時点での高度は九十メートル……まだ早い。
そして二度目の命中音が聞こえた。この時点での高さは高度四十メートル……高度的には十分な距離だが俺の取り付いた岩はハイクラーケンへの直撃コースを外していた。
「ちっ!」
舌打ちしながら、足場岩を蹴ってハイクラーケンへと跳躍する。狙いは両目の間。タコもイカもその奥に脳がある。
跳び出した俺とハイクラーケンの視線が交差する。巨大な目が俺に焦点を合わせる様にキュッと瞳孔が狭まるが、その瞬間木と呼ぶのもおこがましい巨大過ぎる物体がハイクラーケンの両目の間を貫き通していた。
着水の直前に両膝を抱え込むように身体を丸め【巨水塊】に身体を包んだ。
水面に叩きつけられるのは避けられたが強力な抵抗が身体に伝わり、関節や骨が軋む。
そして抵抗が収まり身体が水面に浮き始める。海中から見上げる海の水面はキラキラと輝いて綺麗で、浮かぶハイクラーケンの身体は色が抜け落ちたかのように白っぽく見え、ハイクラーケン討伐のアナウンスウィンドウが開き、俺はレベル百七十七になった。
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今回もほぼ書き直し
もうあちらに投稿したのは消そうかと思うくらい酷い……こっちが酷くないとは言ってない
取りあえず、次の話を書き終えたら、指摘していただいた間違いや、自分で見つけた間違いを修正します
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