第90話

 今日も今日とて、二号を置き去りにして俺は宿を出た。

 既に昨日の段階で二号には龍殺しの称号は諦めて、普通に軍人として仕官するように勧めてある。後はそれを二号が納得するかどうかは奴次第だ。


 どうせ納得はしないだろうが、現状でこれ以上二号をどうするという考えは俺には無い。

 暫くは普通にオーガ辺りを狩って名前を揚げ──最近はすっかり雑魚扱いだが、オーガはそこそこの規模の町が壊滅しかねない魔物──ておくようにとは指示を出してあるのだが、今日は櫛木田達の事を説明するのが面倒なので、そのまま姿をくらましたという訳だ。



「! ……」

「目が覚めたか?」

 深い森の奥で、硬い地面の上で目覚めた櫛木田は何がなんだか分らないといった様子で、目を見開いている。

 穏やかな談笑の途中でいきなり気を失い。奴の主観的な次の瞬間には地面に横たわっているのだから仕方が無い。

「何が起きた?」

「お前の身に起きた事なら、一言で云うなら色々ってところだ」

「何をした!」

「質問に答える前に言わせて貰うなら、お前達を異世界に招待した」

「異世界だと? お前、まさか……」

「あちらはパラレルワールドで、こっちはファンタジーな異世界ってやつだ。安心しろ、あちらよりは幾分ましだぞ」

「ファンタジー?」

「そうだファンタジーだ……お前らも起きろ!」

 両手に水球を出現させると、そのまま田村と伴尾の上で解除して頭に水を被せる。


「何!」

「うわっ!」

 驚き飛び起きる二人に「おはよう!」と声をかける。

「た、高城?」

「何だ? いきなり……俺は何を?」

「面倒臭いから、結果だけを伝える。櫛木田にも話したことだが、お前達をファンタジーな異世界に連れてきてしまったって事だ」

「異世界ってまたか?」

「お前の想像しているのとは違って、今回はファンタジーな異世界だ。水晶球の化け物みたいのしかいないのと違うから」

「何を言ってるんだ高城?」

 言っている事が理解出来ないというよりは、受け入れがたいという感じだな。ならば分りやすく理解させてあげるべきだろう……丁度良いタイミングだし。


「説明するよりも実際に見た方が分りやすいだろう。ちょっとこっちを見てくれ」

 そう言って、三人の背後の空を指差す。


「えっ……紫村?」

「それに香籐……何故だ」

「何だアレは……そんな馬鹿な!」

 三人が振り返った先には、空を飛ぶ紫村と香籐が背後に火龍を引き連れてこちらに向かって来ているのが見えているだろう。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 全長三十メートル級の巨大な化け物が真っ直ぐ突っ込んでくる迫力の前に三人は一斉に悲鳴を上げた。

 気持ちは分る。分るけれど、そんな風に驚く事が出来る事が少し羨ましいというか、初々しくさえ感じる。


「退避!」

 俺が叫ぶと、紫村と香籐は鋭くそれぞれ左右に方向を変えて火龍の前から逃げた。

 そして一瞬、どちらを追うべきか速度を落とした火龍の顔へと、レールガンよりずっと速いと呼ばれる──俺が個人的に呼んでいる。実際のレールガンの速度は軍事機密だろうし──超高速の拳大の岩を撃ち出す。

 岩は摩擦熱で燃え上がる間もなく目標を捉えると同時に爆散させた。

 残った頭から下は墜落して、地面に叩きつけられ激しく転がり、俺達の手前十メートルほどで止まった。


「た、助かったのか?」

「何が起きた? 何が起きてるんだ!」

「まあ、とりあえずファンタジーの世界にようこそって事だ」

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 嫌だな、俺はふざけてなんていない。真面目にこんなことしてるというのにどうしてご理解頂けないのかな?


「大体、紫村! お前は空を飛んでたよな?」

 奴らの追及の手は紫村へと向かった。

「僕達は全員空くらいなら飛べるよ」

 そう言って再び身体をふわりと宙に浮かせて見せる。

「……どういう事だ高城!」

 紫村が浮かんでいるという事実が自分の中で説明付けられない田村が今度は俺に矛先を変えた。


「分りやすく言うと魔法って奴だ。俺も紫村も香籐も使えるようになった。それをお前達にもって思ったのだが余計なお世話だったな。申し訳ない。今日一日、好きなだけ異世界の美味い物を食って時間を潰してくれ」


「ま、待ってくれ。魔法ってそんなものを俺達も使えるようになるのか?」

 伴尾が食いついてきた。

 すぐ使えるようになるのは魔術で、暫くは糞使えないのばかりだが、とりあえず嘘ではないので肯いておく。


「今日一日あればレベリングして──」

「レベリングってお前まさか?」

 伴尾が食いついて来た。


「そうだよゲームでお馴染みのレベルアップだよレベルアップ」

「ゲームかよ? ファンタジー世界だからゲームなのかよ! マジで?」

「マジだよ、だからレベルさえ上げれば使えるようになるけど、どうやら気に入らないみたいだから止めておくよ。無理強いはしたくない。お前らは今日一日こっちの世界を楽しんで帰ればいいよ」

 敢えて突き放す。俺からお願いするのではなく奴等が望みそして頼み込んでくるように仕向ける。

 その結果、どんな事が起きようとも自己責任という状況を作り出すのだ。


「高城ぃぃぃっ!」

 雄叫びに振り返ると、そこには見事なまでの美しい土下座をする櫛木田の姿があった。

「な、何だ?」

「俺を魔法を魔法を使えるよにしてくれ。頼む! この通りだ。魔法が使いたいです!」

 腰を軽く浮かせて額を地面にズリズリと擦りつけながらの懇願だった……そういえばこいつは一時期手品にはまっていたな。

 全く適性は無く、逆に俺が一発で決めてやったら泣きながら悔しがっていたけど。

 手品じゃなく本当の魔法や魔術を使いたいだろうな……とりあえず魔法は内緒の方向で行こう。微妙な俺のように魔術地獄に苦しめばいい。


「教えるのはやぶさかではない。だが物事には常にメリットとデメリットが存在するのは分るな?」

「勿論だ。例えこの先にどれほどの困難が待ち構えていたとしても、この言葉を告げよう『時間よ止まれ、汝はいかにも美しい』と」

 ……こいつ、何を言っているんだ。

「高城君。ファウストだよ。ゲーテのファウスト。悪魔メフィストフェレスとファウスト博士が魂の契約を結ぶ際の言葉で……彼の何時ものアレな病気だよ」

「そんなの知らんがな!」

 大体誰が悪魔だ。


「また何時もの病気かと思ったら、やっぱり何時もの櫛木田病かよ」

「全くだ。お前は賢そうに見せたいのだろうが、ただの間抜けだ」

 田村と伴尾からも容赦の無い罵声が飛ぶ。

 話す相手が分らないようなネタを選ぶ厭らしさが叩かれてるのであって、決して知らなかったので恥をかかされたと憤っての事ではない……別に俺は怒ってない。


「それで田村と伴尾はどうする?」

 櫛木田が落ちた。次に落ちるのはどちらか?

「高城。未だ他にメリットはあるのか?」

 やはりこいつらは馬鹿だ。デメリットよりもメリットを先に考える。小心な俺には不可能な事を平気でしやがるものだ。


「先ず頭が良くなるぞ。頭の回転が高まり、コンピューター並みの演算力といえば語弊があるが、人間とコンピューターのどちらに近いといえばコンピューター寄りと言って良いだろう。それに記憶能力は本をぺらぺらとめくって読むだけで一字一句間違いなく頭の中に叩き込まれる感じだ。辞書だって一晩で頭に叩き込めるし、英語どころかフランス語だろうが辞書を頭に入れてから吹き替え無しの映画を三本くらい観れば日常会話で困ることは無くなる」

「高城……一生ついていくよ」

 田村、早っ! そして馬鹿だ! 想像以上に馬鹿だ!


「ほ、他には何かあるのか? 例えば──」

「肉体的に強くなる。しかも圧倒的に……というか人類を越える」

「……そうじゃなくて、ほら、女子から好かれるとか、モテモテになるような」

「……もしそうなら、俺はとっくにモテモテのはずだろ。お前には俺がモテモテに見えるのか?」

「ごめん、本当にごめん」

 そう言いながら力なく崩れ落ちる伴尾。モテたければ自分で内面を磨け、そして格好いい男になるんだ内面だけでも……心に棚を作って何が悪い!


「……あっ、そうだ」

「何だよ?」

「こっちの世界って、俺達のようなワイルドすぎるというか男臭いというか、そっち系の方がモテるらしいぞ」

「マジ?」

「マジで、むしろ優男風のハンサムはモテないらしい」

 ……二号談。


「高城、これから俺は手紙を書く。それを現実世界の家族に渡してくれないか」

「おい、まさかお前……」

「俺はこの世界で生きる! そして嫁と、愛人達に囲まれて幸せを生活を送るんだ」

「……ま、まあ、この世界は一夫多妻OKらしいけど」

「エクセレンツ!!!」

「た、田村!?」

 振り返ると背後で、拳を突き上げ涙が滂沱となって頬を伝う田村がいた。

「ここはエーリュシオンかマグ・メルかヴァルハラか?」

 く、櫛木田まで……ちなみにそれは全部、死んだ後に行く世界だ。


「幾ら、何でも彼等じゃ……」

「言うな、夢くらい見せてやろう……取り繕う事も出来ない童貞丸出しの馬鹿共に束の間の夢を」

 勘違いして強引に迫って頬の一つも張られるくらいなら良いが、警邏隊のお世話になる事もあるだろうが……街中では出来るだけ関わらない様にしよう。


「せめて社交的で優しく気遣いの出来る性格になれば、女性受けは良くなるのでは?」

「そうか、【精神】関連の変化でその辺のパラメーターをONにしておいてレベルアップで上昇してやれば……」

 でも俺は嫌だな。性格が変わったら俺が俺じゃなくなるだろう。既に自分を見失いかけてる俺としてはこれ以上の変化はお断りだ。


「性格が変わるってどういうことだ?」

 聞き逃さなかった伴尾が問い質してくる。

「何というか、レベルアップには性格を心優しく高潔な正義の味方へと変えてしまう副作用があるのだが、それをブロックする方法があってな。更にそれを部分的にブロックする事が出来るから、社交性と優しさと気遣いのパラメーターを上昇させると、頭が良くて運動が出来て性格も良い。ちょっと顔の怖いがワイルドと好意的に受け止めて貰える。パーフェクトな伴尾君が誕生するって事だよ」

「そんな性格までもハンサムになれるなんて……」

 俺が気付いた時には既に伴尾は天に召されていた。その死に顔はとても嬉しそうな良い笑顔で……」

「勝手に変なモノローグでまとめるな! まあ、何だ俺もその話に乗らせてもらうからな」

 モテるためなら性格すら変わっても構わないなんて、モテない男の鏡だな……俺なら絶対に嫌だけど。




「──という事だったのさ」

 いきなりこの夢世界に現れた事。

 システムメニューの存在に気付いた事。

 初めての戦闘と敗北。

 現実世界と夢世界の両方に存在する俺の肉体の事。

 システムメニューの力で俺が夢世界。そして現実世界で行った事。

 そして、もう一つの世界であるパラレルワールドでの事をざっくりと説明した。

 ついでに大島と早乙女さんについても話しておいた。


「大島を復活させる?」

「それって人類に対する裏切りだろう」

 身を挺して教え子達を守って死んだ事で、嘗て無いまでに高まった大島人気は既に過去の事なっていた。

 冷静なって考えてみれば、それはそれ、これはこれ。大島から受けて来た仕打ちを考えると、相殺にすらなってないのだと気づいてしまったのだろう。


「大島? あいつを……どうやって?」

「奴と早乙女さんの遺体は俺が回収してある。今後のレベルアップで死者復活の魔術を使えるようになう可能性がある」

「何故そんな余計な事を!」

 ありがとうございました。余計と言い切った櫛木田の今の言葉はちゃんと録音しております。今後の脅迫……説得等に使わせていただきます。


「させるしかないだろ。あいつに英雄的死に方を許す気か?」

 この辺は編集でカットだな。

「…………無いな」

「そんなの許せねえ!」

「考えれば考えるほど、そんなのは認められねえ!」

 うん、意見が一致して俺も嬉しいよ……そして、そんな俺達を紫村と香藤が呆れてみているが、それ以外に大島を復活させる理由があるとでもいうのだろうか?



「それでお前は、俺達に何をさせるつもりなんだ?」

 三人とも意外なほど動揺を見せない。


「とりあえずはレベルアップをして貰う。今のままじゃ現実世界の方で何かが起こったとしても役に立たないからな……あっちの世界でのように」

「お前はまたアレが起こるというのか?」

「何が起こるかは分からない。だが何かが起こるのは決まってるだろう。このシステムメニューという存在? ……現象? ……が自然に起こり得ると思うのか?」

「ありえないな。大体【よくある質問】とかふざけてるだろう」

 ここであり得ると言われたら試合終了だった。


「だったら何者かの何らかの目的のために、俺を含めた数千人以上の対象にシステムメニューがばら撒かれたという事になる」

「それは本当なのか?」

「賭けても良いぞ」

 答えは知ってるからな。


「そうか……」

「そこまでしておいて、このままめでたしめでたしで終わるようなシナリオを書くような脚本家がいると思うか?」

「いたとしたらよっぽどのヘボだな」

 率直な意見だが、その脚本家が聞いていたら脚本を変更して、不用意な事を口にした奴を作品から追い出すのではないだろうか?


「……それでだ。第二幕以降が存在するなら、部員達全員には生き残るためにレベルアップして貰いたいと言う事だ」

「だが、別に俺達には関わらないという選択肢があるぞ」

「なんて友達甲斐がない奴だろう」

「……友達?」

 ニヤニヤしながらそう告げる田村。


「それなら、それで構わない。この件は俺と関わらなければ巻き込まれないとはありえない世界規模の問題になると思うし。対抗手段も持たない無力なお前らをニヤニヤしながら遠くから見守ってやるよ」

「やっぱりそうなるか?」

 深刻な表情の櫛木田は、やはり思う事があるのだろう。


「前回の事件も俺一人がキーマンだったというなら、俺だけの問題と言えたかもしれない。だが全世界で同時に発生したんだからな……」

「そうか……面白いじゃないか、お前の友達をやってて良かったと初めて思った」

 そう言って不敵に笑って見せるが、櫛木田はそれほど神経が太い訳でも無い。しかし虚勢でもそう言ってくれる奴だ……大島さえ絡まなければ。


「その話、俺も乗るぞ。ヤバい事が起きるなら少しでも力は欲しい。それに頑張ればモテるかもしれないしな」

 伴尾は本気でそう思ってるのかもしれない。馬鹿だが、馬鹿故に頼りになる……事もある男だ。


「じゃあ田村。お前はお前で頑張れよ」

「歩む道は違えても、俺達は仲間……多分」

 速攻で二人は田村を弄る。

「冗談だと分かってるんだろう! ちくしょう。俺もやるよ! やりますよ!」

「だったら素直にそう言えよ」

「本当に面倒臭い馬鹿だな」

 田村はしばらく二人に弄られるのだった。



「だが、下級生達を巻き込むのはどうなんだ?」

 櫛木田に痛いところを突かれる。

「確かにそうだが、はっきり言っておくぞ。俺は別に一方的に利用しようなんて考えてはいない。俺のモットーは『皆で幸せになろうよ』だ」

「おまえのいう『皆』の範囲を詳しく説明してみろ!」

 本当に痛いところを突かれた。

「少なくとも空手部の一年生と二年生は含まれている」

「……今、遠回しに俺達を外したよな?」

「それはお前の事だろ」

「俺達まで含めるなよ」

 田村はまだ弄られている。


「だが一年生を巻き込んで良いのかは、正直俺にも良く分からない。しかし、もう既に巻き込んでしまってるのも事実だろ?」

「そうだな……」

「二年生には近い内に話をする。そして大島の事も話す」

「流石にそうなるよな」

「俺も賛成だ。むしろ早い内に一年生にもレベリングを施すべきだ」

 伴尾と田村は積極的に部員全員を巻き込む意見だった。

 前回の並行世界での凄惨な戦いを経験した上で、どうせ巻き込まれるなら少しでも力をつけるべきだと考えている。


「だがな……」

 櫛木田は抵抗を感じている。部活では主将の俺が厳しく、副主将の奴がそれをフォローする立場だ。それだけに下級生に対しては常に気を遣う役割だけに、大島から焼きを入れられるくらいに過保護気味なのだ。

「だったらお前が強くなって下級生達を守れ」

「そうか……ああ、分かった」

 覚悟を済ませたように晴々とした男前な顔で櫛木田は答えた。


「よし、言質はとった田村、伴尾。お前らも手加減なしのフルコースで行くからなら」

「何で!?」

 三馬鹿が声を揃える。

「そりゃあ、可愛い下級生達を守るためって櫛木田が言ったからだよ。ああ楽しみだ」

「おい本気か?」

「大丈夫。君達はやれば出来る子です。間違いありません。そこだけは過剰なほど信頼しています」

 間違いなく俺は今とても良い笑顔をしていると思う。

「過剰は止せ。そこそこで良いんだよ」

「恨むなら櫛木田を恨むんだな」

「櫛木田ぁぁぁっ!」

「俺が悪いのか?」

 むしろ悪いのは俺……いや、世の中が悪いんだよ。



「俺達がレベルアップして強くなるというのは分かった。分かったが……」

「何をすれば良い?」

「いや、何をさせる気だ」


「お前等に望むのは、またこの前みたいな事が起きた時に生き残って貰う事だ。ついでに後輩や周りの人間を可能な限り助けてくれると嬉しい」

「……それだけなのか?」

「後は、俺がこっそりと動く時などにアリバイ工作したり、手の足りない時の手伝いなどのバックアップをして貰いたい」

「お前の戦いに巻き込むつもりはないのか?」

「無いというか、俺が本気で助けて貰いたいと思うような戦いには、お前等は連れては行けない……死ぬから」

「レベルアップをしても戦力にはならないか?」

「もう一度、パラレルワールドに飛ばされて、お化け水晶球を大量に、そうだな三百万体倒せば今の俺と同じくらいになるだろうけどな」

「その機会はあるのか?」

「あると良いなとは思っている。その場合は、お化け水晶球を億単位で叩き割って絶滅させてやるつもりだ」

「それなら俺達も──」

「ありがたいが、俺の方がレベルの上がり方も、レベルアップ時のステータスの上昇も上だから差は開く一方だ」

「……分った。全面的に協力する」

 櫛木田がそう答えると、田村、伴尾も協力を約束してくれた。



「高城ぃぃぃっ! お、お前は何てことをしてくれたんだ」

 あーうるさい。

 俺は初心者用の狩りの相手として「とりあえず練習がてらに、お前等が昨日食った豚肉を狩りに行かないか?」と誘って狩場につれて来て「アレが豚肉の元だ」と言いながらオークを指差してやった結果の騒ぎだった。


「お前、あんな、あんなものを食わせたのか?」

 いきり立つ櫛木田に笑顔で答えてやる。

「びっくりしただろう? 俺もびっくりしたぞ。初めてたどり着いた町で、この世界で最初の真っ当な食べ物が出てきたと思ったら、俺が狩ったオークの肉が出てきたんだから。しかも一口食ったら止められなくなって、美味しいやら悔しいやらで涙が出た」

「そ、それは……なんていうか」

「分からないでもない……またあの串焼きを目の前に出されたら食わない自信が無い……」

「俺もだ……」

 俺は肩をすぼめて、やれやれといった感じで頭を軽く左右に振ると、串焼きを三本差し出してやった。

「鬼かお前はっ!」

 三人は俺を罵りながらしっかり串焼きを完食するのだった。



「別に食いたくないなら食わなくて結構」

「もう手遅れだよ。アレの肉だと分かってたのに食っちまったよ!」

「自分が情けない」

「一番悲しいのは、それでも美味いと思ってしまう自分の浅ましさだ……」


「断っておくが昨日の牛も鶏も全部魔物の肉だから、大して違いは無いからな。この世界で美味しい肉は全部魔物の肉で、最高峰はドラゴンの肉だ。ああ残念だ。その内食わしてやる機会もあるだろうと思っていたんだが、オーク肉も食えないって奴には無理だし……ああ残念」


「……俺はオーク肉最高! ドラゴンの肉も食べたい!」

 田村が手のひらを返した。

「櫛木田は我儘だな。子供じゃないんだから見た目で好き嫌いするな」

 伴尾がはしごを外す。

「何だ? もう俺が弄られる番か? 早いだろ。もう少し田村を弄れよ」

 この三人組は出遅れた三番目が弄られる様だ……ある意味。本当に良い友人関係を築いていると思うよ。ある意味。



「肉となれ!」

「美味しい肉になれ」

「そして、ご馳走様だ!」

 三馬鹿に俺達から借りた武器を手にして五体のオークの群れへと突撃して行く。


 人間より遥かに嗅覚や聴覚に優れたオーク相手に奇襲をかけるのは難しい。俺や紫村達の様に空中からでも無い限りは飛び道具を使わなければ無理だと分った故の突撃だった。勿論セーブ済みだ。

 櫛木田と伴尾は剣を、田村は槍を選択した。

 全部、俺の初期装備品と紫村達に買った武器だ……またミーアの店に買い物に行かなければならない。

 行きたくないし、何よりこいつらを連れて行きたくない。面倒事が起こるのは間違いないから。


「田村君。槍は強く突く事よりも引く抜く事を念頭に入れた方がいいよ」という紫村の助言を田村がどれほど理解しているかが生死を分けるとみている。


 全般的に魔物と呼ばれる存在の身体能力は人間どころか野生動物に比べても高い。一見丸くてプヨプヨとした柔らかそうなオークだが、その脂肪の下には鍛えた訳でもないのに物凄くブラッシュアップされた筋肉がこれでもかと詰め込まれた肉体が隠されている。

 だから、レベルアップもしていない田村の腕で槍を深々と刺せば、収縮した筋肉に包まれた穂先が引き抜けなくなるのは間違いない。


 掛け声ばかりは勇ましかった三人だが、はっきり言って浮き足立っている。

 それほど自分の手で相手の命を奪うという事への心理的な障壁は厚くて堅い。

 ましてやオークは曲りなりに亜人と分類される人型である。俺自身ゴブリンに対しては戸惑いを覚えたのは決して古い記憶ではない。

 ゴブリンを観察して、猿よりも人類から遠いと決め付けなければ殺すのは難しかった。。

 三人の掛け声も同じなのだろう。肉だと思い込まなければ戦えない……だが、自分の嘘で自分を騙し切れてもいない。その辺を割り切るためには──



「おおぉぉあっ!」

 伴尾は真正面から踏み込んでの面を打ち込む……完全に剣道だ。インパクトの瞬間に左の小指からぎゅっと絞り込むように強く握りこんでも駄目なんだよ。

 竹刀なら打った瞬間に綺麗に剣先が跳ね上がるような打ち方だが、この場合は剣の重量を生かして振り下ろして生まれた運動エネルギーを余さず全て叩き込むようにしないとオークの頭蓋骨にはひびが入ったとしても砕けない。

 刀でも相手を一撃で死に至らしめるような場合は、斬りつけながら膝を抜いて腰を落しならがその運動エネルギーすらも刃に乗せる。


 案の定、オークは頭に一撃を貰いながらも反撃をし、伴尾は棍棒の一撃を避けるために横っ飛びで地面に身体を投げ出し転がった。

 その隙を突いて別のオークが大きく頭上で振りかぶった棍棒を地面の上の伴尾に振り下ろそうとするところを、田村が槍で腹を突く。

 しかし、焦りのために紫村の忠告を忘れたのだろうその穂先は深々と突き刺さり、腹筋によってからめ取られ引き抜く事が出来ずにいるところを、更に別のオークが棍棒で頭を殴り飛ばす……ああ、死んだな。


「田村ぁぁぁぁっ!」

 死んでも時間を撒き戻して記憶以外は元通りと伝えてはあるのだが櫛木田は頭に血が上ってしまったようで、我を忘れて突っ込むと怒りに任せて振るった剣で、田村を殴り飛ばしたオークの腕を切りつけた。

 剣道の打つではなく、叩き斬る様な一撃は肉裂いて骨を砕くが、両断は出来ずに皮一枚繋がった状況となり、そして櫛木田の身体は前へと体勢を泳がせる。

 そこを、伴尾に頭を斬りつけられたオークの一撃が背後から襲い……背骨を折られたな。


 更に伴尾が起き上がる前に残りのオーク二体が襲い掛かり、滅多打ちになった。



『ロード処理が終了しました』



「うわぁぁぁぁぁっ!」

 三人はロード終了直後、死の恐怖に叫び、何かから逃れようと地面を転げまわる。

 紫村と香藤が変なだけで、これが当たり前の反応だよな。


「よう、おめでとうさん」

 嫌味ではなく心から祝う。やはり武道を志す者として、機会があれば一度くらい無様に死んでおくべきだと思うのだよ。


「た、高城ぃ?」

 這いつくばった状態から顔だけを上げる櫛木田。

「何だ? 最初から言っておいたよな、死んでもロードで時間を巻き戻すから安心して死んでこいと」

「いや、だけど……アレ、アレが俺の死なのか?」

 苦しげに顔を歪めながら吐き出すように口した。

「自分の死に様はみっともなかったか?」

「……無様だった」

「良かったじゃないか、それを経験出来たんだから」

「そうだな……これは凄い経験だ。だが礼を言う気にはなれない」

「別に礼は入らないが、悔しいな。俺はその体験を試す事が出来ないのだからな」

「そうか、お前が悔しがるなら死ぬのも悪くはないな」

「じゃあ、後十回くらい死ねば良いと思うよ」

 十回で済めば良いのだが、最初からそれを言えば逃げ出す可能性がある。


「この悪魔!」

「うるさいよ。櫛木田だけじゃなく伴尾だって剣道じゃないんだから考えて武器を扱えよ。田村は槍で首か心臓を狙って突けば良いのに、躊躇った挙句に焦って腹を思いっきり突いただろ。だから槍は抜けなくなったし反撃も貰った。お前等一度殺されてるんだから、もう手加減とか躊躇うのは止めろよ」

「分ってる。こちらが躊躇っても相手は躊躇わないんだ。無駄なことはもうしないさ」

 割り切りの速い現実的な対処が俺たちの売りだから。


『ロード処理が終了しました』

『ロード処理が終了しました』

『ロード処理が終了しました』

『ロード処理が終了しました』


「ちっ、五回で終わりかよ」

 櫛木田達は無事にオーク達の殲滅に成功した……心には大きく深い傷を負ったのだが、それはそれだ。

 しかし、レベル一でオーク三体を相手にその程度で勝てるのは流石としかいいようが無い。

 まあ、戦い慣れ、死に慣れて覚悟が出来たのと、何より息が合った連携が取れた事が勝因だろう。


「舌打ちしたな?」

「気のせいだろう?」

 三人の恨めしげな視線など痛痒も感じぬわ。

「折角だからレベルアップって奴を少し実感してみろよ」

「実感って……例えば?」

 まあ、何時ものあれしかないよな。

「じゃあ、俺が掛け声を掛けるから、一斉に思いっきりジャンプしてみろ。一、二の、三!」

 俺の余裕を与えないカウントダウンに合わせて、何も考える余裕も無いまま思いっきりジャンプした三人は、自分達の想像を超えて高く跳んで悲鳴を上げる。

 地面を蹴って得た反動を下半身から上半身へと美味く伝えられなかった三人はほぼ同時に前のめりになり空中でバランスを崩すと、為す術なくそのまま地面に落ちた。


「痛った……く無い?」

「それより、今凄く高く跳んだな」

「とんでもなく……跳んだというより飛んだみたいだった。これがレベルアップか?」

「既に普通の人間と呼ぶにはおこがましい存在で、やがて人類との別れを体験することになる……今日中にな!」

 名残惜しさを感じる余裕も無い一足飛び生き急ぎすぎだよ……勿論他人事だ。


「それじゃあ、大島が復活しても、もう怯えないで澄むんだな」

「………………」

「黙るなよ!」

「………………」

「目をそらすな!」

 注文が多いよ。

「だって、そもそもあいつは人間じゃないし」

 システムメニューも認める人外だから。


「人間じゃないのか?」

「アレを人類と認めたら、人類への冒涜だよ。あいつは普通に魔術を弾くから。魔力を気合で無効にするんだよ。そんなの人間じゃないだろ?」

「……それって本当なんですか?」

 意味が分かっていない櫛木田達とは違い、魔法の知識がある香籐が疑問を口にする。


「本当だ。『【昏倒】は対象の気合によって無効化されました』とアナウンスされたんだ。確かにレベルの低い非物理的な魔術は、魔法と違って魔力に影響されて効果を失うが、奴は魔力ではなく気合で無効化したんだ。調べてみたら『ある種の生物には意志の力により少ない魔力を瞬間的に高めて魔術の効果を無効にする術を持っています。ただし人類は除く』とあった」

「それじゃあ本当に人類じゃないんですね」

「システムメニューによりレベルアップして人類の範疇から外れた俺達と違って、あいつはそもそも別の生き物なんだよ」

 衝撃の事実の前に紫村さえ口を開けて固まっている。


「俺達が部室で話していた時に、大島が外で盗み聞きしてた時の事を憶えているか?」

「ああ、あの時の……」

「俺はシステムメニューの力を使って、大島の立ち位置を把握し奴が耳を当てている場所を推測して殴ったが、奴はこちらの気配を察知して同時に殴り返してきた。そして当時レベル四十近かった俺が殴り負けたんだ」

 あの時の戦慄はまだ背中に感触が残っているかのようだ。


「分かった。奴は人間じゃない……だけど、こんな事知りたくなかった。知りたくなかった!」

 そう叫びながら跪いて地面を殴る。

「卒業までに奴をぶん殴ろうなんて、俺達はなんて身の程知らずだったんだろう」

「むしろ今の段階で気付けて幸せ?」

 伴尾君大正解!


「……大島先生を復活させて良いのか不安になってきたよ」

 何とかショックから立ち直った紫村が余計な心配を始める。何故なら──

「大島の遺体を収納している俺の方が不安だ。この世の為とはいえ、いつまでも大島を封印し続けるつもりは無いからな」

「えっマジ!? 大島をアイテムボックスにいれてるのか? エンガチョ!」

 これが我々の大島に対する赤心の吐露です。穢れの無い少年達がこうなってしまうほどの仕打ちを大島は行っていたのです……じゃない。アイテムボックス?


「田村、今アイテムボックスといったよな?」

「それがどうした?」

「お前のシステムメニューにはアイテムボックスという項目があるのか?」

「何だよ、普通にあるぞ」

「【所持アイテム】という項目は?」

「そんなものは無い」

「そのアイテムボックスという項目には、当然アイテムを入れられるんだよな?」

「アイテムボックスなんだからそうだろう。まだ何も入ってないから」

 ……なるほど。このシステムメニューの項目は本人の認識によって変化する。【所持アイテム】は俺が持ち物を入れておく項目をそうだと思ったから、項目に【所持アイテム】というラベルが貼られているという事か、別に大した問題ではないが、ここで俺は一計を案じた。


「試しにお前のアイテムボックスへ、俺の【所持アイテム】内のモノを送るから受け取ってみてくれ」

「分った」

 チャンスだ。【所持アイテム】内のリストから大島の遺体を選択して……このままじゃ流石にバレるな。

 よし鈴中の部屋から回収した幅が二メートルを越える大型のクローゼットも選択する。

 すると『一つにまとめますか? YES/NO』とアナウンス・ウィンドウが開いたので、迷わず『YES』を選択する。

 どうやら大島の遺体はクローゼットの中に収まったようで、リスト上はクーロゼット(*1)と注釈こそついているが、一見するとクローゼットになった。

 ついでに鈴中と早乙女さんの遺体もクローゼットにまとめて入れると、何食わぬ顔で田村へと送りつける。


「クローゼット? 随分大きなものを寄越すな」

「最低でもそれくらいの大きさじゃないと、ありがたみが分らないだろう?」

「それもそうだ。YES……と、それにしても随分と大きなクローゼットだな。何でこんなものが?」

「いや、鈴中の話をしただろ。あの時に証拠隠滅で奴の部屋の家具など一切合財を収納した時の奴だ。処分に困ってる奴だからお前にやるというか返さなくて結構だからな」

 俺はこみ上げる笑みを抑え込んで、そう告げた。


「そんなものこっちで捨てればいいじゃないのか?」

「合板とか使った家具なんてある意味オーパーツだからな。かといっても現実世界で捨てて足がついても困るから。本当ならパラレルワールドで捨ててしまうかとも思ったんだが、結局は何やかんやと忙しくてそれどころじゃなかったからな」

「分った。アイテムボックスが一杯になったら処分を検討すれば良いんだろ」

 計画通り! いや、ただのごっつあんゴールだけど、とりあえずババは手札の中からは消えた。何という開放感だろう……幸せってこんな感じなのだろう。


『高城君。やったんだね?』

『やりましたね?』

『やらないはず無いだろう。何か問題があるか?』

『特には何も』

『僕もありません』

 あるはずが無い。


 ここで田村にチクったとしよう。田村は俺に送り返そうとするだろうが、俺は断固受け取りを拒否する。すると田村は自分のアイテムボックス内からクローゼットごと三人の遺体を取り出してしまうだろう。そうなれば結局は、鈴中はともかく大島と早乙女さんの遺体を六人の中の誰が収納するかで醜い押し付け合いになる事は二人にも分っているはずだ。

 故に二人は口を噤む。この場合、雄弁は銀だが沈黙は金なのだ。



『マルまだ眠い……』

 昨日は興奮して遅くまで起きていたマルはまだ眠り足りないようで、大きく欠伸をしながら地面に胸を着けたまま立ち上がろうとしない。


「香籐。マルはまだ眠いから触るなウザイと言っている」

「マルちゃんはそんな事言いません!」

 お前にマルの何が分る! と怒鳴りつけてやりたくなったが何とか抑える。

「いやいやマジで香籐ウゼェ! って言ってるから、近寄らないであげて」

 止めを刺してあげた。


「嘘だどんどこどーん」

 香籐は泣きながら走り去った。

「香籐君……親を説得して犬を飼えるようなると良いね」

「そうだな。そうすれば少しは症状が軽くなるよな?」

「…………」

「………………」

「……………………あっ、全滅したみたいだよ」

 気付けば櫛木田達がオーガー相手に全滅していた。友人がオーガーの一撃でバラバラに弾け飛ぶ様をみて冷静でいられる俺達は精神面でも人から外れた存在になっているのかもしれない。



『ロード処理が終了しました』


「ふざけるな! 何だアレは!」

 最初にオーガと戦って死に掛けた俺と同じような事を言っている。


 そうだよな、化け物じみた力を手に入れたと思ったら、すぐにもっとトンでもない化け物と戦って殺される様な極限状態で、人間がとれるリアクションにはそれほどバリーションに富むはずが無いというのが俺の持論だ。

 バリエーションを生み出すほどの精神的な余裕があったら、それは極限状態ではないのだから。


「現状では速さも力も劣っている。唯一の救いは、俺達の腕に宿る力はオーガの力には届かなくてもオーガの命には届くという事だ」

「つまり、その力をどうやってオーガの致命的な部分に送り込んでやるか……」

「もう一つ俺達に有利な点がある。奴は一体だが俺達は三人だ」

 知恵と勇気と友情で乗り切る気か? 俺は一人だったぞ、しかもお前らとは逆の三対一で……色々インチキもしたけどな。

 それにしても数の優位を戦力の計算に含めるとは、基本一対一、そして一対多数(自分が一)しか想定していない空手部の人間としては上出来だ。

 もしかして、そんな事は無いとは思うのだが、三人は俺が想像していたよりも頭が良いのかも知れない。


 いやいや、やっぱりそんなはずは無い。あいつ等は三人で戦えるから気付けただけで、俺はシステムメニューを身に付けてからずっとボッチで戦……やめよう、これ以上自分を追い込むような真似は危険だ。

 俺はオーガに挑む三人に背を向けると、眠るマルの横に座って静かに彼女の身体を撫で続けるのであった……癒される。



「高城君。高城君」

「ん? ああ、また死んだのか」

「それでも全滅はせずにオーガを倒したよ」

「なるほどそれなら後一、二回ってところかロードロードと」


『ロード処理が終了しました』


「だから正三角形でオーガを囲うのは良いけど、三角形の頂点の一つが正面に来るのだけは避けないと駄目なんだ。真後ろに回り込む役以外は常にオーガの動きだけじゃなく視線や足の指の向きまでも気を配って、咄嗟の動きに警戒しつつ注意を自分に向けるというある意味矛盾する役割を全身全霊で果たす必要がある」

「だけどオーガだって馬鹿じゃない。先ずは誰かに狙いをつけるだろ」

「そのために他の二人が牽制して、常にオーガが誰か一人に狙いをつけるのを妨害するんだ」

 三人は真面目にディスカッションをしている。幾ら生き返る事が出来ても進んで死にたくは無いようだ。死という感覚をとことん突き詰めようとする紫村や香籐に比べたら、多分俺は櫛木田達に近いのだろうと思う。


「高城、犬なんかを構ってないでお前も何か案を出せ」

 そういうのは自分で考えてこそだろう櫛木田よ。それを俺に振った挙句に、犬なんか?……あっ、いい事思いついた。

「お前等は、安全を確保することばかり考えた結果、長期戦になりやられてるんだから短期決戦で挑めよ」

「短期決戦?」

「そうだ。三角形の頂点を正面に配置して、残りの二人が突貫してオーガのアキレス腱をぶった斬って無力化しちまえよ。そうだな囮は櫛木田にやらせれば良い」

「お、おいちょっと──」

「良いアイデアだ」

「さすが高城主将だ。副主将に厳しいのが素敵!」

 再びあっさりと手のひらを返す田村と伴尾に、こいつ等三人組のコントグループとしてデビューすれば良いのにと思う。


 結果的に俺の助言が功を奏して、両脚のアキレス腱を斬られて立ち上がれなくなったオーガを三人はあっさりと仕留めた。



「どうだ大分人類から遠ざかった気がしないか?」

「いや、そこまでは」

 三人は一斉に首を横に振る。

「まあ、早い段階で諦めた方が楽になれるからな」

 とりあえず忠告だけはしておく。別に胸が痛むとかいう訳ではない。心の何処にぽっかりと穴が開いたような虚無感が沸いてくるだけだ……


「そしてこの後の事だが、後三回位オーガを倒して戦闘慣れして貰ったら。龍狩りに向かう」

「龍? あまりにもいきなりハードルが上がり過ぎじゃないか」

「竜ってアレだろ、ワイバーンとか」

「それでも辛いわ!」

「残念だが、バリバリの龍だ、全長は二十メートル程度から大きいものは三十メートルを超える。超大物だから」

「無理だ!」

「分ってるから安心しろ、別にお前等に龍を倒せとは言っていない」

「そ、そうか──」

「龍に倒されて貰うだけだ」

「なんだってぇぇぇぇっ!」

 良い反応だ。その顔が見たかった。


「大丈夫だ。流石に今のレベルで龍と戦えとは言わない」

「じゃあ何故?」

「絶望的なほど力に差のある相手に蹂躙されるという経験は得がたいものだと思うぞ」

 俺も経験してみたいのだが、それが出来ない以上は他人の状況を見て学ぶしかない。俺の糧になるが良い。


 場所を変えながらオーガを狩って行く訳だが、櫛木田達は空を飛べないので……抱き上げて飛ぶのは嫌なので歩きだ。

 ちなみにオーガの個体数はそれほど多くは無い。統計がある訳も無いので俺の私見だが、オークの数百分の一程度の頻度でしか発見出来ない。


 勿論、これはオークの個体数がそれほど多く、それ故に人間にとって重要なたんぱく質の供給源となっていると言える。

 俺のオーガのスコアが百を越えているのは、ど田舎にして魔境ともいうべきミガヤ領で稼いだスコアが大きいためであり、流石に王領ではオーガを狩るには、広域マップで検索をかけてヒットした個体を目指して十キロメートルは移動する必要があった。


「なあ高城。俺達はいつになったら飛べるようになるんだ?」

 長い移動中に伴尾がそう尋ねてくる。女にモテタイのもあるだろうが、高所恐怖症でもない限り空を自由に飛んでみたいという夢は誰にでもあるだろう。

 ちなみに、三人が【精神】のパラメータのレベルアップ時の変更をデフォルトでOFFにした後で、真っ先に個別設定でONに切り替えたのは高所耐性だった。


「そうだな、ギリギリ浮き上がる程度なら今でも出来るだろうが、ある程度実用レベルで飛べるようになるのはレベル三十は必要で、思う存分自由自在に飛ぶならレベル五十とか六十くらいじゃないかな」

 【魔力】に関しては三人とも紫村や香籐とさほど変わらないので、そう判断した。


「それで今日俺達のレベル上げの目標はなんぼだ?」

「レベル六十を目指す予定だから安心しろ。そのレベルになれば魔法も簡単に理解出来るようになっているだろうし、自分で新たに魔法を作れるようにもなるだろう……だがくれぐれも悪さはするなよ、俺や紫村を敵に回したくないなら」

「い、悪戯ならどうだ?」

「覗きとかか? 断っておくが、システムメニューのマップ機能は、互いに相手の位置情報とかも知る事が出来るから、恥ずかしい行動はしない方が良いぞ」

「し、しないしない、そんな事考えた事も無い!」

「この能力は文字通りチート、つまりズルだ。一度踏み越えてしまったら後はズルズルと落ちていくだけだ。使う時と場所と相手を間違うなよ」


「……ズルだけにズルズルと?」

「ホォァチャッ!」

 化鳥の叫びと共に裏拳を叩き込むと伴尾は反動で空中で二回捻りをしながら跳んで落ちた。

 完全に失神しているので、「面倒な」と吐き捨てると右足を掴み上げるとそのまま引きずりながら歩き始める……俺は自分以外が口にするイラっとするような冗談が嫌いだ。


『何これ? 新しい遊び? マルもマルも!』

 何が楽しいのか分らないが、マルは伴尾の右肩の辺りを咥えると、嬉しそうに尻尾を振りながら引きずり始めた。


 一連の様子を見ていた誰も突っ込んではこない。ただ櫛木田が「馬鹿め」と呟いただけ……死して屍拾う者無し。死して屍拾う者無し。

 こういう殺伐とした人間関係が俺達がモテない理由なのかも知れないと、ふと思った。



「よし、レベルアップだ」

 レベルアップによる身体能力の向上と戦闘への慣れによって、三人はあっさりと二体目のオーガを倒した。

 そして更にもう一体を倒してレベルを十五に上げた段階で、オーガと一対一での戦いを指示する。


「無茶を言うな!」

 そう抗議する田村を無視すると「一つ戦い方を教えてやる」と切り出す。

「戦い方? 何だ」

「櫛木田。見せてやるから俺の剣を返せ」

「おう」

 放り投げて来た剣を掴むとそのまま収納する。


 俺は剣を持たない素手の状態で、剣を両手で振り上げる構えを取ると、手の中に剣を装備すると同時に振り下ろす。

「?」

 何の事か意味が分からないという顔をしている三人を無視して、振り下ろした状態で剣を収納し、素手のまま剣を振り上げる構えを取り、剣を装備すると同時に再び振り下ろす。

「そうか、そういうことか!」

「武器は攻撃の時にだけ手にしていれば良い。まさにシステムメニューを利用した戦い方だ」

「武器を持っていない間は武器の重さから自由になるだけではなく、長さのある武器を振り上げるためには重さ以上に力が必要となるからこれは大きなアドバンテージだ」

 感心する三人だが、これから見せる本当のインチキを見てどんな顔をするのかが楽しみだ。


 剣を収納してから近くの木に歩み寄ると、三人を一瞥してからニヤリと笑ってから木の幹に向けて、剣を持つような形で手を寄せた。

「お、おい!」

「まさか!」

「それはないだろ?」

 驚きの声を上げる三人を他所に、俺は高らかに叫んだ「装備!」

「………………」

 突如現れて直径五十センチはあろう木の幹を貫通した剣に、三人はあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。


『凄い! 何が起きたの? マルもやってみたい!』

『よ~しよ~し、後でね』

 興奮するマルを捕まえて抱え上げる。


「知っている僕でさえ出鱈目だと思うのだから、無理も無いね」

「確かに、主将は凄いというか酷いですよ……」

「仕方がないだろう。それだけ追い込まれて必死だったんだから。俺は一人だったし自分が死んだらロードも出来ないんだからな」

 異世界でボッチ過ぎたせいで、ちょっとおかしくなりかけた事も無い奴に文句は言われたくない。


 現金なもので、装備を使った戦い方を知った途端に、櫛木田と伴尾も剣ではなく槍を使わせろと言って来た。届く範囲ならどんな対象にも無条件で突き刺さるなら得物は長い方が良いからだ。

「今回は一対一だから槍を使い回せよ。田村、櫛木田に槍を渡してやれ」

「俺からかよ!」

「自信ないのか? 確かに後回しになった方が、先に戦った奴の戦いを見て参考に出来るし、何より高いレベルで戦えるから楽だよな……副主将さんよ」

「こんな時だけ副主将かよ」

「お前はどんな場合に、俺を主将呼ばわりしていたか思い出してみろ」

「…………善し。俺が戦うところをしっかり見ておけよ」

 素早く目をそらしてから、そう言うと田村から槍を奪い取った。納得して貰えて結構な事だよ畜生め!



『小さい方が負けるよ』

『マルは賢いな』

 などとマルと話していると櫛木田の肉体が宙を舞う。バラバラにこそなっていないのはレベルアップのお陰なのだろうが、肉体からは心も魂も既に遠い彼方へと旅立ってしまっている。



『ロード処理が終了しました』


「だから、まだ向こうの方が速さすら上だから。あの長大な棍棒と呼ぶのもおこがましい何かの薙ぎ払いの範囲に入ったら、空手の技なんて何の役にも立たない。空手はああいうのを相手にするためのものじゃないから」

 上から目線で説教。俺には説教してくれる奴が……いいんだ。もう別に……


「空手以外か……」

「大島相手にやりあうとしたら空手は使い物にならない事くらい想定してあるだろう。ならば搾り出せ、自分に出来る全ての可能性を。そして想像しろ、可能性というピースを組み合わせて勝利の形を作る方法を」

 俺もそうだが、こいつ等が何時か大島とやりあうことを想定しないで生きていこうと思えるほど、現実がお花畑な楽園だとは思っていないはずだ。

「勝利の形か」

「少し考えればわかる事だがオーガは大島よりも、そしてお前達よりも頭が悪い。これがヒントだ」

 不親切なヒントだ。もっと肝心な部分を教えるヒントもあるのだが、それは何度か死んでる内に思いつくだろう。


 櫛木田はオーガに向かって真っ直ぐ歩み寄っていく。ゆっくりとしかし自分を見据えながら近づいてくる人間の姿にオーガは戸惑いを覚えたように警戒しつつも、その場で待ち構えるように動きを見せない。

 オーガの棍棒が届くギリギリのラインで立ち止まると突如「あっ! UFOだ!」と叫んで、オーガの間合いの内側に飛び込もうとしてホームラン性の当りで高々と宙を舞った。


『ロード処理が終了しました』


「なあ櫛木田。死ぬのが快感になってないだろうな?」

「…………」

「馬鹿だ。お前は馬鹿だ」

「…………」

「何があっ! UFOだ! だよ。昭和か!」

「…………」

「残念だったね櫛木田君。でも、あの自信満々の顔の根拠がアレなのはどうかと思うよ」

「…………」

「お、惜しかったと思いますよ」

「…………慰めが一番堪えるわ!」

 吠えた櫛木田に俺と伴尾、そして田村が噛み付く。


「心配してくれた香籐に何を言ってるんだ?」

「後輩に八つ当たりする先輩。あ~嫌だ嫌だ」

「香籐が気配りの人じゃなかったら、お前なんてただの足の臭い先輩だぞ」

 俺達は誰かを弄ってる時だけは心が通い合う……実に嫌な人間関係だ。


「田村っ! 足の臭いはこの際関係ないだろう!」

「この際だろうが、どの際だろうがお前の足は臭いんだよ。いつも櫛木田の足は臭い櫛木田の足は臭いと思ってるわ! お前の蹴りを受けたら空手着が臭くて堪らんから、その日のテンション駄々下がりなんじゃあ!」

「それを言ったらもう戦争だろうが!」

 櫛木田は槍を構え、田村は「高城、武器をくれ!」と叫ぶが俺達は二人をその場に残すとさっさと退避する。

「高城、高城! ……高城?」

 次の瞬間、櫛木田と田村は騒ぐ二人の声に走りこんできたオーガの一撃で仲良く一緒に空の散歩を楽しんだ。



『ロード処理が終了しました』


「先ずはあの棍棒を何とかするしかない。あれさえなければ槍を持っている俺の方がリーチが長い」

 ロード終了後、何事もなかったかの話し出した櫛木田が憐れ過ぎて、先ほどの事に対して突っ込む言葉が無かった。

「それで具体的には?」

「……奴は必ずフルスイングしてくるから、タイミングを合わせて退いて空振りさせる。その僅かな時間だが奴は己の膂力によって自らの動きを封じられる!」

 自信満々にそう断言した櫛木田に「やってみろ」とだけ答えた俺は……二十七秒後。櫛木田の飛距離を正確に測ってみたいという衝動に駆られていた。



『ロード処理が終了しました』


「勝手にオーガがフルスイングしているとか勘違いしてたみたいだけど、あいつ等が人間如きに全力で振るはず無いだろう」

 実際は岡目八目とも言うように傍から見ていたからこそ気付いた事だ。

 棍棒で薙ぎ払った後のオーガの体幹を見れば全力には程遠く、十分に余力を残しているのが見て取れた。


「それは前もって言えよ。本当にお願いします」

 前もって知ってたわけじゃないけど、それを言うのは癪だったので言い返す。

「前もって言っても、お前はどうせ俺を信じない」

「俺はお前を信じている。だからお前も俺を信じろ!」

「……無理」

 オブラートに包まず本心を言葉にするなら「気でも違ったか?」だ。

「頑なだ! 何がお前の心をそこまで閉ざさせたんだ?」

「お前の普段の行い」

「うっ思い当たる節が多すぎる。だがそれはお互い様だろ!」

 そんなやり取りがあった後。


『ロード処理が終了しました』

『ロード処理が終了しました』

『ロード処理が終了しました』


 ついに櫛木田はオーガを一人で倒し切った。


「おめでとう」

 拍手と共に勝利者を迎える。

「ありがとう。お前がアイテムボックスの使い方を教えてくれてたらここまで苦労しなかったけどな」

「若い時の苦労は買ってでもせよ」

「苦労してるから! 俺達は一緒に人一倍苦労してきた仲だろ? 何度殺されても折れない強い心が、その証だろ」

 確かに、無残に死んでいるのだがトラウマともPTSDとも無縁の精神力……良く考えるとゴキブリ並みの強靭さって気持ち悪いな」

「心の中のモノローグを口に出す! 俺が気持ち悪いならお前だって気持ち悪いだろう!」

「いや、俺死んだことは無いし。多分、死んだら俺の繊細な心はガラスのように砕け散るよ」

「ポリカーボネートは割れても砕けないし、象が踏んでも壊れないから安心しろ」



 その後、田村と伴尾はあっさりとオーガを倒した。櫛木田が舌打ちするほど鮮やかに完勝だった。

 櫛木田という手本があり、さらには櫛木田のオマケでレベルアップを果たしているので当然だ。


 地面と平行に振りぬかれた棍棒に対して、上へと跳んでかわす素振りをするために一瞬腰を下げるフェイントを入れる。

 オーガは素早く反応し棍棒を地面に叩きつけて反動で上へと軌道を変えてしまう。

 櫛木田は自分の頭上を左から右へと越えて行こうとする棍棒を無視して一気に前へと出る。

 オーガは反射的に左へと空振りした棍棒を止めようとしてしまった。

 その隙を突いが櫛木田は槍を心臓へと突き刺したのだった。



 伴尾は「マップ機能で俺が収納可能な大きさの岩を探す事って出来るか?」と有意義な質問をしてきたので、検索方法を教えた上で足場岩を提供してやる。


 案の定だがスイングの軌道上に岩を出して盾とすると、そのまま槍を構えて突撃する。

 岩を打ち付けた棍棒は自らの破壊力によって自らを破壊するが、伴尾は砕けた棍棒の破片を全身に浴びながらもそのままオーガの下顎から上へと槍を突き上げて頭蓋骨の内側に穂先を突き刺すと、左手で握り込んだ場所を支点に石突近くを握り込んだ右手で小さな円を描いて脳をカクテルをステアするように軽くかき混ぜた……酒に弱い中学生の俺がカクテルを飲んだ事があるわけではないが、ジェームズ・ボンドの「ウォッカマティーニを。ステアせずにシェイクで」という台詞からだ。

 父さんの影響──父さんは祖父ちゃんの影響──とはいえ、この手の知識ばかりを無駄に蓄えてしまうのが中学生男子の本懐だと思う。



 田村は櫛木田と伴尾の良いところ取りで、フェイントを入れて自分の頭上を越えていこうとする棍棒の前に足場岩を取り出しぶつけて破壊してから間合いを詰めて槍で、オーガを撃ち取った。

 当然のように二人から「オリジナリティーが無い」「パクリかよ」と非難される。




「あ、あっさりレベル六十を超えてしまった」

「頑張ってオーガを倒した苦労って何?」

 午前中の修行を終えて昼食を済ませると、本格的なレベリングに入り龍を六体も狩った。

 余程幼い個体ばかりを狙わない限りレベル六十を越えるのは当然だった。


「良いのか? 何もしないのに強くなるって」

「良い訳ないだろう。これは人間を駄目にしてしまう」

 伴尾は過ぎたる力が僅か一日で身に付いたという現実に強い危機感を感じている……信頼して引き入れた仲間が「棚ぼたラッキー!」と喜ぶような馬鹿じゃなくて良かったよ。


「所詮はただの力だ。今までだって俺達は学校という集団から爪弾きにされるほど力を持っていて、進んで力を使った事があるか? そもそも強くなって良かったと実感した事も、何かの役に立った事もほとんど無いだろう。他校の不良共に絡まれて倒すのだって、元々力が無ければ絡まれる事も無かったんだ。今更、お前等がより強い力を手に入れたところで力に溺れる事も無い」


「だがよ、高城。こうも簡単に強くなったら、今までの練習で積み上げてきたものが無駄になっちまったような気がするぞ」

「そうだ。今まで死ぬような思いで磨き上げてきた技と力が、たった一日だ。お前等が龍を狩るのを見てるだけで、比べ物にならないレベルで上書きされたようなものだぞ……空しさでどうにかなりそうだ」

 そんな心配しなくても、所詮、お前達の力は犬のマルにすら大きく劣っている程度だから気にするなと言いたくなったが、それを言えば空しさの上塗りになると思ったので止めておいてあげる気配りの出来る俺。


「大体な、レベルアップの能力向上は基本的に掛け算だと説明してなかったか?」

「何の事だ?」

 ……なるほど言い忘れてたのかよ。


「システムメニューで【パラメータ】を表示すると数値が出てるだろ。あの値に掛ける元の自分の身体能力が現在のお前等の身体能力だから、今までの努力が無駄になるなんて事は無いからな」

「だから、そういうのは早く言えよ!」

「伝える事が多すぎて、話さなければという思いはあるが口が追いつかない上に、他にも伝えたい事が多くて……」

「つまり、他にも沢山伝えてない事があるんだな?」

「システムメニューにはちゃんとヘルプ機能があるから、そこから【良くある質問】で調べろ。それでも分らないなら俺に聞けよ」

 潔く投げ出した。


 正直、俺自身ですらシステムメニューに関して調べれば分る部分に関してさえもコンプリートしていないし、調べても分らない部分に関して全ての考察が完了している訳でもないからだ。むしろ自分で調べ考えて俺に教えて欲しいくらいだ。



 今日も早目に切り上げると、二号に櫛木田達の分の部屋を取る事を説明するのが面倒だったので、ムイダラップには戻らず、王都へと続く街道を北上せずに東部へと伸びる街道の先にあるノイツクアの街で宿を取った。

 二号とはこれっきりになるかもしれないが、今まで奴にしてあげた事を考えると、二号は俺への深い感謝の念を忘れずにいつかきっと何かの形で恩返してくれるだろう……どうせ厄介事を抱えてくるに違いない。


 今日狩った龍は、六人で一体ずつ収納し『道具屋 グラストの店』へ売りには行かなかった。

 香籐ですら熱を上げたミーアに三馬鹿を会わせればどうなるかなど考えてみるまでも無いからだ。

 それにに行ったところで在庫過剰で買い取っては貰えないだろう。


 日が暮れるまでは魔法関連のレクチャーを行いながら時間を潰そうかと思っていたのだが、櫛木田達の電池が切れてしまったようで、早い夕飯の途中には食べながら舟を漕ぎ始めた始末で、どうにか食事を終えて部屋に入ると早々にベッドで寝てしまった。


 こいつらは現実世界の方では【昏倒】をかました直後に収納したために、本当に一瞬しか寝ている時間が無かったので当然といえば当然だ。

 先ほどの事といい、この事も忘れていたという事は不思議だ。

 例によって【良くある質問】先生で調べてみると、どうやら強化された記憶能力には選択性があり、重要な事はしっかりと脳裏に刻まれて、スムーズに思い出すことが出来るが、どうでも良い事はそれなりにしか記憶に残らず、意識しない限りは思い出されることも無い……これって凄いことだよな。

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