第87話
紫村の家で目を覚まして、最初にしたことは【所持アイテム】内から二人を取り出すことだ。
だがその前に大きな失敗に気付いて頭を抱える。
夢世界で俺達にちょっかいをかけてきた連中の処遇を二号に任せると認めてしまったことだ。
あの時点では、俺は二号をさっさと『龍殺し』にして、そしてミーアから貰った地図に書かれている龍を狩り終えたら【所持アイテム】内の連中を二号に引き渡して、速攻でラグス・ダタルナーグ王国を脱出するつもりになっていたのだ。
第一の候補はエルタン・ノティアン王国──ラグス・ダタルナーグの西に位置する。名前の通りエルタンとノティアンの二国が併合して出来た国。
ラグス・ダタルナーグとは特別に親交が深い国ではないが、一応友好国という扱いにはなっているようだ。
ちなみにラグス・ダタルナーグは二国が併合して出来た国ではない。
第二候補はアリウクゥト候国で、ラグス・ダタルナーグとエルタン・ノティアンに挟まれた小国で、政治的にはエルタン・ノティアン側に近い国。
そして第三候補はリートヌルブ帝国で、現在ラグス・ダタルナーグの南方国境沿いで戦争をしている国だ。
何故この三ヶ国かというと、ミーアの『道具屋 グラストの店』が支店を出しているのが、現在この三ヶ国だけなので、彼女との付き合いを維持するためにはラグス・ダタルナーグの東方にある諸国などへの脱出は選択肢に含まれない。
それで何が問題かといえば、ルーセの問題が解決するまではラグス・ダタルナーグに留まり続ける予定だったのだが、夢世界ではルーセ関連の記憶が飛んでしまうために、近い内の出国を前提で話を進めてしまった事だ。
今更ながら二号に、その件については無かった事にすると宣言するというのは問題は無い。力ずくでも奴には何も文句を言わせる気はない。
問題は、夢世界に行った時には、今感じている後悔すらも頭の中からポーンと消えてしまうという事であり、近い内にラグス・ダタルナーグを離れる事は俺自身にも止められないって事だ。
頭を抱えつつ、フローリングの床の上に取り出して転がすと二人はすぐに目を覚ます。
「朝……なんだね」
まだ寝ぼけた紫村が起きざまに周囲を見渡してから呟いた。
実質四時間程度しか寝てないから、レベルアップのお陰で多少睡眠時間が少なくても耐えられる身体になっているはずだが起きぬけの辛さは変わらないようだ。
「ほら、香籐も起きろ」
まだまどろんでいる香藤の肩を掴んで軽く揺すると、目を擦りながら鼻から抜けるような小さな欠伸を漏らしながら目を覚ました。
「おはようございますぅ……」
こちらも半分寝ぼけているな。
「俺は一旦家に帰って犬の散歩がてらランニングに行って来るわ」
「犬の散歩……僕も付き合うよ」
「……僕も行きます」
ぎこちない動きで起き上がろうとする二人の姿はどこかゾンビじみていた。
準備を済ませ紫村邸を出て、家に帰り着いてもまだ六時前。
紫村の家から我が家までは五百メートルちょっとの距離なのでそんなものだ。
黒塗りのステンレス製の門扉──と呼ぶには少し恥ずかしいささやかな代物──を開ける前から玄関扉の脇の磨りガラス越しにマルを尻尾を振っている影が見える。
鍵を回して錠を外し扉を開けると、開き始めた狭い隙間からすり抜けてマルが現れ、俺の左手に舌を伸ばしてペロペロと舐める。ここで喜んで吠えずに小さく甘えるように鼻を鳴らすのは躾の成果だ。
「ただいまマル」
しゃがんで両手で頭から背中、そして下あごから胸までを撫で回してやると、千切れんばかりに尻尾を振りながら、俺の顔を舐め回す。
「良く懐いてますね」
「というか、寂しかったんだろう」
その理由は、現在家には兄貴しかいない。両親は中東はクウェートまで妹、涼の柔道国際大会の応援に行っているのだ。
そんな状態で何で俺まで家を空けているのかといえば、兄貴に「受験生の俺が何でお前の、自分は料理は全く出来ないくせに味にはああだこうだと煩いお前の飯の世話までしなければならないのか? 嫌だ! 飯マズのお前に料理で駄目出しされると心が折れる」と拒否されたからである。
カップ麺は作れても袋麺は怪しいと褒め称えられる俺だけに反論の余地は無く、夢世界の事もあったので渡りに舟とばかりに紫村の家に転がり込んだ訳である。
そんな事情で一番割りを食ったのはマルである。
兄貴は昨晩マルを散歩に連れて行きはしただろうが、マルを満足させられるほど一緒に走ってやるだけの体力は無い。
最近、俺との散歩で体力を使うようになったので食欲も増し、食べる事で成長速度も増し、身体つきもかなり立派になった。
犬ぞりを引いて毎日何十kmも走るシベリアンハスキーの本能が目覚めたのかの様に走る距離も更に伸びるというサイクルにはまっているため絶対に無理だ。
それでもマルは大好きな母さんと一緒の散歩なら別の方向性で満足出来るのだろうが、余り接点の多くは無い兄貴とでは走らなければやってられないはずだ。
「僕が触っても嫌がりませんか?」
「マルはちょっと馬鹿なんじゃないかと心配してしまうほど、知らない人にでもフレンドリーなので全く問題ない」
……言っててちょっと悲しくなってしまう。
「それでは失礼します」
そう言って香籐が手を伸ばすと、ブンブンと尻尾を振り、顎を上げて首を反らして「ここを撫でて」と言わんばかりにアピールする。
「本当に全然警戒心が無いね」
慣れない手つきながら夢中で撫でる香籐。そしてそのの手を嫌がることなく目を細めて受け入れるマルに紫村が突っ込む。
「言うな。マルには最初から番犬なんて期待していない」
この子に嫌われたら大したものなんです。でも俺の妹は結構嫌われています。そんな妹にかなり嫌われている兄が俺です。
「……それにしても香籐君は嬉しそうだね」
「はい。僕は犬が飼いたかったんですけど、母が動物が苦手なもので……」
「わかった。思う存分マルと遊んでやってくれ」
香籐は笑顔で頷くと、興奮したマルが息切れを起こすまで撫で続けるのであった。
「この子は随分走るね」
三人と一匹でノンストップで十キロメートル走破を達成した後に、皿に入れられた水を一生懸命飲んでいるマルへ紫村が驚きの声を上げた。
「この一週間は朝晩に俺が好きなだけ走らせてやってるから、走る距離も伸びる一方だな」
「走るのが仕事なシベリアンハスキーでも、普通の飼い犬はそんなに走らないよ。大体、アスファルトの上だと足を痛めるからね」
「肉球や爪は散歩中と後にチェックして、少しでも傷とかがあれば治療しているし、まだ成犬に比べると三割くらいは体重が軽いし、散歩のほとんどがこの散歩道だから足腰への負担も小さいからな」
この川沿いの散歩道は、アスファルトではなく土の上にゴムの柔らかさと滑り止め効果のある樹脂製のマットみたいなものが敷き詰められてあり、犬の身体への負担が小さくなるように作られている。
そのために自転車で走るとかなり走り辛く、小学生の頃のクラスメイトに、この道を自転車で走っていて曲がろうとしハンドルを切った瞬間にタイヤを取られて転倒して、前輪のリムを壊した奴がいた。
「でも本当に凄いですよ。もしかしてこの子もレベルアップしたんですか?」
「幾らなんでも、犬だから『パーティーに入りますか?』『はい』なんて判断は出来ないよ」
「高城君……試したんだね?」
「ば、馬鹿言うなそんな事試すはずが無いだろ?」
「試したんだね?」
「…………」
俺は黙秘権を行使した。これ以上深く追求するようなら、まず弁護士を呼んでもらうぞ。
散歩道から住宅地に入り、家へと向かおうとするマルと紫村家へ向かう俺の間でリードがピンと張る。
「こっちだよマル」
そう言いながら、リードを軽く、しかし鋭く引っ張ってこちらに従うように指示を出す。
訴えかけるような目で俺を見上げながらいつもより一歩後ろの位置を歩きながら、時折家の方を不安そうに振り返る。
「大丈夫。こっちで良いんだよ」
一度足を止めて、頭から尻尾の方まで大きく手をスライドさせて何度も撫でてやると落ち着いたのか鼻を鳴らして俺の手を舐めようとする。
「随分ナーバスになっていますね」
「犬はある意味人間以上にルーチンワークに従って生きている部分が大きいから、散歩を終えて楽しみな餌の時間という決まりが破られる事への不安が大きかったんだろう」
「何か犬って自由そうなイメージがあるんですけど」
「人間に飼われて人間の都合に合わせて生きるしかないんだから、本当の意味での自由なんて無いさ。だからせめて飼い主として出来る限りの愛情を注いで上げる必要がある」
「犬を……動物を飼うのって大変なんですね」
「そりゃそうだ。俺の一日の自由になる時間の半分位はマルと散歩したり、ブラッシングしたり、遊んだりに使われている」
しかし、それでもマルと一緒にいてやれる時間は母さんに劣る。未だにマルの人気ランキング一位にはなれていないのが悲しい。
紫村の家に戻り、紫村と香籐がお手伝いさんが作り置き──さすがに朝練で五時半過ぎに家を出る紫村に合わせて飯作りしてくれるお手伝いさんなど存在しない──しておいてくれた料理をレンジで加熱している間に、家から持ってきたドッグフードと水をマル専用皿に入れて出す。
犬と人間の間にははっきりとした序列があった方が犬にとっても良いという理由で、犬の食事は人間の後という説もあるが、俺はその辺は気にした事は無い。ただ朝の散歩の後には食事と水を取らせるという決まりがあるだけだ。
「高城君。オークとかの肉で料理を作って貰うにはどうした方が良いと思うかな?」
温め直した朝食をテーブルに並べながら、そんな事を言い出してきたよ。どうやら夢世界の食材で作った料理を舌が覚えてしまったようで、普通の食事じゃ不満なのだろう。だが──
「それは難しいだろ」
「そうですよ。料理するなら味見はするだろうし、食べたら自分も手に入れたいと思いますよ。どこで手に入れた肉なんですか? と聞かれてどう答えるつもりですか?」
「それが悩ましい問題だね……レベルアップで料理スキルを取得なんてことはないのかな?」
自分で料理をするという方向は……紫村も男の料理と言い切るのは決して謙遜ではなく事実だからな。
「残念ながらシステムメニューを作った奴は、スキル制のゲームは嫌いなようだ」
「詳細なレシピとそれをきっちりと丁寧にこなせれば美味しく作れるはずなんだけど、感動を生み出すような」
「確かにお前の料理には驚きが無かった」
「……料理に驚きしかない君に言われると、流石にイラっとするんだけど?」
「すいません。調子こきました」
紫村が浮かべた笑顔のあまりの冷たさに速攻で謝る。
「僕も力にはなれそうも無いです」
俺達空手部の料理は基礎からして修正が利かないほどワイルドだ……最初に罠で捕まえたウサギをナイフで捌く方法を教わるのがいけないんだ。
「そんなお前達のために、俺からの素敵なプレゼントがある。オーク肉のソ~セ~ジィ~!」
「これなら、ちょっと茹で上げただけでもいけますね」
良いね。腸で出来た皮が熱で縮んで噛むとパキって破れて口の中に肉汁が飛び出るのは最高だね。
「さらにベ~コ~ン!」
「ベーコンエッグを作るよ。すぐ作るよ! 追加でそれぐらい食べられるよね?」
「勿論だ。その程度のカロリーなんて本気を出したら一分で消費してやる」
自分で言ってて悲しくなるほどの燃費の悪さだ。
朝食を終えて、俺達は運動公園へと向かう。
「ワン!」
今日はマルと一緒だ。
尻尾振り振りご機嫌な様子で俺の横を歩いている。そう言えば最近は常に全力疾走の散歩ばかりで、こうやって落ち着いて歩くのは珍しいな。
「この子も一緒に連れて行って大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。目の届く範囲に家族がいるとマルは独りでじっとしているのも苦にしない。ただし俺か母さんや父さんがいないと駄目だ」
うん兄貴じゃ駄目なんだな。
最近は俺が部屋で何かしている時も、部屋の隅でじっとこっちを見ながら大人しくしているから、近くの木にでもリードをつないでおけば大丈夫だろ。
「おはようございます! ……ってその犬はどうしたんですか?」
二年生の田辺が俺に挨拶をした後、二度見で突っ込んでくる。
「こいつは俺の愛犬のマルだ。今は家にマルが家族として信頼している人間が一人もいないので連れてきた」
木の支柱に、マルのリードを繋ぎながら答える。
「どうしたんですか?」
「妹が柔道の国際大会に出ると言う事で両親が応援に行ってしまったんだ」
「へぇ……凄いですね」
「大会という名前の付くものに出場した経験すらない兄とはえらい違いだろ?」
俺とは違い、他の連中は小学校の頃から……頃までは空手の大会に出て名を馳せていたようだからな。
「そ、そんな事はありませんよ。主将ならどこの空手大会に出ても中学・高校クラスなら優勝出来ますよ」
「いや、俺は卒業したらきっぱり空手は辞める。高校に入ったら、そうだなサッカー部にでも入って……俺なら手も使えるGKが良いかな? それでレギュラーになり女の子にキャーキャー言われるんだ」
あまりに甘美な妄想に溺れそうになる俺の前で田辺が泣いていた。
田辺だけではない一年生と紫村を除く他の部員達も泣いていた。俺の悲しい姿に自分を重ねてしまった故の男泣きだ。
ちなみに一年生達は未だに空手部に入ってしまった恐ろしさを理解していないために泣けなかったのだろう。
良いんだよ。理解しなくて……そうだ大島の蘇生が叶っても一年生達が卒業するまでは【所持アイテム】内で寝かせておこう。
そうすれば、一年生達には普通の中学生……はもう無理でも、普通の中学生っぽい感じを味合わせてやる事が出来る。
夏休みまでにすれ違いざまにその辺の不良達がそっと目を逸らすような恐ろしい顔つきにならずに済むのだ。
ちなみに地獄の夏合宿を乗り越え二学期が始まる頃には、ちょっと深刻な顔をしただけで街のチンピラですら、すれ違う十メートルも前から、エア電話を始めてしまう通称『人殺しの目』を身に付けるようになってしまう。
そうなったら手遅れだ。おしまいなんだ。もう女の子の気を惹くためには容姿以外の何かで勝負するしかなくなる……しかも容姿の面で大きなハンデキャップ付きで。
「高城君。GKで女の子にキャーキャー言われるのは高校レベルだと無理だと思うよ。そうだねプロでも代表候補になるくらいじゃないとね」
「馬鹿な! GKだってモテモテのウハウハのドンと来いな選手は居るだろ」
「表現がオヤジ臭いよ。大体そういう選手はGKに関係なく個人的な魅力でモテるだけで、GKであることにモテるという要素はほとんど無いよ。そう、つまりはイケメンに限るって奴さ」
「お、お前はたった今、全国三千万人のGKの皆さんを敵に回したぞ」
大体だ、イケメンがイケメンに限ると言ってしまったら、もう戦争だろうが! ……自分がホモであったことを感謝するんだな。
「はいはい、日本にいるGKの人数は日本の総人口の十一分の一が上限だと思うよ」
軽く流された。
「……とにかくだ。家のマルは練習の邪魔をする事は無いから気にしないで欲──」
「無理です。凄く気になります! 触っても良いですか?」
栗原の目が輝いている。両手の指をワキワキと動かすのは止めてもらいたい。
「良いが、練習が始まるまでの五分だけだぞ」
俺が許可を出すと、栗原だけじゃなく部員の半分くらいがマルの元へと押しかけた……結構犬好きが多かったんだね。
護衛の警官達に呆れた様な目で見られながら軽く十キロメートルほどトラックを走って身体を暖めた後で組み手に入る──
「おはようございます」
「……北條先生?」
休日の朝の思いがけぬ登場に思わず声が上ずる。
うろたえているのは俺だけではない。他の部員達も彼女の普段の外出着なのだろう春らしい明るい色のワンピース姿に低く感嘆の声を漏らしている。
俺と違ってこいつらは学校でスーツ姿か部活の時の剣道着に袴姿のどちらかしか見た事が無いからな。しかし俺は項がはっきりと見える部活で指導している時の姿が一番好きだ。
「ところで今日はどういう理由で、ここに集まっているのですか? 試験前一週間の部活動は校則で禁じられているはずですが?」
ああ、北條先生が怒っている。俺を詰問している……これはこれでご褒美です。
違う。そういう場合ではない。俺は主将として何としても彼女を丸め込まなければならないのだ。
「これは部活動ではありません。我々は学校側の不当な干渉により部を休止状態におかれていますから、単なる自主的な集まりに過ぎないので学校の干渉はお断りします」
は、はっきり言ってやったよぅ……どうしよう? このはっきりと言い過ぎる性格は何とかならんのか?
「今回の学校側の対応には、これ幸いといわんばかりの本音があった事は間違いなく高城君達の学校への反発は分かりますが、空手の経験のある指導者が居ないというのも事実です」
「それは詭弁です。別に部活の顧問にその部活に関する技能は必要なく、監督し危険があるなら注意を促すだけでいいはずです。実際、バドミントン部顧問の藤原先生はバドミントンの経験の無い居るだけ顧問です。それともあらゆる球技の中で一番の球速を持つバドミントンは安全な競技なので、顧問にバドミントンの素養は必要ないとお思いですか?」
「そ、それは……」
困りながら言いよどむ俯き加減の北條先生も良い! いや好い! もう、この表情だけで三杯はいけるね。
「良いんですよ。北條先生は優しいから、他の教師達が臨時でも我々の顧問になる事を拒否したなんて、我々を気遣って伝える事が出来ない事くらい分かっています」
「そ、そんな……」
照れておられる! 北條先生が照れておられる! 俺の心の叫びだけではない。他の連中も同じように呟きを漏らしている。
「小僧。儂の孫娘を口説いてるのか? 弥生。お前もいい歳してこんな子供に誉められて何を真っ赤になって照れているんだ?」
何故か北條先生とは血のつながりを全く感じさせない化け物爺が居た……着物に袴姿の爺が彼女の隣に居るのは分かっていたが、敢えて心の視界に入れてなかっただけだが。
「まっ、真っ赤になんてなってません!」
そう言い返すが、俺達は『真っ赤になってる!』『可愛い!』『萌える』『付き合って欲しい』『いや結婚してくれ!』と心の中で呟いていた。
「お久しぶりです。御老台」
礼儀正しく頭を下げておく。もしかしたら……万が一に、可能性はゼロではないので俺の義祖父になるかもしれない相手を怒らせる必要は無い。
「ほう今日は、面識も無い非常識な爺さんじゃねぇのか?」
ちっ! 憶えてやがる。爺は年寄りらしくそこはボケておけよ。
咄嗟に「一体何の事でしょう?」と誤魔化す自分の顔が引きつるのが分かる。
「まあ、いいだろう……お前達の師匠が死んだと聞いてな」
「さあどうでしょう? 簡単に死ぬような人間じゃないですから」
大島の死は肯定しない。三年後には生き返らせてやるつもりだからだ。
「ほう。生きていると思うのか?」
「いえ、ただ……」
「ただ?」
「この手できっちりと止めを刺さなければ安心出来る相手ではないですから」
冗談でも何でもなく、本心からそう思う。
「うむ……なるほど。あの若造の弟子なだけはあるな」
失礼な、一緒にするなよ。
「単に部員と顧問の関係で弟子になった記憶はありませんよ」
俺の言葉ににやりと獰猛な笑みを返す爺に俺は背筋に冷たいものを感じ、敢えて何かに気を取られたかのように自然に視線を少しだけ逸らせて隙を作り誘った。
『爺が一戦しかけてくる気だ。監視の目から俺と爺を身体で遮ってくれ』
【伝心】で紫村と香籐に指示を飛ばした次の瞬間、爺は手にしていた杖で顔を目掛けて鋭く、そして容赦なく突きこんでくる……そうだよこの爺は初対面の時もこういう奴だった。
そのタイミングを読んでいた俺は突きを左手で横から握りこんで止めた。
如何に爺が人外であっても加齢により痩せて衰えた小柄なその身体から絞り出せる筋力は大きくは無い。レベルアップによる身体能力の向上に頼る必要もない。
「冗談がきつ──」
俺はこれで終わりだと思った。油断以外の何ものでもなかった。
これはちょっとした力比べ。野生動物のように俺が強いお前が弱いという順位付けだけ……そんな、この手の人間には必要な幼稚な振る舞いだと間抜けな事に甘っちょろい事を考えていたのだ。
爺は杖の手元の丁字になったハンドルを握りこんだ拳ごと九十度捻ると、そのまま拳を突き出した……杖は俺が握っているのに何故動く? そうか仕込杖かよ!
そう気付いた瞬間、杖の石突に取り付けられた滑り止め効果のある樹脂製のカバーを銀光が貫いて飛び出す。
「ちぃっ!」
二号が持っていた細剣に似た、細くて薄い両刃の切っ先を遠ざけるために杖を握りこんだ左手を外側へと動かしながら首を右へと傾ける。これで十分に切っ先を避ける事が出来た……そう思った時には爺は向かって左側へと踏み込んでいる。
俺が握りこんでいる部分を支点とすれば、力点に掛かるのが爺の小さな力でも十分に作用点である切っ先の方向を俺の顔へと向けることが出来た。
糞っ! この爺は『戦う(ヤル)=殺す(ヤル)』という剣豪小説の中に棲んでいる連中と同じキ印で、大島以上に性質が悪い。奴にはもう少し世間体というか、殺す(ヤル)なら他人目の無い場所を選ぶ慎ましさがある。
ただ後ろに下がる……戦いのセオリーから大きく外れる行動だが、この爺の攻撃が届く範囲から身を退かない限り避けられないから仕方な──畜生、後ろにはベンチがある。
離れ際に杖を掴んだ左手を力に逆らわない方向へと強く捻るトリックを入れて虚を付くと、後ろに大きく右足で踏み切ってトンボを切る。右足に続いて踏み切った左足で爺の仕込み杖を下から蹴り飛ばそうとしたが、一瞬早く杖を引き戻される。
だが半歩分の時を稼ぎペンチを飛び越しながら、首にかけていたタオルを引き抜き手首を使って鞭の様に振り、踏み込んで来た爺の顔の前にタオルが来た時に手首を返し「パン!」と大きく鳴らして牽制するが、爺は一瞬の遅滞も無く、更にもう一歩踏み込んで来るのが空中から見て取れた。
糞っ! タオルが汗を吸って重たくなってさえいたならば、もう少し深い位置で手首を返して爺の左耳を打ち鼓膜でもぶち破ってやったものを、十キロメートル程度のランニングではほとんど汗もかかない自分の身体を初めて憎いと思った。
それにしても人間は眼前で起きる予想外の出来事には反射的に身体が対応しようとするのは生理現象でありアクション漫画の登場人物でも無ければ、生き物である以上それから逃れる事は出来ない。爺といえども無視出来る訳が無いのだ。
だがそれを精神力で抑えきったのだ。極僅かに発生した驚きは、それによって生じた遅滞を俺にすら悟らせないほどまでに抑え込み追撃を続けたのだった。
化け物爺め! フィクションの世界に帰りやがれ……俺の常識がぶっ壊れる前に。
空中で1回転を終えて着地しようとするタイミングで、爺は足元の芝生ごと土を俺の顔を目掛けて蹴り飛ばしてきた……これではチート抜きの真っ当な手段では飛び散る土は避けられない。
俺は目が見えなくなって心眼に目覚めたり、小宇宙だの第七感に目覚めたりするような主人公適正は無いので、戦いの最中に視力を奪われる訳にはいかない。左手を顔のすぐ前、目の高さに水平に構えて目を瞑らずに細めて土に備える。土を被る瞬間に爺が仕掛けて来ないはすが無いからだ。
細くしか開かれてない瞼の隙間から、土埃の乗った睫毛越しに見える視界の中で確かに俺は爺の姿を捉えている。
俺は爺の策にきっちり対応したつもりだったが見通しは甚だ甘かった。目に見えるその姿と、耳を通して伝わる踏み込みの音や地面から伝わる振動の間に僅かタイムラグを感じたのだ。
しまった! ……そうだ、人間は明るく視認状態の良い状況で見たものと暗く視認状態の悪い状況で見たものでは認知処理への負担の違いから、後者が遅れて見えるようになっている。
そのためにサングラスを片方のグラスを外した状態で掛けて動くものを見ると、コンマ一か二秒の差だがグラスの入った方の目で見る方が遅れて見えるというのを本で見た。
幾ら俺の脳の処理速度や視力全般が向上していてもその頚木からは完全には逃れらない。
つまり今、俺の眼で捉えている爺は僅かだが過去の姿だ──そう認識して回避するのと仕込み杖が俺の首の右横を皮膚のほんの表面を切り裂きながら通り抜けていくのは同時だった……爺め、本当に命を取りにきやがったな。俺じゃなければ首を突かれているぞ!
切れた。首の傷の事じゃなく堪忍袋の緒が切れた。ブチ切れだ!
怒りに任せて振るった右の裏拳が捉えると、仕込み杖はくの字にへし折れて爺の手から、まるで俺の敬老精神と同様に吹っ飛んでいった。
俺の攻撃を目で捉える事が出来る目を持つ者は、この場には紫村と香籐しかいない。
その二人にしても距離が離れていたために見えただけで爺の立ち位置にいれば見えなかったはずだ。
「何?」
知覚すら出来ずに、己の手の中から杖が失われた事実に爺が驚きの声を上げる。次は悲鳴を上げさせて最終的には泣き叫ばせてやるよ!
杖を失った爺が懐中に手を伸ばし──石礫がその手を打った。
「北條先生!」
石を投げたのは北條先生だった。恐ろしいほど感情を殺した目で自分の祖父を見つめている。
「……お祖父ちゃん。何をしてるの?」
こ、怖い! 北條先生が怖い! 爺も顔を青褪めさせている。
「や、弥生……何って、それは──」
「それは……何?」
「いやなんだ……冗談、そう冗談だ」
「へぇ……冗談で私の大事な教え子を殺そうとしたんだ」
「殺そうなんてしてない。ただちょっと行き過ぎただけだ……な?」
爺は必死の形相で俺に同意を求める。こちらに目を向けた彼女に俺は思いっきり良い笑顔で首を横に振って見せた。
「こ、小僧っ!」
何だ、その裏切られたと言わんばかりの怒りの叫びは? 俺は貴様に対して一ミリたりとも心の距離感を縮めた事も無いし、一ミリグラムの同情も、刹那のシンパシーも無い。筋違いな怒りは止めて貰いたい。
「私に嘘まで吐くんだ」
「ま、待て弥生──」
「お祖母ちゃんに言いつけます。ある事ある事を全て」
ある事無い事じゃないのでは救いようが無い。
「勘弁してくれ!」
……うん、嫁さんが一番怖い訳だ。もしも会う機会に恵まれたなら気に入られるように最大限の努力をしよう。
マルが繋いでいたリードを振り切ってこちらにやって来て、爺を睨みながら「うーっ!」と唸り声を上げる。
俺が頭を撫でながら「大丈夫、大丈夫」と背中を軽く叩いてやると小さく鼻を鳴らしながら身体を俺の足の間に入れると首を伸ばして顔を舐めてくる。
ここまで心配してくれると嬉しいと思う反面、申し訳なさに胸が締め付けられる。
ここで問題がある。俺達の周囲には護衛がついている。周囲を取り囲むように展開し外側に監視の目を向けているだろうが、近くにいる二名には紫村と香籐が作った壁越しにトンボを切った俺の姿が見ていたはずだ。
幸いなのは開けた運動公園をカバーするためには人手が足りずに、その二名さえも距離が少し離れていたために、僅か数秒の間に何が起きたのか正確に把握出来たとは思えないことだが、あの仕込み杖を発見されたら爺は捕まるだろう。
それは俺にとっても社会にとっても素晴らしく良い事のなのだが、自分の祖父が刃物を振り回して生徒に襲い掛かったとしたら北條先生の立場も危うくなる。下手をすれば別の学校へと転任……いや、教員の資格すら失いかねない。それはまずい。
『香籐。さりげなく移動して仕込み杖を回収してしまっておくんだ』
首元を隠すためにジャージの前のファスナーを一番上まで引き上げながら【伝心】で指示を出す……少しはみ出て隠し切れていないか。
『はい!』
香籐はそう答えると、トイレにでも行く様な素振りで、俺達の輪から離れると護衛たちの目を避けるように仕込み杖に近づくと、歩を緩める事も屈むなどの動作も見せずに収納して回収し、そのままトイレへと向かった。
周辺マップで確認していた限りにおいて近くの護衛達には、香籐のした事に気付いたような緊張などの精神的変化は見られなかった。
『よくやった』
『頭のおかしい爺のせいで、北條先生のお立場を悪くする訳にはいきませんから』
香籐も爺に関しては歯に衣を着せない。
「大丈夫ですか?」
護衛の警官達が声を掛けながら近づいてきた。彼は空手部員達に張り付いている護衛の中の責任者とも言うべき立場の坂本と名乗ったが、階級やどの部署に所属しているかなどは一切口外していない……紫村は既に知っているようだが、俺は聞かないし聞きたくない。
彼の声からは緊張感を感じない。何かあったのか確認のために近寄った程度なのだろう。
「このお爺さんがボケて暴れただけですよ。仕方が無いですよ誰だって歳を取ったらボケるのはね」
「そうですか、それでは仕方ありませんね……それでお怪我は?」
……この男は食えないな。俺の言葉を信じたのか、それどころか本当に爺の暴挙を見逃していたのかすら分からない。全く感情がフラットなのだ。
「大丈夫です。僕がボケの入った老人一人をあしらえないと思いますか?」
彼らはこの一週間俺達の練習風景を見ているし、木曜日の『恒例、春のランニング祭り』では止めに入ろうとして、排除されている事から俺達の実力は知っている……だが、ほんの一瞬だが坂本の視線が俺の首元へと流れた。
今の俺の回復能力なら、もし僅かにでも血が流れていたとしても傷は完全に塞がれているだろう。だが斬られた皮膚の薄皮は、すぐに下から新しい皮膚が再生するが、破れた皮自体は決して元には戻らずに白く浮いてその存在を示す。
気付かれた? 知っていて見逃してくれたのか? それとも何か思惑があるのか? 要注意だ。
爺は俺の言葉に何度か反応したが、その度に北條先生にわき腹をきつく抓られては己を押し殺していたが、坂本達が立ち去り定位置に戻ると、早速殺意を込めた視線をぶつけてくる。
それに対して俺は身長差を活かして侮蔑の目で見下ろしてやった。
「小僧。ボケ老人とは言ってくれるなぁ?」
「黙れ糞爺。北條先生と血のつながりは怪しくても戸籍上の祖父であった事を感謝しろ。さもなくば貴様などとっくに警察に突き出しているわ」
「随分と態度が違うじゃないか? それがお前の本性だな」
「本性? 何を言っている。人に対する礼遇と犬に対する待遇と狂犬に対する処遇。全てが異なっていて当然だろう」
そもそも家庭内実力者が、この爺ではなく北條先生の祖母である事が分かった以上。爺は用無し、こいつに配慮してやる必要などない。
「俺を犬呼ばわりとは良い度胸だ」
一人称が儂から俺に変わった。怒りに本性が出てしまったのだろうか? いや、やっぱり『儂』なんて一人称は無理に使っていただけで、本人も恥ずかしかったのでこっそり俺に戻したと、好意的に判断してやろう。
「お祖父ちゃん。高城君は狂犬呼ばわりしているのよ。斬りつけた相手に情けを掛けられ庇って貰って恥を晒した上に、恩知らずにも食って掛かる誰には実に的確な呼び方だわ」
「や、弥生ぃ……」
可愛がっているのだろう孫娘の言葉に涙目の爺。
「今回の件は全て祖母様に伝いえてしっかり叱って貰います」
「…………」
声も無く項垂れる爺……そこまでか、そこまでの圧倒的な家庭内実力者(オピニオンリーダー)だとは……絶対に気に入られるように頑張ろう。それが北條家への婿入りの最短ルートと見た! その最短ルートすらも果てしなく長いんだけどね。
「それで爺は、孫に折檻される様を見せにわざわざこんな所まで来たのか?」
正面には俺が、左後方には香籐が、そして右後方には紫村が立って爺の動きを封じている……この囲みならば
ここまでするのには理由がある。周辺マップで『刃物』で検索をかけると八本の刃物が爺のシンボル周辺に表示される。他にも暗器の類を警戒して『含み針』で検索を掛けるとこれまたヒットした。ついでに『含み針+毒』で検索をかけるとこれまたヒットする……警戒しない理由がどこにも見つからない。むしろ今からでも警察に突き出すのが市民の義務じゃないか、そんならしくもない事が頭の中を過ぎってしまう。
「だから言っただろう、お前らの師匠が死んだと聞いたからだ」
「それなのに続きを話す前に勝手に盛って襲い掛かってきたと」
なんて堪え性の無い爺だ。マルだってもっと長くマテを出来る。
「ちっ、自分で誘っていおいてよく言うもんだ」
爺が不貞腐れても全くかわいらしさは無い。
「やる気満々なのを面に出して隙を見せたら喰らいつく。一体どこのダボハゼだ?」
「主導権をとりたくて必死な小僧が、拙い腹芸で隙を見せたんだ。乗ってやるのが年長者の務めというやつだ」
「その油断の挙句に自分の得物をぶっ飛ばされてか? とんだ未熟者。俺を小僧と呼ぶお前の人生とはまさに馬齢を重ねるのみだったようだな」
鍛え上げられた技で挑むなら分るが、口で俺に挑むとは余りにも愚か。拳による戦いと口での戦いなら俺は後者の方が得意なくらいだ。
実際、爺は実力の全てを出してはいなかった。俺がどれ程の兵法を使えるのかを確認するため手加減しながら手探りしていた状況だったのだろう。
そこで俺がいきなり使うべきではないギアへと入れて一気に振り切ったに過ぎない。
俺としても勝ったなどとはとてもいえない状況だが、それでも爺にとっては負けは負けなのだろう。しかし、そんな事は無視して容赦なく爺に敗北感を味あわせる……うん卑怯かもしれないが、相手が相手だけにむしろ清々するわ。
「…………」
爺は言葉を無くし、ただ顔だけで怒りと悔しさを表現するのみ……良いぞ、実に良いぞ、その顔を見たかった。
「お祖父ちゃんがいつも口にする腹を切るべき状況ね」
北條先生は、感情を込めずさらりと言い捨てた……ちょっと怖いが、それが良い。目覚めてはいけない何かが目覚めてしまいそうだ。
それにして腹を切るとか切らないとかやはりこの爺は大島と根っこが同じ危険人物だという事だ。
いや、生まれ育った時代的に大島に輪をかけてフリーダムでワイルドに育っていると考えるべきだろう。
「弥生ぃ~~」
「良いから早く要件を伝えてあげてください。彼らもお祖父ちゃんほど暇ではないんですよ」
北條先生に促されて爺が口にした内容は、空手部が活動停止となり学校施設を使えず放浪の空手好きの集いになってしまった俺達のために、以前北條家で開いていた長刀教室で使っていた道場を開放しても良いとの事だった。
「でも、何故長刀を教えるのを辞めてしまったんですか?」
「お祖母ちゃんが教えていたんだけど、去年から体調を崩してね。それ以来閉じてしまったの」
「すいません不躾な質問をしてしまいました」
やばい。北條先生の祖母の体調が悪いとなれば、何れは家庭内序列に変動が起きて爺がトップに躍り出る可能性も十分にある……迂闊だった。幾らブチギレたとはいえ対立構造を作らずに、もう少し態度を保留するべきだった。
「良いのよ……それに長刀は元々北條の家の業ではなく、お祖母ちゃんの実家の四上流長刀術で、お祖母ちゃんの趣味でやっていたものだから、だから誰かに継がせるわけでもなく……という事だったの。それで小さいけれど道場が空いていいるの誰も使わないと建物って傷んじゃうでしょう。それならしばらくの間でも皆に使ってもらえば良いと思ったのよ。お願いできるかしら?」
「僕個人としては、この話は是非受けたいと思います」
どうせ隠居し無聊をかこつ爺もセットで付いてくると考えると是非にとは言えないのだが、しかし北條先生に「お願いできるかしら?」なんて言われてNOとはいえない……いやいや、ちゃんと一年生を鍛えるという当初の目的に適う条件だからだよ。
「それで皆の意見も聞いた上で決めたいと思うので、少し時間を頂けますか?」
「構いませんよ」
「どうする、絶対爺が練習に口出ししてくるぞ」
「そこは主将の高城君がシャットアウトするという事で」
副主将が面倒事を俺にぶん投げた。
「そうだな。これから雨季に入ったら屋根が無いとつらいからな。それに北條先生とお近づきになれるチャンスだ」
そうだなって、何がそうなんだ田村! 大体、北條先生とお近づきとか色ボケしやがって当初の目的を完全に忘れてるねぇか。
「そのために主将と副主将がいるんだし」
「おい!」
いきなり伴尾に厄介な問題を振られた櫛木田が突っ込みを入れる。
「お前に文句を言う資格は無い。とは言っても櫛木田じゃ全く爺の抑えにはならない」
「おいっ!」
「言っただろ油断していたと。あの爺は全然本気じゃなく手加減しながら様子を見ていたら、想像以上に俺の力量が上で本気を出す前に武器を払い飛ばされたって訳だ」
しかも俺の本気の方はシステムメニュー込みの力だ、そんなものを想像出来たとしたなら爺の正気を疑うレベルだ。
「高城君。この話は受けた方が良いよ。一年生達のことを考ええるなら武器を持った相手への対処法も身に付けた方が良い。それにはあの老人の力を借りるのが一番早そうだからね」
流石は紫村だ。三馬鹿とは違ってちゃんと目的を見失わない。俺が後輩だったらこんな頼れる先輩を持ちたい……ホモでさえなければ。
「そうか……確かにうってつけって奴だな」
「襲ってくるような連中が素手な訳が無いし、最初から対武器戦を想定させた方が良いな」
やっと気付いたようだ。
ちなみに空手部の二年生以上にとっては決武器を持った相手に素手が不利だという感覚はない。
鎧などの防具を身に付けた者同士の戦いなら、武器による攻撃力の向上は悪くない選択だ。だが特に防具を身に付けていない奴を相手にするなら素手の方が速さで優位に立てる。
武器は飛び道具などを除けば、武器自体の重さがあるほど、そして握った場所と重心との距離が離れているほど、攻撃の始まりと攻撃が相手に届くまでの時間が長くなるのは避けられない。
そして一度攻撃の動作が始まると修正が利き辛く、また攻撃を終わりから次の攻撃への時間も長いなどの弱点を多分に含む。
ならば『堅きを避けて疵をせむ』である。流れる水のごとく高み(Strengths:強み)を避けて、低き(Weaknesses:弱み)へと流れれば勝機は掴める。
むしろ武器を持ってしまったが故に手放すという選択肢を選ぶのが難しい相手に比べればかなり分は良い。
だが、口にするのは簡単だが、これが意外に難しい。武器への恐怖心が身体を戦いの場で身体を縛り上げてしまう。
それを克服する方法は実に単純だ「ナイフなんかで切りつけるより。自分の拳で殴って骨を砕いた方がダメージが大きいよね」と自覚すれば武器への恐怖は消えはしないが、冷静な戦力の比較が出来るようになる……空手部ってそんなところなんだよ。
だが単純だけに多くの時間と経験が必要になるので、今の状況では手っ取り早く対武器の経験値を稼ぐ事で、対処法を身に付けていく方が早いという考えには同意する。
「それでは、北條先生からの申し出を受け入れるという事で異論はないか?」
俺の問いに良く分からないといった様子の一年生を除けば全員頷いたため、北條先生の申し出を有り難く受けさせて貰う事を決めた。
「北條先生のお話を受けさせて貰います。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げ、他の部員たちも一斉に頭を下げると「そうですか。こちらも助かります」と北條先生は、学校でのクールビューティーさとは違った可愛らしいとさえ感じてしまう温かな笑顔で応えてくれた。
「本当に凄えなぁ餓鬼共がデレデレだ……」
爺の呟きを聞き取れたのは俺。もしかしたら紫村と香籐にも聞こえたかもしれないと言うくらいに声が抑えられていたはずなのに、北條先生は爺をキッと睨みつけた。
うん凄いね。地元の人間なら誰でも知っている北條先生の実家。
高さ一メートルほどの石垣の基礎の上に白い土壁を築き、更に丈夫には瓦まで葺いてある立派な塀。
それで一区画まるまる全てを囲む敷地……どこから見ても武家屋敷である。
「えっ? ここって北条先生の家だったんですか?」
一年生達が驚きの声を上げる。俺もそれを知った時は驚いた。
そんな事は無いと分かっていながらも、どうしてもお殿様が住んでいるようなイメージが頭を離れなかったため、お屋敷のお姫様が教師をやっているというギャップが受け入れられなかった。
「広いだけがとりえの古い家だけど、どうぞ入ってください」
古いというよりも歴史を感じさせると表現すべきだろう。丁寧に人の手が入っているためだろう経年劣化による変化はみっともなさではなく良い具合に寂れた趣を醸し出している。
彼女の言葉を受け入れるなら、父さんには悪いが高城家は良く言って山小屋レベルだ。
門から母屋の玄関へと続く飛び石が配された道の右手には、庭があり大きな池を中心として周囲に岩と石を組み合わせて配置し、高さのある木は要所要所へ柔らかな木漏れ日を落とす影を作るようにバランスよく植えられているために日本的美意識である侘びではなくとも落ち着き安らげる雰囲気を作っている。
日本庭園といえば枯山水しか頭に無い俺にでも良い庭だと感じることが出来る。もっとも、池の上に張り出すように建てられた四阿を見て、夏の昼寝にもってこいだと思う位だけどな。
道を挟んだ左手には道場だ。しかもかなり大きく、中では大勢の門下生達が修行中なのだろう。鋭い気合と竹刀が簿具を打つ音が響いている。
「流石に授業のレベルとは随分と違うな」
音だけで違いが分かる的なことを口にしてみた。
「授業のレベルと比べたらどちらにも悪いよ」
「大体、中学校の授業とか部活ではやってはいけない段階ってのがあるだろ?」
「ドヤ顔がきめぇんだよ!」
……ここぞとばかりにボッコボコですよ。
「そうですよ。授業や部活で生徒を本気で扱いたら、私は教師を首になってしまいます」
御尤もです……ただし大島は除く。
「……そう考えると大島先生って何者なんでしょう?」
「そうだな。それを知ってしまうと決して幸せにはなれない存在だな」
岡本に田村が答える……なんて説得力だよ。
「ここが皆に使って貰う道場です。マルちゃんは上がれないから、入り口の前の木にでも繋いでおいてください」
先ほどの道場の建物に比べるとずっと小さいが、それでも内部は学校の格技場と同じくらいの広さがあり俺達が使うには十分すぎるスペースだ。
「想像以上に立派ですね。本当に僕達が使っても構わないんですか?」
正直なところ、ちょっと気後れしている。道場は木造で柱や梁も太く立派で、どこか寺のお堂内に似ていなくも無く、地方公務員の小倅の庶民感覚をグイグイと威圧してくるように感じてしまう……やはり道場は鉄筋コンクリート造りではこの迫力は出ないな。
「構いませんよ。それでは始めましょうか?」
笑顔で北條先生にそう言われて、俺達は思わず「はい」と答えてしまった。何を始めるのかも聞かないで。
「それでは試験に備えて、皆で勉強をしましょう」
「えっ?」
あまりに想定外な言葉にそう聞き返すしか出来なかった。
「勉強です。あなた方が一週間も皆より遅れているのには同情するべきことが多々あります。でも試験前期間だというのに放課後はいつも通りに練習を続けていた事に関しては同情の余地はありません。これで成績が下がったなんてことは許しませんよ。ですから試験が終わるまでは放課後、毎日ここで勉強をして貰います」
「あ、あの……先生?」
「先ほど『はい』と答えた以上は問答無用です。しっかり試験で良い成績を出して学校側に空手部の活動再開の許可を貰わないと駄目ですよ」
どうなってるんだ! と爺に目を向けると、シラケタ顔して「勉強かよ、つまんねェな」と小さく吐き捨てると俺の視線を無視して道場から出て行ってしまった。
ちょっと待て! 爺ぃ本当に待て! こんな話聞いてないよ!
最初からこうなる事は北條先生の中では既定だったのだろう。
一年から三年の全教科の教科書の試験範囲をコピーしたプリントに筆記用具が用意されていた……ここまでされてはNOとはいえない。
二年生達なんて「北條先生が俺達のためにここまでしてくれるなんて」と感激しちゃってるから、断ったら暴動が起きる……パトカーひっくり返すのは俺に任せろ!
北條先生は一年生に教えている。一番欠席の影響を受けてるのが一年生なので当然だが、そうなると面白くないのが上級生達だ。
先輩後輩の仲が良いのが空手部の伝統だが、こればっかりは話が別だ。しかもまだ一年生達にとっては彼女は担当学年が違うただの学校の先生の一人に過ぎない。
故に『豚に真珠』『猫に小判』『ブスにカネボウ』そんな妬みの声が漏れ聞こえる。
「先生。ここが分かりません」
「僕もここが分からないんですけど」
田村と伴尾が競うように北條先生に質問を投げかける。下心が見え透いてるわ。
中学三年生にもなって我侭な甘えが可愛いとでも勘違いしてるのか? ……彼女の妹への甘さを考えると有りなのかもしれないが、だが俺はお前らを置き去りにして次のステージに立つ。
「一年生の勉強は僕が見ますよ」
「貴方の勉強はいいの?」
「僕も受験生ですから普段からきちんと勉強しています。だから先週の分はもう取り戻していますよ」
「そうね、高城君はしっかりしてるから大丈夫よね。お願いするわ」
「任せてください」
……どうだ? お前達は何時までもママに甘える赤ちゃんでいるが良いさ。俺は頼られる男になる!
「それでは僕は二年生を教えます。先生はこの出来の悪い二人を教えてあげてください」
すかさず櫛木田が俺の作戦に乗ってきた。まさに機を見るに敏。世渡り上手な副主将め。必ず蹴落としてやる。
北條先生とお近づきになる次のステージは俺一人分のスペースしかない。お前がそこを目指すというのなら何れ雌雄を決する事となろう……ちょっと空しくなってきた。櫛木田などと争ってるようじゃ駄目なのだ。
実際、二年生達に教えると称して、過去の出題傾向から中間試験に出る問題を予想して「これとこれは確実に出るから憶えろ」などとピンポイントに教えて先生から怒られ、更に試験の裏技を教えてこれまた怒られる馬鹿である。
ちなみに試験の裏技とは、問題を解くのではなく出題者を攻略する方法であり、良く知られる効果的な手法は国語の選択問題対策である。
例えば「長文を読んで、傍線部の部分における主人公の心情を以下から選択せよ」という問題があった場合に、出題者は間違った解答例を作らなければならない。
その際に出題者の多くが、正解の文章から間違った解答例を作り上げるために、解答例の要素を抜き出して他の解答例と類似する要素が最も多かった解答例が正解である可能性が非常に高い……なんて事は中学生の内から覚えるものではないというのが北條先生のお言葉だが尤もな話である。
「それではお昼休みにしましょう」
北條先生の言葉に皆からは長いため息が漏れる。学校と違って休み時間無しのずっとだったから脳が酸欠気味になっていたのだろう。
それにしても……勉強しちゃったな。
毎日色んな事を勉強はしているが、学校の授業内容を授業以外で勉強したのは久しぶりだ。
授業を真面目に聞いているだけで他に勉強はしなくても好成績は取れるという、学生なら一発殴らせて欲しいと思うくらい素敵なポジションに俺は立ったのだ……うん、何も困ることは無い。良かった良かったとしておこう。
問題だったのは、やはり一年生達の勉強の進捗状況で、こうやって勉強する機会を得たのは良かったというべきなのだろう。
だが空手部には毎年の問題の出題傾向から割り出したポイントをまとめた虎の巻が存在する。大島のシゴキに耐えつつ学力を維持するために用意されたもので、今年度版の一学年二学年用の作成は卒業した前主将と俺と櫛木田の合作で、三学年用のは他の先輩達が製作してくれた。
その虎の巻を使って今回のテストでは成績を稼いで貰って、期末試験までに学力を上昇させる予定だった。
レベルアップの当てがある今なら、全員をパーティーに入れて身体能力だけでなく知能の向上もという方法があるが、流石に十八人全員を紫村の家に集める事は出来ないからな……そんな事を考えていると、今度は全員で平行世界送りという可能性もあるから深く考えないでおこう。
いや可能性というよりも、積極的に平行世界を利用するというのも考えておくべきなのかもしれない。今ならまた飛ばされたとしてもシステムメニューの力で戻ってくる事が出来るから、むしろ自分の意思で平行世界へ行くことが出来たなら大量の経験値を得る事が出来るようになる。
余計な方向に気が行ってしまったのを軽く頭を振ってクリアする。
「じゃあ、昼飯の買い出しにコンビニに行く──」
「お昼はこちらで用意しているわ」
「北條先生の手料理?」
そんな呟きにも似た声が部員達の間から漏れた。
「いえ、そこまでして頂く訳には──」
流石にこの大人数でご馳走になるのは申し訳ないと遠慮しようとする俺の背後で連中のうめき声が上がる……お前らな十八人分の食材だけでもかなりの出費になるんだぞ、食材費だけでも払わせて貰えるならまだしもだが、子供が大人に金の事で気を使っている素振りを見せるのも失礼だと思う。
もし自分が奢ってやるといってるのに下級生から「やっぱり自分で払います」と言われたら……やっぱりイラっとするからな。
「門下生の皆さんの分と一緒に皆の分も作ってあるから、それに別にご馳走って訳でもないので遠慮しないでね」
大人数用の炊き出し的なもので、もう作ってあるのか……そう考えると、少しだけ気が楽になり「ご馳走になります。よろしくお願いします」と頭を下げてしまった。決して背後からのプレッシャーに負けたわけではない。
案内されて本道場に行くと、中には三十数名程度の剣道着に袴姿の男女が配膳などの準備をしていた。
年齢層は大体、大学生くらいから三十代くらいに集中している。俺達のような中学生らしき門下生はいないようだ。
彼らが俺達を見る目は鋭い。鋭いというか最初から目付きが良くないだけで睨んでいる訳ではない。まるで俺達みたいであり、どこか堅気じゃない空気が漂っている。
「失礼します」
彼らに一礼してから靴を脱いで上がる。
「小僧ども勉強は終わったのか?」
「まだよ。試験まではずっと勉強をしてもらうから、お祖父ちゃんと違って暇じゃないの」
やくざ者のように絡んでくる爺を北條先生がシャットアウトする……ああ煽ってやりたい。「ねえ? ねえ? どんな気持ち? 可愛がっている孫娘にけんもほろろにされる気分はどうなの?」と煽ってやり、その悔しがる顔を見てみたい。
「弥生。お祖父ちゃんにそんな言い方は──」
北條先生のお父さんと思しき、ロマンスグレーの総髪で髭のおっさんが立ち上がり諌めようとする。
「お父さん!」
やっぱりお父さんでした。将来は俺のお義父さんになるかもしれない人だ。
「な、何だ?」
娘にピシャリと遮られてちょっと腰が引ける髭のオッサン……この一族は男が弱いな。
「お祖父ちゃんは、仕込み杖で高城君に襲い掛かって怪我を負わせたのよ!」
「! ……お、親父?」
「ちっ、何だよ。あんなのかすっただけだ。怪我の内に入らなねぇだろ」
「ほ、本当に? ……そ、その怪我をしたという子は大丈夫なのか? 怪我の様子は?」
「これよ」
そう言って彼女は右手で背中越しに俺の右上腕を掴んで後ろに引いて肩を反らせながら、左手で前回しに俺の左即頭部を掴むと自分の方へと引き寄せて、俺の首の右側の一直線に薄皮が割れて白くなっている部分を髭のオッサンに示した。
好い……後ろに引かれた俺の右肘の先は彼女の柔らかな胸のふくらみに食い込み、引き寄せられた顔の左頬は彼女の白皙の額に触れている。そして何より背中の左側に左胸のふくらみがグイグイと押し付けられている。
もう俺の股間が『勃っち&GO!』ですよ。絶頂して(いって)も良いかな? ……自分でも何を言っているのか分からない。
「一瞬でも高城君が避けるのが遅かったら怪我で済まない様な事をしたんだから!」
突きつけられた事実に髭のオッサンは言葉を失い、水から揚げられた金魚の様に口をパクパクとさせている。剣の腕はどうか知らないがメンタルは爺ほど強くはなさそうだ。
「お、終わった……北條流もこれで終わりだ。よりにもよって子供に対する刃傷沙汰など」
そう呟いて膝から崩れ落ちる……改めて言葉にして聞くと凄い事してるぞ爺。
周囲の門下生達も「有明(ゆうめい)師匠ならありえる」「しかし、門下生でもない中学生になど……」などと諦めにも似たような声が上がる……爺の名は『ゆうめい』という名前なのか変な名前だと、名前にすらケチをつけたくなる。
「僕は北條先生のお立場を悪くするような事をするつもりはありません」
まるで好青年のような態度でフォローする……いや、好青年だよ。好青年だから俺。
北條家にとって俺は敵ではなく味方の立ち位置にあるということだけははっきりさせておく必要があった。
「何故そうまで娘を庇ってくれる? 私は自分が息子でなければ、とっくに父を訴えて刑務所送りにしているはずだ。いやこの際、良い機会だから家名を汚し、北條流の看板を下ろすことになっても、むしろその方が良いのでは思わないでもないくらいだ」
オッサンは爺への積年の恨みをぶちまける。とても初対面の中学生に言うべき話ではない事を口にせずにはいられない……気持ちはとても良く分かる。
大島≒爺と考えると同じ被害者。いや爺の息子として長年苦労した事を考えれば被害者の大先輩だ。強くシンパシーと共に尊敬の念すら覚える。
「ふん」
そんな息子の気持ちを爺は鼻で笑って受け流す。これは分かっていてまるで悪びれていない悪党の顔だ。この爺に大島に比べて救いがあるとするなら老い先短い事くらいだろう。
「東雲(しののめ)。その小僧が弥生を庇うのは惚れているからだぞ」
「はっはっは馬鹿な。一体何を言うかと思えば、中学生と弥生では十も歳が離れているではないですか父上?」
「それが餓鬼どもを手当たり次第に誑しこんで逆大奥状態だ」
「逆大奥……や、弥生?」
「そ、そんなのお祖父ちゃんが勝手に言ってるだけの事だから!」
「そうだよな。お前に、そんな事をするわけが無い──」
「弥生。何時までも抱きついて胸を押し当ててるんじゃねぇぞ」
そう。北條先生による幸福固めはまだ続いており、俺が頭の中で読み上げていた素数は七桁台の半ばを越えていた。
「あっ! こ、これはそういうんじゃないから!」
慌てて俺から手を離して飛びのくと、そう叫んだ。
ほっとする反面、物凄く残念。
「何なんだ? その昭和のラブコメ漫画のような反応は? まさか弥生。本当に?」
オッサンもラブコメ読んでたのかよ……髭なのに。
「何を馬鹿なことを言ってるの?」
やっぱり馬鹿な事なんだ……そう落ち込んでいると門下生の間からささやく様な話し声が聞こえてくる。
「弥生さんは……ないわ」「無理というか不可能ですよね」「もし本当なら心から尊敬する」「兄貴とお呼びしよう」
……あれ? 何かおかしくない? これは一体どういうことなの?
「待たせたな!」
道場の入り口に立つ何者かが叫んだ。逆光で良く見えないが声からして間違いなく女性。
「待ってないわよ!」
「皐月。父さん達は今は大切な話をしてるんだ。だから頼むから大人しくしていておくれ」
「おお、そういえば冷蔵庫に祖父ちゃんのプリンが入っているから、それを食べてきなさい……な?」
北條皐月。北條先生より二つ下の社会人で銀行に勤めている。年齢的にも立場的にも立派な大人だというのに、家族から明らかに可哀想な子扱いされているようだ。
「あの人が北條先生の妹さんですか?」
「まさに先生の眼鏡無しバージョン!」
「目元がちょっと垂れてて、可愛い系ですよ」
噂のというか俺からの話でしか聞いた事の無い妹さんの登場に、空手部の連中の心が熱く沸き立ったようだ。
「姉さんが中学生男子による自分のハーレムを引き連れて来たと聞いて、プリンなんか食べてる場合じゃないわ!」
……だ、駄目な人間だ。駄目な人間なのに自分に正直すぎる。これでも対外的な目を気にしているそうだが脇が甘すぎる。多分職場でもとっくに知られていて可哀想な人として気遣われているに違いない。
「ハーレム? ……人聞きの悪い事を言わないで! 第一この子達に対して失礼よ!」
流石の北條先生もハーレム呼ばわりには怒る。俺達の名誉のために怒ってくれたのも狂おしいまでに嬉しいが、あながち的外れな指摘でもないんだよな。
「こんなピッチピチの若い子達を引き連れてハーレムじゃないとか同じ喪女の癖に随分と上から目線だわ」
空手部の連中の盛り上がりは死海(地球上でもっとも標高が低い)の如く陥没した……これは無理だ。北條先生似の美人だが無理だ。万一北條先生と結ばれることが出来たとしても、親戚付き合いをするのは無理だ。
「引き締まった身体に精悍な顔だt……あーっ! 何よ凄い美形がいるじゃない」
うん、紫村のことだ。
「それに可愛い子もいる!」
可愛い子は、一年生の誰かかと思ったら香籐の事のようで指差して大興奮だ……ピョンピョンと跳ね回って喜ぶ大人って初めて見たよ。
「これは良い……まるで男子空手部シリーズの最新刊のタケル君とユウ君みたい」
男子空手部シリーズ……あのおぞましいタイトルで如何わしい表紙のアレか? 本当にアレが北條先生の愛読書じゃなくて良かった。心から良かった。
「ほらほら、二人とももっと寄って寄ってぇ~、そして見つめ合うの」
欲望むき出しにして手をワキワキ動かしながら二人に近寄っていく腐れ神様の前に、門下生の一人が割って入る。
「皐月さん。お客人に対して失礼な真似は慎んでください」
三十絡みの男性が、苦りきった様子で苦言を呈す。
「失礼なんてしないわよ」
「そう言いながら、この子達を口にするのも憚られるような薄い本のネタにするんでしょう。我々にしたみたいに! 我々にしたみたいにっ!」
二度言った。そりゃあ言いたくもなるだろう自分がホモネタにされたら……本当にこいつは最低だ。俺と紫村の薄い本を作ろうとしているクラスの女子並みに最低だ!
「崇高なる創作活動でしょ。私には剣道シリーズの読者五千人の支持があるのよ!」
ご、五千? この馬鹿女は何をしてるんだ?
次の瞬間、男性の手刀が彼女の額に叩きつけられる。
「いったぁぁぁぃ。何すんのよ!」
そう叫ぶと同時に、もう一発叩き込まれる。
「五千人と言ったか? そんなに多くの人間にあの様な本を売ったのか?」
「五千冊は最新刊の販売数よシリーズ累計なら、その何倍もあるわよ!」
こいつ本当に阿呆だ。煽ってどうする?
「このウツケめ! ウツケめ! シリーズって何だウツケめ! ウツケめ!」
手加減こそされているが、額、頭頂部、側頭部と頭を満遍なく滅多打ちにされるのを見ながらそう思った。
「なるほどハーレムじゃなく。この中から婿を取って道場を継いで貰うと──」
正座し、膝の上に十キログラム入りの米袋を三つ載せられた状態でも、反省することなく余計な事を口にしてもう一袋追加される爺。
「そ、そうだねこの子達が結婚出来る歳になるまで待ってたら、お姉ちゃんは三十じ──」
「二十九よ」
容赦なく皐月の膝の上にもう一袋追加される。ちなみに正座する彼女の脇には米袋が後五つ積み上げられている。
「く……予め数えてるって事は──」
無言で更に二袋追加された。
「皐月。もう黙るんだ。口を開くたびに余計な事を言って状況を悪くするだけだから黙るんだ」
「うう、お祖父ちゃん助けて」
「……無理だ」
爺は北條先生と視線が合った瞬間に反らして、そう答えた。
昼食は俺の想像していたおにぎりに豚汁とは違い、ちゃんとした膳でご飯に、汁物、煮魚、鳥の照り焼き、漬物、サラダと豪勢という訳ではないがしっかりと手を掛けた料理が出て来た時は、思わず二度見してしまった。
しかも、なし崩し的にご遠慮させて貰えない空気にてマルまでもがお昼を頂戴してしまっている。
「美味しいですね」
「ああ美味しいな。ご飯は釜で炊いたみたいだ。僅かだけど香ばしい焦げの臭いが入っている。メバルは……これは軽く干した物を煮付けているな」
甘辛く煮付けたメバルをおかずにご飯を口にする香籐に答える。
「本当に高城は、自分では料理出来ない癖に味には細かい事いうよな」
田村が呆れたように突っ込んでくる。
「ほっとけ」
「味が分からない訳でもないのに、どうしてあんな料理を作るのか本当に分からんな」
「そうだよな。味覚音痴というのならまだしも、味が分る癖にあんなのを他人に食わせようとするなんてテロの類だよな」
「お前ら。あまりしつこいと俺の手料理を食らわせてやるぞ!」
冗談で、そう脅すと皆は視線を逸らせて無言で自分の前の料理を口に運ぶ……あの~冗談だよ。何で『冗談じゃない!』的な態度を取るのかな?
「その美味しい料理は私が作ったんだよ」
「……そうですか、ご馳走様」
突如食欲がなくなり箸を置く。
「何で──いったぁぁぁぁっ!」
背後から頭頂部に落ちた拳の一撃によって、膝の上の米袋をひっくり返して頭を抱えて転げ回る……まだお仕置きは終わっていなかった。
「貴方は何もしていないでしょう! 見なさい皆の箸がとまってしまったじゃない」
振り返ると、俺や部員達だけではなく門下生達も困った顔で箸を止めていた……これはまさか──
「飯マズか……」
「腐女子で飯マズ。喪女一直線だよな……せっかくの可愛い系のお姉さんなのに、もったいない」
部員達から残念そうにため息と共に、そんな声が上がる。
「皆。皐月は何もしていないから安心して食べてください」
その言葉に、門下生達はほっとした表情を浮かべると食事を再開する。
「高城君。君は他人事じゃないからね」
「頼むから俺を引き合いに出すな。さもなければ本当に手料理を食らわすぞ」
昼食を終えると再び勉強の時間となり、夕方の四時までみっちりと勉強を続けた。
中間試験は国語・数学・英語・社会・理科の5教科で範囲も狭い。しかも数学なんて算数の四則演算にプラス・マイナスの正負符号が入った程度なので、正負符号の使い方を教えるだけで十分だった。それでも例によってマイナスとマイナスの掛け算については一年生達から疑問の声が上がったので、それは北條先生に任せる……俺も北條先生から自分の耳で聞きたかったからだ。
国語もまだ現文だけなので、小学校の延長線上の内容であり小学校で授業についていけていたなら何の問題も無く、範囲内の漢字の読み書きをしっかり憶えて、後は良くある「傍線部のアレ・ソレが何を指すのかを何文字で答えよ」について解き方を教えた。
別に難しい事は何も教えない。ただ指示代名詞と、それが指し示す内容との間に、沢山の色んな内容を詰め込むのは不細工であり、そんな文章を書く奴はプロじゃないので、答えは指示代名詞の前でそんなに離れていない範囲にあると話した……これも試験のテクニックではあるが、文章の成り立ちを説明しているから……北條先生に叱られなかったのでセーフ!
社会は、地理と歴史だが、これは記憶がものをいうがそれとは別に如何にポイントを絞るかが大切だ。
ざっくりポイントを絞れば、ルーズリーフ1枚に余裕で収まる。このポイントだけを丸暗記するだけで確実に九割は点数がとれるだろう……ああ教えたい。教えてしまいたい。しかし確実に怒られる。
仕方なく、教科書の必要な部分だけを取り上げて、重要度の高いポイントだけを抑えて「ここは試験に出るから絶対に憶えるように」「ここは試験に出ないだろうけど一般教養として知らないと恥ずかしいので憶えるように」と指示を出して一応メモらせた。
頼むから試験に出ると言った方にチェックを入れて重点的に憶えてくれ。
理科は……個人的に好き過ぎて、分らないと言う奴の気持ちが分らない。そうなると他人に教えるのは不可能であり、ポイントがというか全て必要かつ重要だから理解して憶えなさいと言って退かれてしまい教える役を降ろされてしまった。
「皆一生懸命頑張ってくれたので、明日一杯でかなり遅れは取り戻せそうですね」
そう俺達は自由になる時間が少ないので、基本的にだらける事が無く、やるべきことは前向きにさっさと終わらせるために真面目に取り組み、一秒でも多くの自由になる時間を獲得しようする習性が身に付いている。
一本の大作RPGを半年以上も掛けてクリアする伴尾の気持ちを考えて欲しい。
自力でまだ誰も発見していない裏技やバグを見つけてネットの攻略ページに書き込んでも、既に皆は他のゲームに夢中でコメント一つも貰えない悲しさを伴尾はこう語った。
『現実で感じる孤独感よりもネット上での孤独感は、本当に世界から孤立しているような寒さを覚えるよ』と……
用意してもらった大きな座卓を片付けて、道場内を清掃して後は帰るばかりとなった時を待っていたかのように爺が現れた。
「よう。勉強は終わったか小僧共?」
「お祖父ちゃん。晩御飯はまだよ」
「誰がボケ老人だ! 俺は絶対にボケねぇよ!」
「……しかし、その一ヵ月後、あんなに元気だったお祖父ちゃんが、いきなり家族の顔と名前さえ分らなくなる重度の認知症を発症する事になるとは誰も、本人すらも、この時は思いもしなかったのです」
「喧嘩売ってるのか小僧! 年寄りのセンシティブな部分を容赦なくえぐりやがって!」
どの面下げてセンシティブだ。センシティブに謝れ! そう罵りたいのを我慢して、無視すると北條先生に別れの挨拶をする。
「それでは北條先生、今日は本当にありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
「そうね。明日も軽くランニングを済ませてからでも来てください」
体育会系数学教師だけあってランニング程度は認めてくれるようだ。
「先生。明日はもっと早く来ても構いませんか?」
「僕ももっと早くからお邪魔させてもらいたいです」
二年生達がとても前向きだ。だがそんなほのぼのとした学園的情景に苛立ちを募らせる者がいた。
「お前ら俺を無視するな!」
この手の特別な存在と他人からみなされ、それを当然の様に受け入れてきた年寄りには無視が一番堪える。
「無視されるのに慣れてないのか? 自分が他人にとっては何の価値も無く、取るに足らないちっぽけな存在に過ぎない事を思い知るのは老い先短い人生にとっても有意義だと思うぞ。良かったな死ぬ前に人として極当たり前な事を体験出来て」
舌の回転は絶好調。もう口喧嘩無双を名乗ってもいいかもしれない……嫌だけど。
「死ね!」
懐から苦無を抜き取ると何の躊躇いも無く投げた。
だが、所詮は何を投げようがただの投擲に過ぎない。速度も時速百キロメートルを越える程度で、形状から軌道が変化する余地も無い。
野球ならバッターボックスで欠伸しながら長打コースになる程度に過ぎず、不意打ちならともかく正面から投じられるなら距離が近いとはいえボールと思えば何の苦も無く横から掴む事が出来る……苦無だけに。
受けると同時に、爺が手首のスナップを利かせて振った右手の中から飛び出した鎖に繋がれた分銅を打ち返した……萬力鎖だと? 鎖術かよ。大島から気をつけろと言われた武器であり、無手で戦う者にとっては最も相性が悪い武器の一つと奴が評した道具だ。
爺は弾かれた分銅を右手を振って引き戻すと左手で掴むと、胸の前で両の手を合わせるように一瞬で鎖を手の内に納めた……確か合掌とか言う構えか?
大島をして「鎖使い相手に戦うなら、痛いのは覚悟しておけ」と言わしめた。そんな武器をこの妖怪爺が使うのだから厄介この上ない。レベルアップで得た身体能力に頼らなければ勝ち目は無いだろう。だが別に相手の土俵で戦ってやる必要もない。
「この苦無は思わず受け止めてしまったけど、俺が避けたら奥さんの大切な道場に傷をつけることになってたよな?」
「ふん、だから避けられないように投げた」
「だったら老いぼれ犬、傷つけないように取ってこーい!」
そう叫ぶと大きく放物線を描くように、天井付近まで高く投げ上げた。苦無の形状と重量バランスから確実に床に突き立つだろう。
「馬鹿野郎!」
爺は必死に苦無の落下点を目指して道場の奥の方へと全力で走っていくのを見送る事も無く、俺達は足早に道場を後にした。
「ああぁぁぁぁぁぁっ!」
背後で爺の絶叫が響き渡る。
「ヘボだな~……先生。お祖母さんには『お祖父さんが投げつけた苦無が刺さった』とお伝えください」
そう笑顔で告げる。何も嘘は言っていない。
「……そ、そうね。そうしておくわ」
「黒い腹黒過ぎる!」
「恐ろしいわ!」
「流石大島に一歩も退かずに嫌味をかました男だ」
北條先生と部員達が退いてしまった。
門まで見送ってくれた北條先生に後ろ髪を引かれる思いで手を振りながら立ち去ると、俺と紫村と香籐の三人は他の部員達には気づかれないように、一旦それぞれが自分の家の方へと散ってから紫村の家に戻ってきた。
「二人は先に飯を食って風呂入って寝る準備をしておいてくれ」
そう告げると、俺はマルと一緒に散歩に出かけた。
「僕も一緒に」
そう訴えかける香籐に俺は首を横に振る。
「二人は六時位までに寝てくれると俺も助かる」
俺は夢と現実の間を移動する場合、朝の5時半前という決まった時間に起きると何故か睡眠時間が少なくても平気なのだが、そうではない二人は6時間くらいは眠らせてやりたい。
「分りました……」
凄く残念そうだ。犬好きなのに犬を飼えず、そんなところにちょっと心配なほど人懐っこいマルと出会って、かなりヤラられてしまったようだ……だがマルは渡さん。
「散歩から帰ってきたら寝る前に遊んでやってくれ」
「はい」
頷く香籐を紫村に任せて散歩に出かける。
マルと一緒に走りながら、朝に紫村達が言って話を思い出す……確かに最近のマルの体力は凄い。ペースを上げても全く遅れることなく長距離を並んで走る。自由に走らせたら二十キロメートルでも三十キロメートルでも走りそうな気がする。
もしかして、香籐の言うようにシステムメニューが影響してレベルアップしているのではないだろうか?
俺にぴったりと併走するマルに視線を送り続けていると、気付いたマルがこっちを見上げてきた。
まるで「何ぃ?」と可愛く問いかけるようだ……顔つきはとても精悍で灰青色の瞳は独特なドスが利いているが、俺の目にはフィルターが掛かってるから可愛く見えるので問題ない。
その姿に思わず微笑が漏れると、マルも俺の顔を真似て顔の表情を作ろうとしたかのように顔つきを変えるが上手くいかない。
「畜生、可愛いなマルは!」
疑問もすっかり忘れて足を止めて、マルを抱きしめる馬鹿飼い主だった。
給水休憩を含めて一時間で二十キロメートルを走破して紫村邸に戻る。
この距離をただ走るだけではなく全く息を乱すことの無いマルに疑惑が強まる。
門をくぐって玄関に向かう俺の後ろをマルが、まだ慣れない他所の家に不安そうに尻尾と頭を下げてついてくる。
「お邪魔します」
鍵の掛かってない玄関を開けて中に入る。
「お帰り」
「お帰りなさい。主将。それからマルちゃん!」
おう香籐。うちのマルを気安くマルちゃん呼ばわりか? 気安くするんじゃねぇぞ。
「ワン!」
家にはビビッてた癖に人にはビビらないマルは、今日一日で随分と慣れた香籐に尻尾を振りながら駆け寄る。
「お帰りマルちゃん」
首を伸ばして「撫でろ」のポーズを決めるマルの頭を抱えるようにし、左手で顎の下から首、そして胸を。そして右手で頭から首、背中を撫でる。気持ち良さそうにうっとりとした表情で身を任せるマルの姿に、嫉妬よりも「そんなにも犬が好きなら、親を説得して飼えよ」と思ってしまうが家庭の事情に踏み込む訳にはいかんよな。
三人で一緒に夕食を食べてから俺は風呂に入り紫村達は寝た。
俺が魔法研究に入るとマルは、少しは慣れたところで横になり、すぐに鼻から抜ける小さな寝息を立て始めた。
遠距離通信が可能な魔法の開発に目途はついている。
通信待機状態を維持していない相手と通信するのは現状では不可能だと判断して、その役割を代替してくれる方法を考えてマジックアイテムを使用するというアイデアにたどり着いたからだ……嘘だけど。
実は、店の前にスロア領の領主の手の者が張り付いていたことを告げるとミーアにある魔道具を渡された。
それは魔力を込めると魔道具の現在位置をミーアの持つ魔道具へと送る物で、その情報を受け取ったミーアが対象の周囲の壁、もしくは垂直に切り立った物体の側面に『道具屋 グラストの店』へ繋がる扉を作ることが出来るので、宿屋の室内からでも直接店内に入ることが出来るようになったのだが、魔道具によって位置情報だけとはいえ情報を他の魔道具へピンポイントに伝え、所持者にそれを伝えることが出来るのなら、長距離通信魔法の開発で障害となっている壁を一転突破で突き抜ける事が出来ると気付いたのは、現実世界に戻ってからだった。
それにしても、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか? それは簡単だ。魔道具の作成方法が分らなかったから……単に魔法陣を組み込めば良かったに。
勿論普通に魔法陣を書き込むだけでは魔道具にはならない。魔法陣は基本的に一発限りの使い捨てであり、一度発動すると書き込むのに使ったインクの中に込められた魔力を蓄え、魔力を効率よく流すための粒子──龍の角などが使われているらしいが──が駄目になってしまうらしい。
その辺の事に関して突っ込んだ事は『初めての魔法陣』には書かれていないので、その辺の知識に関してミーアに尋ねてみる必要がある。
とりあえず開発を諦めるとテレビを観て時間を潰す事にした。
「う~ん、何が面白いのか分らん」
中学に入ってからはゆっくりテレビを観る時間なんて無い為、二年間のブランクは長くどのチャンネルに変えても良く知らないお笑い芸人ばかりだ。
特に若手と呼ばれる立場の連中の顔が全く分らない。新陳代謝のサイクルが速過ぎる。
それに話題のチョイスも良く分からなければ知らない言葉が沢山出てくる……自分が世界から取り残されているような不安に駆られた。
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