第85話

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申し訳ありません。

この話は、前回の更新時に八十四話として投稿したものです。

現在の八十四話は本来のものと差し替えてあるので、先に八十四話を読んでください。

ご迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした。


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 夢世界で目覚めたのは、しばらく滞在を続けたイーリベソックから昨日移動してきたばかりの王領との領境から南に十数キロメートルほどのエマグラニフという名の街の宿だった。


 部屋には俺しかいない。

 昨日の時点で紫村と香籐をこちらに連れて来る予定だったので、何時ものように二人部屋ではなくシングルルームを借りておいた。

 屈み込んだ体勢で、床の上に現れるようにイメージしながら二人を【所持アイテム】から取り出した。

 二人の身体が床の上に出現すると同時に【浄化】『あらゆる穢れを掃う』を使用して、現実世界からこちらに持ち込まれただろう。夢世界にとって穢れであるものを消し去る。


 パラレルワールドの方では、取り出したオーク肉の加工品を現実世界の身体で食べた後【大病癒】『細菌・ウィルスが原因となる病気ならば根治可能』を使用して問題が無かったのだから、この方法で大丈夫だろう……ついでに二人にもこちらにいる間は何度か【大病癒】をかけ、そして現実世界に戻った時に【浄化】と【大病癒】をかければ大丈夫だろう。


「起きろ」

 二人の肩を揺すって起こす。

「……おはよう。無事に夢の世界へ来れたのかな?」

「夢世界にようこそ。ってところだ」

「……おはようございます」

「おう。起きたなら着替えろ。その格好はこちらじゃ変だからな」


 就寝時の寝巻き代わりのトレーナーの上下。ちなみに紫村は「僕は寝る時はパンツもはかない主義なんだ」と抜かしたので二対一で拳で語り合い説得した。



 二人は俺が昨日の内に用意しておいた、下着と服とブーツにマントへと着替え始める。

「そこは一旦、全てを収納してから装備しろよ」

「そ、そうでした」

 そう申し訳なさそうに答える香籐に対して紫村は「僕は自分が着替えるのを君に見て欲しいんだ」とほざいた。

 ノンケにも平気でちょっかいを出す迷惑ホモが最近やけに飛ばすじゃないか? そう腹の内で罵るも、こめかみを引きつらせながら無視した……構うのが一番良くない。


「こちらの世界の地理情報は、マップから読み取ってくれ」

 ワールドマップには、二号とマップデータを共有しているため、この国、ラグス・ダタルナーグ王国の主要街道と街道沿いの街や村の1/5程度は表示され、各地の名称も日本語で表示されている。

「こちらの最低限の常識などは伝えてある通りだが、分からない事があれば適当に誤魔化しながら【伝心】で俺に聞くようにな」

「わかったよ」

「はい!」


 二人に銀貨をそれぞれ十枚と銅貨を二十枚渡す。

「じゃあ外に出て市で買い物をするから、お前達は【迷彩】を使って窓から脱出して適当に合流してくれ」

「適当にね」

 日本語の中で本来の意味とは間違って定着した言葉の中でも、程度が酷いのは「適当」と「いい加減」だと思う。

 どちらも最良の結果を出すために、自分の裁量の中で最も適した手段を選ぶという本来の意味に対して、悪い意味に使われる場合がほとんどだ。

 つまり人間は怠け者だから、自己の裁量に任せられると手を抜いて『適当でいい加減な』結果しか出さないと言う事なのだろうか? そう考えると深い言葉である。



『いやぁ~実にファンタジーな光景だね』

『あちらの世界は一見ホラーチックで、オチはパラレルワールドというSFネタでしたからね』

 宿の窓から外に出た二人から【伝心】が入る。


『オチとかネタとか言うな!』

『ドイツのメルヘン街道沿いにこんな町があっても不思議じゃないって感じだね』

 何がメルヘン街道だ一般庶民はそんなの知らねえよ。このブルジョワ階級め。


『狭い路地に古い建物が立ち並ぶ様子は、金沢の武家屋敷通りみたいですね』

 それも知らないよ。確か父方母方どちらも四代遡ると加賀に行き着くらしいが、一度も行った事無いよ。


「お待たせ。しかし異国情緒というか、中々興味深いね」

「見たことの無い果物や野菜が並んでて面白いですね」

 合流した俺達三人が揃って通りを歩くと周囲の目を引く。

 俺一人でも、この世界ではかなり背が高い方になるのだが、俺とほぼ同じ体格の香籐に、更に百八十センチメートルを大きく越える紫村まで加わると驚きの目で見られる。


『目に付いた食べ物があったらどんどん買って口にしておけ。お前達にとってこちらの食べ物の何が毒になるかも分からない。早い内に分かっていた方が良いだろう?』

 話の内容的に【伝心】を使う。


『そう言われると手が出ませんよ』

 屋台の店先に並んだ果物に伸ばそうとしていた手を香籐は引っ込めた。

『必要な事だから諦めろ。食って突然倒れられても迷惑だ』

 説得するが、毒かもしれないと思いつつ食べるのは難しい。俺なら絶対に嫌だ。

『……美味いぞ』

『はい?』

『こっちの食い物は滅茶苦茶美味いぞ』

『で、ですが……』

 言いよどむ香籐を無視して、レモンのように鮮やかな黄色をした柿のような見た目のノミスという名の果物を二つ買った。


「ほら! こいつは美味いぞ」

 そう言って紫村へと投げる。

「ありがとう」

 受け取った紫村は上着の袖で表面を磨いて、躊躇うことなく齧りつく。

「どうだ?」

「これは驚きだね。果物を食べて驚いたのは初めてだよ」

「そうだろう。これなんかも美味いぞ」

 別のサーティックという名の紫色の柑橘類を買って投げ渡す。


「酸味も甘みも想像以上に強いね。それに何より剥いた皮から立ち上る匂いが堪らなく良いね」

「この皮は苦味が少ないから、皮ごと齧り付くのが良い──」

「主将。僕にも下さい」

 俺は肩をすくめるとサーティックをへたの方から親指を差し込んで二つに割り、片方を渡してやると齧りつく。味の感想は次の瞬間に香籐が浮かべた表情が全てだった。


 二人が他の果物を買っては口にしている間、俺は屋台で串焼きを三本買って来る。

「ほら、これも食ってみろ」

 そう言って焼きたての串焼きを差し出す。

「何の肉ですか?」

「うん、豚に似た奴の肉だ」

 嘘は言ってない。俺の言葉に全く嘘は含まれていない。ただちょっと心が痛むだけだ。


「……うん、美味い」

 後ろめたさを誤魔化すように、大振りに切られた肉の塊に噛み付くと串から引き抜くようにして口の中に落とし込むと、ゆっくりと大きく咀嚼する。


「いただきます」

 美味そうに食べる俺に刺激されて堪らなくなったのだろう香籐は思いっ切り齧りつく。

 何の肉か察しがついている紫村が微妙な表情で見ているが決して止めようとはしない。もし後で拗れたらこいつも共犯として同じ立場に立たせよう。

「美味しいです! 肉がふんわりと柔らかくて、脂もすごく上品で……」

 どこかの芸人のグルメリポートのような事を言いながら、三十センチメートル以上はある大串にぎっちりと隙間無く打ちたれた肉の塊を胃袋に収めていった。


「さて、食堂が開くまでまだ時間があるから、この肉の元を見てみるか?」

 まるで散歩にでも誘うような気軽さで言えるのはマップ機能のお陰だ。

「でも得物を持ってませんよ」

「今は見てみるだけだ。実際に狩る時までには用意しておいてやるから安心しろ」

 そう言って香籐の肩に腕を回して引っ張っていく。

 後ろからついてくる紫村が口笛で奏でるドナドナが、この状況を実に上手く表現していた。



 目的を果たして宿に戻り、1階の食堂でテーブルを囲み飯を食っている。

「あれは豚じゃないです……豚じゃないです……豚じゃないです」

 針飛びのするレコードのように繰言を続ける香籐だが、しっかりとオーク肉の朝定食を口に運び咀嚼して胃袋に流し込む仕事に従事していた。


「豚とは言っていない。豚に似たと言っただけだ……ちなみに紫村は最初から気付いていたぞ」

 早速仲間を売った。

「僕は美味しかったから良かったと思うよ……香籐君。君は嫌なのかい?」

 だが紫村は涼しい顔をして流してしまった。

「そ、それは……食べたくないと言えば嘘になります」

「嘘になるもならないも今食ってるだろうが……ちなみに牛肉に似た味のするミノタウロスの肉は絶品で、オーク肉にも負けない衝撃を受けるし、鶏肉に似たコカトリスの肉の美味さは想像を越えてくるモノがあるぞ」

「うっ……」

「オーク肉と違って、ミノタウロスの肉やコカトリスの肉は中々手に入らないが、俺達が協力し合えば今晩のディナーにも食べられるんだけどなぁ~」

「…………」

「香籐は食いたくないみたいだから、後で二人で狩りに行って見るか?」

「良いね。是非とも食べてみたいよ」

 そう話しながら香籐に流し目をくれてやる……遊んでやがる。まあ俺も言えた義理ではないが。


「じゃあ、午後に時間を作って狩りに行くか?」

「そうだね。二人っきりで狩りというのも──」

「僕も行きます。行きますからね」

 ……釣られたな。


「おはようリ……リュー?」

 食堂に現れた二号は、俺とテーブルを囲む紫村と香籐の姿に言葉を詰まらせた。

「おはよう」

 何か言いたげな二号の気持ちなどスルーして普通に挨拶を返す。

「それでね、そちらの人たちは何方なのかな? リューの知り合いなら紹介して貰いたいのだけど」

 二人にさっと視線を向けてから「……嫌だってよ」と返した。


「何も言ってないじゃないか!」

「ほら、俺達って知り合いを紹介し合うよな親しい仲じゃないだろ。距離感って大事だぞ」

「その割には随分と厄介なエルフの姉妹は紹介してくれたよね?」

「ビジネスな関係は距離感なんて気にしてたら駄目だぞ」

「よし。彼女達に今の事は言ってやるかな!」

「別に痛痒も感じぬ」

「何て人でなし」

「安心しろ。分け隔てなくお前にも同じ態度で接しているから」

「何日も一緒の部屋で寝泊りした仲だよね」

 ガタッと音を立てて椅子を蹴って立ち上がろうとする紫村の右足の膝裏を、テーブルの下越しに伸ばした足で手前に引いて座らせる。


「仕方ないな。こいつはガトー。俺の可愛い後輩だ」

 突然、ガトーと呼ばれて戸惑いながら香籐は頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。

「僕はリューの友人でカリル。こちらこそよろしく」

 そう挨拶を返す二号に対して俺は……こいつの名前ってレンタルとかリースじゃなかったんだと思いつつも二号の名前を心に銘記はしなかった。


「それから、こっちのデカイのはシムラー。コメントは無い」

「よろしく。シムラー君」

「シムラー? ……ああ、シムラーでいいよ。僕もカリルと呼ばせてもらうよ」

 挨拶しながら握手を交わす二人……俺はカリルと呼んだ事はないけどなと思ったが口にしなかった。

「それでこいつは、今俺が面倒を見て鍛えてるところだから、一応弟子って事になるな」

「弟子だったのか?」

「俺も今気付いたくらいだ」

 驚く二号だが、俺にとてもかなり新鮮な驚きだよ。


「それでだ。今日はこの二人に龍に挑戦して貰う」

「それは無理でしょう。僕が未だに勝てないのに」

 そう二号が言い放つ。

「この二人はお前に対して、身体能力で16倍。精神力で256倍。戦闘技術で1024倍は強いから」

「嘘だ!」

 俺が綿密かつ主観的に判断した数字を即座に否定しやがったよ。

「主将。こいつを軽く〆てやっていいですか?」

「食事が終わった後に好きにして良いぞ……だから黙って食ってろな」

 妙に香籐は二号を敵視しているな。


「僕が負けるのが前提?」

「だからそう言ってるだろう。無理なんだ。お前じゃ全然無理なんだ。どれくらい無理かというと……無理なんだ」

「なんだよそれ! せめて何かに例えてくれよ」

「そういってもな、例えようが無いくらい本当にお前じゃ相手にもならないんだよ」

「ひゅひょうおおばうぇほふぐぁなっ!」

「ガトー。黙って食う事に集中しろ」

 口の中に肉を頬張ったまま、二号に文句をつける香籐を叱る。しかし香籐の態度が分からん。


「例えじゃないが、死んでもやり直せるから、絶対に勝てない相手に死ぬまで挑む事が出来るとと言ったら、この二人は喜ぶぞ」

「はぁ?」

 そう二号が口にする前に紫村と香藤は同時に椅子を蹴って立ち上がる。その目はダイヤモンドよりも輝いていた。

「うん、分かった。勝てないというか勝とうとさえ思わない」

 疲れたようにそう答える二号。そして「どういう事?」とせ待ってくる二人に俺は辟易とするのだった。



 あなたの町のコンビニこと『道具屋 グラストの店』へとやってきた……本当に何処の町にもある。空間を繋げている様だから、何処にあっても良いのだが、しかし入り口などの店の外側は賃貸なのか自分の物件なのかは知らないが無駄に金が掛かっているのは間違いない。

「いらっしゃいませ。今日は大勢でおこしですね」

 扉を開くと、入り口の傍に居たミーアが頭を下げながら迎えてくれた。

「頼んでおいた、新しい龍の生息地のマップは用意出来ているか?」

 俺は紫村と香籐を紹介しろと言外に促すミーアをかわすために、別段急いではいない用件を切り出した。

「勿論ですわ」

 そう言って、奥のカウンターへと優雅な足取りで歩いていく。


「主将。あの方は?」

「この店のオーナーのエロフだ」

「エロフ?」

「エロエルフ。略してエロフ……気をつけろ。油断してたら食われるぞ。お前の童貞なんて一瞬だ」

「ど、童貞……」

 香籐の喉が『ゴキュリ』と鳴る。うん、見た目はエルフだけに文字通り人間離れした美貌だ。その気持ちは分かる。食われても良い。いや、むしろ食べて貰いたい……同じ童貞だけに嫌というほど良く分かる。


「だが止めておけ。奴は俺の歳が十四歳と聞いて、それはそれでありだというような超肉食系の変態だ」

「それは、年上のお姉さん系が趣味な僕でも退きますね」

 そうだ。北條先生のおかげで年上の女性に幻想を抱きがちな俺達にとっても、年下『でも』受け入れてくれるのと、年下『だから』受け入れてくれるのでは大きく意味が違う。


 年下でも受け入れてくれるというのには、そこに愛があるのが分かるが、年下だから受け入れてくれるのは愛じゃなく生々しい欲望であり特殊性癖者だ。

 溢れんばかりの性欲を下半身に宿した俺達だからこそ、自分以上の性欲を相手の女性から感じると急に退く。

 アイドルはトイレに行かないとかあるじゃないか? 勿論そんな事は無いんだけど、やっぱりどこかでトイレに行って欲しくないというか、トイレに行く素振りは見せて欲しくないとかさ……童貞こじらせて女に幻想を抱き過ぎだ? こじらせてなんかないから、だってまだ十四歳だもの全然こじらせてなんか無いよ。むしろまだまだ童貞初心者と呼ばれるくらいだよ。ともかくガラスの十代は繊細なんだよ!!


 そんな風に自分の中の敵と必死に戦っているとミーアが皮製の筒を持ってきた。

「これが王領を含むラグス・ダタルナーグ王国北部の龍の生息地を記した地図になります」

 筒から引き出して地図を広げる。


 確かに、王都よりも北の国境線までを網羅した地図に五十三体の龍の生息地が記されていた……レベルアップにはこの全てを倒してもまだ足りないが、前の地図の龍を全て倒している訳ではないので、暫くはこれで十分だ。

「良くこの短時間で用意してくれた。ありがとう感謝する」

「リュー様のお役に立てて幸いですわ」

 上品に微笑むミーアからは何時もの妖艶さや淫靡さは影を潜めて優しげなお姉さんのオーラを放っている。

 ちゃんと予防線を張っておかなかったら香藤は即死だった……いや、すっかりやられそうになってるよ。


「ガトー。誑かされるな。その感情に身を任せると破滅だぞ」

 いかん、所詮言葉では目の前の美人という現実の前には勝てない勝てるはずが無い。


「誑かすなんてリュー様は酷い方ですわ」

「そうですよ主将。女性にそんな事を言うなんてよくありません」

「ありがとうございます。貴方様はとても紳士でいらっしゃいますのね」

「僕は……ガトーと申します。貴女のお名前を教えてはいただけないでしょうか?」

「私はこの店を主でミーアと申します。よろしくお願いしますガトー様」

「よ、よろしくお願いします!」

 ミーアに優しげな微笑を向けられて、この馬鹿たれが完全に誑かされて魂が抜けたような面してる。


「それじゃあ、二人に適当な武器と防具を見繕って欲しい。金に糸目はつけない」

「それはつまり魔法の武具という事ですね?」

「この店で普通の武具を扱っているのか?」

「当店で扱っている基本的に魔道具です。普通の武具などは扱っておりません……それでは、何かご希望はありますか?」

「武器は出来るだけ強度が欲しい。龍が踏んでも壊れないような丈夫さがあれば他はそれほど重要ではない。防具は軽くて動き易い物で鎧と篭手を頼む」

 俺の持ってた基本装備ほどとは言わないが、簡単に壊れてしまわない程度の強度は必須だ。防具は対して重要だとは思っていない。俺達が食らってしまうような攻撃ならば防具など紙も同然だろう。


「分かりました。少々お待ちください」

 そう言ってバックヤードへと向かうミーアの後姿に香籐は見惚れている。

 気持ちは分かるぞ。あの女の本章を知っていてさえ俺も見惚れずにいられないのだから。

 それにしても色っぽい。別に誘うような程に下品に尻を振っているわけではない。一歩歩くごとに揺らめく、そう不安定感すら感じる腰の動きがぐっと来る。


『まさかあれは……』

『知っているのかサンダーボルト?』

 【伝心】での紫村の誘いに俺は乗っかる。


『ひねり方が微妙すぎてそれじゃ元ネタが全く隠れてないよ……あれはモンローウォーク。かのマリリン・モンローが編み出したといわれる。男を誘う独特の歩方。足を一歩踏み出すごとに自然に腰が振れるように、ハイヒールの踵を削ることであえてバランスを崩すことで生まれる儚げな動きが庇護欲を、そして揺れる腰が劣情を掻き立てるという』

『するとあの女は、人類史上屈指のセックスシンボルであるマリリン・モンローに肩を並べようというのか?……恐ろしい。実に恐ろしい』

 ……ちなみに俺はマリリン・モンローと言われても良く知らない。父さんでさえリアルタイム世代ではないのだから当然だ。

 一方。俺と紫村のコントに香籐は全く乗ってくる事なく、ミーアが姿を消した出入り口をぼうっと見つめている……重傷だ。


「剣と槍、短刀の他、幾つかをご希望に副う範囲でご用意させて貰いました」

 後ろには三台のワゴンを従えて戻ってきたミーアが告げる……魔法のワゴンか、俺も作れるようになりたいがまずは魔法陣を習得する必要がある。だが魔法陣の理論は俺にとっては意味不明に無駄すぎる部分が多くて習得が難しい。

 はっきり言って論理的じゃない数式の途中に突然、美味しいカレーの作り方が、普通に居座ってる感じだった。


 無駄な部分部分を削除して自分の理に従い魔法陣を組んでいけば良いと思ったのだが、そうなると現代物理学に通じるような分野の効果を発揮する魔法陣は問題なく作れるのだが、時間や空間という効果を持つものや、生命に関わるような高度な魔法陣は全く扱えない。これは魔法に関しても同様だ。間違いなく俺が意味不明で無駄と断じた部分にこそ大きな役割があるのだろうが、今のところは解析に到っていない。


 辛うじて人の意思に反応を示す魔粒子を特定する事は成功したが、それをどのようにして【伝心】のような働きをさせればいいのかはさっぱりだった。



「僕はこの槍が良いね」

 手にした三メートルを越す槍をしごきながら構える紫村の姿が妙に様になっているのだが、何故かケツの穴がきゅっと締まる。

「……ああ、じゃあ紫村は槍だな。他にも短刀を見繕っておけよ」

 普通なら、短刀とは言わずに小剣も持っておけと言うところだろうが、むしろ武器はカモフラージュの意味が大きいので細かい事を言うつもりはない。


 はっきり言ってしまえば、武器を持った紫村より素手の紫村の方が強いという悲しい事実。今の俺達なら貫手で龍の鱗を楽勝で貫くだろう。

 龍の身体で素手では破壊出来ないのは角くらいじゃないだろうか? 最も角自体は道具を使っても破壊出来ない。角を切り取るためには根元である頭蓋骨の方を壊すくらいで、加工には魔法の道具と魔法的手法を必要とする。


 素手の状態から装備すると、相手に突き刺さった状態で武器が出現する戦い方をしない限りは武器を使う必要性は低い。

 だが素手で戦うのを他の人達に見られたら……さぞショッキングな出来事になるだろうな~

「じゃあ、ナイフも貰っておくよ」


 早々に得物を決めた紫村に対して香籐は並べられた武器を前に、何を選べばいいか決められずにいた。

「一応、授業で剣道の経験もあるのだから俺と一緒で剣あたりがいいんじゃないか? それでなければ紫村みたいに槍はどうだ? 初心者にはとっつき易い武器だというぞ」

 とっつき易くても極める困難さは一緒だろうけどな。


「分かりました。僕は剣にしておきます」

 そして香籐は剣の中から柄頭から剣先までが百三十センチメートルはある一番長い剣を手にした。

「どうだ?」

「……良いですね」

 鞘から抜いて目の前に刀身をかざすと笑顔でじっと見つめながら答える。ちょっと間違えると何とかに刃物だが目が子供のように輝いているのでセーフだ。


「剣が好きなのか?」

「特に刀剣の類に思い入れは無いつもりだったのですが、こうして実際に手にしてみると何かこみ上げてくるものがあります」

 俺自身、最初に剣を持った時、そして銃を撃った時に心の奥底から沸き立つ感情を覚えなかったわけでもない。

「そんなものだろ。武器ってのは強さの象徴だ。強さへの憧れを持たないなら空手なんてやってないんだからな」


「僕は細剣か小剣での二刀流なんて良いかなと思うんだけど、これなんてどう?」

 幾ら魔法で強度を上げたとしても、魔物と戦うには余りにも頼りなさ気な細剣を構えて意見を求めてきたのではっきりと言ってやる。

「お前は武器は自分で倒した龍を売って手に入れろ」

 あれから1週間以上も経っているのに未だに一人で龍を狩りを成功せずに、自分の武器を俺に買わせようなどと許されるはずも無い。

「贔屓だ! 僕だけ扱いが酷すぎる」

「贔屓じゃなく区別だ」

「く、区別?」

「そうだ。二人は俺の身内だ。同門として同じ修行をしてきた苦楽を共にしてきた仲間だ。立ち位置が全く違う。違えば扱いも変わる区別以外の何ものでもない」

「でも僕は弟子では無いのか?」

「……別に苦楽を共にしてないし」

「違うよ! 僕が苦楽の苦を担当して、君はそれ見て楽しむ役だよね。ある意味、苦楽を共にしているじゃないか」

「だったら、お前に楽をさせるような真似するはず無いだろうが!」

「うわぁ……僕はここまで酷い正論を聞いた事は無いよ……うわぁ~……ひでぇ~」

 ばっさりと切り捨てられて、店の隅で膝を抱える二号。

「落ち込むのは良いけど、ちゃんとその剣は返しておけよ」

 二号に示す慈悲など欠片も無かった。


 紫村の槍は流石に持ち歩くには不便なために普段は収納しておく事になったため、武器を持たずに歩くのも抑止力が無く面倒を引き寄せかねないので、大振りで刀身の分厚い短刀を二本腰の左右に吊るす事にして、香籐は長めの剣を腰に佩き、後は普通サイズのナイフを一本購入した。

 防具は身体に合わせて採寸して作るために今日のところは間に合わず1週間ほど掛かるそうだ。素材は二日前に納品した風龍の皮を使って作ることになったが、一見して龍革と気付かれないように表面加工を施すという事なので任せた。

 掛かった費用は中程度の龍一体を角ごと売却した値段の三分の一程度だったので即金で払う。

 もう金銭感覚はかなりおかしくなっているが気にしない。気にしたら負けだ。


「お買い上げ頂きありがとうご……どうかなさいましたか?」

「外に店を見張る連中がいるが、心当たりはあるか?」

 精算をしながら、ふと確認した周辺マップに表示されていた怪しい奴らについて尋ねてみる。


「このところ、立て続けに龍を市場に流しましたから……」

「なるほど、それでは俺達のお客さんという事か、ところで、何処のどいつなのか当たりは付くか?」

「……他の店舗周辺にも監視がいるようですから、ただのやくざ者には無理……大店の商人か貴族……そして王宮……でも王宮が動くにしては早すぎる……」

「つまり、大商人か貴族の可能性が高いのか?」

「はい、そのどちらかで、商人なら王都への街道の流通を握る大商人の中の……多分二人。貴族ならばこのスロア領の領主が可能性が高いかと」

 大商人に貴族。厄介な相手だが、更に問題なのは時間が経てば王宮。つまり国家が動き始めるという事だ。



 ミーアの店を出て街の外へと出るために大通りへと向かう。

「ちょっと待って貰おうか?」

 狭い路地の行く手を細身の片手剣を手にした三人の男が塞ぐ。武器の選択から、こいつらが鎧などの防具を身に付けない戦場以外での対人戦を得意とすることが伺われる。

 更に同時に後方も別の三人が塞ぐ。さらには周囲にこいつらの仲間らしき連中が四人いる……先ほど周辺マップで確認した連中だ。


「待ってくださいお願いしますだろ。礼儀知らずが」

 こういう絡まれ方には慣れている。伊達に大島の下で空手部をやってはいない。俺達は偏差値の低い暴力好きの連中にはとても愛されているのだ。

 普段は高嶺の花過ぎて遠くから羨望の眼差しで見つめてくるだけだが、時折直接的な行動に出てくる堪え性の無い早漏野郎が出てくる。

 どいつもこいつも独創性に欠けるので、話しかけてくるパターンは片手の指で足りる。今回のもテンプレ回答例の一つだ。


「そいつは失礼。それではご希望に答えよう。プリーズ糞餓鬼、俺が聞いた事にただひたすらに正直に答えろ。プリーズ」

 胸の内に怒気を押さえ込みながら用件を切り出してくる。上手く切り返したつもりなのだろうが、俺にはこの先100手先まで煽り倒すテンプレがある。


「良いぞ犬っころ。用件の頭と最後にきちんとプリーズと言えた事は評価してやろう。お前の親はさぞ躾に力を入れたようだが、その程度とは無駄もいいところだな」

「貴様っ!」

 気色ばむ男を無視して更に煽り続ける。


「だが願えば叶う。頼めば応じて貰える。なんて夢見る少女のような甘い事を考えているとしたら、スカートをはいて出直してくるんだな」

『相変わらず君は敵として認識した相手には、呼吸するように煽るね』

『よりにもよって主将に絡むとは、どうして相手を選んで絡まないのかと言ってやりたくなります』

『お前ら煩いよ! それより分かってるんだろうな。後ろの連中は香籐が、更に周囲の見張りは紫村が片付けろ。やり方は優しく丁寧に手足の二、三本はへし折ってから収納だ』


「本気で痛い目に遭いたいようだな」

 まだまだ手順を踏んで徹底的に煽り倒してやりたかったのだが、もう辛抱堪らなくなったのか……だから早漏野郎は駄目なんだ。


「こんな屑にを育ててしまったお前の両親の残念さを思うと十分心が痛いな」

 そもそも、俺たちに突っかかる役目のこいつらの他に見張りがいるという事は、こいつらは餌に過ぎない。俺達の実力なり情報を引き出して、それを見張り役が黒幕に伝えるという編成と考えて間違いないだろう。

 つまり、襲撃役の六人では、こちらには勝てないと踏んだ上での事ということだ……随分とこちらの実力を買ってくれている。


 ミーアの店を出て間もなく、しかも準備万端の布陣で仕掛けてきたという事は、狙いは直接俺達に絞られているのではなくミーアの店の客と考えるべきだろう。最初から俺達に狙いをつけているなら宿で寝ている所を襲えば良いのだから。

 これだけ状況が揃えば、こいつらの目的がミーアの店に龍を卸している『龍殺し』を探す事で決定だ。


 襲い掛かってきた小者達へ、逆に襲い掛かり何もさせずに叩きのめして収納までの間に九秒。殺さないように手加減するなら一人三秒は……嘘だ。

 単に無力化するだけなら一撃で眠らせる方法はあるが、そんな気持ち良く眠らせてやる気にはなれなかったので、それぞれ利き腕と膝を蹴り砕いて失神させてから収納したので時間が掛かっただけだ。

 この手の暴力稼業に従事する人間には「やっぱり暴力って良くないよね」と身体に教えてあげる主義で教育には手を抜かないのだ。

 彼らに更生の機会を与えてあげるのが人の道だと思う。これが大島なら『更生』の二文字が比喩的表現ではなく文字通りの『生まれ変わる(輪廻転生があるとは言ってない)』になるので、俺などはむしろ感謝されてもおかしくは無いはずだ。


 二号が「あれ? 僕は、僕の出番は?」と言っているが無視だ。レベル六十に達せず【伝心】を使えない二号が悪い……というかただレベルアップだけして強くなりましたという状況を良しとしなかった俺が、この一週間二号をパーティーから外しているせいなんだけどな。



 木々に閉ざされた深き森、ここでは、幾ら助けを求めても救いの手を差し伸べられる事は無い。

「楽しい尋問という名の拷問の時間がやってまいりました」

 捕縛され地面に転がる十人を前に、今後の方針を分かりやすく告げた。


「拷問とか穏やかじゃないけど、拷問と尋問の割合はどうなるかな?」

「またまた、分かってる癖に~……拷問が九で尋問が一となります!」

「それはほとんど拷問だね」

「はい。その通りです。拷問して拷問して。『もう止めてくれ。何でも話すから』と言い出しても無視して拷問して。『お願いです。話だけでも聞いてください』と懇願するまで拷問します」

「中々ひどい話だね」

「いや~何度も拷問と尋問を繰り返すのって面倒じゃないですか? こっちも心の切り替えも必要ですし。相手が心から話したいと切望するまで拷問してから尋問すれば一度で済むでしょう」

「なるほど。それはとても合理的だね」

 全く感情を込めずに淡々と進行する俺と紫村のコントに十一人の顔が青ざめていく……二号。そこは他人事と流しておけよ。


「それで最初はどうするのかな?」

「まず、全員の利き手の小指二度と使えないように叩き潰していく」

「基本だね。順番はどうするのかな?」

「順番なんてどうでもいいよ。手当たり次第に全員の小指を叩き潰すのは決まってるんだから」

「待ってくれ! 俺は話す。話すから、話すから勘弁して──」

 副う懇願する男の口に蹴りを叩き込んで、前歯を全て吹っ飛ばした。

「話を聞くのは拷問の後だと言ってるだろう! 他人の話はちゃんと聞け!」

 ちょっと過剰に切れて見せると、気絶してしまった男以外の残りの九人が息は飲む。俺が本気であると悟ったようだ。


「よしじゃあ、お前からだ」

 適当に一人を選んで、何故か都合よく転がっている足場岩の前に引きずり出す。


 後ろ手に縛られた両の手首の部分を掴んで「どちらが利き腕だ?」と尋ねた。

「ひ、左だ」

「嘘だな」

 明らかに剣を振って出来た剣たこが右手にあったが、逆に左手には無い。日本刀のように両手で使う武器を持つならともかく片手剣を使う奴の利き手に剣たこが無い理由は存在しない。

 そのまま両手首をまとめて捻って折ると、暴れる男を押さえつけて右手の小指を鉄アレイ(買い直した)で叩き潰した。


 転がり防止の為に、底になる平らな部分と足場岩に間で小指の第一関節接から上が潰されて紙のように薄くなったのを確認する事も無く男は夢の世界へと旅立った。

 だが不幸なのはまだ夢の世界へと旅立てない連中だ。


「次は──」

「頼む。話すから。お願いだから話を聞いてくれ。嘘は言わない絶対に言わない。聞かれた事は全て正直に話す。だからお願いしますお願いしますお願いします」

 一人が必死の形相で懇願を始めると、他の連中も我先にと泣きながら懇願を始める。


「それじゃあ一人ずつ話を聞いていく。もしも他と違う事を言った奴や、質問に答えられないだの分からないだのを繰り返した奴は死んでもらう。決して楽には死なせないから覚悟しておけ」


 それから一人ずつ、足を掴んで引きずりながら森の奥へと連れて行くと、何時から、何の目的で、誰から命令されたか。更に紫村が捕らえた見張り役の四人には誰に報告するのかも付け加えて尋問を繰り返した。


 見張り役以外の六人は大人しく全てを白状したので【昏倒】からの収納済み。

 その内容とは、昨日からグラストの店を見張り、客から何の目的で店に行ったのかを聞き出し、怪しければ捕縛するようにと見張り役の中の一人から仕事を依頼されたとのことだった。


 次いで襲撃役へ仕事を依頼したという一人を後回しにして、他の見張り役の三人を先に尋問した。

 結果は、昨日からグラストの店を見張り、襲撃役が得た情報を何処の誰に伝えるのか知っている人物は誰か一致したので、こいつらも収納。



 そして唯一残った男への尋問……というか拷問を開始する。

「やあ、やっと真打登場だ。楽しみだよ」

 この際『真打』がどんな言葉に翻訳されているのか凄い興味があるが、それはさておきこれからが本番だ。

「…………」

 笑顔の俺に無表情で無言を貫く。

「OK! OK! 無駄なおしゃべりはしないって事だな。嫌いじゃないぞ。だから俺もこれからは無口になる」

 顎をしゃくって指示を出すと紫村は、寸毫の解釈の違いも無く俺が望む通りに後ろ手に縛りあげた縄を解き、左手首の間接を極めて押さえ込む。

 一方俺は右手首を掴むと足場岩の上に押し付けると、無言で鉄アレイを五回振って叩きつけて五本全ての指を叩き潰した。

「グゥゥゥ……」

 男は悲鳴を堪え唸り声を上げながら俺を睨む。だが次の瞬間に俺は男の手の甲に立て続けに三度鉄アレイを叩きつける……アウトロー気取りの連中の矜持などに俺は全く感銘を受けない性質だった。


 無言で紫村が男の左手を放して、すかさず俺が左手首を掴むと男の目に動揺の色が浮かんだ。

 ここで俺が質問をしてインターバルがあるとでも思ったのだろうが、俺はこの男が自分から話を聞いてくださいと懇願するまで手を休めるつもりなど無かった。


「ゥゥゥゥオゥゥゥ…………」

 男の低い唸りが響くが無視して、俺は【大解毒】を使う。体内の毒物などの異物を瞬時に排除する魔術だが、今この状況でかけると面白い現象が起こる。


「ウァァァァァッァァァァァァッ!!」

 堪えられぬ痛みに男は激しく悲鳴を上げて苦しみだす。

 痛みに対する防御反応として脳内に分泌される快楽物質などを【大解毒】が根こそぎ取り除いてしまったため、潰された両手が和らぐ事の無い激痛を送り込んでくるのだ。


「次は足だ」

 態と声に出した指示に紫村が反応して男の靴を脱がせ始める。

「やめてくれぇぇぇっ! もう止めてくれ。話すから! 全て話すからぁぁっ!」

 靴を脱がせる意図を察して男が屈服した。もう少し掛かると重っていたが意外に心が折れるのが早かったな。

「じゃあ、俺が聞いて喜ぶと思う事を話せ……必死になって考えろよ」

 俺の言葉に、すっかり心が折れた男は小さく頷きながら「はい」と答えた。


 男が口にした黒幕の名はオーディブ・スロア・シロポラギル。正直、そう言われても「ハァ?」としか思えないのだが、二号いわく昨晩泊まった宿のあるエマグラニフの街を含むスロア領の領主だそうだ。


 そして目的は想像の通りにミーアが立て続けに市場に流した龍を狩った人間を探すためだそうだ。

 それにしても、わざわざ領内の『道具屋 グラストの店』全てに見張りをつけるとはなんともご苦労な事だ。それほどまでに龍という獲物は貴重であり、そしてそれ以上に龍を狩れる者は希少である訳だ……随分と自分の立ち位置が面倒な事になってきているようだ。



 思えば俺にとって、この世界での生きる目標は異世界を見て回って……楽しむ事だったような……気がしないでもない。

 多分……きっと、そうなんだよな?


 何で最初に水龍なんて狩ってしまったんだろう?

 状況に流されすぎだ……だが水龍を始めとして、オーガだのトロール。それからワイバーン、グリフォンときて火龍を狩ったからこそ、平行世界で生き延びられるだけのレベルに達する事が出来たのだが、やっぱり最初考えていたのと違う。


 だが違うけど龍は狩り続けなければならない。

 正直色々と思うところはあるが大島を蘇生してやらなければならない。

 教え子である部員達を守って死んだのだから……そんな格好良い死に方は奴には許されない! 許してたまるか!! 今更、思い返してみたら良い奴だったよな……なんてお父さんは絶対に許しませんよ!!!

 奴には相応しいもっともっと惨めな死があるべきだ。


「それで、どうするつもりだい?」

「いっそ黒幕を含めて関わった人間を皆処分するという選択もあるだろうけど、どのみち俺が……俺達が龍を狩ってミーアを通して市場に流す限りは、別の奴が同じ事を考えるだろうしな」

 そんな、終わりの見えないイタチごっこは御免だ。


「でも絡んでくる連中を、その都度排除するというやり方も余りお勧めできないよ。自分の狗が消えた街に必ず現れる流れ者という条件で絞り込まれて目を付けられるからね」

「それは困るな。今後はミーアの店に行くのは出来るだけ時間を空けた方が良いかもしれないな」

「そして君が店を訪れた翌日には必ず龍が市場に流れると?」

「……そいつは拙いよなぁ~」

 いざとなったら、この国から逃げてしまえば問題は無いが、その為には二号をさっさと卒業させてやらなければならない。


「あと、捕まえた連中をどうするかも問題だよね」

「そうだな。別に殺す価値も無いから、俺がこの国を出る時に両手両脚を砕いてから捨てていけば良いだろう」

 まさに容赦無し! 法治国家の日本のように、きちんと法で裁かれる社会ならともかく、所詮はファンタジー世界、法よりも権力者の力が上にある社会。そして権力者の走狗として暴力を振るう奴らを解き放てば、また同じような事を繰り返すだけだろう。

 法が裁けぬ悪は俺が裁く! 俺が正義だ! ……「だよね香藤?」と正義の味方志望に振る。

「だよねって何がですか?!」



「でも、そこまでするほどの事を彼らがしたとは思えないんだけど」

 二号が俺に意見する。むしろ俺よりも将来領主となろうと思ってる二号の方が、この手のやくざ者へは厳罰を処する覚悟を持ってなければならないと思うんだけどな。

「彼らは、僕達を呼び止めて情報を聞き出そうとしただけだよ」

 こいつはやっぱり頭がお花畑だ。


「あのな──」

「黙りなさい。何が呼び止めて情報を聞き出そうとしただけすか、この者達が呼び止めて断れば、どんな手段をとるのか、どんな手段を取り続けて来たのかも想像出来ないボンクラですか?」

 ああ、香籐君が切れちゃったよ。俺は二号に容赦ないが、香籐は二号には敵愾心を抱いている。ここは先輩として注意しておかなければならない。


「ガトー。言いすぎだ。ボンクラにボンクラなんて、そんなにはっきりと言ったら駄目だろう。もっとオブラートに包んやららないと、ほら逆恨みするだろ」

「君は僕が嫌いだろう?」

「隙になる要素がどこにもない。お前のその根拠の無い性善説的立場に立った物言いは不愉快だ。俺は人が生まれながらに善であると盲目的に信じるという考え方には、他者への愛も尊敬も感じられない。相手に真摯に向かい合う事も無く、ただ人間はそういうものだと勝手に決め付けているだけに過ぎないからだ」


 本来、性善説も性悪説も目指す方向は同じであり、孟子ですら人間という存在が生まれながらにして善であるなどとは本気で考えてはいない。

 生まれたばかりの貴方は汚れの無い無垢で善なる存在だった。だから貴方は今からでも善なる自分へ回帰する事が出来るんですよ、という人を善き方向に導くための方便であったはずだ。

 性善説も性悪説も根底にあるのは、ただ人として正しい道を歩けるよう導く為の教えだ……と例の本屋で立ち読みで必死に知識を頭に詰め込む作業中に、気分を変えるためにチョロっと立ち読みした本に書いてあった。

 哲学に感化されて青臭く恥ずかしい事を口走るのは、人生経験が乏しい中学生様の特権だよ。まだまだどんどん口走っていくぞ!


「信用とは人を疑い、その醜きを理解した上で相手の手を取る崇高なる行い。相手への理解も愛も無くただ信じようとするのは、己と己に関わる人間に対する愛も無いという証だ」

 つまり信用とは自己責任。そんな覚悟も持たず、たやすく判子を突くと自分や自分の家族、友人知人にまで地獄を見せる事になるから覚悟しておけという身も蓋も無い話だ。


「お前が将来、領主となることを望んでいるなら、お前の肩には多くの領民の命と財産、幸福と未来が掛かっている。根拠も無く他人を信じようとするお前に、それを背負う資格があるのか?」

「そ、それ──」

「あるはずが無い!」

 言い訳も許さず断言する。二号は「えぇぇぇっ!」と叫んでいるが無視だ。


「五体満足で放逐された悪党が、将来お前の領民を害した時に、必ず俺は現れてお前の良心に問いかけてやろう『全ては、お前の甘い夢想がもたらした結果だ。どう責任を取るのか?』とな。当然、その問いに対する答えを持っているのだろうな?」

 ……将来の俺は、きっとそれほど暇じゃないと思うけどな。


「そ、それ──」

「無い事くらい知ってるわ! じゃあ何で庇おうと思ったんだ? 実はそれも知ってる。ただ何となくだろ? それが駄目なんだ。この場合ただ何となくが駄目なんじゃなく、ただ何となくを、ただ何となくやってる事が駄目なんだ。実際俺もただ何となくってのは好きだ。ただ何となくやってると心が安らぐね。だがただ何となくを状況も弁えずにやるのが駄目だ」

 一気に追い込みをかけつつ、ただ何となく「ただ何となく」を言いたかった欲求を満たすのだった。

 ああ、ただ何となく海月のように波に流されて過ごしてみたい……いつも俺を流すのは激しい大波だから。


「誰かの言動は全てその人なりの考えによって行われる。お前は何故俺が奴らに対して僅かな慈悲すら与えないのか考えるべきだった」

「じゃ、じゃ、じゃあ君は、どういう意図で彼らを──」

「こいつら嫌い。以上!」

「えぇぇぇぇぇええぇっぇえぇぇぇ!?」

 二号は抑揚の効いた愉快な叫び声を上げた。


「そ、それじゃあ……えっ? 何なの理解だの愛だのは?」

「立ち位置の違いだ。俺は俺自身と俺にとって大事な人間さえ守れれば良いという人間だ。それが俺の愛で、そのためなら世界を敵に回しても良いと思うが、それは大変かつ面倒なので出来るだけ穏便にやって行きたいと切に願う小市民だ」

 ぶっちゃけてやったよ。俺に真面目に話をさせるなんて事が出来たら大したものだよ。


「大体な、奴らを解き放ってどうなるか少し想像してみてくれよ。はい、まず街まで戻って解き放ちました。彼らは真っ先に何をしますか?」」

「……助けを呼んで……雇い主に報告」

「そうだね。彼らは俺達のことを雇い主に報告して見事に任務を達成。やったね! ……何がやったねだ馬鹿野郎!!」

「そんな事いわれても、僕がやったねと言った訳じゃ……」

「お前が望む通りにやったらそうなるんだろう。つまり全部お前の責任じゃないか、それともそうならないための代案があるのか?」

 代案無き否定は無責任の罪で死刑にする法律が出来れば良いと思う……かなり本気で。


「話し合って説得すれば」

「じゃあ、開放する前にしっかり話し合って、もう二度と悪い事はしないと奴らが誓ってから開放しました。その後すぐに雇い主に報告して任務達成。やったね! ……だからやったねじゃないと言ってるんだろう!!」

 この俺に天丼をさせるとは二号。俺はお前を見誤っていたのかもしれない。


「だ、だからそうならないようにしっかりと話し合えば」

「親兄弟すら説得出来ずに実力行使による乗っ取りを企んだ挙句にバレて勘当され追放された馬鹿が、俺に責任を取れと絡んできたのは、今となっては良い思い出か?」

 これは質問するまでも無く思い出の一ページだね。何せこれと同じようなやり取りは前にもやっているのだから。


「人には人を裁く資格がないならば、人には人を許す資格もない。だから裁く、仕方なく裁く、嫌々ながら裁く。それとも何か、俺が力にモノを言わせて悪人をボコボコにして楽しむような男に見えるのか?」

 まあ嫌いじゃないけどね。


「見えるよ」

「見えます」

「そうとしか思えない」

 ここで意見を揃えてくるとは、いや俺も同意見だけどな。


「まあ良い。それでもお前が奴らを助けたいというなら好きにしろ」

 ここまで引っ張っておきながら引き下がる事にした。

「良いのか?」

「だが結果起こる全てが自分の責任だから覚悟しておけよ」

 俺はちゃんと警告はしておいたから、その先は責任は取れないし取る気は無い。


 まあ、俺がこの国を出る時まで放流はしないし。二号が責任をとるのならどうでもいい……だが責任は必ず取らせる。

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