第82話

「うぅぅぅ……」

 目を覚ました瞬間に自分の体調の悪さを自覚するほどの異変を感じる。

 具体的に言うとだるい。酷く身体が重くて起き上がる事が出来ない。


「起きたのかい?」

「紫村か?」

 俺が呼びかけると明かりが灯る。

 木の枝らしき棒の先に灯った光に照らされたのは紫村だったが、その顔は少し疲れた様子だ。


「また向こうの世界でレベルアップしたのかな?」

 それでも笑顔で話しかけてくる。

「ああ今回は風龍を一匹でレベルは一だけ上がった」

 流石に腐っても龍というべきか、一レベル上昇出来る経験値を搾り出してくれた。

「何十メートルもの巨大な龍を倒してレベル一しか上がらないというのも凄いね」

「ゲームで言うなら、早くラスボスを倒してクリアしろよって突っ込まれるんじゃないか?」

「そうかもね……そんなゲームに比べて現実ときたら、困ったものだね」

 俺達は互いに顔を見合わせると少し笑った。投げやりな乾いた笑いを……


「少しはお腹に何か入れられる余裕はある?」

「時間がたったお陰で満腹感は無いな……」

 腹に入っていた分が栄養になったお陰で生きていられたのだろう。


 答えた俺の目の前に銀色のアルミパッケージと黄色い箱が差し出される。うん10秒飯と元祖ブロック大部バランス栄養食品だ。血涙を流すほどの無念さと共に認めざるを得ない料理下手ではあるが、食う事に関してはうるさい俺としては、メニューに思うところが無いわけでもないが一番消化吸収が良さそうだから仕方がない。


「多少無理にでも口にして、安静にしていないとまた倒れる事になると思うよ」

「悪い。心配かけた……寝てないんだろう?」

「少しは寝たから心配いらないよ」

「そうか」

 言葉を額面通りに受け取ったわけじゃないが、それを追求するのは野暮ってものだ。


 ボリボリと齧ったブロックを唾液とゼリーで溶かしながら少しずつ飲み込むという食事というよりも作業の合間に紫村に尋ねる。

「俺が意識を失った後、どうなったんだ?」

「君の指示通りに動いたよ。君の口ぶりから余計な事を考えている余裕は無かったみたいだからね……でもそれが正解だったみたいだ。元いた場所は広域マップの範囲外だけどワールドマップには、あの水晶球の反応が多数現れては消えたよ。それが何なのかは分からなかったけど」

「多分、絨毯爆撃だと思う。まるで空に浮かぶ島のように巨大な円盤状になった奴らを見た」

「島?」

「ああ、半径二百メートルはあった」

「そ……それは……凄いね」

 紫村でさえも呆然とするスケールだ。半径二百メートルで厚さは確認してないが仮に十メートルと少なめに想定し、更に内部に空洞が無いならば、お化け水晶球二十二万体分以上の体積になる。


 それはつまり、この付近に展開していた群れが数千の規模だったという事から、かなり広い範囲の幾つのも群れがこちらに集まって来たと言う事で、しかも更に増える可能性が大きい……いや確実だ。


「でも……向こうが大きくなれば一度に倒せる──」

「逃げる前に上空を横切りながら岩を落としてやったが、岩を受けた部分をを瞬時に切り離して、ダメージは周囲に伝わらない様に対応していた。奴等も巨人で学習してたんだろう。更に上空から一部を切り離して地上に落とす事で俺達を攻撃しようとしたんだと思う」

「それで絨毯爆撃……困ったね。勝てる気がしないよ」

「奇遇だな。俺もだよ」

 再び乾いた笑いが狭いねぐらの中に響く。



 『浮遊/飛行魔法』で逆に重力をかけて落とす……無理過ぎる。人間の体重程度の物体を2Gで加速させる程度の出力では全く足りない。多重発動するとしても【場】を展開出来る自分の周囲に存在する重力に影響を与える魔粒子の数が圧倒的に足りない。それに俺自身の能力も足りない。


 圧縮した魔力の開放による魔法的現象への干渉で、奴らの飛行能力を妨害して地面に叩き落す……駄目だ干渉を行う範囲が広すぎるし、例え妨害に成功したとしても、飛行している高度が高いので一度妨害に成功した程度では墜落する前に飛行能力を回復してしまうだろう。


 こちらも上から絨毯爆撃……何を考えてる? 落ち着け冷静になれ俺。二十二万体だぞ。足場岩どころか重さ百キログラム程度の岩を一発必中下としても二万二千トンになる……そりゃあ無い。


 今までの体験上、数百トン程度なら十分に収納可能だとは思う。多分千トン以上もいけない事はないのではないかとも思う。

 だが一万トン以上は幾らなんでも無理だ。自分で限界を作るようだが、むしろこれは常識的判断であり、そんな自分が好きだと思える。


 だが待てよ。落とす岩をもっと小さくして重さ数キログラム程度にしてB-29(仮称)よりも三千メートルほどの高度から落とせば、お化け水晶球を一撃で破壊出来るほどのエネルギーを与えることが出来る……出来るかそんなもん! 都合よく二十二万個の重さ数キログラムの石がその辺に転がってるとでも言うのか? 自分で加工する? 出来るはずがない。



「先ずはこの拠点から横穴を掘って数kmは移動して、そこから地上に出て奴らを攻撃する。そして再び穴に逃げ込んで退路を塞ぎながら逃げる」

 正面から戦う力が無いのなら、それなりの戦い方をするしかない。チクチクと刺すようにして相手の戦力を削る……いや、削ると言えるほどの戦果を挙げるのは無理だ。だがこちらの戦力を上げることは出来る。


「そんなゲリラ戦に意味が……そうか、絨毯爆撃で落として破壊した個体の経験値も入るとしたら、やってみる価値はあるね」

 話が早いというより、こんなにあっさりと自分の考えが読まれると落ち込むよ。


「もしも、ただ落ちて自爆させるだけでは経験値が入らない場合は、落下中のお化け水晶球に僅かでもダメージを与えれば経験値がはいるかもしれないしな」

「実際の経験と違って、経験値というシステム上の数値なら十分に可能性があるね」

 経験値って奴は結局ゲームのポイントと一緒であり、実際に頭と身体に刻み込んだ経験とは全く異なる。

 実際に自分は何もしなくてもパーティーの仲間が戦えばレベルアップするんだから、まじめに経験値を稼ごうなんて考えては駄目なんだ。

 如何に楽をして効率的にポイントを稼ぐかが大事だと割り切るしかない。


「レベルさえ上がれば消化器系の機能も向上するからカロリー摂取も楽になる」

 その分、レベル相応の身体能力が使える時間はレベルアップするほど減少するが、それは仕方ないと諦めるしかない。


 食事を終えるとゆっくりと身体を地面に横たえる。

 二つ合わせて約600kカロリーを摂取したわけで、これを日に四度行えば成人男子に必要な一日分のカロリーが摂取出来るわけだが、一流アスリート並みの運動量をこなす俺は元々一日に六千キロカロリーは摂取していた。

 更に現在は向上した身体能力の使用を可能な限り抑えても八千キロカロリーは摂取していた……絶望的なまでにカロリー不足だ。


「でも今は身体を休めて、そうだね九時までは寝ているんだよ」

「お前は俺の母さんか?」

 優しい気遣いが、肛門がきゅっとなるくらい怖い。


「お母さんついでに、高城君は【所持アイテム】内に乾物とか嗜好品の類を用意してあるよね?」

「何故それを?」

「君は結構回りに気を使ってくれるからね。せっかく荷物を幾らでも持っていけるなら、皆に配るつもりで用意していたんじゃないかとは気付くよ」


「……せっかくの気遣いも、こんな事になるとは思いもしなかっけどな……スルメとかサラミとか乾き系に、大島の手下が持っていたカップ麺ともあるが、腹持ちはするが消化も良くないし食ってもすぐに栄養にならないが良いのか?」


「それでもちゃんと調理すれば、少しはまともな食べ物を用意出来るよ」

「……分かったよ」

 イカ燻タコ燻に鮭トバ、チー鱈にサラミとソルトピーナッツ。カップ麺を箱ごと、そして乾パンを出して地面に転がす。

「鮭トバは戻すとして、イカとタコはソフトタイプだから刻んで煮込めば、そのまま使えそうだね」

「ますますオカンだな」

「君には随分と随分と心配させられたからね」

「……悪かったよ」

 気まずくなったので紫村に背中を向けるとさっさと寝た。



『次元解析作業の進捗により、現世界でのシステムメニュー機能の完全回復まで予定が明らかになりました』

 ……なんとなくSFぽく聞こえなくもないが、本来次元解析はそういう意味じゃないからなとシステムメニューに突っ込む。


『現在、システムメニュー画面表示時の時間停止機能回復』

 ありがたい。とっさに訪れたピンチの時にゆっくりと考える時間があたえらるのは何にも代えがたい強みだ。

 しかしそれ以上に回復してほしいのはセーブとロードだ。


『ワールドマップ対応回復まで三十時間』

 要するに大陸などの輪郭線が表示可能になるのか、大して嬉しくないのに三十時間もかかるのかよ。


『セーブ&ロード機能回復まで八十五時間』

 この大事な機能の復活に三日と半日もかかるのか、ワールドマップはほかしておいてそっちに集中しろよ。


『元の世界への移動が可能になるのは、百三十二時間後を予定しています』

「帰れるのかよ!」

 思わず叫んだ。叫ばないはずがない。


「何があったんだい!?」

 叫び声に紫村が駆け寄ってきた。

「システムメニューからアナウンスがあった。現実の世界に戻れるらしい百三十二時間後に……五日と十二時間後かよ……長いよ!」

 本来は明日には合宿終わりで明後日には普段通りに学校の予定だ。現実に戻ったら日曜の夜じゃないか。それから櫛木田達を……助け出す目処も立ってない。

「それでも戻れると分かっただけでもありがたいよ」


「ほ、本当に戻れるんですか?」

 騒いだせいで香籐が目を覚ましたようだ。システムメニューのアナウンスのせいで起きてしまったが、まだ朝の7時過ぎ。普段ならとっくに起きている時間だが二人とも俺の看病で寝不足なのだから仕方が無い。

「まだしばらくかかるけどな」

「帰りたいです……」

 俯きながらそう呟き肩を震わせる。気を張っていたのだろうが、はっきりとした目処が立ったことで気が緩んだのだろう。無理も無いまだ中学生なんだ……まあ俺や紫村も中学生だと思うと違う意味で考えさせられてしまうけど。

「ああ帰るぞ。生きて必ず帰るんだ」

 ともあれ、香籐の素直な反応にほだされウルっとくるわ。


「このまま時間が来るまでここで待つという事になるのかな?」

「……面白くないよな」

「僕も面白くないと思うよ」

 それは空手部の流儀ではない。敵に怯えて引っ込んだままというのは、バレたら大島に殺されるという意味だ。


 戦前の日本を描いたドラマに出てくるような、子供が喧嘩して負けて帰ってきて「勝つまで帰ってくるんじゃない!」と子供を叱り飛ばす肝っ玉母さんのレベルじゃないんだよ。


 例の『こうやの7人』の事件には後日談があり、学校を退学になり鑑別所送り──主犯格達はその後少年院送り──になった馬鹿共の仲間である工業高校の生徒、そして家族や友人知人と称する馬鹿共がお礼参りと称して、本人達ではなく空手部の部員を、しかも一年生に狙いをつけて集団で襲った……屑が屑なりに知恵を使ったと誉めてやるべきなのかもしれない。


 襲われたのは俺の二年上の先輩達だが当時は一年生の一学期だったので、修行の一つもした事の無い不摂生な不良・チンピラの類とはいえ同時に相手取れるのは二人か精々三人程度であり、数の暴力に対抗する術は無く、後の主将である野口先輩と加茂川先輩。そして我がトラウマの原因の片翼たる倉田先輩の三人は二十人以上に襲われて──反撃し合わせて六人ほどを倒すと走って逃げ、時折「ほ~ら私達を捕まえて御覧なさい」などと挑発し、必死に追いかけて来る連中を散々引きずりまわして、疲労させた上で逆襲に転じてボッコボコにした……ちゃうねん! それ違う話だから。


 そう、あれは工業高校のOBでヤクザとして出世した奴が子分どもを引き連れ「面子を潰された」とか意味不明の理由で空手部に難癖をつけてきた時の話だ。

 勿論、上級生達にヤクザ如きがどうにか出来るわけも無く十二人のヤクザは僅か一分で全滅に追い込まれ、更にその後、連中の組には正体不明者による殴り込みがあり重傷者多数で組は解散に追い込まれてしまった。


 翌日、やけに上機嫌で現れた大島が「しかし連中の言い分は理解出来ねえな。面子を潰したのは、たった七人に百人以上で襲い掛かって全滅させられた不甲斐ない後輩だろうに、もしお前らがそんな無様な真似をしたら生まれてきた事を後悔させてやる」と言い放つ。

 その日の練習はハードかつエキサイティングで、一部ホラーですらあったらしく、一年生のみならず、二年、そして三年生までもが練習中にぶっ倒れることになり、大島をして「手加減間違った」と言わせたという逸話がある。


 よく考えて欲しい。先輩達はヤクザにやられた訳でも何でもない。それにも拘らずとばっちりだけで酷い目に遭うのだ。

 むしろ本当にやられっぱなしで逃げたりしたとするなら……

 ちなみにヤクザの組が一つ潰れた事は、この町の人間なら皆が知っていたが何故か新聞などで報道されることは無かった。



 取り合えず寝なおして九時丁度に目を覚ます。

 【時計機能】さえあれば、俺は一生涯寝坊とは無縁でいられるだろう。もう既に早起きは骨の髄まで染み付いた習慣だが、それでも毎晩寝る前に万一寝坊して朝練に遅れたらという危機感から目覚ましを複数用意してあったのだが【時計機能】のお陰でお払い箱となった……以前は毎晩寝る前に緊張感を覚えたくらいだった。


 紫村達が作ってくれたのだろう。レトルトカレーよりも食欲を掻き立てる料理の匂いが鼻腔をくすぐる。

「良い匂いさせるじゃないか?」

「おはよう。乾パンを砕いて煮た麦粥もどきだけど、君が用意してくれた食材でなんとか食べられる物になったとは思うよ」

「そいつはありがたい。久しぶりに食べたいっていう意欲が沸いてきた」


 紙製の碗から立ち上がる湯気の下から覗くのは、とろみの付いた茶色いスープらしきもの。

 見た目は良くない。茶色は乾パンの色ですり鉢で細かく磨り潰した訳じゃないからポタージュスープのように滑らかでもない。

 だがこの温かな湯気が香りをまとい頬を撫でる感触だけで涙が出そうになり、すぐに碗に口をつけると啜る。


「ああ、温かく優しい……」

 心の底から湧き出た思いが口を突いて出る。

 今の俺の身体に必要な食べ物はこれだと身体と心が強く訴えかけてくる。


 この程度の味に大げさだなと言わんばかりの顔の紫村を無視して食べ続ける。

 何事も卒なくこなす奴だから空手部の中では一番の料理の腕前を誇っており、合宿の料理の半分は奴が受け持っているようなものだった。

 豊富な食材があるわけでもなく、そして手に入る食材も余り料理に使われることもない類の山菜やキノコ、肉はウサギや猪。その上、十分な料理道具などが用意されているわけではない状況でも美味い料理を作り続けた。

 そんな紫村の料理の中では今回のは上出来とは言えない。何せ調味料の類が無く刻んだ乾物が味の決め手なのだ……だが今はたまらなく美味しく感じる。

 手軽で便利な携帯食だけじゃ駄目なんだ。温かい料理を食べないと心が痩せてしまう。


「もう少しゆっくりと食べないと消化に悪いんだけどね……」

 がっつく俺と香籐に呆れた様に呟く。

 確かに、半流動体の食べものでも、全く噛むという動作無しに飲み込んでは消化が悪い。

 噛むという動作によって唾液が分泌され、唾液に含まれる消化酵素群アミラーゼにより、デンプン質に含まれるアミロースなどを糖に分解されて、より消化吸収しやすくなるので、今の俺にとってはとても大事な動作のはずなのだが──

「無理!」

 俺と香籐は同時に答えた。



「よぅ~し、何だか戦えるような気がしてきた!」

 現金なもので、美味いと思える物が腹の中に納まっただけで気力が沸いてくる。砂漠で水を切らし一歩も歩けなくなった人間が、水を飲んで一息ついたとたんに元気を取り戻すようなもの……まあ、それは創作上の演出って奴で、そんな事は絶対に無いんだけど。

「もう少し、食べると思ったんだけどね」

「寝起きだからだよ。俺の食欲なめるな昼飯は凄く食ってやるからな!」

 まるで食が細いなんて言われ方は心外だ俺の胃袋は深い海の如きキャパを誇る。ただ燃費の方がブラックホールなだけだ。


「期待しているよ。それで何か良い考えはあるのかい?」

「ちょっと待て……」

 広域マップに映し出される元のねぐら周辺にB-29(仮称)は……単位は何だ? 体で良いのか? 群体だけど体で良いのか? いや群体だから体で良いのか、とりあえず二体ということにしておこう。

 何がおこうだ。そんな場合ではない。えらいこっちゃ! 二体ってどういう事?


「……い、いつの間にか、例の円盤が二体に増えている件について……」

「例のというのはあれですね」

「俺が個人的に超空の要塞B-29(仮称)と呼んでる奴だよ」

「そもそも君が何と呼んでいるのか知らなかったし興味も無い。そして聞きたくもなかったよ。僕のマップにも超空の要塞B-29(仮称)になってるじゃないか!」

 紫村が切れた。紫村を切れさせた俺は大したもんだと思う。



「……それで増えた事で何か問題でもあのかな?」

 冷静さを取り戻した紫村は何時ものさわやかな笑顔を浮かべて尋ねてくる。


「現状では問題は無いな。あの状態から更に新たな形態に変化したら問題になるかもしれないが、あえて言うなら一体でも凄いのに、二体も倒したらどれだけレベルが上がるか考えると怖いというのが問題だな」

「つ、強気だ……主将達が強気過ぎて怖い」

「どうだ、心強いだろ?」

「それは主将達がパニックになったら、僕も一緒にパニックになるしかないから、冷静で居てくれる分には心強いですけど……」


 どこかまともじゃない。そんな言葉を飲み込んだのかな? 自覚はあるよ。

 いきなり一人で異世界に放り出されて三体の巨狼と戦わされて、今までとは違う何かに自分を変えなければシステムメニューの力があっても生き残る事は出来なかった。

 そうなると不思議なのは紫村だ。俺と同様な不思議で過酷な体験をしたとも思えないのに、下手すれば俺以上に全てにおいて割り切った考えが出来るのは、奴の性癖以上に……性癖程度に……性癖ほどじゃ……もうやめておこう、例えが悪かったんだ。


「安全を確保する方法があるから強気で居られるだけだ。別に俺や紫村の頭のネジが飛んでるとかいう訳じゃない。合言葉は安全第一」

「どうやって確保するんですか?」

 その懸念に、俺は余裕の笑顔で応える。


「うむ突然だが先程、また新しい魔術を覚えた」

 たった一レベルアップで良い魔術を引き当てたものだと自分で感心する。

「どこかで聞いたような台詞ですね」

 いかん、遊びすぎて香籐の忠誠心がごっそりと減っている。


「まあ、話を聞け。それは【結界】の上位版で【移動結界】という。名前の通りかけた対象が移動すると結界も追従するという優れもので、これを使えば俺達は奴らに気取られる事なく移動が可能になる」

「それならいけますね」

 忠誠心セーフ!


 【移動結界】を張ったまま拠点から外へ出ると、今にも雨が降り出しそうな大きな積乱雲が張り出して雲の中では時折雷鳴が轟いている。

「天気は曇り、雷も来そうだ……嫌な天気だ」

「そうだね」

 幸先が悪いな。


「天気が影響するんですか?」

「……お化け水晶球の武器は電気だろ。それが二十万体以上も集まったのがB-29(仮称)だ」

「主将。それはもうやめましょう。円盤で良いじゃないですか?」

「僕もそう思うよ」

「…………それでB-29(仮称)がだな。空気放電して攻撃してこない訳が無いとは思わないか?」

「無視した?」

 二人が声をそろえて驚くが相手にしない。


「雷が鳴ってる状況で、B-29(仮称)の上に出たら死ぬからだ」

「?」

「あの円盤は水晶球が集まって出来たモノで、水晶球は電気を使って防御や攻撃に使っていたね?」

「はい」

「つまり円盤も放電などの手段を持っている可能性があるんだよ。そして放電した場合は電子を放出して円盤全体は正の電荷を帯びてしまうんだ。すると雷は円盤に向かって落ちる……そして円盤の上に高城君がいた場合はどうなるんだろうね?」

「香藤、答えなくてもいいぞ」

 雷が直撃した俺がどうなるかなんて説明されたくはない。




 俺達は移動結界によって奴らの【眼】を避けて、一体のB-29(仮称)の真下にたどり着く。

 正直、結界のどの能力によって発見されずに済んだのかは分からないが、試してみる気にはなれない。


「浮遊/飛行魔法(改)は大丈夫だな?」

 浮遊/飛行魔法は浮遊/飛行魔法(改)へとアップグレードしており、操作性が向上し高度、速度維持の自動化に成功し、更に一割の燃費向上と二割の出力向上に成功していた……色々と無駄が多い事が判明したのだ。

 多分、明日は浮遊/飛行魔法(改弐型)になっていると確信出来るほど、まだ目に付く無駄が多い。


「随分扱いやすくなったから大丈夫だよ」

「僕も大丈夫です」

「紫村、もっと良いものへと改良するなり、新しい魔法作っても良くない?」

「……まあ、その内にね」

 乗り気じゃない。不思議だな紫村なら興味を示しそうだったのに。


「……そうか、それでは結界を解くぞ」

「いいよ」

「お願いします」


 結界を解除してから十秒後に、B-29(仮称)は群体である自らの一部であるお化け水晶体を俺たち目掛けて落下させる。

「早い反応なのか遅い反応なのか微妙だな」

「あのスケールとしては早い方かもしれないね」

「そんなに落ち着かないで下さい! 大体、紫村先輩も少しはあの大きさに驚いてください」

「驚くも何も高城君の言ったとおりだからね」

 香籐が慌てるのも分かる。こちら目掛けて落ちてくるのは一体二体ではなく、ざっと見て三桁にも上り、まさに雨あられ状態だ。


「俺に続いて退避行動開始!」

 そう告げると返事も待たずに浮遊/飛行魔法(改)で高度十メートルで西方向へと回り込むように移動する。

 すると上空に居た別のB-29(仮称)の直下に入ったために、そちらからも爆撃が始まる。


「経験値が入るな」

 落ちてきたお化け水晶球は、移動し続ける俺達の後方で地面に衝突し派手に砕け散りながら、高圧電流を発生させてオゾン臭を漂わせるだけではなく、しっかり経験値もプレゼントしくれた。

 既にレベル七十に必要な経験値は獲得しているはずだが、戦闘継続中とみなされてレベルアップのアナウンスは無い。


「段々と僕達の移動する先を読んで投下するようになって来たね」

 紫村の言うとおり、連中の攻撃が始まって三分ほどで逃げ回る俺達の先へ予測攻撃をする知恵を手に入れたようだ……成長が速いよ。


 お陰で、急な方向転換を繰り返す事が多くなって行き、加速時間に比例して伸びるはずの速度は頭打ち状態になっている。

 だが奴らに攻撃を続けさせるためには、その直下から逃げ出すわけには行かない。


「その内に奴らは飽和爆撃に切り替えるはずだから、その兆候があったら教えて、ぐぁっ!!」

 突然鼻から喉、そして胸へと呼吸器官全体に焼ける様な衝撃に襲われる。

「 ──まずい、息を止めろ! 高度を取って北に逃げろ!」

 そう指示を出すが、指示が間に合わなかったのだろう二人は受けた衝撃に集中を切らせて浮遊/飛行魔法(改)を維持が怪しくなっている。

 俺は一旦速度を落として二人を追いつかせると、その背中越しに反対側の脇の下に腕を通して抱え込むと、【場】に対してかなり本気で魔力を注ぎ込み、燃費を無視して得た出力を使い高度を二十メートルまで上げると北へと向けて飛び続けた……レベルアップのアナウンスを聞きながら。



 僅か一キロメートルほどだがB-29(仮称)から距離を取ると、浮遊/飛行魔法(改)を解除して着地し、二人に対して【大傷癒】を施して呼吸器官への火傷を治療し、次いで自分の治療も施す。


 地面に落ちて砕けたお化け水晶球の埃のように舞い上がっていた微細な破片が、呼吸と共に吸い込んだ後で放電を行い呼吸器官全体に火傷を負わせたのだった。

「はぁ、はぁ、はぁ…………道理で単調な攻撃を仕掛けて来たはずだ。やってくれる!」

 火傷のお陰で呼吸が出来なかった分、酷く息が切れる。

「……ごめんね。やられてしまったよ」

「……申し訳ありません主将」

 二人も息を切らせて、よろめきながらも何とか自分の足で立ち上がった。

「いや、俺も連中の狙いが読めなかった。すまない」


 だが休む間もなく三体目と四体目のB-29(仮称)が西の空に現れる。

 しかも俺達の近くにいるB-29(仮称)は一部のお化け水晶球を分離して地上近くから上空五十メートルくらいの高さに多数展開させて包囲網を作り上げている……しかもどんどん上へと伸びている。


「主将。ここは結界を使いましょう」

「いや、やめておくべきだと思うよ。余り多用してみせれば奴らは、僕達が姿を消す事を前提にした行動を取るだろうし、更には結界自体に対する対策を行うはずだよ」

「だよな、奴らの対応の速さは異常だからな」

 実際に上と下での立体的な部隊展開を覚えてしまったようだし……もう少し楽がしたいです。


 結局、力尽くで包囲に穴を開けて突破する事になった。

 濡らしたTシャツで顔の鼻から下を覆って、水晶片を吸い込むことが無いようにした状態で突撃。

「電撃は三発までなら大丈夫! ほら痺れてないで戦うんだよ!」

「主将ぉぉぉっ!」

 泣くな叫ぶな。


「いいかい香籐君。電撃は避ければいいんだよ」

 紫村がおかしな事を口にし始めるが事実でもある。

 連中は包囲する壁を作る個体達が同時に放電を始めた。そして各個体がノードとして役割を果たし電流を地面まで送り届けることで電気の壁を作り上げて接近する俺達へ電流を流し込む作戦に出ている。


 それに対して紫村は放電が始まる前に、自分の周囲の個体を破壊せずに蹴り飛ばす事で、電撃が襲ってこない安全地帯を作り上げる。そして放電終了後に、前進しながら破壊を繰り返す。


 だがそんな事は香籐にだって分かっている。自分で気付かなくても俺と紫村の動きを見て察することの出来る男だ。

 しかし香籐の動きが良くなかった。【レベルアップ時の数値変動】の固定を【心理的耐性】の中の【恐怖症耐性】は【高所】を含め全てOFFにしたので、高所自体への恐怖は解消されているのだが、俺もそうだったが高所を恐れない事と、高所という状況をトリガーに恐怖を覚えると言う身体に染み付いた習性は別問題であり、怖くなくても、ふとした瞬間に身体が強張るという状況が起こる。


 俺自身は、単なる移動などの命の心配の無い状況下で高所体験を数多く踏む事で、かなり解消したが香籐にはまだ経験が足りていない……などと考えている内に四発目のしかも大きな一発を貰って香藤が落ちていく。


 行く手を遮るお化け水晶球を蹴散らしながら、落ちていく香籐に追いつき救い上げると【大傷癒】を掛ける。

「高さを怖がるな、お前の今の身体なら百メートルの高さから落ちてもしっかり受身を取れば絶対に死なない。落ちる事を恐怖するのではなく、落ちた後にどうすれば無事で済むか頭の中に叩きこんでおけ」


「五接地転回法ですか? 僕はあれは苦手なんです」

 知ってるよ。俺と同じく高所恐怖症の奴が簡単に身に付けられる技術じゃない。

 いや技術的には低い場所で練習すれば身に付く。だがその技術を肝心な場面で使えるのかと言うのは別問題だ。


 問題と言うのなら、中学生が五接地転回法を身に付けなければならない環境というのが一番の問題だろう。

「安心しろ。お前が恐怖にビビッて失敗しても、その分を取り戻せるだけの身体能力がある。もし五接地が三接地に減っても死ねないから安心しろ。死ななかったら腕の二本や三本無くなっても生やしてやる」

「主将ぅぅぅ、三本も腕はありません」

「それは紳士の嗜みウィットに富んだジョークだ……笑え!」

「全然笑えません」

「……高城君。本当に時々……かなり、大島先生みたいだよ」

 それは言うな!


 俺や紫村はともかく、このままでは香籐が持たない……香籐を収納してしまうか?

 いや、むしろお化け水晶球を収納出来ないだろうか?

 足場用の岩を蹴って一体のお化け水晶球へと接近する。こいつらに対しては後ろから回り込むなどの基本は役に立たないから、必要なのは速度だけだ。


 お化け水晶球に数十センチメートルまで接近し、システムメニューを開いた状態からの「収納!」……成功。やはり生き物ではないようだ。

 生き物でもないのに倒すと経験値が手に入るのか……ゲームによっては倒した敵の魂が経験値になるとかいう設定のものもあるが、機械やロボットが敵となるゲームもあれば、ロボットがレベルアップするゲームもあるので、ありといえばありなんだろう。


 しかし、この作戦は何の役にも立たなかった。触れずに収納が可能なのは俺だけな上に、一メートル以内に接近するならむしろ他の方法で倒した方が早いからだ。



 その後、無事に包囲を突破すると浮遊/飛行魔法(改)で更に距離を開けて完全に追跡を振り切った……ちなみに収納はしなかった。

 逃げる途中に戦闘終了によるレベルアップなどのアナウンスが流れたが無視したので、地面に降りてから確認する。

 僅か4分足らずの戦闘で、俺が三レベル。紫村達は五レベル上昇し、俺はレベル七十一で紫村達はレベル六十三になっていた。


「経験値的には美味しかったが、もう一度同じことをやらせて貰えると思うか?」

「無理だと思うよ。彼らは学習して短期間で学習したものを反映させてくるから、新たな作戦……もしかしたら空中で自爆させるとか対策を立ててくるよ」

「僕は今と同じ事はしたくありません! そして、こちらも新たな手段を考えなければ、狩られるのはこちらの方になります……だから新しい作戦を立ててくださいお願いします。本当にお願いします」


 とりあえず二人の意見と自分の考えが一致した事で、新しい作戦を考えることにする。

 紫村の知恵を借りたくもあったが、連中は俺達を見失ってはいるが、まだ探しているはずなので、余り時間がなくシステムメニューの時間停止を使って自分一人で考えた方が良いと判断する。



 先ほどのレベルアップのアナウンスで、レベル七十到達ボーナスとしてとても大きな要素が追加された。

 前回のパーティーでのレベルが一定を越えた時のボーナスと同じく【所持アイテム】関連の機能拡張なのだが……容量が倍になり、更に夢世界の俺の【所持アイテム】と共有になった。


 つまりだ。俺の【所持アイテム】内には、昨日の夢世界で狩った風龍がそのまま入っている──流石に連日の龍の買取は断られてしまった。流石にそんな大物をポンポンと市場に流せば機密保持が難しくなるので、店で保存しておくにも鮮度の問題もあるので自分で持っててくれ言われた──のだ。


 他にはオークやオーガも入っているが、やはりオーク肉だろう。オーク肉のベーコンやソーセージもかなりの量がストックしてある。

 これで異世界の美味なる食材と現実世界の優れた調理法や調味料とのコラボレーションが可能になったのだ……我が人生に一片の悔い無し!


 夢が広がるね。次の夢世界では龍退治はお休みして、コカトリスを大量に狩ろうか? ……いや、ミノタウロスを絶滅させる勢いで狩ろう。

 ……違うわ! 現実世界に帰らなければ全て意味が無いだろ。今の状況には全く役に立たないよ! 作戦を考えろ作戦を!

 どうやってミノタウロスを狩るかとかな! ああミノタウルスがどうしても頭から離れてくれない!



 上空に居座るB-29(仮称)を地面に叩きつけて破壊する……これが結論だとしよう。


 その目的にどうやってアプローチするか? 下から射ち落すというのは無理だな。今回の作戦に使えそうな新しい魔術として【暴風】が思い浮かぶが『最大風速二十メートルの暴風を吹かせることが出来る』は強力ではあるが、気象庁の定義する暴風と変わりがない上に、基本上下方向には吹かせられない上に効果範囲が狭いので今回は役に立たない。


 B-29(仮称)を上から攻撃して落とすとしてどうやって落とすのかだ。大きな質量を上から叩きつけるのがシンプルで理にかなうが、あれほど巨大な浮遊物を落とすだけの大質量体とは何か? 俺が上空で用意出来る一番重たい物といえば、風龍だろうか? 多分二百トン弱はあるだろう。


 いや液体でも良いなら【巨水塊】という魔術が存在する。

 直径九メートルの水の球を生み出し操作する事が出来るらしいがスケールが大きすぎて試してすら居ない。

 何せ生み出される水の量は三百八十トンを超える。学校の二十五メートルプールに張られている水とほぼ同じ量だから、後始末を考えると試しに使ってみようかというわけにもいかない。


 だが【巨水塊】を覚えたことで分かった事がある。【水球】シリーズや【飛礫】【粉塵】などの術の発動と共に物体を創り出しているように見える魔術は、それらの物体を創り出してはいないという事だ。


 当然、物質を無から創造するなんて事は最初から考えてもいないが、【水球】の水は空気中の水分を抽出して創り出しているものだと考えていた。だがさすがに三百八十トンという量はありえない。


 それではどうやってそれだけの質量を持つ水の塊を用意するのか? 答えは簡単だ【所持アイテム】しかない。正確には所持アイテムと同じ機能を利用しているのだろう。

 この前のレベルアップで自分と紫村達の【所持アイテム】との間で物品の受け渡しが出来るようなったが、これは距離を無視して物を移動させる事が出来るという事を意味し、システムメニューにはどこか遠くにある水源から魔術を使った人間の元へと水を移動させる事が出来るという事を意味する。

 この機能を使わずして【巨水塊】なんて馬鹿げた魔術は成立しないと確信出来る……外れたら笑うしかないけどな。


 だが上から三百八十トンの水を被せても、重さにB-29(仮称)が傾けば流れ落ちれば終了だ。

 何か良い方法はないか……そうダウンバースト現象のように下向きの台風並みの強い気流……待てよ、今の天候なら起こせない事もないかもしれない。


 ダウンバースト現象は、強い上昇気流によって作られた積雲や積乱雲内の水蒸気が結氷したり凝縮した物が、上昇気流の減衰と共に重力に引かれ落ちてくる事を切欠に始まる。

 氷や水の粒が降下する際に、周囲の空気を下に押し下げたり、摩擦で巻き込んで下降気流を生み出していき、更に降下中に氷が融ける水滴が蒸発するという相転移を起こす事で融解熱、気化熱により周囲の空気から熱を奪い気温を低下させて下降気流を加速させる。


 雲の下部では、降りて来た下降気流と雲を作り上げていた上昇気流がぶつかり均衡状態を生み出すが、切欠が上昇気流の減衰であるので、一瞬で均衡が破れて地表に向けて一気に下降気流が噴出するのである。


 これを人工的に発生させるには、高度1万m以上の積乱雲の中で【巨水塊】を、それも複数発生させて解除するダウンバースト発生トリガーと、B-29(仮称)を積乱雲の直下へと誘導する二つの作業を同時に行う必要がある。


 B-29(仮称)の誘導は紫村と香籐に任せるしかないだろう。問題は二つ有って、一つは情報伝達手段だ。

 しかし二人も既にレベル六十を超えたので、闇属性レベルⅣの【伝心】が使えるようになっている可能性が高い……後で確認してみよう。


 もう一つは誘導する二人の安全だが、お化け水晶球側が何らかの対策を立ててきたとしても、二人がB-29(仮称)の直下に入らず、常に奴らの前方を直線移動で目的地まで引っ張れば危険はないと思う。


 そして肝心なのは俺が担う役割であるダウンバーストの発生だが、問題は高度一万メートル以上にまでどのようにたどり着くかだ。

 まず防風防水対策として雨具があるが、目的地である高度一万メートル以上にまでたどり着くには、酸素濃度の問題で安定性とか全て無視して一秒でも早く全速力でたどり着く必要があるので、弾丸の様に叩きつけられる雨粒の圧力はゴアテックの防水性をも超えるだろう。


 風と雨と寒さによる体温の低下は短時間で決着をつけることで『我慢』という方法を取るが、酸素濃度の問題は辛いな、下手すると意識を失い作戦を失敗するどころか、失神後に浮遊/飛行魔法(改)が高度を自動的に維持するので確実に死ぬ。せめて自動高度維持はカットした上で最低高度維持を設定する必要がある……修正、修正っと、(改弐型)じゃなく(改+)程度だろうか?

 問題はあるが、とりあえずのアウトラインは決まったので二人に意見を求める。

 ちなみに【伝心】は同じレベルの紫村には使えなかったが香籐が使えたので問題は無い。


「ダウンバースト……この場合はマイクロバーストになるのかな? でもダウンバーストは現在分かっている条件が全て揃っても必ずしも起こると決まった現象じゃないから」

「その分、トリガーが大きいから大丈夫かと思ったんだが、難しいか?」

「成功はすると思うよ。ダウンバーストのトリガーとなる質量が三百八十トンが複数と大きいから、上昇気流が弱まるタイミングさえ計れば多少の不確定要素を無視して積乱雲自体を巻き込んで質量を増し強力な下降気流を生み出すはずだよ」


「やれると思うか?」

「一つの積乱雲の質量は小さいものでも二十万トン近くにも達するんだよ。あのサイズならば三倍から四倍程度になるから、その数分の一が一気に崩れ落ち、そのエネルギーに巻き込まれた空気が奔流となって上から叩きつけられる。それに円盤状という形状も最も上からの風の影響を受ける形だから耐えられるものではないと思うよ」

 どこを調べれば積乱雲の質量が分かるのか知らないが、我が軍師、紫村が太鼓判を押すなら良しとしよう。


「それでだ。残された不安要素は俺が上空一万メートルまで無事にたどり着けるかなんだが……」

「防寒防水対策なら僕の雨具を貸すから、重ね着してくれれば良いけど──」

「僕、酸素スプレーを用意しています。一年生達が無理させられて倒れた時のために」

「でかした! さすが香籐。気配りの人だ」

「今回の合宿は荒れそうだったので、二年生全員で酸素スプレーを用意しておいたんです」

「よし、元の世界に戻ったら俺の兄貴ケツの穴を掘る事を許可する」

「……い、いりませんよ!」

 首をブンブンと横に振りながら三歩下がる。


「高城君のお兄さんは、やはり君に似ているのかな?」

「紫村。黙れ、そして座れ。いいかお前には言ってないから、関係ない話なんだ」

 目を輝かせて力強く立ち上がった紫村に釘を刺す。あくまでも冗談だがこいつの場合は冗談にならない。


『現在の俺がいる位置へと誘導を頼む』

 積乱雲はゆっくりと北東へと移動しているが、その速度は遅いので余り問題にはならないだろう。

 現在俺は【移動結界】で紫村と香籐をB-29(仮称)から離れた場所に残すと、結界を張ったまま上空九百メートルへと上昇して誘導する場所を指示した。


『これから誘導を開始します』

『頼んだぞ』

 【伝心】で香籐からの返事を受けて、【風測】『指定ポイントの風速、風向を知ることが出来る。持続時間三時間』を発動させて雷に打たれる前に積乱雲の下から抜け出すために二十キロメートルほど北へと高度を下げてながら移動すると、リミッターを掛けてある時速二百キロメートルまで上げた状態を維持しながら旋回する。


 B-29(仮称)から、指定ポイントまでの距離は約三キロメートルほどで、それに対してB-29(仮称)の移動速度は時速十キロメートル足らずであり、途中大きな問題がなかったとして誘導が完了するのは二十分程といったところだろう……一つの積乱雲の寿命を考えるとタイミング的にはギリギリだな。


 誘導完了まで残り十分少しというところで【風測】から上昇気流が弱まる傾向を見せたので、積乱雲の外側に沿って一気に上昇を開始する。

『上昇気流が納まりだしている。これから三分後にトリガーを発生させるので、ポイントまで誘導が終わったら現在移動している方向へとそのまま全力で逃げろ』

『三分後ですか?』

『安心しろ。風が地表に達するまでには十分以上は掛かる……多分』

『た、多分って何ですか!?』

『ダウンバーストの発生から地表までの到達時間なんて聞いた事も見たこともないからだ! それとも何か? 俺が流体力学と気象学の専門家だとでも思ってるのか? ああ、空気中での物体の落下速度なら幾らでも計算してやるぞ。だが水の塊から細かい水の粒へ、そして氷の粒へと変化して流体のように振舞い出す物体とそれに巻き込まれた空気の動きを、積乱雲の中という条件を加えて計算するなど本を読んだだけの素人に出来る訳ないだろ。それとも何かそんな簡単な計算も出来ないんですかとでも思ってるのか?』

『しかしですね』

『良いか、人間がスカイダイビングで落下する最高速度は時速二百キロメートル程度だ、速度を増すほど強くなる空気抵抗にそれ以上は加速する事が出来なくなる。重力加速度と空気抵抗がつりあった状態だ。つまり人体は一万メートルを落下するのには、時速二百キロメートルに加速して落としても三分はかかる。だがダウンバースが落ちるのは固体じゃなく空気だ。積乱雲自体が上昇気流で作られている以上、肝心の初期の加速に大きくブレーキがかかる。更に周囲の空気や水分などの質量を巻き込むロスを考えると、その三倍は掛かるんだよ』

『分かりました』

 ちなみに最後は全部適当で三倍という数字には全く根拠は無い……嘘は時に役に立つ。

 ほら俺が生き残って、夢世界でロード実行すれば大丈夫だから。


 上空七千メートルを過ぎると流石に呼吸が苦しくなり始める。基礎代謝が高いという事は酸素も多く消費する。

 まだ耐えられる……違う。無理しても意味がない。酸素スプレーを一気に吸い込むと少し楽になり、更に上昇を続ける。

 酸素スプレー中の九十五パーセント以上が酸素。一気圧下で約五リットル入っていて、一プッシュ百ミリリットルで約五十回使える。これが俺の命綱だった。


「寒い!」

 信じられないほど寒い。反射的に腕時計で温度を確認するが、測定範囲外で高度計も同様だった……どえらい処に来てしまったと後悔さえ覚える。

 更にシステム機能の広域マップさえも高度九千メートル以上では何も表示されない。表示範囲が最大で九キロメートルなのだから当然の話だった。


 既に高度一万メートルはとうに超えているだろう。しかし積乱雲の頂上部分にはまだたどり着かない。

 頂上は高度一万二千から一万三千といったところだろう。頂上部分は何かに遮られたかのようにテーブル状に広がってる様だ。

 つまり対流圏と成層圏の境界面によって遮られて、それ以上上空に発達出来ないのだろう。


 それは……考えたくも無いが、目的地点は氷点下七十度くらいになっているという事で、今現在でも氷点下五十度を上回ることは無いだろうって事だ。

 そんな中を現在は時速五百キロメートルを大きく上回る速度で移動中──気圧が半分以下になる高度五千メートルでリミッターは解除した。


 普通ならとっくに低体温症。そして凍死へと驀進中だが、カロリーを大量に消費しながら耐えている状態だ……うん、後五分以内に決着つけないとハンガーノック再びだよ。


 頂上のテーブル部分の中央部にたどり着く。

『今から【巨水塊】を使ってダウンバーストを起こす。大丈夫か?』

『本当に十分間余裕があるなら大丈夫です』

『…………よしやるぞ』

『今の間は何ですか?!』

 俺は香籐との通信を打ち切ると【巨水塊】を発動した。

 発動と同時に解除すると、巨大な球状の水の塊は重力に引かれて崩れる端から白く凍りながら落ちていく。

 更に連続して合計十回【巨水塊】を発動し、酸素吸入を行ってから積乱雲の外側に沿って全速力で地上を目指す。


 【巨水塊】によって開いた雲に開いた穴を通って降りるのもありかと思ったが、多分中は気温こそ外部よりはずっと高いだろうが、落ちていく氷と周囲の空気や水分との摩擦で雷の発生が凄い事になっている事が予想されたので避けた……雷光が飛び交う中を飛ぶ、厨二病がどうしようもなく疼くシチュエーションだが無理なものは無理だ。


 もう姿勢制御もどうでもいい積乱雲の中に入りさえしなければ構わなかったので、体勢を崩してしまった後は膝を抱えて身体を丸めた状態で加速を続けてひたすら落ちていく。ついでにふわっと意識が気持ち良く遠のいて行く……これはやばいって。



 次に俺が意識を取り戻したのは高度五百メートル地点。そして落下速度は時速六百キロメートルだった……速度の自動維持がこんな場合にも利いてるね。

 意識を取り戻したのと同時に浮遊/飛行魔法(改)で魔力消費率との兼ね合いの限界値である二Gを大きく超える四Gまで【場】が弾け飛びそうなまでに魔力を注ぎ込んで減速をかけるが、重力に引かれているため実質減速に使われるのは三Gのみで全く間に合わない……なぜなら時速六ぴゃきロメートルとは三秒で五百メートルを移動する速度なのだから……


 だが俺にはまだ方法がある。それは【装備】だ。装備で呼び出した物品は俺がどんな速度で動いていようが関係なく静止状態で出現する。それを掴む事で幾らでも減速が出来る。

 両手の中に現れた片方五キログラムの鉄アレイが静止状態で出現し──

「あっ!」

 今の俺の握力をもってしても、濡れた手に滑りやすい地金むき出しのグリップでは、現在の落下エネルギーを受け止めきれずに、俺と鉄アレイは生き別れになってしまった……普通に考えて減速したとはいえ時速四百キロメートル以上の速度で落下している自分の体重六十五キロを片手でキャッチするなんて無理だった。


 だがこんな時には慌てず騒がず即システムメニューを開いて時間停止。

 むしろ手が滑ってくれてありがとうだ。なんかの間違いできっちり指に掛かったなら、人差し指と中指は鉄アレイに引き千切られて持っていかれても不思議は無い。

 もしかしたら引きちぎられるのは鉄アレイのグリップかもしれないが、それはそれで怖い。


 もっと軽いものから順に使って減速しなければ──スポーツドリンク入りのペットボトルが手の中に現れた瞬間に弾け飛んだ……無理も無い。ペットボトルにすれば時速数百キロで壁に叩きつけられたのと大して違いが無いのだから。


 もっと柔らかい物を──鈴中の布団は手の中に現れた瞬間に引き裂かれて中の羽毛をぶちまけながら遠く上空へと飛んでいった。次に取り出したベッドのマットは身体でぶち抜いてしまった。


 試行錯誤をしたものの、俺にの残された時間は一瞬。高度十五メートルで、俺の落下速度は時速二百メートルを超えていた。


「【巨水塊】!」

 俺の身体を包むように一つ。その真下に一つ目と一部が重なる様にもう一つ。そして更に真下に地面に接する様に一つと計三回【巨水塊】を発動させる。

 突然身体中を襲う巨大な水の抵抗に身体中の骨が砕ける様な衝撃に意識を失う……レベルが七十を超えていなければ即死だった。



「くっうぅぅぅぅぅっ……」

 痛みに口を突いて出そうな悲鳴を圧し殺す。

 脚は……両脚がそれぞれ複数個所折れて……いや骨がぐしゃぐしゃだろう。更に右腕が折れて、肘も外れてやがる。左腕は何とか無事のようだが、肋骨も何本か折れて、幸いなのは下半身の痛みが感じられるので脊椎の損傷は無いか軽微なことだろう。

 後は内臓のダメージだが、システムメニューで確認しないと……最初から全部、システムメニューで調べれば良かった。


「は、ん、が-……のっく……」

 左手で地面にダイイングメッセージを残すと、ひっくり返ったまま助けを待つ。【大傷癒】なら折れた骨も即効で直してくれるだろうが、骨は正しい位置に戻してから治療しないと、曲がってくっついたりするだけじゃなく神経や血管を骨で挟んでしまう可能性があるので、紫村達の手を借りる必要があるからだ。


 激しい雷鳴と共に風が止まり、空気が変わり重たい圧迫感を肌に感じる。上昇気流と下降気流の衝突により風の流れが収まった。

 【風測】からのデータは、上向きに流れていた風の勢いが急激に衰えていき、ダウンバーストがその牙を剥く瞬間が迫ってきた。

「来る」


 上昇気流に打ち勝ち均衡を破った下降気流は地獄の釜を突き破ったかのごとく迸り、風速六十メートルで【風測】による観測ポイントを通過すると、三秒足らずで直下に集まっていた五体の──更に増えていた──B-29(仮称)を飲み込むと、強風に飲み込まれた木の葉のように翻弄されるそれを地面へと叩き付けた。



 次の瞬間、目の前を覆い尽くさんばかりにポップアップした大量のアナウンス用のウィンドウ。それを掻き分け目的のウィンドウを見つけ出した。


「……えらい事になった」

 呆然と呟く。もし今の状況で俺が全力でガッツポーズを取ったら確実に死ぬ。残り僅かな体力を一気に使い果たして死ぬ。それほど身体能力が上昇していた。

「レベル百七十六って何だよ……」

 レベルが百以上もポンと上がってしまったよ。


 更にポップアップしたウィンドウを探してみると紫村達のレベルは百十四だった……やはりパーティーメンバーはレベルの上がり方が俺よりも悪いようだ。


 ブロック状とゼリー状の栄養食品を次々と取り出しては無事な左手でボリボリ、ジュルジュルと噛み砕き吸い上げていく。現在凄い勢いで続けられる身体の修復作業に使われる材料とエネルギーを供給しないと死んでしまう。

 この治癒力はすさまじい。魔術の助けもなく骨折が直っていくのが目に見えて分かる。血管とか神経の位置がどうのこうのと言うレベルではない。砕けた骨の破片が体内で勝手に正常な位置に移動して骨と骨がくっ付いていく感覚が気持ち悪くて吐きそうだ。


 一方消化器系の能力も物凄い事になっており、咀嚼して飲み込んで胃に送られた物が、本当に消化しているのか? と疑問に感じるほど早く幽門から十二指腸へと送られていく。消化酵素や胃液自体が今までとは違う何かに置き換わったとしか思えない。いや今までは気づかない範囲で少しずつ変わっていたのだろうが、今回それが気付く範囲で大きく置き換わってしまっただけだ。

 本当に人類、グッバイ! 今までありがとう……涙が零れ落ちた。


 携帯栄養食品が切れると、夢世界側で収納した果物やソーセージなどを口に運ぶ。

 やはり異世界の食べものは栄養価の面でもこちらの世界の食材を大幅に上回っているようで【栄養状態】の数値の上昇率が違っていることが分かった。


 またレベルアップがもたらしたのは消化能力や治癒機能だけでは無い。身体能力はレベル一の頃と比較すると百などではすまない大きな係数が刻まれており、知能面の強化は演算能力は昔の八ビットCPUの演算速度には……やっぱり速さでは勝てない。秒速百メートルにも届かない神経の伝達速度、そして受容体への神経伝達物質の受け渡しなどの仕組みを持つ脳では絶対に速さでは超えられない壁がある。

 並行処理ならまだ勝ち目はあるのかもしれないが、俺自身にそれを使いこなすスキルが無い。普通年単位の時間をかけて慣らしていく必要がある。


 しかし記憶能力ならそこらのパソコンに詰まっているデータなど比較にならない情報量を正確に保存し出し入れする事が出来るのだ……だから速度については触れないで欲しい。その分、システムメニューの時間停止で頑張るから。


 そして何よりも魔力だ。もう笑ってしまうほど伸びた。自分の周囲半径100mの空間全てを【場】にした上で、その中にある魔粒子全てを通常出力で操作するなら丸一日でも可能だろう……まあ、それを使いこなす事は俺には全くをもって無理なわけだが。


 そして基準レベルへの到達によるシステムメニューの強化がレベル九十、百二十、百五十、そして何故か百四十でも発生している。


 一番良い知らせは、レベル百二十での『システムメニュー機能強化により、現世界でのシステムメニュー機能の完全回復まで予定が短縮されました』というアナウンスがあったことだ。


 この世界でのワールドマップの対応。セーブ&ロード機能回復が終了。そして元の世界への帰還が、後一時間足らずで自動的に実行されることになった。


 とりあえず助かったと胸をなでおろす。ここは世界全体が敵と言っても良い状況だ。しかもこちらの手の内を素早く学習すると同時に対応してくるので、正直この先、何日もこの世界に留まり生き残るのは無理だと感じていた。


 だが同時に大問題が発生していた。機能回復したワールドマップに表示されている大陸の海岸線が良く知る世界地図のそれと酷似していたのだ。

「ここが地球なのか……これが?」


 俺が現在いる場所は世界地図を当てはめるなら南米のアルゼンチンとウルグアイの国境付近だった。

 ワールドマップの海岸線は、ほぼ俺の記憶の中のそれと形や大陸間の距離などは一致している。つまりここが地球のもう一つの可能性であるとするなら、地形的に面で推測すると時代のずれは数千年の範囲に収まる。そして、そこまで近い時代だとするならば、同じ時間軸に移動したと考えた方がすっきりする。

 すると、どうして八丈島の北西数十キロメートルから南米に飛ばされたのかという問題が残るが、そもそも時間軸がずれたとしても移動する場所は同じ緯度の場所にしかずれる事は無いはずだ。

 ……そうなる原因はひとつ。自転軸のシフトによる傾き、もしくは自転周期の変化で、俺達のいた地球との同時間軸における地表の位置関係が変化したと言う事だ……あぶねぇな。下手をしたら海上に放り出される可能性。いや公転周期の変化により宇宙空間に放り出される可能性もあったんじゃない?


 また、ワールドマップは元の地球での表示可能範囲もアクティブにはなっておらず、俺の人生で移動した事のある日本国内──海外旅行の経験無し!──の北は国内最北端の稚内の宗谷岬。東は旭川の旭山動物園。南は合宿現場の島。西は大阪USJという北関東の田舎に暮らす小市民家庭の中学生に相応しい行動範囲はこちらのワールドマップには表示されない。


 レベル百二十と百五十ではワールドマップ機能の復活以外にも、マップ機能が強化と新機能の実装が施されて、周辺マップと広域マップの表示範囲がそれぞれ半径三キロメートルと半径三十キロメートルへと拡張された。


 また強度千二百までの魔法障壁を無効化してマップ内での表示、検索の対象とすることが可能になったそうだが、正直魔法障壁が何なのか俺には分かっていない。


 そして、ワールドマップ内での検索機能も追加された。

 しかし、ここの地球でも元の地球でもワールドマップを使って表示可能な範囲が狭すぎる。

 将来的にどんなに頑張ったとして地球の陸上面積に対して一パーセント以上を表示可能状態にするには、周辺マップの範囲の更なる拡大と職業を旅人にする必要があるだろう……どう考えても使えない機能だ。


 そして新機能は、周辺マップ内の各シンボルの行動などの詳細データを得ることが可能になった様だ。

 レベル六十になってシンボルの簡単な説明として対象の行動が、睡眠、移動、警戒、戦闘、瀕死と、色分けでの表示より多少踏み込んだ程度だったが、それが二段階アップしたことでかなり詳細になったようだ。


 試しに紫村達のシンボルをチェックすると、二人が『高城と合流するためにこちらに向かって移動中』と表示されている。これは二人の移動方向から割り出したのではない。文字でそう記されているのだ……こ、これは酷い。

 例えば半径三キロメートル圏内の対象の誰かがトイレで用を足している事すら分かったしまうレベル。


 そんな、そんな能力が欲しいと思った事なんて全く無いなんて事は無いけど、こんな能力を持っている事を他の人間に知られたら人生色んな意味で終わりだよ。

 女からは半径三キロメートル以内に近寄ったら訴えられても文句を言えないレベル。男だって少なくともそいつの友人どころか知り合いにすらなりたくないだろう。


 救いは、紫村達のレベルが百十四で、今回のマップ機能が実装された百五十にはかなり遠いという事だろう。

 二人を絶対にレベル百五十以上に上げてはいけない。そう決意するが、良く考えたらこの機能を実装されたら二人も同じ秘密を抱えた仲間と言う名の共犯者だ……それはそれで悪くない。


 レベル百四十では【所持アイテム】【装備品】の機能の強化だった。

「射出機能って何よ?」

 いや、言葉の意味は分かるし『【所持アイテム】から取り出す物品に対して、運動エネルギーを与えて指定位置まで移動させる』と説明がある。しかし何故そんな機能が?


 毎度毎度の【良くある質問】先生に尋ねた結果。収納された物体の持つ運動エネルギーはシステムメニューによって打ち消されたのではなく、システムメニュー内にストックされていたらしい。


 何故今のタイミングで貯め込まれていた運動エネルギーを使えるようにしたのか? はっきり言って、レベル百四十は普通にやってて到達出来るレベルじゃない。

 確かに便利な機能だ。試しに適当なものを【所持アイテム】のリストから選択して【射出】を選択すると『目標位置の設定を行って下さい』とアナウンスが表示されたので試しにB-29(仮称)の中の一つの円盤部分の中心を指定する。すると『加える運動エネルギー量を指定してください』とアナウンスがあり、スライドボタンが表示されて、デフォルト位置には『最低必要運動エネルギー量』と表示されていた……これは完全に長距離砲撃可能な兵器だね。


 だが兵器と使用可能だとしても、現在どの程度の運動エネルギーが蓄えられているか分からない。

 そもそも運動エネルギーが蓄えられるような使い方は余りしていない。

 精々足場用岩を蹴ってから収納するくらいだが……そう考えると結構たまっているような気が

 重力逆らって上空高く飛び上がったり、長距離を移動するために何千回も蹴ってるから。

 体重六十キロの俺がだからかなりのエネルギーになるはずだ。そういえば昨日は風龍を倒した後に落ちていくのを、地面に落ちられると傷ついて価値が下がりそうだから地面すれすれで追いついて収納した分もある……まあ、とりあえず保留だな。


 それから、元からある機能も強化された。時間停止状態での手を触れずに収納出来る範囲が広がったのだ。

 レベル七十の強化の時に、半径五メートル以内。そして今回の強化で十メートルだった……もう泥棒し放題だよ、しないけど。


「しかし……【所持アイテム】と【装備品】機能の強化は、レベル七十、百四十と来たのだから、次は二百十なのだろうか?」

 だがオーガを凌ぐ経験値が得られるお化け水晶球をあれほど──B-29(仮称)五体での経験値はお化け水晶球換算で二百万を超えている。

 B-29(仮称)の厚さを十メートルと少なめに見積ったせいか、それとも合体特典なのかは知らないが、レベル七十台から百レベルアップだったので、よりレベルの上がり辛くなっている状況で二百十までレベルアップするためには、今回と同じ数のお化け水晶球を倒しても届かないだろう。


 逆に考えると、オーガ200万体以上倒してもこの程度だとするならば、現実どころか夢世界ではこれ以上レベルアップは不可能と考えるべきだろう…・・・それは困る。拙いにも程があるぞ。


 一気に百以上レベルアップしたことで、魔術の各属性がレベルⅣまで開放された状況からレベルⅦまで開放されたのだが、レベルⅤ以上の魔術を一つも身に付けていない。

 レベル六十を突破した時も属性レベルⅣの魔術が制限が開放されて、次のレベルアップからⅣの魔術を覚えたように、開放のアナウンスがあった後のレベルアップのタイミングで魔術を覚えるという決まりのせいだろう。


 あれ? だが属性レベルⅠからⅢまでは、そもそも開放されたなんてアナウンスは無かったし、水龍を倒して十レベル上がった時は、それまで使えなかった属性レベルⅡの魔術をいきなり覚えていたな。これはレベルⅣ以上の魔術はそれより下のレベルの魔術とは扱いが違うと言うことなのか?

 確かにレベルⅣから一気に使い勝手が良くなった魔術が増えた。

 それまでは嫌がらせのように、使い方をこちらが必死に考えないと役に立たないものが多かった。

 多分レベル百は十から使えるようになるだろう属性レベルⅧからはもっと別格な魔術が使えるようになるかもしれない……夢広がるな。

 だが、そんな獲らぬ狸の皮算用をしている場合ではない。この先レベルが上がらないとするなら、属性レベルⅧどころかⅤから先の魔術を覚える事が出来ないという事だ。


 レベルリングだ。超レベリングだ! 龍を狩って狩って狩りまくってレベルを上げる必要がある。レベル百七十七までに必要な経験値はお化け水晶級換算で三万体弱に及ぶ。これでも百七十六から百七十七にレベルアップする経験値の四割程度に過ぎない……ありがたくて血の涙が出てくらぁ。


 冷静に考えよう。小さい龍を倒してもオーガ数十体分の経験値にしかならない。大きい龍を倒しても二百体分には届かない……つまり大型の龍に狙いを絞っても最低でも百五十体倒す必要があるのだが、ミーアから買った龍の巣、生息地の地図にはそんな多くの龍の居場所なんて記されてない。


 古龍や巨人族など龍以上の化け物と戦うか、それともオーガクラスを相手に数をこなすかだが、単に戦う事を考えるなら大型の龍を一体倒すよりも、オーガ二百体倒す方が楽なんだよ。

 だがどうやって三万体ものオーガを探すかが大きな問題になるし、それに倒したところで、オーガは素材としては角くらいしか採取しやすく金になる部位が無い。ちなみにもしオーガの代わりにトロールを狩ったとするとほとんど金にはならない。

 そして、いちいち大物の皮を剥ぐなんて手間が掛かりすぎるし、其処までするほど金が必要な訳でもない。


 そうなると倒して角を取って放置となる、あの巨体の死骸を万単位で放置……確実に大型のモンスターが集まるって周辺に被害を与えるか、さもなければ周辺のモンスターのみでは処分仕切れなかった大量の肉が腐敗し疫病が発生するだろう。

 どう考えても『生死を問わず』なお尋ね者にされてしまう。


 次にパーティーメンバーのレベルの総数が──

『高城君! 大丈夫なのかい?』

 突然、紫村からの【伝心】が入った。そういえば、先ほどのレベルアップで使えるようになって当然だな。


『先ほどまでは大丈夫じゃなかったが、今はかなり大丈夫だ』

『主将!』

 別に音として耳で聞いているわけじゃないが、思わず耳を押さえてしまう強い衝撃を感じた。

『……もう少し抑えろ』

『いきなり主将のシンボルが点滅したので心配しましたよ!』

 ……うんマップ上のシンボルが点滅するのが何を意味するかは知らないけれど、多分死に掛けたんだね俺は。


『そうか、心配かけてすまないな』

『何があったんだい?』

『積乱雲が発達し過ぎて、予定よりかなり上空まで飛んだんだが……成層圏が過酷過ぎた。氷点下七十度近くの中を高速で飛行したら。意識が遠のいて墜落しかけた……というか墜落した』

 ちなみに体感温度は風速が一メートル上がる度に一度下がると言われているが、風速百メートルになっても百度下がるはずも無く、大体、体感温度は氷点下二十度程度でそれ以上は変わらないと言われている。

 当然俺が高速移動中だった時の温度はそれよりもずっと下だったので、急速に奪われる体温と、それに負けない体温調節機能を持つ身体、それを支えきれない栄養状態の組み合わせによって意識を失った訳だ。


 風を切ると言うよりは、低く腹に響く音を立てながら飛んで来た紫村と香籐が、減速もそこそこに着陸を敢行し、地面に足が接地すると激しく地面を掘り返しながら滑り、土煙を巻き上げてこちらに向かって突っ込んでくる。

 食いかけで手に持っているオーク肉のソーセージは咄嗟に収納して難を逃れたが、俺自身は土を頭から被るしかなかった。


「高城君! ……あっ!」

「主将! ……えっ!」

 俺の横を滑り抜けて、十メートル以上先で止まった二人は、こちらを振り向いた瞬間、俺の様子に気付いて気まずそうに視線を泳がせる。

 積乱雲の外れの位置にいるとはいえ雨は降りかかり濡れた身体に頭から土を被ったのだからドロドロだ。


「それで、何か言うべき事があるんじゃないか?」

 怒気がこもらない様に意識して冷静に話しかけた。俺に二人は互いに顔を見合わせると「痩せたね」「痩せましたね」と答えた……痩せたんじゃなくやつれたんだよ。


「と言う訳で、後四十分ほどで俺たちは元の世界に強制送還される事になったのだが、このままではせっかくレベルアップしたのだが上級レベルの魔術が使えない事になってしまう」

「まあ、僕は強力な魔術を使えるようになっても、現実世界ではこの強化された身体能力や知能だけで十分な上に、そもそもおいそれと魔術や魔法は使えないから、必要ないと言えば必要はないけど、高城君は困るよね」

「確かに困るな」


 もはや龍に苦戦する事はないだろう。だがルーセの事もあっていずれは精霊ともやり合う必要があるのかもしれないのだから、使える武器は多い方が……方がなんて言い方は間違っている。

 俺は冷静に判断出来る状況ならば、必要のない危険は僅か十四ドットの落差さえも避けたいと思うスペランカー先生のような男なので、覚えられる魔術は一つでも多く覚えておきたい……例え今、危険を冒すことになっても。


「なら言って欲しいな。力を貸せと」

 ……畜生、この男前め!

「死なない程度に俺に力を貸せ」

「いいよ」

 何のてらいも無く、爽やかな笑顔で答えた。


 しかし、そんな男同士の友情感じられる良い雰囲気も長続きしなかった。

「駄目だなこれは……」

「駄目かもしれないね……」

「駄目だと思います」


 レベルアップのためにお化け水晶球を時間一杯狩っておこうと思ったのだが、姿を現した新手を目にした途端に、俺達の戦意は融けて蒸発した。

 それは超空の要塞B-29(仮称)が超空の要塞B-29(笑)になってしまうほど本当の要塞だった。


 上空三千メートルほどをゆっくりとこちらに向かって進んでくるそれは、レベルアップにより視力も上昇しているとしても、未だ十キロメートル以上は離れているのにはっきりとそのシルエットが確認出来るほどのスケールを持っている。

 まるで島の様にではなく全幅と全長は共に四キロメートルを超える普通に島だった。

 更に厚みはどっしりと分厚く二キロメートル以上はある。

 その土台となった部分とは別に上部には幾本もの巨大な塔が立ち並んだかのような巨大な構造体を備えて、更に土台部分の左右から長い腕のようなものを地面を這わせるようにして前進している。


 確実にお化け水晶球換算で数億体分の質量を持っている。この世界の全てのお化け水晶球が合体して出来ていると言われても疑問に思わないだろう。

「あれに比べたらB-29(笑)なんてフリスビーだよな……フリスビー如きで大騒ぎしていた自分が恥ずかしいわ」

 俺の呟きに紫村と香籐は無言で頷いた。


「何か飛んでくるな」

 しかも高速で……お化け水晶球だ。三千メートル上空から落下して得た運動エネルギーを、形状を変化させグライダの様に翼を作り出して得た揚力を介して水平方向へとベクトルを変えることでこちらに向かって飛んで来た。


「飛ぶぞ!」

 俺は指示を出すと浮遊/飛行魔法で上空へと逃げる。

 位置エネルギーを運動エネルギーへさらに揚力へと変えて飛行している以上は、ここから急上昇して追いかける事も難しいのだろう、千メートルまで上昇した俺達の下三百メートルを空しく通り過ぎて行くのを見送る。


「彼らの対応力には呆れるしかないね」

「あいつらは地球の生物達から未来を奪ったんだ。それくらいの事はするだろうさ」

「地球?」

「ワールドマップを確認してみろ」

「……これは地球の姿?」

「地球なんですか……ここが? でも方角が……」

 アルゼンチンとウルグアイの国境付近が、何故か俺達が居た島と同じ緯度にある段階でポールシフトが起こったのは間違いないだろう。


「分かるだろう。ここは俺達のいた地球と同じ時間軸に存在するパラレルワールド。別の可能性……何時なのかは分からないが奴らが地球に現れた瞬間から別れて別の道をたどった世界だよ」

「そんな……そんなのって……」

 香籐がどうしようもない怒りに拳を握りしめ肩を震わせる。

「主将……僕はこのまま戻りたくはありません。奴らを、奴らを……このままにしておくなんて」

「香籐……だけど後十分足らずで強制送還なんだ」

「ええっ!」


「高城君。十分とかそういう話をしている場合じゃないみたいだ」

 紫村が指差すお化け水晶球の超大型群体の方向に目をやると、土台部分にぎっしりと四桁はあろう塔が生えて出来た上部構造体の全体が大きく振動しているように見える。

 こいつらの振動はすなわち発電だ。あの塔は一本一本が一キロメートルから二キロメートルはある巨大なものだ、その全てが振動して強力な放電を……しかしそんな事をしても地面に向かって流れるだけだろ。


 次いでなにやら細いアンテナのようなものをこちらに向かって生やしている……だからそんな事をしても無駄だって、多少の志向性を与える事が出来たとしてもこの距離を届かせる事は出来ない。

 ここで嫌なことに気付いた。それは『先ほど俺達の足元を通り過ぎて行ったお化け水晶球はどうなった?』かである。奴らは万単位で後方へと飛び去って行ったのだが経験値が入ってない事から落ちて割れた訳ではないと推測できる。つまりは──自分の思い付きを確認するために振り返ると後方一キロメートルほどの位置に八百メートル位の高さの水晶の塔が完成していた。


「俺より頭良くない?!」

 思わず叫ぶ。

「主将! 今にも撃ってきそうですよ」

 わかっとるわ!

「紫村、香籐思い切り息を吸い込め!」

 二人の首根っこを掴んで引き寄せると、そう叫んでから【真空】を自分を中心にして発動させると、直後に世界は真っ白な光に包まれた。

 しかし真空よりも伝導性が良い空気が満たされている状況では、雷の十倍だろうが百倍だろうが電気は真空を避けて流れるの必然だった……ちびりそうなくらい怖かったけど。


 【真空】を解いた瞬間。周囲に満ちる鼻を突き刺す臭いに、涙目になるほど咳き込んで、堪らず降下して逃れることになった。

 放電による電子と空気中の酸素分子の衝突に発生したオゾンだった。レベルアップしてなかったら急性中毒で意識不明になり、その内魔法が切れて墜落死してたかもしれない……まさか二重に罠を仕掛けていたとは、本当に俺より頭良くない?


 だが、半ば死を覚悟させられた恐怖と生き延びた安堵感からハイテンションになった俺は叫んだ。

「馬鹿が! たかが放電如きで俺をどうこう出来ると思ったのか? そんなもんで真空を突き抜けることなんて出来ないんだよ。悔しかったらレーザーでもビームでも撃ってみやがれ!」

「高城君、この状況でフラグを立てるのはやめて欲しいよ。洒落にならないから」

 ガッツリと叱られる。。


「あの主将。紫村先輩……あいつが何かやってますよ」

 その言葉に振り返り、香籐が使っていた双眼鏡を奪い取ると巨大群体へと覗き込む。すると俺達に向かって突き出されたアンテナが左右二つに分かれていた……どこかで見たような気のする。

「まさか……レールガン?」

 自前の双眼鏡を覗き込んでいた紫村の呟きに心臓が鷲づかみされたかのような衝撃に襲われる……やばい、やばすぎる。こんな事になるなら挑発なんてするんじゃなかった。


「でも水晶ですよね。水晶でどうやってレールガンを?」

 香籐が一見正論を吐くが前提が間違っている。


 実は水晶はとても電気を流しにくい性質を持っている。高圧電線の鉄塔で電線と鉄塔を絶縁するために使われるタモさんが大好きな、碍子と呼ばれる器具は多くが磁器で作られているのだが、水晶はその磁器よりも電気抵抗が大きいのだ。

 故にレールガンの砲身になるはずが無い。しかし──


「勝手に俺がお化け水晶球と呼んでるだけで、あれは水晶なんかじゃないから、あんなの水晶はこの世に存在しないから!」

 双眼鏡を香籐に投げ返しながら断言する。


 圧力を受けて発電すると言う事は、水晶振動子のように電気を受けて発振するという事だ。その変換効率は以前試したように水晶など比べ物にならないのだから、流れた電気の多くが力に変換され電気伝導率は水晶以下になるはずなのだが、あいつらは先ほどの大放電の時に自分の身体を避雷針とした様に伝導率はかなり良さそうだ。


 そんな水晶は無い。大体変形したりと外見以外に水晶の要素は無い。つまり説明不可能で俺が大嫌いなファンタジー物質だ。

 サンプルとして収納しておいたものを研究すればエネルギー問題の解決が大きく前進する可能性を秘めているだろう。


 まあそんな事をしなくても、その内に実用レベルの常温核融合炉を開発してくれる……紫村ならと言う勝手な期待。

 そうだ香籐には転移温度が300Kを超える超高温超伝導物質でも発明して貰おう。これでエネルギー問題の多くが解決するだろう、人類の明るい未来は二人に任せるよ……良い感じに現実逃避をしている場合じゃない。レールガンがぶっ放されるわ。


 だがレールガンへの有効な対策なんて無い。そんな簡単に対応策が見つかるならアメリカ軍が開発しようとするものか。

 必死に遠くへと逃げたとしよう。先程の放電の出力から考えても有効射程が百キロメートル以下とは思えない。

 死角へと回り込もうとしても、この距離で向こうがゆっくりと方向を変えても十分に全力で逃げる俺達を捉える事が出来るだろう。

 飛ばす弾体の質量にもよるだろうが少し速めに見積もって十キロメートルの距離を三秒で飛翔すると考えるなら発射後に避ける事も、俺達の身体能力なら十分に出来るが、それは弾体が誘導されないと考えた場合のみの話だ。

 当然、誘導はするに決まってる。自由落下からハンググライダー状に変形して飛行するような奴らが、ただ黙って跳んでいるはずが無い。


 何か……何か無いか?

 時間停止状態で必死に考える。考えれば必ず何か良い考えが浮かぶ。浮かぶまで考えるのだから当たり前だ。

 属性レベルⅣの魔術には攻撃に使えるものも幾つかあるが十キロメートルどこから二桁は足りない。

 そうかといってレールガンを受け止めるほどの物理強度を秘めた防御はない…………そうだ一つだけこの距離から攻撃する方法がある。【所持アイテム】からの射出だ。


 大きな足場岩を飛ばすには力不足かもしれないが、重さ数キログラム程度の物体なら音速の数倍、いや十倍以上加速させる事が出来る。

 だが仮にその速度で射出出来るとして、その速度に耐え切れる物体を俺は所持していない。鉄アレイ……そう回収し忘れた鉄アレイが有ったとしても空気抵抗と空気抵抗から来る熱によって途中で壊れるだろう。

 そうだ。夢世界の所持品で愛用の剣を含む、夢世界で最初から持っていた装備品なら大丈夫だろう。あれはルーセの蛮用と呼ぶのですら生温い扱いにも刃毀れ一つしないという不破の謎アイテムだから……回収出来ない状況で使うのは勿体無い。

 他に何も無かったら考えてみよう。

 そして一つ一つ当たってみた結果、丁度良さそうな物が見つかった……風龍の角が。

 正直、初期装備の武器とどちらが価値があるのか分からない。分からないが、角はまた風龍を狩れば良い……本当に良いのか分からないが今ここで判断する基準がない。

 ミーアにでも聞かなければ無理だが、夢世界にいるミーアに聞くのはどう考えても無理だ。


 風龍の角は真っすぐで軽く螺旋状にひねりの入った細長く先端が尖った形状をしていて弾体としては見た目は合格点。そして強度はかなりのものであり頭蓋骨から生えた根元の部分は比較的柔らかく脆いが、角の本体は硬く先端に向かうほど丈夫になり先端の硬さは金剛石にも劣らない。

 ミーアが魔道具の素材へと加工するのが大変と愚痴っていたほどなので使用には問題は無いと思うのだが──


「単純に円とは比較できないけど、食品や日常雑貨などの必需品的な価値、衣服や家具などの手工業品的な価値、そして土地や建物の不動産的な価値のどれで比較しても最低億円単位はするんだよな……」

 そう自分に言い聞かせるように呟く。億単位の価値を持つものを使い捨てしてしまう事に緊張を覚えない中学生がいるだろうか? いない事は無いかもしれないが全世界に36人くらいしかいないだろう……数字には根拠は無い。

ちょっとした運命のいたずらで俺がそれに含まれてなかっただけだ。

 だけど命には代えられない! 使う。使うしかない。一世一代、ん億円の花火を打ち上げる覚悟でリストの中から龍の角を選択する。目標位置はレールガン構造体の基部。与える運動エネルギーは当然、全力全開閉店処分セールだ!


「ぽぉちぃぃぃとっなぁぁぁぁぁっ!」

 気合を込めて叫びながら射出を実行する。


『それを手放すなんてとんでもない→【火龍の角】(重要アイテム)』


「なんだってぇぇぇぇっ!!!」

 空振った。こんな大事な場面で痛恨の選択ミス。慌てて【所持アイテム】のリストから風龍の角を選択しなおし【射出】を選択するも『現在、運動エネルギーは蓄えられていません』とアナウンスされた……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! セーブもしてないよ!


 失敗は全て時間停止状態で行われたため、俺の失態は誰にも気付かれていないのが幸いであるが──「主将。発射しそうですよ!」

 再び香籐から双眼鏡を奪い取って覗き込む……確かに砲身の二本の長い柱が、砲身全体が白く発光しながら、時に空気放電をして分かりやすく「どんどん帯電してまっせ!」と自己主張を開始している。


「こ、こうなれば……【昏倒】&収納!」

 一瞬で紫村と香籐を気絶させて【所持アイテム】内に収納する。

 ここはレベル百七十六の身体能力にかけるしかない。


 俺は右へと全力で回り込む。俺を追って向きを変えながら発射すれば慣性により弾体は左へとカーブを描きながら飛ぶ。つまり発射後に逆に逃げれば誘導も振り切りやすいはずだ。

 久しぶりのシステムメニューの高速ONN/OFFによるコマ送り戦法を使いながら、浮遊/飛行魔法を使いながら、同時に足場岩を蹴り加速していく。


 3秒後に70m/sまで加速するが同時にレールガンが火を噴いた……勿論、比喩的表現で。

 直後に浮遊/飛行魔法(改)を全力運転で急制動。同時に足場岩を蹴って逆方向斜め上へと跳ぶ。

 弾体はやはり砲弾状に変形したお化け水晶球だった。

 現在全力で百分の一秒間隔でコマ送りを実行しているが、一コマ当たりの移動距離は三十メートルといったところだ。

 つまり秒速三キロメートル。なんだ、あんな大掛かりな仕掛けで米軍が開発しているレールガンの二割り増し程度じゃないかと笑う気にはなれない。


 米軍が開発中のレールガンの射出する弾体の重量は十キログラムに対して、お化け水晶球一体の重量は低く見積もっても十トンを超える……眩暈がしてきたよ。今は時間停止状態だから思う存分眩暈を楽しんでも構わないよ俺。


 とにかく避けなければならない。その為にはジグザグに逃げても仕方が無い。こちらの逃げる動きに弾体が対応して方向転換した後に、再び逃げる方向を変えて砲弾の誘導能力の限界を露呈させる必要がある。

 だが発射からの二秒間。二百コマの攻防を経て避けるのが無理だとはっきり分かった……めちゃくちゃ鋭く曲がって軌道修正しやがる!


 音速の九倍弱の速度で鋭く方向転換したら幾ら丈夫でも壊れそうなものだが、全体的にアールをつけて変形し負荷を全体へと逃がしている。

 避けるのが無理となると、迎え撃つ……のは無理だな。

 弾体であるお化け水晶球の持つ運動エネルギーが大きすぎて接触した瞬間に死ぬ。

 例え何時もの装備攻撃を繰り出しても、突き刺さった瞬間に自分の武器を通して伝わるエネルギーに身体が粉々になりそうだ。


 同様に、真っ直ぐ後退しながら障害物となる足場岩を置いていくのも無理だろう。何せ戦車砲の九倍のレールガンの千四百倍以上の威力の前には、百個並べても壁としては役に立たないだろう。

 しかも途中で障害物に当たった程度で方向が逸れてくれるような可愛いものでもない。

 詰んだな。これはセーブポイントの夢世界からやり直すしかないか……そう諦めかけた時に、ふと気付いた。俺にはまだ残された作戦があることに──



『セーブ処理を終了しました』


 まずはお化け水晶球の速度を落とす。そのためにはお化け水晶球に対して真っ直ぐ後ろに逃げながら途中で【大水塊】をおいていく。しかも一部が重なり合うように並べてだ。

 コマ送りが百コマを超えところで弾体であるお化け水晶球が最初に置かれた【大水塊】へと突入する。

 その瞬間──「収納!」

 連なる【大水塊】を一つの水の塊として捉えて、その水に触れているお化け水晶球ごと【所持アイテム】内へと収納したのだった。

「ざまあみろアメリカ軍! レールガンなどファンタジーなチートの前には無力だ!」

 別にアメリカ軍に恨みはないが、テンションが上がってそう叫ばずにはいられなかった……対象がアメリカ軍なのは再びフラグを立てるのが怖かったからじゃない。怖くなんて無いよ全然! 本当本当、余裕っす!


「どうなったんですか!」

 【所持アイテム】内から取り出してから往復ビンタを三往復させたところで目を覚ました香籐が叫ぶ。

「飛んで来たお化け水晶球を収納してやったんだよ」

「す、凄いです!」

 俺の言葉に香籐は目を輝かす。右の目には『尊』右の目には『敬』の文字が浮かんでいるよ。


 とりあえず香籐から手を離すと悲鳴を上げながら落ちていくが、後は自分で何とかするだろうから、今度は紫村を取り出して往復ビンタ一往復で目覚めさせて状況を説明する。


「だけどどうやって? もしかしてレールガンと呼ぶには遅かったのかい?」

 やはり紫村をもってしてもレールガンへの対応策は思い浮かばなかったようだ……システムメニューや魔術に関しては、俺と違い時間停止機能を使えないので調べてる時間も無く知識が足りないのだから当然だろう。

 もし思いついていたら俺が凹むね。


「大雑把に秒速三キロメートルってところだからレールガンとしては普通だろう」

「それを君は収納したのかい?」

 さすがに紫村も驚く事実だ。

「なにちょっとした思い付きだ──」

 【大水塊】を使った収納について説明をする。

 大切なのは最初から思いついていて、その他の失敗があった事などおくびにも出さない事だ……俺、本当に器が小さいな。


「そして今から奴を、お化け水晶を収納して蓄えた運動エネルギーを利用した超必殺技で──」

「でも、もう時間が残り……十秒だよ」

「えっ?」


 お化け水晶球の巨大群体を指差して見得を切ろうとする俺に、紫村が冷静に水を差す……確認すると残り九秒だった。

 慌ててシステムメニューを表示して時間停止状態にするも残りは八秒間しかない。


 【所持アイテム】のリストから、今度こそ間違いなく風龍の角を選択しから【射出】をチェックし、目標は前回と同じくレールガン構造体の基部。そして与える運動エネルギーは全力全開完全売り尽くしセール長年のご愛顧に感謝! 以外にありえない……勿体無いけど時間内に確実に到達させるためには仕方がない。


 射出直後に空気が燃えた。いや燃えてないけど、そうとしか思えないような熱風が強く吹き付けてたのだ……多分、あれだプラズマだよプラズマで全て説明が付くと昔の偉い学者が言ってただろう。

 だが風龍の角がどれほどの速度で飛んだのかは分からない。熱さに俺が怯んだ一瞬の隙にお化け水晶球の巨大群体を貫き広域マップの三十キロメートル圏内からロストしたのだから。


『強制送還を実行します』というアナウンスの一瞬前に『お化け水晶球11027体を倒しました』とアナウンスされる……風龍の角が速過ぎた上に丈夫過ぎたのだろう。綺麗に一直線に貫通したために討伐数が伸びなかった訳だ。「畜生レベル上がらないじゃないか!」と毒吐いた直後に意識を失った。

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