第81話

「……おぅ!」

 目覚めると見覚えのある部屋。一昨日、昨日と連泊したイーリベソックの宿の部屋だった。

 うん、あの後で俺はそのまま意識を取り戻すことなく夢世界に来てしまったようだ……自分の身体がちょっと心配だ。無理が利くから無理をさせるという状態が続きすぎている。


 違う! 何を俺は寝起きにまったりとしてるんだ? あの後一体どうなったのかに思い悩めよ。

 まあ、俺がこうして夢世界に来ているのだから死んだって事は無いはずだ……無いよな。無いと思いたい。


 俺が不安に感じているのは、お化け水晶球がB-29(仮称)形態になって高度七百から八百メートル程度を飛行していたと言う事実。

 そこから予測されるのは自由落下による自爆攻撃だ。もしその上にバンカーバスター(地中貫通爆弾)と同じような細長い棒状に変化して落下し地面に深く突き刺さるよう形状変化し、俺達の拠点と疑わしき範囲への絨毯爆撃を敢行されれば、地下に篭っていてもただではすまない。


 俺の指示した通りに離れた位置に拠点を移して、そこで攻撃をやり過ごしていれば大丈夫だとは思うが……なんか、あの後飯を食ったような気もするんだよな……


 取り合えず今の俺に出来る事はレベルアップで新しい魔術を覚えるか、それとも新しい魔法を作り出すかのどちらかだ。

 魔術は、レベルアップで幾つかの魔術を覚えたが、残念ながらカロリー不足を補えるような魔術は無かった。

 いや、そもそもそんな魔術は絶対にないだろう。


 【伝心】以外に覚えた中で【大傷癒】【大病癒】の医療系魔術の進化版を覚えられたのはあり難い。しかも今回は大幅に効果が上がって心から役に立つなぁと実感出来るレベルだ。

 ここまでくるのが本当に長かった……いや、まだ三週間も経ってないんだけどな。

 他の魔術は……相変わらず微妙だ。


 とりあえずは新たなる魔法の開発作成だ。

 何を作るかはもう考えてある。物体の温度を一定に保つ魔法だ。しかも起動する時に温度を設定しておけば、その後は自分で操作することなく設定温度を自動的に維持する高機能さ……【操熱】が使えなかった時の無念さは忘れてはいない。


 対象の範囲は、自分の身体の周囲を包む程度の効果範囲があれば十分だろう。

 魔粒子の多くはメインの効果とは別に副作用的に僅かな熱を発するが、今回の魔法に必要なのは単に熱を発生させるのではなく、

周囲の温度を変化させる機能を持つ魔粒子である。

 この魔粒子のみを対象に操作する事で効率化を図るだけでなく、発生する熱量を常に一定に保つことが出来る。


 温度を調節する機能以外は『基礎魔法入門Ⅱ』どころか『基礎魔法入門』に記載されている最も基礎的な魔法の実践段階「レッスン1、まずは温めてみよう」で紹介されているレベルだ。

 問題は温度調節のための魔力制御魔法だ。そうだ、そもそも自動的に魔法の効果を一定に保つために魔力制御を行う魔法さえあれば『浮遊/飛行魔法』の術式も簡易化出来て、その応用性は計り知れない。


 その機能を達成するために、俺の灰色の脳細胞が三秒間ほど考えた後に、システムメニューを開いて時間停止した状態で考えた結果思いついたのは、あえて魔粒子を静止状態にすることだった。


 この魔法で必要とされる魔粒子は、魔力により操作の行わない状態では二十四度で回転をとめて静止状態となるが、温度が上がると右回転を始め、温度の上昇と共に回転速度を上げていく。逆に周囲の温度が二十四度以下に下がると左回転を始める。


 これは、本来物理現象の影響を受けない魔粒子が、唯一影響を受ける物理現象が、自らが効果を発揮する物理現象だけである事の証明である。

 つまり、この魔粒子は周囲の温度に影響を受けるのである。

 干渉とは相互的な関係であり、一方的な干渉が起こるなど政治や外交の世界と違ってありえないのだ。

 ちなみに、この事は俺が発見しました。何百年か何千年か知らないが夢世界で誰も発見出来なかった事を俺が発見しました。

 まあ、全部、科学的知識のお陰だけどさ……


 温度制御の方法は、先ずは【操熱】により周囲の壁や床、天井温度を操作して室内温度を変化させる。

 そして腕時計の温度計を使い、様々な温度で魔粒子を停止させる為に必要な魔力量を確認する事で、投入される魔力量と操作対象の魔粒子の数で正確に二十四度の維持が可能となる。

 二十四度を基準として、設定温度を上下させる機能はおいおい……紫村がやってくれることを俺は信じて疑わない。




「最近食欲が凄いんだけど……親父や兄貴達のように太るのは勘弁して欲しいな」

 既に父上、兄上などと呼ぶ気も無い二号は、食堂で大盛りの定食を、貴族のお坊ちゃまらしさを片鱗も感じさせない勢いで掻きこみながら二号が愚痴る。


「身体を動かせば腹が減る。そして動かした分食わなければやがて死ぬ。当たり前の事だろう」

「いや、何ていうか腹一杯に食べてもね。食べたり無いって感じがするんだよ」

 はっきり言って普通盛りの定食でさえ、日本じゃガテン系でも「多いわ」と言うレベルの量であり、その大盛りといえば素人さんお断りレベルの大食いチャレンジメニューなのだが、二号はその小柄な身体──この世界の人間の体格が、現実世界の日本人に比べても小柄なだけで、こちらでは標準よりは若干細い程度──に似合わぬ健啖さを見せ付ける。


 二号も昨日の戦闘でレベル五十まで少しとなり、考え無しに全力で動き回れば、身体が受け付ける食事で取れる分以上のカロリーを消費してしまう段階に入ったようだ。


「そりゃあそうだ。今までの十倍の力を使ったら十倍食わなければならない。いくら身体能力が上がっても食った飯が十倍の速さで消化……腹がこなれるわけじゃないだろう。必要な時以外は出来るだけ力は抑えておけ」

 まあ実際の身体能力は十倍どころの騒ぎじゃないんだけどな。


 だが、ひとつはっきりしている事がある。現実世界の食事に比べて、こちらの世界の食事の方が腹持ちがいいというか、簡単にガス欠にならない気がする。

 こちらの世界では向こうの世界では出来ない身体能力を生かした長距離の高速移動を何度かしているが、先ほどの現実世界──と言うには疑問がある──でのような深刻なハンガーノック状態に陥ったことは無い……味の面だけでなく、栄養価までも負けたら現実の立場が無いな。


「そうだけど、あの岩を出して空を跳び回るってのはずっと、ほとんど全力で動く必要があるからさ」

「……後で魔法を教えてやるよ」

「魔法?」

「空を飛べる奴だ」

「でも、僕は魔法なんて」

「システムメニューで【魔力】をチェックしてみろ。余程適正が無い限りは、俺が教える魔法くらいは使えるはずだ」

 素の状態の二号の魔力では「レッスン一、まずは温めてみよう」で、コップ一杯の水を温くするのを一日に一度か二度が精一杯で、苦労して魔法を憶える意味は無かったが、今はレベルアップによって『浮遊/飛行魔法』なら長時間連続使用出来る数値になっている。


「本当に僕が?」

「まあ、覚えることが出来たならな」

 絶対コツなんて教えてやらない。『基礎魔法入門』と『基礎魔法入門Ⅱ』で勝手に覚えるが良い。これがお前の卒業試験だ。

 はっきり言って、レベル五十以上になってもレベリングに付き合うとかは無い。



「あ、あっさり使いやがったよ……」

 二号が王都で通っていた学院では、必修として魔法の基礎も教わっていたそうで、俺が躓いた魔眼と言う名の障壁もあっさりスルーしやがったよ。

 そうなれば、僕の考えた格好良い呪文……じゃなくて『浮遊/飛行魔法』(初期バージョン)を頭の中に焼き付けて、イメージ的に引き出すなんて真似はレベル四十八の二号にとっては、食後にベッドで寝転がって鼻くそほじっている間に終わってしまう程度の事に過ぎなかった……く、悔しくなってないんだから。


「これは楽だね。それに学院で教えていた魔法とは全然効率が違うね。何というか合理的で無駄が無い。これに比べたら学院の教授の魔法理論なんて子供の落書きレベルだよ」

 はっはっはっは、もっと褒めてくれても良いんだよ。そう、俺には『褒められ分』が慢性的に不足しているんだ。


「確かに本に書かれているような理屈の無いぼんやりとしたイメージ的な部分を極力排して組み上げた魔法だが、まだ魔法について理解の及ばない部分がありすぎて足りない部分も余計な部分も沢山あると思う」

「でも【場】の中に存在する間粒子の中から、使用する魔法に必要な魔粒子を特定して、必要する数だけ支配下に置くという作業を自動的に行うとか、魔法の出力を自動的に制御するとか、今までに無い素晴らしい発想だと思うよ。正直、僕は今人生で一番他人を尊敬していると思うよ……よりによって君なんかを相手に」

 取り合えず、右手の人差し指と中指を揃えて二号の鳩尾へと送り込んでおいた。



「どうして僕は二日連続で龍と戦うことになったんだろう?」

 今日も龍のテリトリーで【所持アイテム】内から取り出される事になった二号が、どこか遠くを見つめるような目で呟く。

 ここはロロサート湖からはるか東、国境付近……というか国境を兼ねるノレマシド山脈へとやってきていた。

 山頂近くの断崖から見渡す景色はとても素晴らしく、空を行く白金の巨体が日差しの下をキラキラと鱗を輝かせながら飛んでいく……「今日はあの風龍を狩ります」

「聞いてない」

 その場の空気に溶け込むようにさりげなく告げたのに、二号は即拒絶する。

「今聞いたなら、それで十分だろう」

 コンマ三秒の被り気味での返しに、二号は右側の口角だけを器用にピクピクと動かす芸で応えてくれた。



「リュー教えてくれ。僕は後何回死ねば良い」

 風龍に三度殺されて巻き戻された二号は泣き言を口にし出す。


「風龍を倒すまでだろ。今日こそはお前に『龍殺し』の称号を手に入れてもらいたい。格好良いな『龍殺し』だ。箔がつくぞ」

 まあ実際のところ『龍殺し』がどれだけ凄い事なのかは全く分からないが、角や身体の売却価格からしてとてつもない事だというのは想像出来る。

 しかも単独での討伐だから、かなり名前が売れる事になるだろう。


 そして二号が龍狩りに成功したなら、その偉業は隠すこと無く広く伝えて貰うようにミーアには頼んである。

 レベルは予定を遥かにオーバーしており、更に風龍を倒せえばレベル五十も超えるだろう。

 十分以上に力を手に入れている。そして『龍殺し』の声望があれば軍に入るのも、そして高い階級からのスタートが切れるのは間違いない。


 そうなれば俺と二号の契約の終わりが見えてくる。思えば二号にやって貰う予定だった事はミーアのお陰で全て必要なくなってしまっているので、一方的に二号が利益を享受しただけとも言える結果だが、それはこれから出世して地位と権力と財力を手に入れた二号に、色々と便宜を図って貰う事で払って貰う事とする予定だ。


「分かったよ。畜生! やってれやるよ!」

 そんな言葉も空しく、リロードの回数は二桁の大台に乗った。



「お願いです。どうかヒントを下さい」

 土下座をする二号……この世界にも土下座なんてあったのかよ?

「ヒントねぇ……じゃあ、俺が倒すのを見てみるか? 昨日みたいに俺が倒しておしまいと言う可能性もあるけどな」

「それはそれで困る。『龍殺し』を名乗れるようにはなりたい。それがあるとないとじゃ立場が違ってくるから」

 やはり『龍殺し』ってのはステータスなんだな。


「ならばヒントだ。お前は一体今までどの距離まで近づいて殺されたかだ」

 二号は『浮遊/飛行魔法』を使って空を飛ぶ風龍に接近しては様々な攻撃手段で殺されて続けた。より多くの攻撃手段を引き出した事を褒めるべきか、それとも失敗を糧にすることなく策も無く似たようなパターンで殺され続けた事を責めれば良いのかは分からない。


 今更ながらに思うんだが、二号って戦いのセンスが無い。

 これは頭の良し悪しとは関係ない。ある分野において活躍出来るか否かはセンスによって決定されると思う。

 センスとはその分野に対して適応されたシステムを自分の頭の中に構築しているかだ。

 幼い子供は日々の成長の中で、自分の行動、思考を司るシステムを何かに向かって適応するために構築していく。

 頭の良い悪いとは、そのシステムが完成度の高さであって、センスとはそのシステムがどの分野に適応するように構築されたかだ。

 生まれ持って障害を持つか、俺のようにシステムメニューの恩恵(チート)を受けていない限りは、頭の良し悪しはシステムの完成度であって、脳というハードウェアにはそれほど差は無い。

 自動車は空を飛べず飛行機は海に潜れない。これはただ自動車は空を飛ぶようには作られておらず。飛行機は海に潜るようには作られていない。

 そして二号は戦うために自らを構築していない。これが全てであり、今更二号の頭の中のシステムを再構築する為には二号という人間を一度徹底的に破壊して作り直すしかないだろう。

 そう、俺が二号にしてやれる事はもう……猛特訓しかない!

  奴が思い返して、今までがぬるま湯だったと腐った魚のような目で呟くような、徹底的な猛特訓が必要だ。


 人間は自分の脳内システムがどっちの方向を向いて作られていようが、教育である程度は全方位に対応出来るようになる。

 俺だって、生まれながらどころか空手部に入るまでは、戦闘民族だった訳ではない。しごきと言う強制パッチを何度も当てられてバージョンアップを重ねて戦闘民族へと作り直されたのだ。


「ヒントってそれだけ?」

「それだけだ。距離を憶えてないなら、今から何度でも死んで調べて来い」

「いや、分かる。分かるよ!」

「分かるなら、その距離の内側でどう振舞うべきかを考えろ」

「ええっと、もっと遠くから加速して突入する事で、迎撃される前に相手の懐に入り込む?」

「アホか? 速くなれば速くなるほど方向を変えるのが難しくなるって事も分かってなかったのか? 今まで何のために死んできたの? 俺を楽しませるため?」

「それは……こちらの攻撃が届く範囲に接近しようと、そのためにどの方向から攻めれば良いかとか考えていて──」

「話にならん! そんな事は死ぬ前に駄目だと判断を下せ。何時までも死んでもやり直せるなんて考えてるんじゃねぇぞ! 小兵の戦いは大兵の周りを回る事から始まるんだよ。馬鹿みたいに突撃する前に相手の周りを距離をつめながら回って相手の攻撃を一つでも多く引き出してみせろ」


「相手の攻撃を引き出す?」

「お前に遠距離から一撃で風龍を倒す手段があるなら何も考える必要ない。だがそれが出来ないなら、相手の間合いに入って何発も殴り合うしかない。そんな状況で一発貰えば死ぬしかないような敵に、相手の攻撃方法も知らずに突っ込むのは馬鹿だ。馬鹿も馬鹿ななりに十回も死ぬチャンスを得て少しは情報を引き出したんだ。対策を立ててみろ」

 二号は風龍の長く先端が刃のように鋭く硬い尾によって胴体を真っ二つに引き裂かれ三度死に、前足で捉えられて頭から丸齧りで五度死んだ。そして二度は後ろ足で胴体を蹴られ、その衝撃で文字通り破裂して死んだ。

 その十回の死、その全てが二号が風龍を中心とした半径二十メートルの範囲に飛び込んだ瞬間に風の乱流によって翻弄された結果だった。


「風龍の周りにあるあの風を何とかする必要がある。あの風に負けずに風龍までたどり着く方法は──」

「あるはずだから考えろ」

「……空中で移動する手段は二つだから、もう一つの足場岩を使った移動方法なら……多少の強風程度なら突っ切る事も出来る──」

「まあ、そうなるだろうな」

 しかし、二号には装備と同時に相手に突き刺さるという攻撃手段は教えていない。パーティー離脱後には使えなくなる方法に頼っても、二号にとっては悪い影響しかないからだ。

 つまり風龍に対して一撃必殺の攻撃手段は無い……ついで言うと、その方法を封じられたら俺にも無いという事にしておく。


「そして一撃加えて離脱。これを繰り返せば──」

「先ずどこへと攻撃を加える?」

「……翼かな?」

「龍があの巨体を翼だけで飛ばせてると思うなよ」

 物理学的にも生物学的にも不可能だが、こちらの世界の人間にはそんな知識は無いだろうから釘を刺しておく。


「あの翼だけでは無理なのか?」

「大きさが全然足りない上に、ほとんど羽ばたきもしないで飛べるか! 基本的には俺が教えた魔法と似たような方法で飛んでいて翼はあくまでも補助だと考えろ」

「それなら……いっそ角を落とすか──」

「根元からきちんと落とさずに、中途半端な位置で折れたり、砕けたら価値は激減だぞ。言っておくが風龍の角や身体の売却益が今後のお前の活動資金だからな」

「それは困る! ……どこだ……どこに攻撃すれば……」

 二号は頭を悩ませているが、自分が二号だったらという条件で考えた作戦なら少しでもダメージを与えることが出来ればどうでも良い、

 その方法では最初の一撃は風龍を怒らせて注意を惹けさえすれば何でもかまわない。構わないが限られる……さて二号の考えは如何に?


「先ずは……眼を攻撃──」

「先ほどは言わなかったけど、俺なら生きている龍の角の近くには絶対に近づかないぞ。死にたくないからな」

 龍の攻撃は通常攻撃<ブレス攻撃<角による特殊攻撃の順に威力が高いというのが、今までの経験から導き出された結論だ。

 だから龍が死ぬ直前であっても、俺は生きている龍の角の近くには行きたくない。

「……そうか、ならば……やはり翼を」

「ほう。飛行の補助でしか無い翼をか」

「例え補助でも、風龍の飛行能力を少しでも抑える事が出来るなら、最初の一撃として悪くないと思う」

 それが正解だ。そもそも二号の武器で風龍に対してまともにダメージを与えられそうなのは翼の皮膜だけだろう。

 俺は翼は飛行の補助でしかないと言ったのは引っ掛けであり、翼を責めるのは下策だとは言っていない……ちょっと待て、風龍が魔法、もしくは魔法的な手段を用いて飛行しているならば水龍の時に使った方法で飛行能力を奪う事が出来るかもしれない……後で試してみよう。


「それで、一撃を加えた後はどうする?」

「一撃を加えた後は離脱して再び攻撃を加える。これを繰り返す事によりダメージを蓄積させて──」

「やってみろ」



 結局、その後三回続けてロードしなおす事になった。

 ヒット&アウェーを繰り返し、風龍の翼の皮膜をボロボロにして、その空中での機動力を殺ぎつつ、ダメージを蓄積していくが、自分の疲労の蓄積の方が先に上限に達するのを三度繰り返したのだ。


 俺は自分の実験のために、二号が死んだ後にすぐロードを実行せず風龍に戦いを挑んで、圧縮魔力の開放による魔粒子操作の妨害を行ってみたが失敗した……余りに解せなくて、風龍を倒した後、思わずその場でセーブしそうになったくらいだ。


「あと少しで──」

 三回目のロードの後、二号は一回目、二回目と同様の言葉を口にしようとするのを遮る。


「何度も言うようだが、普通は死んでもやり直しは出来ない。だから『あと少しで』と言いながら三回も死ぬようなやり方で戦っては絶対にならない。

 それなのにお前はやってはいけない事を懲りることなく繰り返した。

 勝利に足り無いものがあると分かっていて、命懸けで戦ってみる必要のある場面なんて一生に一度あれば十分だ。それ以上の人生には多過ぎる」


「死ぬのには慣れてしまったんだよ。僕をこんな風にしたのはリューだろう。今更何を言ってるんだ?」

 死ぬのに慣れる。死の一瞬前まで冷静でいられるなんて素晴らしい資質を手に入れたものだ。正直羨ましいくらいだが……そろそろ死なないで勝つという事を頭に置いて貰わないと駄目だ。まあ、今はまだ良いんだけどね。


「お前のレベルアップは今日で終わり卒業なんだよ。だから何時までもロードして復活して貰えるとは思うな」

「えっ?」

「分からない? 貴方は、当校の全過程を修めたことをここに証し、卒業といたします(棒」

「括弧棒って、ちゃんと括弧閉じろよ! いや、それじゃなく棒って何だ……いやいや、それも違う。ともかくいきなり過ぎるし、色々とおかしい!」

 二号が混乱してちょっと嬉しい。


「予定を大幅に超えてレベル上げしたんだからもう良いじゃないか? 後はお前の甘っちょろい性格を徹底的に叩きなおすだけなんだよ」

「ちょっと待て! 卒業はどうした?」

「俺の国では、この国と違って、義務養育だけで小学校と中学校があるんだよ。小学校を卒業したら今度は地獄の中学校って事も知らんのか!」

「知らんがな! ……って義務教育って何!?」

 そこに食いつくのかよ……でも無視する。


「今まではお前を取り合えずレベルアップさせて下地を作っただけだ。俺のお楽しみはこれからだ」

「本音がタダ漏れだよ!」

「俺が楽しんで何が悪い? むしろ楽しませろ!」

「無茶苦茶だよ。この人無茶苦茶だよ! 助けて!」

「助けなんてこねぇよ!」

 この後、軽く揉めた……主観的には軽く。


「どうすれば……」

 打つ手を思いつく事が出来ず二号は頭を抱える。

 しかし、ここで俺が自分の出した答えを教えても二号に成長は無い。俺に出来るのは二号が苦しみ悩む姿を、じっと見守ることしか出来ない……

「ニヤニヤしながら見てるだけなら、どこか行っててくれないかな!」

 荒んでいるな。だが胃に穴が開くほどのストレスでも加わらなければ人間は変わらない……身体も壊すかもしれないけどな。


「…………ぅぅぅぅうううううっうっうっ」

 どこかで聞いた事のあるような唸り声を始める……壊れたか? 軽く壊れるくらいが良いんだが。


 突然、二号がこちらを振り返り血走った眼で叫ぶ。

「ヒント! ヒントをくれ!」

 この甘ったれめが、この期に及んでヒントだと……待てよ。もしかして、これは正解なのか?

 問題解決のために自分が選択し得る最短ルートで一番可能性の高い方法を選んだとも言える……いや、言っていいのか? 何だか俺にも良く分からなくなってきた。


「ヒントは……お前が使える手段の中に、必ず風龍を倒す手段があるって事だ」

「倒せるんだな。この僕の手で。答えのない問題を解かされてるわけじゃないんだな?」

「そこまで悪趣味じゃない」

 大島じゃあるまいし。


「ならいい。答えがあるなら探せば良い……つかそれっぽい事を言っただけでヒントじゃないだろ!」

 俺がお茶を濁してごまかそうとした事に気付きやがったよ。

「先ずは、自分が出来る事を全て頭に思い浮かべろ。その中から風龍攻略を一歩でも進める事の出来る方法を探し出し、次の一歩へとつながる手を考えろ。次に今頭の中にある風龍についての情報を全て頭に思い浮かべて、最終的に風龍を倒したというイメージから、その一歩手前の段階でどうやって風龍に止めをさせるのかを考えろ。『どうするか?』を『それをどう達成するか?』と必ずしも関連付ける必要はない……どうせ最終的に全部は繋がらないから力尽くで何とかしろ」


 そもそも机上の問題ではないのだから、精密な作戦を立てるほど小さなトラブルで破綻するので意味が無い。

「それはアプローチ法として、かなりおかしくないか?」

 お行儀良くボトムアップ・トップダウンアプローチで答えへの道筋が最後まで見えるなんて事は、自分が居て敵が居て直接殴り合う戦闘においては無いと考えるべきだ。


 トップダウンは、ボトムアップに比べて机上の空論になりやすいという批判もあるが、命懸けの戦いにおいてはボトムアップの試行錯誤こそ机上の空論でしかありえない。

 結局戦いとは、各ステップごとに、発生する予想外って奴を力尽くで帳尻合わせする自信がなければやってられない。

 命が懸かっている以上、必ず勝たなければならない。だが戦いに必ずは無い。そんな矛盾を埋めてくれるのは客観的な根拠のない自信だけだ。


「お前にとって、風龍をぶっ殺す最終的なイメージは何だ?」

「……地面に叩きつけてから、上から岩を落として潰す」

 実に明確かつシンプルな方法だが、システムメニューを使えなくなるお前には意味が無い方法だが、現時点で出来る事としては正解だ。


「つまり最初に風龍の翼を傷つけて、最終的には地面に叩き落して岩で押し潰す。実に良いじゃないか。それなら風龍を地面に叩きつける前に何かしておく事はあるか?」

「眼を潰しておきたい」

「眼か、眼を潰しただけで風龍が周囲を知る力を失うと思えないが冷静さを奪う事は出来るだろう。だが攻めづらい場所だ。どうやる?」

「これから川に砂利を取りに行くから、それで奴の視力を奪うよ」

「だが奴の周囲にある風の乱流を通して届かせる事が出来るのか?」

「いくら風龍でも周囲の乱気流と共に素早く飛ぶとは思えない。だから奴を挑発してこちらに向かって全力で飛ぶように仕向ければ、いけると思う」

 俺が考えた作戦とほぼ同じだ。風龍に一撃を加えた後で、上へと高速で離脱──『浮遊/飛行魔法』と足場岩を使った跳躍を併用──して、俺を追って上昇してくる風龍の進路に足場岩を回収せずに落として……まあ、こんな感じだったんだが。


「目を潰した。例え龍だろうが思いもしないタイミングでいきなり視力を奪われたら驚き怯むのは必定だ。それをどう活かす?」

「接近して、奴の頭部を【大水塊】に巻き込んでから【強操熱】で茹で上げる」

 ……あれ?

「もう【強操熱】を使えるのか?」

 【操熱】の上位版で温度操作の範囲が氷点下六十度~二百五十度と効果が上がっている分、水を沸騰させるまでの時間も圧倒的に短くなっている魔術だが、俺が覚えたのってレベル六十を超えた昨日の事だったと思うんだけど? 個人差というに大きすぎるだろう。


「……まあ納得出来ないが良いだろう。それからどうする?」

「これから用意するよ」

 二号は、崖っぷちに近寄ると縁の三メートルほど手前に【大坑】で穴を開けた。

 この段階で二号が何をするつもりなのか、そしてその問題点に気付いてしまった。


「手伝ってくれないか?」

 崖の縁の手前三メートルのラインに沿って【大坑】で横に並べるように穴を掘りながら言ってきた。

「分かった」

 この作業自体は無駄になると分かっていたが、足場用岩の補給という意味で引き受ける。


 掘った穴を更に深くするために穴の中に降りて【大坑】を使う。

 最終的に厚さ三メートル、縦横十メートル程度の巨大な岩の塊を二号は作り出したかったのだろうが、当然ながら作業が進むほどに岩全体を支える箇所への負荷が大きくなり、やがて限界に達してひびが入り、そこから大きく割れて崩れた。

 俺は咄嗟に逃げて無事だったが、二号は巻き込まれて落ちて、うん死んで無いけど死んでおいた方が楽だったと言える状態で、既に意識が無いのが救いだった。



『ロード処理が終了しました』


「おい?」

「今はそっとしておいて……」

 自分の醜態に両手と両膝を地面に突き、がっくりと項垂れる二号にかける言葉など無く。俺に出来るのは……

「クックックク……プッ、フッファハハハッ……」

 ただ腹を抱えて笑うことしか出来なかった。

「笑うなよ!」

「ガッ、グハッヘヘッへ……」

 笑うなと言われて、俺も頑張ったよ。でも愛想笑いじゃないんだから、笑うなと言われて止められるものじゃない。


「一生懸命堪えても堪えきれずに笑っちゃうのかよ!」

 予想はしていたが、本当にその通りになるとは想像していなかったのだから仕方が無い。

 この後、無茶苦茶笑った。


「十分な厚みは取ったのに、あんなに簡単に割れてしまうとは……」

「岩は確かに丈夫だが、逆に割れやすいものだからな。意味なく薄くするんじゃなく、出来るだけ丸い形で切り出し表面積を減らせば割れるリスクも下がる」


 俺も幼稚園ぐらいの頃までは鉄は絶対に曲がったりしない頑丈なものだと思い込んでいた。我ながら可愛いものだ。そんな可愛気のある子供が育って今の俺になるだなんて親だって想像はしていなかったはずだ。


「わかった。今度は丸く──」

「取り合えずやってみるんだな」

 俺は自分の【所持アイテム】の容量を無限だとは思っていない。ましてや二号の【所持アイテム】の容量が俺のを上回るとも思えないが、結局出来上がった直径七メートルほどの歪な球体と呼ぶべき岩が完成し二号によって【所持アイテム】に収納された。

 しかし、その岩は最初の頃は直径十メートルだったものを収納が出来るまで削った結果だった。


 今回の試行錯誤の結果【所持アイテム】の上限は体積ではなく重さだという事と、現在の二号の【所持アイテム】は大型の龍一頭程度まで収納可能と分かった。

 紫村達の【所持アイテム】に比べるとかなり控えめなのが気になるが、この違いの理由は良く分からなかった。



 それに対して、俺の【所持アイテム】の容量は大型の龍二体と大量の足場岩。その他諸々を含めると大型の龍もう一頭分はあるだろう。


 俺がレベル六十になってシステムメニューの機能が拡張された事によるものか、それとも元となる本家システムメニューであるためか、そうでないとするなら二号に対して唯一、三倍以上の差をつけているパラメーターである【魔力】だろう。

 他のパラメーターは三倍以内に収まるが、魔力だけは十倍差どころではない。



 準備を終えた二号は「よし、今度こそ風龍を!」という言葉を言い残して、青空に大きな赤い花を咲かせ散った……



『ロード処理が終了しました』


「風龍の目を潰すのを失敗した段階で当初の作戦は破綻してるんだから元の作戦に拘らず、駄目元で良いからあがいて、何か臨機応変に対応するべきだったと思う」

「ううっ……」

 俺の指摘に悔しそうに唸る二号だが、悔しいと思うなら何とかして欲しい。


「どうして駄目だと分かっているのに、最初の作戦通りの行動を続けようと思ったんだ?」

 聞かなくても、想定外の事に混乱した行動だとは察しはついている。頭は良いが想定外の出来事に対応出来ない。そして想定外を作らないほど天才的と言えるほど頭は良くない。


 その性格を作ったのは頭の良さ。なまじ知恵が働くから小さな想定外を即興で切り抜ける事が出来た。出来たから失敗を織り込んで考える癖が無い……非常に思い当たる節があって胸が痛い。

 とにかくそれを治すためには、理不尽な想定外に嫌というほど何度も遭遇して痛い目に遭う必要がある……思い出して吐きそうになる。



 結局、その日の二号は『龍殺し』の称号を手に入れることは無かったが、何故かレベルが五十二へと上がってしまった。

 駄目だ。こいつは駄目だ……明日だ。もう明日に後回しだ!

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