第80話
俺達のねぐら周辺に集まったお化け水晶を粗方片付けた後、俺は移動を開始する。
追尾してくるお化け水晶球を優速を利して引き離しながらマップ検索を行いながら食料となる植物を探していく。
一度手に入れて【所持アイテム】内に収納すれば、リストから選択してチェックすると、大まかな説明がされ、特に食用に適するならば甘さや酸味などの味の強さや栄養分、カロリーを表示してくれる。
逆に食べられない事は無いが弱い毒を持つものについては最優先で表示してくれる親切さんだった。
何度かお化け水晶球と戦いながら、集めた食べ物を一にカロリー、二に味、三が栄養分を基準にランク付けを行い。上位五種類を中心に食料集めをした。
勿論、その中に肉も魚も入っていない。
四時間ほどかけて明日の分までは持ちそうな量の食料を集めてねぐらに戻る。
「どうだった?」
二人に成果を尋ねた。
「身体能力の向上に関しては適応出来るようになったと思うよ。力の使い方もかなり分かったから、今後はよほどの大幅なレベルアップが無い限り、無理なく対応出来ると言えると思う。それから……浮遊/飛行魔法はかなり効率化が出来たと思う」
「俺の方は、取りあえずカロリーベースで明日までの分は確保出来た。明日以降はもっと楽に集められそうだ……肉も魚も無くて申し訳ないけどな」
「それは仕方ないよ。必要なカロリーが得られるだけでも助かるよ……それから例のアレなんだけど」
「アレ?」
「そうアレだよ。あの魔法」
「お前、俺が考えた魔法の名前を口にするのも憚られるみたいに言うな! 浮遊/飛行魔法! リピート、アフター、ミー!」
「…………」
紫村は決して答えなかった。
浮遊/飛行魔法は紫村の手によって大幅な変更を施されて全七百二十五ステップの処理が五百十一と三分の二程度に簡略化された事で、応答性の向上と同時に使用魔力が減少、紫村達の魔力でも長時間の使用が可能になった。
しかし、空気抵抗や後方乱気流などの対策はまた施されてはいなかった。
速度の二乗で増える前方からかかる空気抵抗を一定の距離で受け止め続ける方法が見つからないのだ。
速度が変化する度に自分の前方で風を受け流すモノが前後してしまうと後方乱気流が大きくなり単にブレーキが掛かるだけではなく飛行体勢を大きく崩してしまうと言うのが紫村の意見で、俺も納得した。
「キウイフルーツみたいに表面い短い毛が生えてますが、それは何という名の果物ですか?」
収穫物を鈴中のアパートにあったテーブルの上に並べていると、一つの果物に香藤が興味を示した。
「名前は不明だ。それだけじゃなく採って来た全てに名前は無いんだ。俺は勝手にキウイモドキと名前を付けたが、ちょっと食べてみろ」
そう言って、キウイモドキを放ってやる。
香藤は受け止めると、ポケットから取り出したサバイバルナイフでキウイモドキを横から半分に切った。
「紅いんですね果肉」
俺も確認した時は、想像とはまるで違う、血のように鮮やかな赤に驚いたのだ。
「味も確認してくれ」
「うわっ甘い。滅茶苦茶甘いですね……」
促されて一齧りした香藤の顔が想像しなかった強い甘みに歪む。
「酸っぱさも殆ど無く、キウイ要素が全くないんだろ……システムメニューに登録されてしまったし、やっちまったって感じだ」
元々名前が存在しないので、システムメニューは俺が仮に名付けた名称を採用してしまった。
「こんなところにも高城君の犠牲者が……」
「おう紫村。言いたいことがあるならはっきり言ってみろ」
「……君が収穫してきた全てに名前が存在しないという事は、名前を付ける事の出来る存在がこの世界にはいなかったという事じゃないかな?」
「俺も同じ考えだ。つまり俺達以外は人間はいない。そして植物と虫くらいしか生き物が存在しない……原因は何だと思う?」
上手く話しをそらした紫村を睨みながら質問を返した。
「あの水晶球だろうね」
「もう一つ問題がある。虫を捕食するような生き物が存在しない割には虫の数自体、それほど多いと感じられない事だ」
「確かにそれは変ですね。一部の動物と寄生、共生する昆虫などが居ないのは分かるんですが、天敵がいなければ虫の数は増えるはずですし……」
「見つけた虫も、大きくても一センチ程度の小型のものしか見かけない」
「高城君。それはもしかして?」
「ああ、そうだ。一定の大きさの動くものを排除する可能性が高いんだろうな……何としても早く元の世界に戻る必要があるな」
俺の言葉に紫村と香藤は真剣な表情で肯いた。
俺としてはこの世界にも人間、または人間に近い知的生命体が居て、彼らと交流する事で新しい技術を手に入れるとか期待していたのだが、はかない夢だった。
取りあえず早めの昼食を取る事にし、収穫してきた食材とは別に、カレーとライスを取り出した。
「主将! これは!?」
「いや~、ほら田村がカレーだカレーだとうるさいから、つい買って【所持アイテム】の中に放り込んでおいたんだ」
「高城君。ナイスだよ!」
「レンチンのご飯やレトルトパウチのカレーは【操熱】で温められるし、いざという時の為に買っておいて良かった」
「良かった。本当に良かったです。主将ありがとうございます!」
二人のテンションが上がる。俺のテンションはもっと上がる。
「この落花生に似たのが意外に美味しいですね」
「それは紫村が調理してくれたおかげだろう。俺が試しに食った時は食べられない事は無いが、結構えぐ味があったから」
「形が似ていたから、ピーナツと同じように茹でてみただけだよ」
そもそも落花生を茹でるという発想が俺にはなかった。
かなりカロリーが高かったので、不味くても食うという覚悟で集めて来たのだった……落花生モドキ。俺のネーミングセンスに文句は言わせない!
食後、ふと気づいてシステムメニューを開くと【現在の体調】という項目を選択する。
今まで体調を気にした事は無く、体調に問題がある時は既に生きるか死ぬかの状態で、即ロードを実行していた為、確認したのは最初だけだったのだ。
項目には【疲労度】や【傷病情報】等があるが、俺が知りたかったのは【栄養状態】だった。
……はっきり言って今食べた終えた食事では、消費したカロリーを補い切れていない。
十分、腹は一杯になったつもりだったが、もっと高カロリーな食事を取らなければ、想像以上に低燃費な今の身体を長時間酷使するのは無理なようだ。
食後の休憩を終えて外へと食糧調達の続きに出る。
今日はもう十分かと思っていたが、高カロリーな落花生モドキを中心に収穫すると同時に、より高カロリーな食材を探し出す事が必要になってしまった為だ。
「栄養状態がどうのと言ってる場合じゃねぇなぁ……」
お化け水晶球と戦いながら移動を続けていると、またもや状況が変わってしまった。変わったと言う言葉が生易しいほどに……具体的に言うと、お化け水晶級達が巨大人型へと合体変形し始めたのだった。
「眩暈がしてくる」
俺達は呆然として、全長四十メートル近くはある巨大な人型水晶を見上げる。
モデルは俺のようで、透き通る水晶で作られた俺似の巨体が、日差しを中で光を乱反射させて輝く様をどう評価していいのか非常に困る。
俺に勝てないならば、俺の戦い方を真似る。そしてサイズアップしたら楽勝やん! という発想なのかどうかは分からないが、肖像権の侵害で訴えたい。訴えて勝訴して賠償金を貰いたい。
それにしても対応が早すぎる、昨日は全く変化が起きなかったのに、今日は短時間でどんどんと対応する手を打ってくる。
俺達が穴倉に引きこもっていた間に、奴らはこちらへの対応を数で圧すのではなく、自らを変化させる事へと方針を変えたのだろうか?
変えたとするなら高度な判断力を持つ頭脳の役割を果たす存在があるか、それとも個体の一つ一つがネットワークとして繋がれていて群体全体として脳神経のような構造を持つ事で判断を行っているのか?
……どうでもいいや、ぶっ壊してしまえばどっちでも問題ないという脳筋回路が前回運転を開始する。
「浮遊/飛行魔法発動」
発動と同時に地面を蹴る。脚力のサポートと紫村の改良による効率アップの効果もあり、一気に俺似の水晶巨人の頭上の遥か上へと跳んだ……空気抵抗以外に減速する要素が無いって素晴らしい。
上空七十メートルほどの高さから真下に巨人を見下ろす。どうせ人の真似をするならば、見上げてこちらを伺う素振りくらいやればよいものだが、そこまでの知恵は無いのか顔は正面を向いたまま全く動かない。
実際のところ、奴が目に位置するところで周囲を見ている訳ではないのだろう。
それはある意味有り難い事だ。逆に俺が目でしか周囲を見る事が出来ないと判断したら、更に戦い方を変えてくるはずだ。
視線の絡み合わない睨み合いが、三度息を吸い込むほどの間続いた後、巨人は上昇を始める。
しかしそれは欠伸が漏れるほどゆっくりとした動きで、元の水晶球状態の上昇速度となんら変わりは無い。
そこへ【所持アイテム】から足場用の岩を取り出して落とす。
折角、合体変形と言う芸を見せてくれたのだから、何か面白いリアクションが見られるかと期待したのだが、巨人は落下してきた岩を頭頂部に受けると、そこから亀裂が生まれ、次の瞬間には亀裂は何条にも分かれて内部を走ると反対側へと抜ける。
そして大小6つの塊に割れるとそのまま地面に落下し、その衝撃で完全に崩壊し砕け散った。
「……えっ?」
その余りの呆気無さに対する驚きの余り、一度にレベルががってしまったほどだった……驚きは関係ないけどな。
しかし眼下にはまだ三体の巨人の姿がる。明らかなる相手側の誤った選択によるチャンス。美味しいな美味し過ぎる展開だ。
巨人の全長はそれゼロ四十メートルほど、大体俺の身長の二十二倍弱と言ったところだろう。つまり体積はおおよそ一万倍。
俺は筋肉質で体脂肪も少なく、肺に空気を多めに取り込んでおかないと水に沈むくらい重く、体重は六十五キログラムはある。
つまり水よりも僅かに重い程度なので、俺の体積を大雑把に〇.〇六五立方メートルとすると、俺をモデルにスケールアップした巨人の体積は一万倍にして六五〇立方メートルと導き出される。
対してお化け水晶球はほぼ球体で直径は二メートルと二十センチ程度なので、ざっくり五.六立法メートルとする。
つまり、巨人の体積はお化け水晶球の百十から百二十倍程度なので、それと同じ数のお化け水晶球が合体したと考えるべきなのだろうが、巨人を倒した事で得られた経験値は、何故かお化け水晶球の経験値の二百倍弱だった。
どういう理由かは分からない。もしかしたら某五体合体ロボの重量が、分離した五つのメカの総重量よりも軽いという不思議と同じなのかもしれないが、岩の投下一発で、今日それまで稼いだ以上の経験値を稼いだことになる。
美味しすぎて踊りだしそうになる展開だ。
「これは……慎重に行くべきだな」
調子に乗って、このまま既に存在する巨人三体を一気に倒してしまったなら、奴らは新しい手段を講じてくるだろう。
それが今回の巨人ほど簡単に倒せて、かつ経験値的にも合体特典がついた美味しい状況になると思えるほどおめでたくはなれない。
そんな獲らぬ狸の皮算用をしていると、紫村と香藤がやって来る……完全に浮遊/飛行魔法を使いこなしている!?
「主将!」
「何があったんだい?」
二人の慌てた様子に察しがついた。巨人を倒した事で一気にレベルアップした事で俺が強敵と戦っていると勘違いしたのだ……むしろ美味しい鴨です。
「分かり易く言うと。お化け水晶球が合体して俺に似た巨人になり、俺が上に飛んだら、ゆっくりと追っかけてきたから上から岩を落としてみたら当たって砕けて、地面に落ちてレベルアップ」
「実際どれだけ端折ったのか分かりませんが、とても分かり易いです」
「香藤……全然端折ってないんだ。本当にその通りなんだ」
「……一体、奴はなにをしたかったんでしょう?」
「多分、我々とは別の視点で物事を判断しているんだと思うよ……迂遠なように思えて彼らは次々と新しい手段を試しているようだしね」
その通りだ。特に今日になってからの奴らの対応の速さを不気味に感じている。
今は的外れな対応ばかりだが、学習して効果的な手段を見つけたら物量で押し込まれるのは間違いないだろう。
「取りあえず、この機を活かして一気にレベルアップするぞ。二人は【結界】を張って隠れて体力を温存しろ。その間に俺はこいつらを出来るだけ多く誘き寄せる。そして集まったところを一気に殲滅してレベルアップだ」
二人は無言で頷くと近くの森の中に入り、【大坑】を使って作った穴に入り、更に【結界】を張って身を隠した。
俺は先ずは上空五百メートルまで上昇し周囲を見渡す。
流石に視界のほとんどが森の木々に覆い尽くされている状況では、広域マップがアクティブになる範囲は、周辺マップの半径三百メートルから広がる事は無い。
だが五キロメートル先に大きな岩山が見えたので、そちらに向かう。投下用の岩が欲しかったのだ。
「とりあえず、最初のを簡単に倒してしまった分をチャラにしないと不味いな」
途中前方に立ち塞がった巨人に接近し、その腕の届く範囲内で攻撃をかわし続ける。勿論反撃はしない一方的に押し込まれているように見せかける……だから、お願いだ。沢山巨人を生みだして欲しい。
巨人達が飛ばないように高度を下げて、連中の手が届くぎりぎりの位置を飛びながら時間をかせぐ。
すると広域マップに表示される大量に集まってきたお化け水晶球達が次第に幾つかのコロニーを形成していき、やがて変形合体して巨人へとクラスチェンジしていく……ニヤニヤが止まらない。
そして新たに誕生した三体と合わせて六体になった巨人に「宝の山だよ」と本音が漏れる。
投下用の岩を大量に集めた後、更に二時間ほどかけて巨人達に囲まれながらの鬼ごっこを続けるながら広域マップのアクティブ領域を増やしていると、周囲には二十一体の巨人が集まっていた。
ゆっくりと紫村達が隠れている場所へと巨人達の誘導を開始する。その間も戦いながら退いているように演技を続ける。
目的地にたどり着いた頃には、広域マップ内にはお化け水晶球の姿は無く、全て水晶の巨人へと変形合体を終え、その数は二十五体になっていた。
「打ち止めだな」
これ以上は巨人もお化け水晶球も増える様子も無い。
もっとたくさん集めたかったという気持ちもあるが、正直ほっとしている。
何故なら俺の【栄養状態】がヤバイ事になっている。流石に効率化されたとは言え、僅か四時間で改良されただけの『浮遊/飛行魔法』では数体の巨人にわざと囲まれた状態で逃げ続けられるほど機動力は無かったので、足場岩を使い続けたのが響いたのだろう
カロリー消費が予想以上に大きかったのだ。
十秒飯を喉の奥に流し込みながら、二人が隠れている穴倉を目指して一気に飛ぶ。
広域マップがアクティブ表示になっている場所ならば、識別済みの対象は地下に居ようが表示される。
入口を塞ぐ岩を収納して叫ぶ。
「敵巨人二十五体だ。急げ、一体残らず平らげるぞ!」
「二十五体とは随分な数が集まったものだね」
「これを残らず倒し切れるかが、今後に響きますね」
敵は様々手段を講じてこちらに対抗しようとしているので、効果的な対策が取られる前にレベルアップして戦力を増強しなければじり貧に追い込まれる。
外に出て、先ずは大量に確保した投下用の岩をまとめで出していく。
二十五体に対して紫村と香藤の分だけでも五十個だから、十分に足りるはずだ……足りない時は奴らが新たな対策を講じて来たという事だから、絶対に足りて欲しい。
「行くぞ!」
俺達三人は高度を取ると、移動しながらの岩を巨人目掛けて投下していく。
一気に四体が砕け散るとレベル六十四まで上がった。
次の瞬間には紫村と香籐が結界から飛び出して上空へと足場用の岩を蹴りつけながら駆け上がると、巨人の頭上をとって岩を落としていく。
攻撃を開始してから1分足らずの間に巨人は全て砕け散った。流石に三人ががかりだと早いこと早いこと。
俺のレベルは六十七まで上昇し、紫村達のレベルも五十八まで上昇した……俺と比べると二人はレベル五十を過ぎてから上がりが悪くなっているみたいだ。
俺もレベル六十を超えてからのレベルアップに必要な経験値がどんどん増えているので七十には届かなかった。
だが一つ新しい、しかも良い事があった。
『パーティーに参加してるメンバーの総レベル数が規定値に達したため、【所持アイテム】【装備品】の機能を拡張し、パーティーメンバー間でシステムメニューを介したアイテムの受け渡しが可能になりました』とアナウンスがあったのだ。
試しに【所持アイテム】の中から鈴中の死体をチェックすると、【パーティーメンバーへの受け渡し】という項目が新たに追加されていたので【紫村】を選択してみる。
紫村は一瞬眉を痙攣させて、目を閉じて一息吐いてから一言。
「こんなの要らないよ!」
割と真剣に拒絶された……分かってるよ。
何だかんだで実際にアイテムの受け渡しが可能なのは確認したが、実際これが役に立つ場面は今のところは無い。
ただ、今後もパーティー全体の総レベル数でシステムメニューの機能が拡張される可能性があるって事が分かったので善しとする。
「それにしてもたった二日でレベル五十八か。今まで俺の苦労はなんだったんだ?」
この世界に来るまでの俺のレベルを超えてるからな。しかもレベル五十以上は伸びが大幅に鈍化してるくせにだ。
「……申し訳ありません」
「いや、香籐に謝って貰うようなことじゃない……ただ世の中、理不尽な事ばかりだと思っただけだ」
本当に理不尽だよ。俺の事はまだ良い。だけど二号の事を考えるとね。
あいつがレベル五十になるために何度死んだ事か、それなのにもうレベル追い越されてるんだぜ……もう少しあいつに優しくしてやろう、甘やかせてやろうと思った……嘘だけど。
まあ、もしかしたらそんな気になる事があるかもしれない。
「俺は周辺の様子を探ってくるから、今の内に食糧調達を頼む」
先ほど食べた果実やナッツ類は、特別に栄養価が高いと言う訳ではない。
ここで言う高いとは一口にで千カロリーを大幅に超える様な超高カロリーな何かだった。
何故そんな事を考えているかというと、レベルアップによる身体能力の向上による消費カロリーの上昇に対して、消化器系の能力の向上が追いついていないという悲しい事実に気づいたからだ。
確かに消化器系の能力も馬鹿みたく向上している。胃袋に入ったものは素早く消化され一カロリーも残さない勢いで身体に吸収されているが、それでも追いつかないほどのペースでカロリーが消費されてしまうのだ。
例えば今なら、魔法などのアシストなしに垂直跳びで三十メートルを跳べるだろう。それを百回でも千回でも繰り返すだけの体力もある。
足場岩を使えば一分もあれば富士山山頂の高さまで跳ぶことすら可能だ。逆に言うと富士山登頂に必要とするカロリーを一分間で使い切れるという事である。
そのカロリー量は個人の体重などによって違いがあるが、平均的な成人男性が一日に必要とするカロリーよりはずっと多い。
多分、消化が良く、高カロリーで摂取率の高い食品を、向上した消化器系の能力に任せて一日中食べ続けたとしても、一時間全力で動き続けられるカロリーを摂取するのは不可能だろう。
つまり、この先はいくら身体能力が向上しても消化器系の能力の向上がボトルネックになって全力で使えないという事だった。
それでも、今後はたんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、無機物質などの成分をバランスよく含み、高カロリーで消化が良く、どんな状況でも素早く口に出来る。そんな都合の良い食べ物を常に携帯しておくように心がける必要があるのだが、一体何が良いんだろう?
食べるなら美味しい方が良い。はっきり言って今の手持ちの携帯食の味や食感は満足していない。
しかも一日に最低でも数万カロリー以上を取れるのが最低条件だ。全力で身体を酷使したらその十倍のカロリーを摂取しても短時間で倒れる事になるだろう。
そんな条件を満たすためには素早く身体に取り込める糖メインなものになる。脂質メインじゃ駄目なんだよ
俺は甘いものは嫌いじゃないが、耐えられる甘さの上限が低いタイプなのに、糖で一万カロリーを得ようとすれば砂糖なら二キログラム以上も食べる必要がある……生き地獄だ。想像しただけで歯が溶けそうになる。
問題山積みだ……
「どのくらいの範囲を?」
「現在の広域マップの表示範囲の外側まで最低でも半径十キロくらいの範囲は広域マップでアクティブ表示されるようにしたい……まあ、一時間以内に戻るようにする」
「分かったよ……ところで、離れていても連絡出来る魔術や魔法は無いのかな?」
「あるぞ。今回のレベルアップで覚えた魔術に【伝心】ってのがある。だけど使うためには互いに【伝心】が使えないと送受信どちらも出来ないから役に立たないな」
この手の便利な魔術はもっと低レベルで習得出来るか、習得していない相手とも自由に会話出来ないと使い勝手が悪すぎるだろう。相変わらず嫌がらせっぽいな。
「それは残念だね。それなら時間は正確に頼むよ」
「ああ分かった。1時間後には戻るようにする。戻って来なければ何かがあったと思って行動してくれ」
「気をつけてね」
「紫村もな、香籐のこと頼んだぞ」
体勢を足を前に投げ出して寝転がるようにする事で空気抵抗を減らして、『ある程度』安定して高速飛行が可能となった。
これも俺が巨人集めをしている間に紫村が浮遊/飛行魔法を改良してくれた結果だ。
空力特性に優れた形状で、高速飛行時の空気抵抗に耐えられる丈夫な外殻を持ち、それでいて軽い素材で出来ていて、俺の身体がすっぽり収まるサイズなんて都合の良い物があれば、プロペラ機程度の速さで飛ぶことも可能なのだろうが、今のところは時速百キロメートル程度が限界だと紫村が言っていた。
それ以上速度を上げると、身体に当たる風に体温を奪われて余計にカロリー消費が増える事になる。
この身体は冬山でも一晩ゆっくり裸で寝られるほどの体温調整機能を持つのだが、それもカロリーを消費しての事だ。
気づいていなかったのだが、先程予想以上にカロリーを消費したのは体温を奪われたのが原因の一つだろう。
こんな時の為に【操熱】があるはずなのだが、魔術の中でも使用中に本人が意識して温度を調節する必要のある【操熱】と同時に、また使い慣れていない浮遊/飛行魔法を扱う事は出来ない。
火傷と墜落の二択を迫られる事になるだろう。
多分慣れれば使いこなせるようになるのだろうが、昨日考えて作り、今日初めて使い、二度の変更を受けた浮遊/飛行魔法を、さあ今すぐ使いこなしてみろなんて……大島なら言うよな。
取りあえずゴアテック製の雨具があるのでそれを来ている。
雨だけでなく風もしっかり遮ってくれるので、速度を出し過ぎたり長時間高高度を取らない限りは何とかなるだろう。
偵察の範囲が残すところ僅かとなった時だった……どエライもの見つけてしまった。
直径四百メートルはありそうな円盤状の形をしていて、広域マップには単なる点ではなく地形の様にはっきり形が表示されている。
それは空に浮かんだ島の如き巨大な水晶の塊だった……まだ九キロメートルも離れているというのに肉眼でしっかり肉眼で確認出来てしまう。
「超空の要塞、B-29は本当にあったんだ!」
そんなお約束めいた戯言を口にせずにはいられない。一体何体のお化け水晶球が合体したのかざっと計算するのも躊躇ってしまう大きさだった。
紫村達がいる先ほど巨人と戦闘をした方向へとゆっくりと移動している。飛行速度はお化け水晶球の移動速度とそれほど違いはなさそうだ。
俺は緩やかに右旋回しながら──速度が遅いので、やる気なれば急旋回も可能だが、速度が上がれた飛行機に比べても旋回能力は大きく劣るだろう──B-29(仮称)に向かって飛ぶ。
「思ったより高度をとってるな」
目視出来るまでに近づいたB-29(仮)の上へと行くために、上昇して高度を稼ぎながら接近していく。
既に高度五百メートルを超え、ちょっとした山の頂上と同じ高さで風は冷たく、奪われる体温を補うように身体は熱を作り出す……ダメェ~おなかが一杯なのにカロリーが不足しちゃうぅ。
いや冗談抜きでかなり深刻で、システムメニューの【栄養状態】の項目は色が黄色に変わって異常を知らせる親切機能を余すことなく発揮している。
食が細くて精霊術を使えず故郷を去ったエロフ姉の気持ちが今なら分かる気がする。どんなにそれが必要であっても食えないものはどう頑張っても食えないのだ。
「これ以上は本当に腹には何も入らないのに……点滴だこうなったら点滴しかない……あれ? どうやって!」
我ながら軽く混乱してる。だが現実に戻ったら必ず点滴用具の入手を考えないとならないのは確かだ。
上空九百メートル。思えば高くに来たもんだと。
俺が所持しているのは気圧高度計を内蔵した腕時計。
一年生の時に冬合宿の前に勧められて購入した。ちなみに勧めて来た先輩の言葉は「悪い事は言わない死にたくなければ用意しておくんだ」である。
はっきり言って気象状況よって差が出来てしまうので、移動しながらの一発計測では余り数字に信用はおけず、あくまでも目安に過ぎないがそれでも現在表示されている数字は九百を超えている、フィートなら良いのだがどう見てもメートルだ。
マップ機能でもっと正確な数字が分かるのだが、俺はこいつと死線を潜り抜けて来たので、最後の希望を託して確認したのだがやはり九百メートルを超えていた。
温度は十度。氷点下十度ではなくプラスの十度だ。
だが現時点で速度は時速百キロメートル以上。B-29(仮称)の上を取るために全速力で上昇中だ。
秒速に直すと三十メートル以上で、体感温度では氷点下二十度に相当する。しかも気づけば高度は千メートルを超えている。
「もう持たない……」
身体能力の向上は体内のグリコーゲンを搾り出すだけではなく脂肪までも素早く、そして容赦なくエネルギーへと変えていく為、脂肪さえも尽きたら短時間で命を失いかねない……しかも俺は体脂肪率が低いんだ。
狙いもクソも無く、B-29(仮称)の上空を横切りながら岩を次々と落としていく。
「畜生! パージしやがった」
岩の直撃を受けた場所を切り離す事で、周囲にひびが広がらないように手を打ったのだ。やはりお化け水晶級達は群れごとで情報を共有しているのではなく種全体で共有している可能性が高いと言う事だ。
俺達と巨人の戦闘の情報を入手していなければ、この対抗策を練れるはずが無いのだから。
さほどダメージを与える事は出来なかったが、これにて撤退。これ以上は戦い続ける余裕が無い。
一気に高度を下げると木々の上をかすめる様に飛びながら紫村達の元へと逃げ戻る。
「お帰りなさ──」
「悪いが急いでここから逃げる。三キロ……いや、五キロほど東へと移動して拠点を作り直すんだ」
「どうしたんですか?」
「細かい事は後だ、とにかくやばい敵が来る。こちらに真っ直ぐ向かってきている事から、現在の拠点の大体の位置は知られているだろうから別の場所に……今よりもずっと深くに……作るんだ……悪いが俺は……もう限界……限界だ」
まだ一年生の頃に時折やった懐かしいハンガーノックの感覚に襲われる。
地面に腰を下ろした瞬間から身体が動かない。視界がゆっくりと色を失っていく……やがて視界がモノクロになったと思った瞬間、黒が紫に変わっていく……何度見ても黒のさきはむらさきなんだ……あたまががが、ぼんやりとしてててていしきがががうすれていいいいいくぅ………………ああ、いつもの場所だ……暗転
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