第79話

 暗い穴倉の中で寝袋に包まれた状態で目を覚ます。システムメニューで時間を確認すると何時も通りの起床時間だった。

「現実に戻ってるなんて甘い事はないか……」

 明かり一つ無い暗闇の中だが昨日眠りに就いた地下の横穴だと分かる。自分が掛けたままの【結界】が張られたままなのだから。



 今回の異世界ではっきりしたことがある。どうやら精霊は龍と敵対関係にあることは間違いないようだ。露骨なまで俺を龍との戦いに駆り立てきやがった。

 思うにルーセの事といい、俺が敵にすべきなのは龍ではなく精霊の方な気がしてならない。

 敵対するしないを抜きにしてもいけ好かないやり方をしやがる精霊に対して好意を抱く理由が全く無い……だがこれといって打つ手が無いのが現状だった。


 次に異世界……つか、今ここにいるのも異世界だから、夢世界と呼ぶことにしよう。夢世界からの持ち越した問題は魔法だ。

 この世界にも魔粒子が存在するのか? それが問題だ。科学が発達した現代社会においてそんな未知の粒子なんて存在するはずが無い……なんて事は思わない。


 例えばダークマターとダークエネルギー。

 これらは宇宙が現在の形で存在する事自体が現在の物理学上ありえないという、事実と物理学の間の矛盾を埋めるべく用意された仮定上の存在である。

 本来、宇宙に存在しなければならない質量やエネルギーの不足分を、補うために用意されたキーワード。

 しかし、もしも人類には決して観測出来ない質量とエネルギーで宇宙が満たされているならば、その中に魔粒子や魔力という存在があっても不思議ではない……まあ、俺の理性が否定するけど。


 そして俺は今、人類の科学が及ばない領域へと踏み入れて……あっ、有ったよ魔粒子。

 魔力を展開すると普通に存在が確認されてしまった。

 もう魔粒子がダークマターで魔力がダークエネルギーで良いんじゃないだろうか?


まあ、こちらで魔術が使えたこと。更にはシステムメニューが使えた事からも、ある程度は想像がついていた事だった。

 魔術が魔粒子の操作の所産であることは想像の範囲内であるし、システムメニューの一機能であるマップ機能が『魔法障壁』なる存在によって阻害されたことから、システムメニュー自体が魔法的な存在であるとは察しがついていたのだ。


 夢世界で寝る前に『基礎魔法入門Ⅱ』を読んだ結果、魔粒子には現在発見されているだけで二百種類以上も存在する。

 しかし普通に効果を発揮出来るほどの量が存在する魔粒子は僅かに十二種類である。

 気候や地形などの環境によって魔粒子の分布も大きく異なり、限定された場所にのみ効果を発揮出来る量が存在する魔粒子は十九種類と言われる。


 残りの二百種類ほどの魔粒子は利用出来ないという訳でもない。

 魔法は単独種類だけで発動するのではなく、様々な種類の魔粒子を組み合わせて操作する事で発動するものが多い。

 また、予め希少種の魔粒子を集めておいて、魔法を発動する際に周囲に散布したり、特殊な魔法道具の中に封じ込めておき、魔道具の中に【場】を作り魔粒子を操作する事で魔法を発動させる場合もある。

 ちなみにその特殊な魔法道具とやらを作るのに必要なのが龍の角などの貴重かつ希少な素材らしい。



 俺は試験的に飛行を可能とする魔法の作成に挑戦してみたのだった。

 そういうと寝る前の僅かな時間でお気楽に作ったみたいだが、システムメニューの時間停止を利用して実質まる二日、四十八時間以上も掛ける事になった。


 まずは試験的に、基本となる十二種類の魔粒子を操作するための、プログラムで言うところの共通関数というかむしろ標準ライブラリ関数を作成する事にした。

 ちなみに現代日本人の常識からすると驚くべきことだが、この世界の魔法使いの間で秘匿主義が蔓延し、誰もが使える広く知られた魔法はほとんど存在しないそうだ。


 周囲に存在する複数種類の魔粒子の中で対象となる魔粒子を選択的に操作するためには、先ずはそれぞれの魔粒子を識別する必要がある。

 しかし、広くはない【場】の中に存在する魔粒子の数は、一番が少ない種類は一桁だが、多い種類に至っては三桁から四桁になるので、その識別にはそれぞれの特徴を分析しパターン認識を使う必要があった。


 この魔法の最初の一歩と言う段階で、技術の共有がされておらず一人一人が、自分で解決しなければならない事に、魔法使い全員滅んでしまえば良いと思ったのは、多分俺だけでなく全員が通る道なのだろう。


 最重要である、ほとんどの場所や環境で普通に単独種で魔法を発動することの出来る量が存在する十二種類の魔粒子を対象にパターン認識を行い識別操作する方法を選択した。

 元々、その十二種類と十九種類に関しては特徴が『基礎魔法入門Ⅱ』にも載っているので、それを元に何度も条件を変えて試行錯誤する事で完成させる事が出来た。


 それ以外の魔粒子に関してはおいおい分析を続けて条件を決定し識別出来るようなれば良いと思っていたのだが、『基礎魔法入門Ⅱ』の著述の中に、魔粒子の識別精度が甘い場合は目的以外の魔粒子に対しても操作を行い干渉が起こり効率が落ちるとあった。

 多くの魔法使いの卵たちは、この段階でどれほど真摯に研究に取り組めるかが将来大成するかが決まるのだそうだ。


 だが実際は、ミーアの話や本に書かれていた内容から推測すると、この夢世界で魔法使いと呼ばれる者達は、明確に魔粒子を識別しているわけではなく大雑把にイメージだけで操作を加えているようで、しかも大雑把にでも識別出来ているのは基本十二種類と限定条件で発動可能な十九種類のみで、それ以外の魔粒子を識別出来るのはごく一部の、専門的に魔粒子を研究しているような魔法使いに限られようであり、多くの魔法使いは似た魔粒子を混同して操作することで効率を落としているようだ。


 しかし俺は妥協せず、最大の効率化を図るために、現在確認されている魔粒子全てを識別出来る魔法を作ることにした。

 もし全ての魔粒子を識別可能になれば、術式に必要としない魔粒子以外の運動を完全に停止させ不要な魔粒子による干渉をゼロにする。

 それが出来るならば、発動に必要とする魔粒子の数を激減させる事が出来ると考えたのだ。


 魔粒子は基本形は体積の三分の二ほどを占める中央の構造体と、それを鉛直方向に中心を貫く軸状の構造体により作られている。

 中央の構造体は外見上、球を基本とした形状と立方体を基本とした形状の二種類が多く、全体的に形状は独楽をイメージすれば良いだろう。

 そしてそれらは軸を中心にして秒間四分の一から八分の一回転している。


 魔粒子の種類の識別する基準となる要素には、中央構造体の形状と大きさ、軸の長さと太さ、回転速度と回転の方向が考えられる。

 しかし実際の魔眼とは「眼」という言葉とは裏腹に、視覚的情報というよりも触覚的情報に近いために、軸を中心とした回転運動の際に見かけの形に変化の無い魔粒子、例えば球と軸のみで構成される魔粒子の回転速度を正確に把握するのは難しい。


 回転の際にわずかに魔力を巻き込もうとするので、それによって回転方向だけは識別が付く程度だ。

 従って、まず最初にチェックされるのは回転方向で、魔粒子の八割程度が反時計回りの左回転で、残りの二割程度が時計回りの右回転するようだ。

 普通に考えれば次にチェックするのは回転速度だろうが、先に述べたように正確な回転数を求めるのは難しい……これが魔法作成作業の大きな躓きになった。


 先に述べた回転の反応が極端に少ない魔粒子──つまり球、円柱、円錐、または水平方向の断面が全て軸を中心とした円になる中央構造体を持つ魔粒子は、外見上球を基本とした形状と分類される魔粒子が多いはずなのに少なかった。

 それは外見上は球体に分類されても、実際は球体では無く球体を形作る骨組みだけで作られている物が多いためで、方向に枠がある場合はその場合は普通に魔力を強く巻き込むので回転の速さが分かり易かった。


 その後で様々な条件付けを行い分析したが、結局はパターン認識による識別方法では全ての魔粒子の識別を行うのは不可能だと判断した。


 この結論にたどり着くまでに、俺は二十時間もの時を費やすことになった。勿論、その時間の全てが無駄だった訳ではなく成果もあった。


 お陰で確認出来た魔粒子、百八十四種類の図鑑的なものがシステムメニュー内の【文書ファイル】内で完成した。

 ちなみに人間などの体内にあるという魔粒子はノーチェックだ。そんなもの怖くて弄る事は出来ない。

 やるとしても先ずは動物実験から始める必要がある……まあやりたくない。

 他にもごく限られた場所にしか存在しない魔粒子もあり、それについても保留である。


 だが、俺が作り上げた魔粒子図鑑は非常に重要な価値を持つ情報であり、今後の魔法技術の状況を考えれば、このようなものが存在しなかった事が原因だと断言出来る。


 これを更に発展させて行けば、現在確認されていると言われる二百数十種類といわれる魔粒子の数は最終的には倍に増え、個々の魔粒子について更に詳しく研究されていくことになるはずだと思う……俺が公開すればね。別に秘匿する気はないけれど公開するのは俺が死んだ後にしておこう。


 図鑑的なものを作れるレベルで魔粒子の識別基準が出来ているなら何故魔法の開発に失敗したのか? という事になるが問題は時間だった。

 素早い魔法発動のためには可能な限り短時間で周囲の魔粒子の種類や数を識別したいのだが、ワイヤー構造というか透かし彫り技法というべきか、内部に空間を持つような中央構造体を持つ魔粒子の正確な形をチェックするには、単純にパターンに当てはめてチェックする方法は使えず、俺自身による判断が必要になるために、そんな悠長な手順を踏むのは明らかに使い勝手が悪すぎる。


 そこでしばらく魔粒子を色々と弄り回しながら考えて気付いたのが、魔粒子に対して魔力で干渉する際に、魔粒子が加わった魔力の力に対して従い運動を開始しするほんの一瞬だが、静止摩擦係数のように強い抵抗を示して、魔力の一部を反射するということが分かった。

 そして反射された魔力には、それぞれ魔粒子によって固有の性質変化が発生していた。


 ここまで来たなら話は早い、この魔力の反射現象の詳細なデータ取りに没頭する。

 まずは弱い反射される魔力を強いものへするために、俺が得意とする魔力の圧縮を用いる。

 小さな魔力を出来るだけ小さく圧縮を掛けて開放されることで生まれる強い魔力の波をぶつけて、その反射を調べる。

 一般的に魔法発動に使用される、直径一メートル程度の【場】魔粒子への干渉を行う空間には少なくても数万程度の魔粒子が存在するので、この全ての反応を記憶して操作するには、俺のようにシステムメニューで知覚能力や記憶能力を強化されていても負担が大きい。

 そこで各魔粒子によって反射され弾力を分析し魔粒子図鑑に追記し、それを元に反射された魔力で魔粒子の種類を特定しつつ、それを色別に視覚化してマッピングする魔法を組み上げる事で効率化する。

 この魔法は基本となる十二種類の魔粒子の中の五種類を使う事で発動出来るので、効率は悪いが【場】の中の魔粒子を判別する前でも使用出来た。

 最終的にはこの処理は魔道具で行えるようにしたい。


 結果として魔力操作の練習を行い圧縮をある程度、使いこなせるようになればレベル二十程度もあれば負担を感じずに【場】の中の魔粒子の状況を把握出来るので紫村や香藤も十分に使いこなせるようなるだろう。



 魔法の発動には、最初に自分の【場】にある魔粒子のチェックを行う為に、球形の【場】に内接する正方形をイメージした八つの点と【場】の中心に位置する点の九か所に圧縮された最小限の魔力を置き開放する。

 反射された魔力から確認された魔粒子は百八十六種類。基本十二種類と限定条件下で単独発動が可能な十九種類は当然全て確認されて、しかも密度的にも夢世界と変わらない比率で存在した。

 しかし、一つ気になる事がある。

 夢世界ではその場存在する一種類の魔粒子だけで魔法を発動可能なのは十二種類と十九種類の合計での三十一種類のはずだが、ここではその三十一種類に含まれない魔粒子が単独で魔法発動可能レベルの密度で存在していた。

 しかも二種類もである。


 一瞬、地下という環境の為かとも考えたが、そもそも地下であるというだけで魔法が発動出来るなら、限定条件下で魔法発動可能な魔粒子は十九種類ではなく二十一種類になっていたはずだ……やはり世界が異なると書いて異世界である。他の世界の常識が全く通用しない。



 次に頭の中で術式のイメージを組み上げる──ちなみに、普通の魔法使いは呪文を詠唱するそうだ──俺が魔法発動のために作り出した直径一メートルの魔力の【場】の中で重力に干渉する魔粒子百六十個中、八十七個に対して逆回転を開始すると魔法が発動し始める。

 発動した魔法により生み出された力は可能な限り最短距離で魔力で満たされた【場】から脱出しようとするので【場】を凹状に変形させていくと、そのへこんだ部分へと集中して【場】から出て行こうとする。

 それを利用して魔法の効果を自分へと手中させると、正直、理由はさっぱり分かっていないし、納得も出来ないが身体が軽くなっていくのが分かる。


 更に魔粒子の回転を上げていき一秒間に三回転半をを少し超えた辺りで自分の身体の重さがゼロを下回り重力から切り離される。 これは夢世界と同じであり、三つの世界の重力は全て同じと考えていいのだろう。


 寝袋に入ったままの状態で右手で地面を押す。すると下半身の方からふわりと身体が地面から浮き上がり緩やかに回転をしながら上昇する。


 この浮遊感覚は、岩を足場にしての空中移動では味わえないものだ。

 夢世界では魔法開発作業による精神的疲労のために身体の重さをゼロにする実験に成功した後、そのまま寝てしまったので、これが初の無重力体験だった。


「すげえ楽しい!」

 テレビなんかで飛行機の放物線飛行で擬似無重力体験のする奴の驚きと興奮が理解出来る気がする。


 近くで何かが動く気配がする。先ほどまで俺の隣で寝ていた香籐が目を覚ましたようだ。

「おはよう香籐」

 空中で回転しながら挨拶をする。

「おはようございます主将……えっ?」

 挨拶を返しながら自分の手のひらに【光明】を掛けた香籐は、空中にいる俺を見つけてそのまま固まった。


 昨夜は【坑】シリーズで掘って作った地下の空間に、更に【結界】を使用したシェルターで俺達は休むことにしたのだが、紫村対策として、メインとなる空間とは別に部屋を二つ作って、安全のために一方に俺と香籐、そしてもう一方に紫村の寝室とした。

 当然というか、図々しくも紫村からは強い抗議があったが「お前の性癖が信用出来ないということを圧倒的に信用している」と告げると引き下がった……それで引き下がるという事が全てだ。想像するだけでゾッとするわ。


「よし、朝飯にしよう」

 魔法を解除して降りると、まだ呆然としている香籐を無視して寝室スペースを出る。

 居間ともいうべき広いスペースに出るが暗いというか全く光が無い。

 とりあえず周辺マップで部屋の区切りは分かっているが、何せ円柱の形にくり抜いて作ったスペースなので足元は平らではない。

 【光明】を……ふと何に掛ければいいのか困った。

 香籐は自分の手のひらに使ったが、これは魔術を解除しなくても拳を握れば光を遮断する事が出来るメリットもあるが、何か手先を使う作業を行う場合は、逆に光で手元が見づらい上に光源が動いてイラっとするので【光明】を掛ける対象としては余り適してはいない。

 考えた末に鈴中の部屋から回収したお洒落なインテリア電気スタンドを取り出して地面に置くと電球に掛けた。うん何の不自然さも無いあるべき姿だ。


「おはよう」

 紫村が姿を現す。起こされなくても空手部の人間はこの時間には目覚めるという習慣が骨身に叩き込まれている。


「おはよう。しっかり身体を休める事が出来たか?」

「レベルアップのお陰で身体の回復力もかなり高まったみたいだから、完全に回復しているよ」

「それは良かったが、一つ大きな問題がある」

「なんだい?」

「食料だ。上がった身体能力を全力で使えばカロリー消費もそれに合わせて急上昇だから、俺が用意しておいた食料だけじゃ三日はもたないから、食料を調達する必要がある」

「食料といっても、こちらに来てから獲物になりそうな動物の姿は見てないね」


 そいつが最大の問題だ。

 戦いならば、戦えば戦うほど強くなれるのがシステムメニューのありがたさだ。そして安全な場所を確保する方法が分かった今となっては、突然強力な個体や、地下に潜って【結界】を張った俺達の居場所を発見する能力を持つ個体が現れない限り優位に戦いを継続出来る。


「今日は敵を排除しつつ、食料の捜索を行うしかないな」

「頑張りましょう」

「頑張るのは良いけど省エネモードでな。一応食料は普通の三日分以上はあるけど、俺達が全力で肉体を酷使したら今日の分すら危ういから……何とかならんかな? 魔術なら体力は消耗しないし、回復にはカロリーは必要ないんだろうけど、基本的に戦闘時には微妙な能力が多いからな」


「そうだね。わざと戦いには使えない、使いづらいのばかりを意図的に集めたかのようだね」

「悪意だな」

「悪意というよりも子供の悪戯の様な気がします」

「悪戯?」

「悪意というのなら、もっと決定的な状況に追い込むと思いますが、これはむしろこちらの反応を楽しむようなやり方な気がします」

「悪意か悪戯か……でも僕達に楽をさせる気だけは無いようだね」

「そうだな」

 俺だけでなく香藤も頷くのだった。



 先ほどの浮遊/飛行魔法を紫村と香藤に教えなければならない。

 移動の為に使えば、少なくともその分のカロリー消費を抑える事が出来る。

 生き残るためには絶対に二人にも使えるようになってもらう必要がある。

 しかし、夢世界の方の事を話すかどうかはまだ判断出来ないでいる……夢世界抜きに魔法については説明出来る自信が無い。

 香藤だけなら丸め込めるが、紫村相手には土台無理な話だ。



「それよりも主将。先ほどのは一体何だったんですか? 新しい魔術ですか?」

 ……言われてしまったよ。

「仕方ないな……魔術ではない。魔力を利用した別の系統の技術だ」

 別に口止めもしてなかったので文句も言えない。


「何の事かな?」

「朝起きたら主将が宙を飛んでたんですよ」

「それは……今更じゃないかな?」

「違うんです。空中に足場を出して跳ぶのではなく、ふわふわとまるで風船かなにかのように浮かぶんです」

「なるほど……それは興味深いね。高城君」

 困った。魔法の事を話すなら色々と話さなければならない事があるよな、夢世界の事はまだ──


「それは、元の世界ともこの世界とも違う、別の世界で身に着けたものじゃないのかな?」

「ぶぅーーーーーっ!」

 お茶も飲んでないのに吹いた。

「何故それを!?」

「むしろ君が気付かれて無いと思う方が驚きだよ。僕と香籐君は君のお陰で四十までレベルアップする事が出来たけど、そもそも君は今の僕達よりもレベルが高かったはずだよ。どうやってそこまでれベルアップしたのだろうと思うのは当然じゃないかな?」

「うっ!」


 お前が気づくんじゃないかと心配してはいたさ。だがお前がそんな素振りを見せてこなかったから油断していたんだよ。

 確かに現実世界で魔物をポンポン退治してレベルアップなんて事は出来ない。流石に北関東のド田舎のS県とはいえ、イノシシや熊を大量に狩るなんて真似が出来るほど山の中に野生動物は多くない。

 本当にファンタジー世界は凄いよ。


「どこかで町一つ滅ぼすような大量殺戮でもしなければ、現実世界では大幅なレベルアップは出来ないよね」

「発想が怖いわ! 幸いまだこの手で人を殺す事にはなってないから、人間を殺してどれほどの経験値が稼げるかは分からん」

「僕も君がそんな事をするとは思っていないよ。だから答えは自ずと一つの可能性に向かうんだよ。君は此処の様に現実では無い別の世界へと行ったことがある。それも四月の中旬辺りにね……そこにたどり着いた詳しい説明が必要かな?」

「いや結構」

 経験値を何処で稼いだか? この根本的な問題がある限り、例え此処に飛ばされた後で不自然にならないようにもっと驚いて見せたとしても無駄だったとしか思えない。


「それじゃあ、そろそろ聞かせて貰っても良いかな?」

「分かったよ」

 俺は降参して、これまでの事を語って聞かせた。


「ついでに言うと、鈴中の死体や部屋にあった全ての荷物を処分したのも俺だ」

「そうだね【所持アイテム】の事を知って気づいたよ……流石にシステムメニューなんてものがあるとは想像出来なかった」

 出来たら正気を疑うよ。


「ちょっと待って下さい。鈴中ってあの?」

「あの鈴中だよ」

「本当に死んでたんですね」

 まあタイミングが良すぎる失踪だったから香籐も疑っていたんだろう。


「鈴中は主将が?」

「そう考えてくれて構わない」

「そう……なんですか……」

 ショックを受けたように香籐が呟く。


「ここまで来て嘘を吐く必要はないんじゃないかな? 香籐君も余計な事を不用意に口にするようなことはしないよ……いいかい香籐君、高城君は『この手で人を殺す事にはなってない』って言ったのを憶えてないのかい?」

「あっ! そうだ……じゃあどうして?」


『高城君、僕から説明しても構わない?」

 俺は黙って肯いた。


「鈴中は北條先生への中傷誹謗に関わっていただけではなく、教え子の女子生徒への暴行を繰り返していた。十三人もの生徒へね

「いや、あの後DVDをチェックしたら新たに三人の被害者が見つかったから十六人だ」

 紫村が軽く俺を睨ん出来たので視線を逸らした。


「そんな、そんな事が学校で……」

「君と同じ学年の女子にも彼の犠牲者がいたんだ。これが現実なんだよ」

「馬鹿な! 馬鹿な! そんな馬鹿な!」

 正義馬鹿を患っている香籐には辛い話だったのだろう怒りに肩を震わせている。


「それだけじゃないよ。鈴中がヤクザから薬を買っていた話は覚えているよね? 当然彼は彼女達に薬を使っていた」

「くっ、教師が何でそんな真似を生徒に出来るんだ!」


 自分の欲望を満たすためだけに生きている様な奴になら簡単に出来る真似だよ。

 良い奴がいれば糞野郎もいる。それが人間社会であり、そして一人一人の人間の中にも、他人を思いやれる慈愛の心もあれば下種な欲望もある。それを全部心の中に宿した上で、何を為して何を成すかが、その人間の価値ってものだ。

 善い心も悪い心も全てが揃い、矛盾する感情の中で葛藤があるから人間は人間でいられる。

 そう何時か話してあげようと思う……こんな話小っ恥ずかしくて酒でも入らない言えそうにないから、ずっと後の事になるだろうが。


「その被害者の女性の一人が鈴中を害したとして、君は彼女をどうしたいと思う?」

「それは……それは……分かりません。僕に何がして上げられるのか分かりません……ただ、時を戻す事が出来るなら僕の手で鈴中を討ちます」

 小さく、だがはっきりと言い切った。

 俺は自分でも同じことを考えた癖に『うわぁ~中学生の発想じゃねえぞ。大島の影響はここまで子供達を狂わせるものなのか?』と退く。

 やはりこういうのはテンションが大事なので、冷静になると駄目なのである。



「高城君は、彼女たちの為に、この件を一切表に出さないように様々な手を打ったんだよ」

 共犯者が涼しい顔でそう語る。

「主将……一生ついていきます!」


 一生はやめて、卒業したらきちんとした距離感が必要だろう……待てよ、このレベルアップして人間離れした力を身につけてしまった後輩と卒業したから、さようならで済むはずがない。

 俺は時折鬱陶しいほど真っ直ぐで、こっちが引くほど慕ってくるこの後輩と長い付き合いになるのか? いや香籐ならまだ良い、問題は紫村だ。

「僕の事も末永くよろしく頼むよ」

 ……いかん、深く考える程に胸がというか心臓が締め付けらるよう苦しさに眩暈がしてきたよ。


「なるほど魔法ね」

 異世界、そして魔法の話を聞いた紫村は、新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かす……勿論そんな可愛らしいものではないネズミを追い込んだ猫だな。


「面白いものだね。これが普及すれば世界が変わるんじゃないかな?」

「……変えないで欲しいんだが」

 現実世界の人間には魔法は使えないイメージというか偏見みたいなものがあってしかるべきなのだが、残念な事に俺には無い……実を言うと俺はレベル一の状態でかなりの魔力があったんだよ。


 これは紫村と香籐の【魔力】の数値を確認して分かったのだが、二人のレベルアップの補正の入った現在の数値よりも、レベル一の俺の方が上だった。


 つまり極端な話だが、現在のサンプリングデータでの確率は三人に一人は素の状態で魔法を十分井行使出来る水準の魔力を持っている事になる。

 これは洒落にならない。技術的なものが伝わってしまえば大量の魔法使いが誕生してしまうことになる。

 そして誕生した魔法使いが何の法的拘束もなく魔法を行使しようものならば、秩序崩壊の四文字が待ったなしでやってくるだろう。

 極々僅かな、精々三桁に収まる程度の人数にのみ現れる才能ならば、人類はその才能を管理して活かす方向へと持っていく事も出来たのだろうが……暫定的な確率とはいえ三分の一は多すぎる。実際に信憑性が得られる程度のサンプリング数が集まれば、数字は数百分の一とか数千の一の数字に収まるのかもしれないが、はっきり言って数万分の一でも多すぎて管理する事は出来ないだろう。

 収拾がつかない。これならいっそ全人類に魔法を使う才能があった方が、少なくても差別が生まれない分だけマシなはずだ。


「変える力があるのに変えない。それは勿体無い事だと思わないかな?」

「今ある世界自体を勿体無い事にしてしまうよりは良いだろう」

「そうかもしれないね。でも……やっぱり勿体無くないかな?」

 ああ、そうだね確かに勿体無いよ。

 でもな科学技術のブレイクスルーのために使うならともかく、魔法の使用を前提とした技術など俺はあるべきじゃないと思う。人類が前へと進むために磨き進歩させてきた科学技術に対する裏切りだと思う。

 だから俺はどんなに勿体無いと思っても、絶対に勿体無いとは口にしない。


 だが問題は俺の個人的な感傷などでは済まない。

「紫村。お前は俺より頭が良い。だが全ての面で俺より優れた知性を発揮出来る訳ではないって事だな」

「僕は君が自分より劣るなんて考えた事は無いよ」

「お世辞は良いさ。自分ってものを理解する事が自分を磨く第一歩だろ。お前は俺なんかよりはずっと賢い」

「だけど君の長所は僕にとって眩しいくらいだよ」


「お前にそう思われることは嬉しいな……紫村、お前の問題点は自分が認めるに値しない人間に対して興味が無さ過ぎるって事だ。だから人間の汚さに対して自らの知り得る知識の範囲でしか理解しようとはしない」

「確かに僕自身には、そういう部分はあると思うよ。所詮人間だから全てに対して興味を持ち掘り下げて考える事は不可能だからね」

「魔法がほんの一部の人間にのみ使える便利で強力な力なら、魔法を使える者が差別され、人権を制限される立場になり、逆に魔法が人類の大部分に使えるのなら、人類は大きく発展するが魔法を使えない者が差別される事になる。そして決して少なくない数の人間のみが魔法を使える。もしくは使えないと言う立場になれば、魔法を使える者と使えない者の間に新たな、そして深刻な階級闘争が発生すると思っているだろう?」

「その通りだよ」


「いや人類全員が揃って魔法を使えるようにならない限り、持てる者と持たざる者の間で深刻な争いが始めることになる」

「……?」

 何だってーっ! と突っ込んで貰えなくて寂しい……それはともかく紫村は分かっていないようだった。

「魔法を使える者と使えない者がいるという事が、人類が曲がりなりにも建前として信じている振りをしてきた『人は生まれながらにして平等』という現代社会の大前提が崩壊する」


「それは違うと思うよ。魔法を使える使えないというのも所詮は、人の持つ個性である才能に過ぎないよ」

「そうかな? 価値を見出すどころか誰も存在すら分からなかった【魔力】なんて才能が、お前が言う世界を変えるほどの力となるとすれば、魔力を持たざる者が黙って受け入れられるか?」


「それは納得するしかない……なるほど」

「そうだ。紫村、お前なら納得出来るだろう。自分に魔力が無かったとしても笑って済ます事が出来るだろう」

 紫村と言う人間の価値は、魔法を使える使えないで変わるほど安っぽくは無い。


「だが、それが出来ない人間は多い。そいつらは世界を変えるほどの力を自分が使えないと知り、味わった絶望の代償として『魔法を使えなくても自分は誰かよりは上だ』と考えるようになる。そこで生まれるのは差別だよ。それが広く人類社会全体で発生する。そうなれば『人は生まれながらにして平等』なんて幻想は一気に崩壊する。これは人間の、自らは高潔でありたいと思う気持ちによって作られた約束事に過ぎない。むき出しの感情に従い、己の高潔でありたいという思いを捨ててしまえば、人間は生まれながらに決して平等ではないという事実が露呈するだけだ。その結果、権力を持つ者は持た無い者を、金を持つ者は持たない者を、力ある者は無いものを、知恵がある者は無い者を、美しい者は醜い者を見下し差別するようになる。そしてどの価値観がより意味のある価値観を争うようになる」


「必ずしもそうなるとは思えないよ」

「だが必ずそうならないとは断言出来ないだろう」

「……そうだね」


「分かっているだろう? これは必ずそうならないと断言出来なければならない。せめて自分がそうだと信じれなければ全く意味が無い」

「そうだね。一パーセントでもそんな未来につながる可能性があるのなら回避すべき、無責任な発言だった撤回させて欲しい」

「分かった。これからは話す事は二人の胸の裡に止めておいて欲しい」

 そう言って俺は異世界での事を要点を抑えて説明した。

 当然、二号やエロフ終い……いや姉妹については割愛した。



 先にも述べたように現在のカロリー消費の大きさは深刻な問題だ。それを少しでも軽減し得るのが浮遊/飛行魔法だ。

 戦わずに逃げるという選択肢を選ぶにも浮遊/飛行魔法は必須だ。

 現在、浮遊/飛行魔法の能力は、二つの術式を同時に発動し鉛直方向固定の推力を得る術式と、方向を自由に変えられる主に水平方向の移動に使う推力を得る術式で、それぞれ推力の大きさは自重に対して一G(重力加速度)に設定している。

 上昇には二つの推力の合力によって行い、降下は鉛直方向の推力を抑える事で行う。

 しかし、空気抵抗や後方乱気流の影響下での姿勢制御は一切考慮されておらず、自分の身体一つで飛ぶので時速六十キロメートル以上の速度ではどうなるのかは分からない。


「取りあえず今日は俺が食料を探すので、紫村と香藤はレベルアップで強化された身体能力を使いこなせるように練習してくれ。それから紫村はついでに浮遊/飛行魔法の術式を改良して欲しい」

 紫村でさえも最初の頃の俺と同じように本来の自分の全力あたりから上の力の使い方には手古摺っているくらいだ。

 香藤はまだ時間がかかるはずだ。


「浮遊/飛行魔法?」

「これの事だ」

 そう言いながら浮遊/飛行魔法を発動して、身体を一メートルほど浮かせてゆっくりと平行移動する。

「……いや、そういう事ではなく……その……名前のセンスが……」

「……ひどいです」


 ……こいつらは一体何を言ってるんろう?

 俺のネーミングセンスに問題がある? 馬鹿な、そんな事は親にだって言われたと事など……一回……二回……三回…………ふぅ

 いやいや、兄貴だってそんな事は…………そういえば『良いか隆、お前が涼にあんな名前を付けようとしていたと知られたら殺されるから絶対に口にするなよ』って……おかしい、これって何者かによる記憶の改竄なのか? まさか精霊による介入がこちら側にも!?



「そ、それでね浮遊/飛行魔法の術式の改良っていうのはどういう方向でやれば良いのかな?」

「そうです。僕も知りたいです」

 二人の気遣いが胸に突き刺さる。


「今の浮遊/飛行魔法は空に浮かんで移動するだけでそれ以外は何の機能も無いんだ。だから速い速度で飛ぶと空気抵抗などで姿勢が制御出来なくなるのを改善して欲しい。魔法を使うための基本的な……ちょっと待て」


 夢世界では『基礎魔法入門』と『基礎魔法入門Ⅱ』は【文書ファイル】化してあり、システムメニュー内で自由に確認することが出来るが、此方の世界と夢世界では【所持アイテム】等だけではなく【文書ファイル】も共有化されていない。

 そもそも俺の【文書ファイル】をパーティーメンバーの紫村達と共有出来るのかも不明だ。

 ここは潔く【良くある質問】するべきだろう──マップ情報同様に知識の共有はパーティーにとって必須なので標準搭載だそうだ。

 頭の中で『基礎魔法入門』と『基礎魔法入門Ⅱ』と更に、夢世界で昨晩開発した術式を文書ファイル化していく。


「この中のファイルを、先ずは『基礎魔法入門』と『基礎魔法入門Ⅱ』の順位読んで欲しい」

 そう言って、システムメニュー【文書ファイル閲覧】内に出来た【共有フォルダー】。その中に作った【魔法】という名前のフォルダーを教えて指示を出した。


「タイトルだけで魔法を学ぶんだなと思います」

「この続きの本はあるのかな?」

「俺が読んだのはこの二冊だ。後は魔女からいくつか基本を学んだ」

「魔女! ファンタジーっぽさ全開ですね。そんな世界に行けるなんて主将が羨ましいです」

「初っ端から馬鹿デカいオオカミ二匹に襲われて殺されかけた俺に、もう一度言ってみてくれ」

「……良く生きてたね」

 俺の告白に紫村も焦っている。


「紫村達のシステムメニューにはないが、俺のオリジナルの方システムメニューには【セーブ】と【ロード】の機能が備わっているんだ。殺されかけてロードを実行して逃れたんだ。【ロード】が無ければ俺は何度死んだか分からない」

「主将が何度も……そんなに恐ろしい場所なんですか?」

「危うきを避ければ、現実政界の日本ほど安全じゃないが、世界の紛争地域よりは安全に暮らせるんじゃないか?」

「避けなかったんだね?」

「……向こうからやって来るって感じだった」

「つまり、物語の主人公を満喫していたんだね」

 紫村の視線が怖い。

「主人公か……悲劇の主人公みたいな女の子には出会ったな。そして俺がこの手で必ず滅ぼしてやると誓った敵も出会った」

「敵?」

「大地の精霊とか抜かすふざけた奴だ」

「ちょっと待ってください。精霊ですよね。そんなの敵に回すって……むしろ主将がラスボス?」

「俺がラスボスか……なら大島を向こうに連れていけば裏ボスだな」

「高城君。冗談じゃないんだね?」

「ああ、向こうから売って来た喧嘩だ。誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやる」

「何故か、主将の前に跪いて命乞いする大地の精霊の姿が思い浮かぶ」

 それほど簡単な敵ではないんだけどな……



 とても食事とは呼べない味気なさすぎるカロリー摂取を終えて、二人が今の身体能力に慣れるためにゆっくりとした動作で組手を始める


 紫村とは違って、かなり普通で常識的な神経の持ち主である香籐が、こんな状況で冷静さを保てる事自体が凄い事であり大分助かっている。

 おかげで大島と一緒に飛ばされた連中の事が心配する余裕があるくらいだ。

 向こうのメンバーを考えると……櫛木田達三年生は情けない泣き言を抜かしながらも、肝心なところでは男を見せるので心配ない。

 一方で二年生達はリーダー格の香籐を欠いて集団としてのまとまりを欠いているだろうが、いざとなれば大島の指示に盲目的に従い危機を乗り切る事が出来る程度には飼いならされているので、パニックに陥り勝手な行動をして自滅するような真似はしないだろう……それをやらかしそうなのは一年生達だ。

 どんな世界に飛ばされたかは知らないが、あの大島が頭を抱えるような状況になっているとしてもおかしくないが、そんな状況を想像しても全く笑えない。

 もしも、この世界と同程度にヤバイ世界なら、実質戦えるのは大島と早乙女さんの二人だけで、一方守らなければならない対象は十五人で、どう考えても手が足りない。何とかしてこの世界から現実世界に戻り奴らを助けに行く必要がある……あるけどまずどうやって現実世界に戻るのか全く目処が立たない。



「じゃあ行ってくる。後は頼んだ」

「一応、君のはマップ機能で確認して……ちょっと待ってくれ! 広域マップで半径三百メートルまでがアクティブ表示になって表示シンボルの詳細がリアルタイムで更新されてる……これって?」

 広域マップで表示されるシンボルは、既にエンカウントして情報を取得済みの種と同じ種や、名前と顔が一致している人物などはっきりとした情報を持っている個体をマップ内に表示してくれるが詳細な情報は表示出来ないはずだった。


「ああ、昨日夢の世界の方でレベルアップして六十を超えたらシステムメニューがバージョンアップされて、マップ機能も拡張されたんだ。周辺マップと広域マップの表示半径が三倍になった……言ってなかったか?」

「聞いてないよ……そういうのはちゃんと説明を頼むよ」

 かなり本気で睨まれたが、睨まれてないのに香藤が少し怯えるほどだ。


「紫村達のマップの方はレベル六十になるまでは今まで通りだと思うが、実際に表示可能範囲はパーティーメンバーの三人で情報共有だから、俺のマップ機能が取得した情報が、そっちのマップに反映されてるのだろう。俺と一緒に動く場合は周辺マップじゃなく広域マップを使った方が良いかもしれない。好きな方を試してみてくれ」

「分かったよ」

「分かりました」


 二人が確認をしている間に、周辺マップで周囲の状況を確認していく。まず『動物(獣)』という広いカテゴリで検索を掛けても半径三百メートルの範囲にヒットするものはなかった。

 夢世界でやったら小さなネズミなどの小動物も反応して、何がなんだか分からなくなるほど大量にヒットするのだが……

 今度はずばり『食用になる生物』で検索を掛ける。すると数多くの対象が表示される。だがその殆どが植物であり、残りは数の多さと密集度の高さから虫の類と推測した。


「……流石に虫を食うのは嫌だ」

「どうかしたかい?」

 俺の呟きに紫村が反応して聞いてくるので答える。

「君の料理を食べるのとどちらが良いか答えに困るね」

 そこまで嫌か? 頷くな香籐!


「食べられる植物を中心に採取するしかないだろうな」

 虫なんか食べたくないというのは全員一致の思いであり二人とも素直に同意してくれた。もしこれで意見が一致しなければ血みどろの争いになった事だろう。


「とりあえずは野草の類は手を出さないぞ」

「肉や魚が手に入るなら香り付けに良さそうなのを見繕ってくれても構わないよ」

 長期間のサバイバル生活を送るならば、ビタミン摂取を考えて野草を口にする必要があるかもしれないが、今の俺達にはカロリーベースを念頭において食材確保が重要だ。

 野草の類は腹いっぱい食べもカロリー不足に陥るくらいカロリーが無い。ダイエットには最適な食べ物だろうが、今の俺達には用は無い。


 鳥獣や魚どころかトカゲやカエル。蛇の類すらマップに表示されないこの世界では、果実や木の実などのある程度のカロリー摂取が望める食材を大量に摂取しなければならない。

 考えれば考えるほどトンデモナイ世界に飛ばされたものだ。




「早速反応しやがるか……」

 外に出るとアクティブ表示領域に写っているお化け水晶球のシンボルが一斉に赤に染まり一斉にこちらに向かって移動してくる。

「一番近いのでも二キロだぞ……どうなってるんだよ!」

 想像以上に広い範囲の索敵能力を持っていると言う事だが、各個体がそれだけの能力を持っているのか、それとも何らかの方法でテリトリーに侵入する異物を感知する事が出来るのかは分からない。長期に渡りここで暮らすのならば、そんな事も知っていた方が何かと役に立つのかもしれないが俺は短期間で帰りたい。いや帰るんだ!


「浮遊/飛行魔法発動」

 言葉にする事で、全七百二十五ステップの処理をイメージとして焼き付けられた記憶領域へとアクセスする……言葉に出すみたいな切欠があった方がスムーズに術が組み上がっていくみたいだ。


 重力を断ち切られてふわりと身体が宙へと浮かぶ。魔粒子操作のための魔力を満たした領域である【場】へと、より多くの魔力を注ぎ込む事で無重力状態から強い力が身体を上へと持ち上げていく。

 

 重力で相殺される分を差し引いて一Gの加速、ざっくりと十メートル毎秒毎秒(m/s2)で加速しながら上昇して行く。

 これが俺の作った浮遊/飛行魔法における限界だった。

 直径一メートルの【場】の中にある重力に関わる魔粒子の量に限りがあるので、これ以上の出力上昇は注ぎ込む魔力量を増やしても頭打ちだ。

 この先は、術式自体のブラッシュアップで効率化を図るか、【場】の容積を拡大するか……例えば複数の【場】を使うとか?

 それくらいしか俺には思い浮かばない……もう紫村に任せよう。


 包囲を狭める様に接近してくるお化け水晶球を上空を取った里を活かして破壊していく……もう生物って気がしないから「破壊」で十分だ。

 三十体ほど破壊して紫村達のレベルが四十二まで上がったところでお化け水晶球達の動きが変わった。


「この高さまで飛ぶのかよ?」

 それまでは地上から少し浮いていただけの連中が、高さ十メートル程の位置にいる俺へと向かって飛行を開始しやがった。


「学習したのか?」

 とはいえ、俺が空中にいる限りはお化け水晶球の最大の攻撃手段である電撃は通じない事には変わりが無いし、それに何よりその上昇速度は本来の移動速度に比べるとかなり遅かった。

 そのために、俺にとっては破壊する場所が地面に近いか遠いかの違いしかなく、体力の消耗に最大の注意を払いつつ、一方的な破壊を続行する事になった。


 しかし、紫村達のレベルが更に一つ上がってしばらくすると、お化け水晶球の行動に再び変化が起こる。電撃以外の攻撃手段である身体を変形させて作った鎌状の腕だが、3mほどの長さだった腕が倍以上に伸びるようになり、その分細くなった腕を素早く振って攻撃を仕掛けてくる。


「ちっ!」

 こうなっては浮遊/飛行魔法頼りでは避ける事は出来ない。

 【所持アイテム】内から足場用の岩を取り出し、それを蹴って素早く移動しながら避ける必要がある……ああ、貴重なカロリーの消耗が激しくなっていく。

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