第74話

 気づけば地面に倒れていた。

 仰向けのまま、木々の間から覗く空を見上げる……空が青い?

 雨も風も無い。台風が接近しているような気配はまるで感じる事が出来ない。

 何処だ此処は? 先ほどまでいた島の林の中とは違って木々の濃さがまるで違う。それに潮の臭いがしない。


「馬鹿な……」

 頭の中に重たいものでも入っているかのような不快感に耐えながら上体を起こしてみると傍に紫村と香籐が倒れている。

「おい、大丈夫か! 紫村! 香籐!」

 声を掛けるが返事は無い。立ち眩みのようなモノを感じながらもゆっくりと立ち上がり、三メートルほどの距離の香籐の元に駆け寄り、再び声を掛ける……返事は無い。

 頚動脈の辺りに指を添えて脈を取る……脈はある。次いで口元に手をかざすと呼吸する空気の流れを感じた。


 香籐のチェックを終えると、少し離れた位置にいる紫村の元に駆け寄り、同様にチェックすると脈と呼吸は確認出来た。

「おい! 紫村! シムラーっ!!」

 耳元で大声で呼びかけると、眉を顰めて「うぅ……」と苦しそうな声を出す。

「シィムゥラァァァァッ!!!」

 更に大声を出して呼びかけると「耳が痛いから止めてくれないか?」と言う返事が返ってきた。


「……うぅ、何だろう頭が重いよ……」

 額を抑えながら上半身を起こそうとするが、かなり辛そうなので、背中に腕を回して上体を起こすのを手伝う。

「大丈夫か?」

「高城君が優しくしてくれるなら、僕は大丈夫じゃなくても良いよ」

 俺は無視して香籐の元へと駆け寄る。後ろで紫村が何か言っているような気もするが聞こえない。聞こえないったら聞こえない。


 香籐は紫村を起こした時の大声のせいか、既に目を覚ましていた。

「香籐大丈夫か?」

「……は、はい。何か頭が痛いというか重いというか……気持ち悪い感じがします」

「それは俺も同じだが、余り気にすると不安になるから忘れろ」


 周辺マップで確認するが、周囲には大島や他の部員たちの反応は一切無い。広域マップに切り替えて範囲を広げるが周辺マップの半径百メートルほどの範囲以外は何も表示されていない。


 ワールドマップに切り替えると『現在、この世界のワールドマップは対応していません』とアナウンスされる。

 この世界だと? つまりここは、現実世界でも何時もの夢の中の異世界でも無いということか……そんな馬鹿なことが……いや、システムメニューを手に入れてからは馬鹿なことばかりだ。


 受け入れるしかない。此処が現実でも夢の中の異世界でもない第三の世界だと……納得は出来ないが。

 【所持アイテム】を確認してみようとシステムメニューを開く……何かが変だ。何だ? 何がおかしい?

「主将。どうしました?」

 ……システムメニューの時間停止が働いていない。


「いや何でもない。ちょっと疲れているんだろう」

 そう応えながら、頭をフル回転で働かせる。

 そうだ。ロードで状況を巻き戻して仕切りなおそう。今朝、起きた直後の状況まで戻ってしまうが仕方が無い……駄目だ。【セーブ&ロード】の項目を選択しようとすると『対象外の世界のために使用出来ません』とアナウンスされる。


 システムメニューを開いた時の時間停止と【セーブ&ロード】が出来ないとなると、パーティーメンバー用のシステムメニューと同じじゃないか?

 しかも、この場合はフルサポートのシステムメニューを使える人間が傍にいて【セーブ&ロード】を実行してくれる訳でもない。 そんな状況で、しかも未知なる世界ってのはかなり不味いな……そういえば、俺は【所持アイテム】を確認しようとしていたんだ。

 【所持アイテム】を開いてみる……ある。俺が現実世界で放り込んでおいた荷物が全てリストアップされている。不幸中の幸いと言うべきか、とりあえず暫くは食料には困らない。困らないが十秒飯と某有名ブロック上の固形栄養食だけだがな。


「主将。ここは何処なんでしょう? 少なくてもあの島じゃないですよね」

「まず海の臭いがしないから島じゃない。空が晴れていて、雨も風も無いことから九州、四国、本州じゃないだろう。それから時計を確認してみろ」

「十四時……四十五分? しかも五月三日の……」

「俺の携帯の時刻も同じだ。紫村のもそうだろう?」

「そうだよ。これが僕らをさらって此処まで連れて来た誰かが細工をしたのではないとしたら……」


「僅か数分間の空白の時間に島から俺達を運び出して、台風の影響を受けない数百キロは離れた場所に連れて来たことになる」

「そんな馬鹿な事が?」

「落ち着け。慌てても何も状況は好転しない。あくまでも携帯の時刻設定が操作されていなかった場合の話だ。紫村ラジオを確認してもらえるか?」

「そうか、短波ラジオなら放送される言語が分かれば、その受信感度から現在位置を知る目安になるかもしれないね」

 そんな意味で俺はラジオを確認して欲しいと言った訳じゃないんだが……

 荷物の中からジップロックに入ったラジオを取り出すと、電源を入れてイヤホンを耳に装着する。


「……えっ? ……そんな?」

 ラジオ側面のチューナーのダイヤルノブを回しながら焦ったように呟きを漏らす。そりゃあそうだろう。どういう世界かは知らないが異世界なんだ。もしもラジオ電波を拾えたとしても何の言葉かは絶対に判るはずがない。


「分かった事を説明するよ。このラジオではFM波もAM波も短波も長波も全て受信出来なかった。

 このラジオが壊れているか、この辺一体が何らかの手段で電波を妨害されているか、もしくはラジオ放送が行われていないかの三つの状況のどれかだと思う」

 紫村の顔に焦りの色が浮かぶが、浮かぶ程度にとどめているこいつの精神力が凄いよ。


「一番可能性が高いのはラジオが壊れたと考えるべきだな」

「そうだね。ラジオの受信に妨害を掛けるとしても、各ラジオの帯域に強力な妨害電波を流して本来の放送電波を受信出来なくする妨害か、電波自体を遮断する方法があるけど、電波の遮断は建物の中に電波が入らないようにするものであって、こんな開けた屋外では無理なはず。妨害電波を流す方法だと、ラジオは妨害電波を受信するからチューニングメーターに当たりが出るんだけど、今回は全く当たりがなかった。僕もそんなに詳しいわけじゃないから他に方法が無いとは断言出来ないけど可能性として低いと思う。そして最後の全ての局でラジオ放送の停波は絶対に有り得ないと断言出来る。だから、ラジオが壊れているとしか考えられない。少し前まで問題なかったから可能性としては低いし納得も出来ないのだけど、それしかないよ」

 うん事実は、そのどれでもないんだけどね。


「でも僕達を此処に連れて来た奴らが、時計の時間をずらしたみたいにラジオも壊したというなら説明がつきますよね」

「違うんだよ香籐君。考えてみて欲しい。何故時計の時間をずらす必要があるんだい? 何故ラジオを壊す必要があるんだい?」

「それは、僕達が情報を得る手段を奪うためではないのですか?」

「情報を得る手段を奪うためなら、携帯やスマホ、それにラジオをを取り上げてしまえば良いんだよ。何もわざわざ一つ一つ時間をずらしたり、袋に入れてあるラジオの外側に傷をつけずにチューナーだけを壊すなんて方法をとる必要なんて無いとは思わないかな?」

「……そうですね」

「それにこいつを見てみろ」

 俺は自分の背負っているバッグからレインウェアを取り出して香籐に差し出す。

「胸のファスナーのスライダーの引っ張る部分の金具は時計になっているんだが、そいつまで時間がずらしてある。普通そこまで気づくと思うかな?」


 紫村は気付きつつあるようだが、香籐もいい加減気付いて欲しい。誰も時計の時間をずらしてなんていない。そしてラジオは壊れてなんていない。たった数分間の空白の間に、俺達はそれまでいた島を離れて、ラジオ放送の電波が飛び交うことの無い場所に来ていると……はっきり言って「ここは異世界なんだ!」なんて自分から切り出すのは嫌だ。残念そうな顔で大丈夫か聞いてくる二人の顔が目に浮かぶ。ここは俺からじゃなく奴らの方から気不味そうな顔で切り出してもらいたいのだが──


「あっ!」

 思わず声が飛び出る。周辺マップに赤シンボルが登場して、真っ直ぐこちらに向かって来る。

 何故、此方に向かって真っすぐ向かって来れられる? どうやって我々の位置を特定した?

 この深い森と言う地理的状況から百メートル以上離れた位置から視覚的に捉えるのは、例え上空からだったとしても、密度が濃く茂った葉に遮られて視線はその下には届かないだろう。


 一番怪しいのは音だな。紫村を起こすのに大声で叫んだからな……だが叫び声を上げてから既に数分経過しているから、今のタイミングで赤シンボルの状態で現れたと言うことは、周辺マップの表示範囲の百メートルよりもっと遠い場所から俺の声を捉え、障害物の多い森の中で正確な位置を突き止めた事になる。

 これほど深い森の中でそんなに遠くで声が耳にとどくのだろうか? いや、届いたとするならば油断ならない相手がこちらに向かってきているという事だ。それが分かれば十分だ。


 細かい事はどうでも良かった。問題は人間の声を聞いただけで襲いに来るほど危険で、更に現実世界の生き物を超えるような聴覚を持っている生き物が存在する世界と言うことだ……多分ファンタジー世界だ。

 しかも有難くない事にほのぼの系ではないファンタジー世界だ。

 今のところは危険なファンタジー世界率百パーセントだ。

 きっとほのぼの系のファンタジー世界なんて存在自体がファンタジーなのだろう。


「高城君?」

「主将?」

 俺の声に二人が反応する。


「紫村。お前が見たがっていた俺を見せてやる」

「えっ? そんないきなり言われても……ドキドキするよ」

「違う! 断じてそんな方向の話じゃない!」

 何を言っているんだこの性癖と性格の破綻者め! ……香藤君が見てるんですよ!

 率直さが評価されるのは人として善良な部分であって、性癖に率直さが求められるのは修学旅行の夜の猥談だけだ。しかもお前は関係者以外立ち入り禁止だ!

「冗談だよ」

「紫村先輩。全く冗談に聞こえませんよ」

 一瞬で三メートルほど飛びのいた香籐が抗議する。香籐……逃げずに助けろ。


「まあ良い。少し隠れていろ。もし俺に何かあったら、逃げろ。どんな方法を使っても生き延びろ」

「そこまで危険なのかい?」

「いや、どんな相手かは分からない。何か敵意を持った存在がこちらに迫ってくる事しか分からない」

「敵意ね……便利そうだね。僕も欲しいな。そんな力が」

「欲しいか? 後悔して泣かないと約束するなら、後でくれてやるよ」

 別に泣いて後悔するような類のものじゃないが、いや最近のトラブル率の高さ、それに今回の件もシステムメニューの影響だとするならば……泣けてくるな。


「嫌だな怖がらせないでよ」

 そんな嬉しそうに言われても言葉に説得力が無いぞ。

「あ、あの……何の話をしているんですか?」

「これから高城君が好いモノを見せてくれるんだよ」

 飛ばしすぎだ! お願いだから、言葉に卑猥な響きを持ち込まないで! 香籐は一瞬で五メートルを飛び退き木の陰に隠れてしまった。


「そろそろ来るから、お前も身を隠せ」

「分かったけど、危ないようなら手を出すよ」

「だから、その時は逃げろよ……」

 心意気は買うし実に有難い。だが今の状態では、俺が危ない目に遭うような相手には手出ししようとも思わなくなるはずだ。その計算が出来るからこそ、もしもの時には香籐を守って逃げ切ってくれると信頼することが出来る。


「……残り三十メートル。もうじき姿を現すから、俺が倒すか、俺が倒されて逃げると判断するまでは動かず音を立てるな!」

 ……残り二十メートル。鬼が出るか蛇が出るか? 鬼ならオーガは楽勝だけど、蛇は余り好きじゃない。それならいっそ龍が良い……嘘です。

「……残り十メートル。来る!」


『????綣障?渇綣障が現れました』

 文字化けしてる!!!


「畜生! 何だよこいつは!!」

 目の前に現れた存在は、形状からして完全に予想の範囲をピョ~ンっと飛び越えて、空の彼方に消えて行ったって感じの代物だ。

 一言で表現するならでっかい水晶球で、どう見たって生き物じゃない。直径二メートル以上はある透明な球体が一メートル位の高さを浮きながら滑るように迫ってくる。


 更に球体の上部と下部にはそれぞれ金属製と思わっる直径五十センチメートル、厚さ十センチメートル程度の円盤状のモノがあり、その円盤の側面には長さ五センチメートル程度のラジオのアンテナのような突起物がズラリと並んでいる。


 正直なところ、相手の戦力が全く読めない。手も足が無ければ、目も口も何も無い球体で、そんな形状からどんな攻撃をしてくるのかだが、当然、接近戦は出来そうもないので普通なら遠距離攻撃タイプと考えるべきだが、何故かこの距離で仕掛けてこない。何をしてくるのか全く想像がつかない。

 むしろ想像がつかない事に、俺って正常だなと安心を覚えるほどだ。


 そんな状況で打っておくべき行動は、相手の戦力の確認を確認すること、つまり遠距離からチクチクと攻撃を仕掛けて相手の出方を伺うべきだが、ここは異世界だけど、いつもの異世界じゃないのでクロスボウは【所持アイテム】内にはない。だが現実世界の方の【所持アイテム】内にはこいつが有った。


「と~か~れ~ふ~!」

 猫にはとても見えない猫型ロボットの真似をしながら、右手に出現したトカレフのスライドを引いてから放し、薬室内に七.六二x二五ミリトカレフ弾を送り込んで、腕を伸ばして照門と照星の延長線上にお化け水晶球を捉える。


 映画なら、素人が引き金を引いて「あれ? どうして? 何で弾が出ない?」とパニックに陥るところだが、トカレフさんは安全装置が無いから素人の俺をパニックに陥らせることが無い素敵な親切設計だ……すぐに撃てるように予め薬室に弾を送り込み、撃鉄を上げて安全装置を掛けておくようなプロには決してお勧め出来ない逸品だ。


「タマ取ったる! 球だけに!」

 お化け水晶球に向けて、立て続けに引き金を四度引く。ダブルタップなんて人間用の撃ち方じゃなく化け物用だ。たっぷりサービスしてやるから受け取れ。

 四発のトカレフ弾はお化け水晶球の中心付近に横方向に並ぶように次々と着弾すると、その傷一つ無い完璧と言う言葉通りの身体に醜いひび割れを刻む……俺の腕力は発射時の反動による銃身の跳ね上がりをほぼ制する事が出来るが、何せ素人なのでトリガーを引く度に、銃身を横に振ってしまうのだった。


 お化け水晶球は着弾の度に一瞬強く発光する……衝撃を受けて光るって圧電体? 本気でこいつは水晶球なのか?


「んな事どうでも良いか! もう一回食らっとけ!」

 再び引き金を引いて薬室内の1発と弾倉の中の残り三発全てを撃ち込む。


 七発の安物鉄心弾は持ち前の貫通力の高さを発揮して、こちらに向けた面の中心部分が粉々に砕けて、破片を地面の上にばら撒きながら前進を止める……本体の発光に破片がキラキラと輝きながら飛び散る様は、こんな時にも関わらず綺麗だとさえ思ってしまう。」


 止めたと言ってもまだ宙に浮いたままであり死んだと言うべきか、それとも活動を停止したと言うべきか分からないが、そんな状況にはまだなっていない。

 ならば俺も手を休めるわけにはいかない。


「証拠隠滅。電子ジャー・グレネード!」

 トカレフを収納すると、鈴中の家から回収してきた荷物の中の電子ジャー取り出し全力で投げつける。重さ四キログラムで時速二百キロメートルを優に超える飛翔体の運動エネルギーは、トカレフの銃弾、弾倉一個分を軽く超える。


 そんな電子ジャーがお化け水晶球の中心部を捉えると、銃弾が命中した時とは比較にならない雷のような強い火花のような放電を上と下のの円盤のアンテナ……いや電極の間に飛ばしながら中心部の表面が大きく弾け跳び、次の瞬間にキン! と甲高い音ともに球体に大きなひび割れが生まれ、同時に先ほど以上の強い放電を連続的に起こしながら地面に落下。そして真っ二つに割れる。

 一瞬身構えたが爆発も放電も無かったが、『????綣障?渇綣障を倒しました』とアナウンスがあったので死んだのだろう。

 レベルアップはしなかったが、オーガ一体分より多少多めの経験値が入っていた。


 証拠隠滅第二弾。オーブンレンジドライブシュートの出番が無かった……じゃない! 一方的に倒してしまったから、奴がどんな攻撃手段を持つのかとか、知りたい情報がほとんど得られなかった。


 唯一手に入ったのは、水晶のような圧電体──クォーツ時計に使われる事で知られる水晶振動子は、電圧を掛けられると発振するが、逆に衝撃などの圧力を受けて変形する際に電圧が発生する──であり、もしかすると雷のような放電現象を攻撃手段にする可能性があることと、物理的な衝撃にはそれほど強くないという点だ。

 ついでに地面から浮いて移動するので、何らかの物理的現象かファンタジー的な現象を起こしているのは確かだが、ざっくりしすぎていて何の手がかりにもならない。

 次の機会にはもう少し上手くやらないと駄目だな。



「どうだ紫村、面白かったか?」

 足元で光っていたお化け水晶の破片を拾い上げて、振り返ってみた紫村の顔は驚愕に目を見開き、口も大きく開いていて、知性的あり爽やかな笑みを口元にたたえた普段のそれとは似ても似つかぬ笑える顔になっていた……良いぞ、良いぞ。俺はそういうお前の顔を見たかったんだ!


「しゅ、主将……今のは、一体? 何なんですかあれは? 壊しちゃったみたいですけど良かったんですか? 弁償するのは大変ですよ。それにあの銃は何なんですか? いきなり手の中に現れましたよね? 現れたと言えば電子ジャーもそうです!」

 香籐の方が先に口が利ける程度には立ち直ったようだが、それは香籐が紫村に比べて精神面で強いことを意味しない。

 むしろ香籐の方がパニックを起こしていて、紫村は呆然とした顔を晒しつつも頭の中は必死に答えを探しているのだろう。


 確かに香籐にしてみれば、相手が攻撃を仕掛けて来る前に倒してしまったからお化け水晶球を敵と認識していないのだ。

 俺にはお化け水晶球が赤シンボルという敵対的反応を示していたことが分かっているけど、香籐にしてみれば敵かどうかも分からない相手を一方的に攻撃して倒したようにしか見えなかった訳だ。


「最初の質問に対する答えは、弁償なんてする必要は無い!」

 そう答えながら、手の中の破片を握りこんでみる。軽く、そうレベル一だった頃の感覚でいう軽くといった程度の力──三十キログラム以下──で握りこむだけで、ビリビリとした電気刺激が掌に感じる……何だろう、これは俺の想像していた圧電体とは違う。

 お化け水晶全体としての構造は確かに圧電素子そのものだが、肝心の圧電体はゆっくりと加えたこの程度の圧力で、痺れを感じるほどの放電は起こらないはずだ……やっぱり異世界は現実世界の知識が通用しない。


「えっ! でもそんなわけには──」

「香籐。お前がアメリカ人なら、あのお化け水晶球を見て、『アレってソニーが来年発売する予定のパーソナルトランスポーターだよ。流石日本人クレイジーなモノを作りやがる。はっはっはっはっは!』と現実逃避が許されるがお前は日本人だ。

 こってこての日本人だ。現実逃避している場合か? あんなモノはソニーもパナソニックもトヨタもホンダも作れない事ぐらい分かるだろう!」

「石川島播磨重工なら……」

「出来ん! ロケットを飛ばせるエンジンがつくれたら、何でも出来ると思うな。IHIにだって出来ないことがある。あれはな──」

「あれは異界の化け物なんだ。そうだよね高城君?」

 おっと紫村が復活したようだ。しかし此処が異世界であることまで確信してしまうとは……


「いいかい香籐君。あんな存在は地球上に存在しないよ」

「地球上に存在しない? ですが、そんな事は……いえ、たとえそうだったとしても……それならなおの事、積極的に敵対することは」

「高城君は最初からアレのことを『敵意を持った存在』と呼んだはずだよ。主将の言うことは疑うべきじゃない……そういう事なんだろう高城君」

「まあ、確かにそういう事だけど、いきなりそこまでたどり着かれるとこっちも困る。完全に香籐が置き去りじゃないか」

「でもね、大島先生達が目の前で消えた現象。そして僕達があの奇妙な光の中に囚われて、いつの間にか島の外に移動ささせられた事。時計やラジオに細工されたと考えるには不条理な部分が多い事。全てをつなぎ合わせれば、此処が地球上では無いという可能性は頭の隅にはあったよ。だけど地球上ではないのに僕達がこうして生きていられるのは大気成分がほぼ地球と同じで、更に重力も変わりないように感じられると言う不自然さが、その可能性を否定していたんだけれど、あんなモノを実際に見せられてはね……念のために聞いておくけど、あれはトリックの類じゃないよね?」

 真剣な目で俺を見る紫村に冗談を言う気はなかった。


「一切、トリックもCGも使用してない」

「CGは関係ないよ……分かった信じるよ。つまりここは地球上ではないと言うことで決まりだね…………それで質問なんだけど、高城君は今の状況について何か知っているんだよね?」

 当然の質問だろう。

「何から説明するべきか……いや、その前に納得してもらう必要があるな……まあ、二号にも教えたんだから良いか……紫村、香籐。これからら俺がする質問に疑問を抱かず信頼して、ハイかイエスと応えて欲しい」

「僕は高城君のことを、必ずこちら側に転んでくれると信じているから大丈夫だよ」

「そんなもん、信じるな一生疑い続けろ! お願いします!」

「ぼ、僕は信じています!」

「……まあ良い。絶対に変な突込みとかしないで肯定しろよ」

「良いよ。信じてるからね」

 真顔になって、紫村は応える……最初からそうしておけよ。


「じゃあいくぞ……俺とパーティーを組み、共に戦うか?」

「はい」

 二人が同時に答えると『紫村 啓、香籐 千早がパーティーに参加の意思を表明しました。受理しますか? 紫村 啓 YES/NO 香籐 千早 YES/NO』の確認ウィンドウが表示されるが勿論、両方ともYESだ。


 いつものBGMと共に二人の目の前に『パーティーへの参加が完了しました』というアナウンス用ウィンドウが現れる。

「こ、これは……」

「ようこそ、システムメニューの世界へ」

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